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疲れたなあ、温泉でも行きたいなあ、と思っていて何気に見かけて、実は見逃せないことが書かれていたこんな記事。 3月6日の山陽新聞の記事です。 奥津温泉で軽快「足踏み洗濯」 岡山・鏡野町に春の足音 鏡野町の奥津温泉街で6日、厳寒期に中断していた観光客向けの「足踏み洗濯」の実演が2カ月半ぶりに再開された。この日は冬ごもりの虫がはい出るころとされる二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」。姉さんかぶりにかすりの着物姿の女性たちが、軽やかなステップで春の到来を告げた。 【中略】 奥津地域に伝わる足踏み洗濯は、クマやオオカミから身を守るために立ったまま洗ったのが由来とされる。実演は12月中旬まで日曜、祝日の午前8時半から15分間行われる。「洗濯」と「熊」の組み合わせで真っ先に思い出すのは、以前紹介した戸川幸夫さん原作で矢口高雄さんが漫画化した「野性伝説 羆風」の冒頭で、川で洗濯をしていた女性が羆に襲われてしまうシーンです。 ツキノワグマはもちろん、ヒグマが洗濯あるいは川遊び中の人を襲ったという話は、私の狭い知識の範囲ではこの話の元となった悲劇「苫前・三毛別事件」で、討ち取られたヒグマの解体のときに討ち取った山本兵吉さんが語ったという話にしか知りません。 これも以前に紹介した「慟哭の谷 戦慄のドキュメント 苫前三毛別の人食い熊」(木村盛武 共同文化社)の95ページに、こう書かれています。 【前略】
この事件そのものが稀有な特殊事例なので、「洗濯時における加害の危険」は直ちには言えませんが。さらに熊を撃ち捕った"山本兵吉"は、 「この熊は、天塩国の山で飯場の炊婦を川ぶちで食い殺して逃げ延びた奴に違いない。それで数日前から三人組のアイヌに追われ、苫前に逃げてきたんだ」 と言った。【後略】 ですが、考えてみますに、以前から書いていますように「山菜取り」や「キノコ採り」は、熊も食べるそれら食糧の場所に赴き、一か所に一定時間留まり、また熊除け鈴などの音も立てないことから一般的なハイキングなどよりは遭遇しやすいわけです。そういった点で考えると、川での洗濯も、川を遡上するサケなどを狙ってくるヒグマと遭遇しやすいと言えるかもしれません。まして、川は空気が流れますので人の体臭も分散されやすいですし、流れる音が人が立てる音をかき消すでしょう。それだけに双方にとって思いがけない急接近ということも、あながちありえないわけではないかもしれません。 しかし、ヒグマでしたらサケを狙って川に来るでしょうけれども、ツキノワグマはそれよりはサケなどを主食にしているわけでもないので、そうですねえ、産卵後の魚の死がいとか、水を飲みに来たとか、カエルやサンショウウオといった水生生物を食べに来た熊との接近を危惧してのこと…なのかもしれません。 人が洗濯をするという場所は流れが緩やかで岸辺と水面が近い場所でしょうから、熊も水を飲みやすく何かを食べたり得るには都合の良い立地でしょうから、長い川べりでも遭遇しやすいと言えば遭遇しやすいでしょうね。 「川での洗濯」という作業を考えると、水を前に、陸地に背を向けて洗濯ものに集中する姿勢になりますから、背後への注意は無く、襲う側からすればこんなに襲いやすい体制・シチュエーションは無いでしょう。 熊と遭遇した際には熊の目から視線を外さずにゆっくり後ずさり…というのは鉄則で、慌てて背後を向けて逃げだしたとたんに後ろから襲われるという話はよく聴きますが、これは要するに視線でもって相手に「自分はお前に気づいているぞ・直ちに反撃ができるのだぞ」というメッセージを送れるからでしょう。動物に対峙したときの「視線」がいかに大切かがわかります。 従って、あまり聞かないことですが、もしかしたら川での洗濯中に何らかの動物による加害事故というのは、意外に昔はあったことなのかもしれません。 もっとも、この地方以外では「立ったままでの洗濯」は聴きませんから、この地方ではそうするに至る事故があったのか、他の地域ではその防御策が今に残るまでに至らなかったのでしょうか。 熊の記述も気になるのですが、やはり「オオカミ」の記載も見逃せません。 ツキノワグマも普通、積極的に人を襲うような動物ではありませんが、確か「生態系の回復のために、オオカミを海外から輸入して日本の国土に放そう」という奇説を主張している人たちの中には、世界の実情や過去の日本の歴史を見てもオオカミは人を襲わないという主張をしていますが、この風習の由来について、何かご意見は無いのかうかがいたいものです。 少なくとも伝えられる由来には、山里の住民がオオカミが襲って来ないか恐怖を感じていたことがうかがえるものです。説を唱える人は、「いや、それは誤った認識が広まったせいだ」と強弁するかもしれない。しかし、そういった認識は、元となる事件や事故が無い限りは発生しないものですし、説を唱える人はしばしば「農耕民族であった日本人は、牧畜を始める以前は、オオカミをイノシシやシカを退治してくれる神獣とあがめていた」とか、「人は襲わないと知っていた」などなどと主張していますが、この風習1つからみても、その説得力が疑わしくなります。 もちろん、由来が長年正しく伝わっていたという証拠はありませんけどね。立ったまま何かをするのが全て熊や狼対策というわけではありませんから。 よく、江戸期などにおけるオオカミによる人身被害の記録が少ないことからニホンオオカミの安全性を主張する人がいますが、古文書など文字による記録が無いことがすなわち事実が無いことではありませんし、古くから伝わる民話・口伝、伝説、風習、祭り、神社や石碑や地名の由来などを訪ね歩くと、様々なものが見えてくることがあります。 語り継ぐ言い伝えや文字による記録では失われてしまう悲劇を、後世に残そうとする場合には残りやすい地名や祭りといった風習にして遠い子孫に注意喚起をしようとしたことなどはたくさんあります。例えば、しばしば氾濫する川を「鉄砲沢」「氾濫原」とか、処刑場跡を「念仏」とか。沼地を埋め立てたところは地名で「○○沼」という名前であったりするので、沼地の埋め立ての造成地はイメージが良くないと開発業者は「○○ヶ丘」といったように区画整理事業で地名を丸ごと変えてしまう場合がありますね。ところが地震になると液状化現象によって沈んだりして。…地名を変えるということは、古の先祖の思いをぶち壊すことでもあったりします。 さて、例えば、栃木県今市市猪倉にある猪倉小学校のHPには、猪倉の地名の由来の1つとして、こう書いています。 豊臣秀吉説(とよとみひでよし せつ)
地名の由来は2つの説がありハッキリしませんし、この説明ではなぜ例えば「猪狼倉」という名前にならなかったのか(狼が残らなかったのか)わかりませんが、狼が邪魔にされて狩られたという歴史を紹介しているのに注目です。豊臣秀吉がこの土地を見て回るときのことです。この土地には猪や狼(おおかみ)がたくさんいて、村人の生活のじゃまをしていました。そこで秀吉が福田氏、加藤氏,神山氏に命令して猪や狼を退治させたいう話が残されています。それほどたくさん猪がいたのでこの村の名前になったと言われています。 元に戻って、この記事の、「立ったままの洗濯」という風習も、そういった古の先祖が後世の私たちに「オオカミに注意せよ」と伝えたく始めた風習なのかもしれません。 一例ですが、そういう風習があっても「オオカミは安全・安心」と言い切れるものなのかどうか、オオカミは安全だという主張をする方は、どのようなご見解になられるのでしょうか。 ・・・すんません、疲れているのかなんなのか、昨日あたりから考え事がまとまりません。風邪をこじらせ高熱が出たときによくなる混乱・思考の乱れなのですが、熱も無く…。
とりとめもなくいつも以上にわかりにくい文章で、何を書いているのかわからなくなっています。 |
【自然関係のお話し】
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まだ数は少ないですが、私のメインの書庫です。
仙台市の泉ケ岳の自然を中心に、自然について考えていること・見たことなどをご紹介して行きます。
仙台市の泉ケ岳の自然を中心に、自然について考えていること・見たことなどをご紹介して行きます。
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「かみつき猿」と呼ばれ多くの被害者を出す騒ぎとなっていた猿が、懸賞金までかけてようやく10月に捕獲されたものの、先月末、飼われていた施設から逃げ出すという実に愚かな失態がありました。 1月24日の地元・静岡新聞の記事によれば、 かみつきサル逃走 三島、飼育小屋清掃のすきに 01/24 14:42 昨年8〜10月に県東部で118人のけが人を出し、捕獲後に三島市立公園「楽寿園」で飼育されていた「かみつきサル」のメスのニホンザル「らっきー」が24日午前、飼育小屋から逃げ出した。らっきーとみられるサルは同市内の市街地で目撃され、同市は捕獲を急いでいる。豊岡武士市長は同日、臨時会見を開き、「管理の不行き届きをおわび申し上げる」と謝罪した。 同市によると、同日午前7時10分ごろ、楽寿園の臨時職員(63)が掃除のために飼育小屋に入った際、らっきーが中から飛び出し、小屋の扉から逃げた。扉は二重になっていたが、外側の扉の施錠が中途半端だった可能性があるという。三島市は人為ミスを認めた。 【中略】 臨時職員は動物の飼育担当4人のうちの1人で、楽寿園では2年10カ月の動物の飼育経験がある。同市地域振興部の宮崎真行部長は「市民に不安と迷惑を掛け、情けない思いでいっぱい。早期解決を目指して、危機管理体制のもと対応していく」と話した。「情けない思いでいっぱい」というのはまさにそのとおりですね。二重扉があるのにも関わらず逃がすというのは、不注意にもほどがあります。まして、相手は100人以上のケガ人を出して逃げ回っていた猿です。うっかりという以前の、飼育員の資質に疑問がもたれても仕方が無いでしょう。 1月25日の産経新聞には、 「らっきー」脱走 楽寿園、管理に落ち度 「プロの仕事じゃない…」 【中略】 「毛の抜けがひどくなっていた。(おりを)出たいのかなと思っていた」。楽寿園の杉山静雄園長は、直前のらっきーがストレスをため込んでいた様子をうかがわせる半面、管理の落ち度を「プロのする仕事じゃない…」と、悔しそうにつぶやいた。 【中略】 楽寿園は「街の中にある森なので戻ってくる可能性がある」(杉山園長)と、らっきーの行動に期待し、園内に餌を置いておびき寄せる手法で改めて捕獲を試みる考えだ。 だが、ニホンザルの生態に詳しい日本モンキーセンター(愛知県犬山市)の加藤章園長は「子ザルの頃から育った場所ではなくて捕獲されて嫌々入れられた場所。戻ってくる可能性は低い」と指摘する。 【中略】 一方、選挙広報CMや観光PRなど三島市の顔役でもあったらっきー。らっきーにふんしてインターネットのミニブログ「ツイッター」で観光PRに乗り出したばかりだったが、書き込みも一転して、中止になってしまった。 【後略】二重扉を閉めずに逃げられるような人を「プロ」などと自称して欲しくないものです。私が小学生時代、学校で飼っていたニワトリの小屋に入るときにも、きちんと先生から二重扉をきちんと閉めるよう注意され、厳守したものですが。 ここのホームページを見る限り、「動物園」というよりは、「公園」で、古い建物などもあって、動物はその中のごく一部門でしかないようで、別に「動物専門」の施設というわけではなさそうです。だからこそ、猿もストレスを感じていたのではないかと思いますし、ストレスを感じてもそれをうまく解消できなかったのでは?と思います。そして、専門ではないからこそ、園長さんも「戻ってくる可能性」などと、状況を考えればとてもありえないような楽観的なことを平気で言うのではないかと思います。 散々広範囲を逃げ暴れまわったあげくに捕えられた猿。そんな猿が「戻ってくる」はずが無いと思うのは専門家に聴かずとも私でも思いますし、仮に園長が猿の習性などに疎くそう思っても、油断から発生した逃走なのですから、責任者が軽々しく楽観的見解を口にすべきではないでしょう。そういう空気の読め無さぶりは、施設管理者としての資質が問われます。 もっと言えば、幸い重傷者が出なかったとは言え、多数のケガ人を出した問題ある猿を観光PRに使うという発想が、私には全く理解できません。飼育まではともかく、それを積極的に使うとは、負傷者やそのご家族などの心情を考えてのことでしょうか? どうも、ここの関係者一同、現状認識が甘い人が多いような。 なぜ、二重扉を閉めなかったのか?ということなどが、捕獲後の1月26日の毎日新聞の記事に出ていました。 かみつきサル:らっきー逃走劇、24時間で幕にホッ 再発防止策これから /静岡 【前略】 ただ、どこまで問題を深刻に受け止めたか、疑問は否めない。楽寿園は捕獲直後、らっきーの展示を26日から再開する方向で検討していた。急きょ方針を変えたのは、県東部保健所から「待った」がかかったためだ。楽寿園は午後2時すぎ、らっきーのオリの一部をビニールシートで覆い、応急措置を施した。 再発防止策についての市側の答えは歯切れが悪かった。市は今後、複数の職員で清掃や餌やりをすると説明したが、オリの改修などを講じるかどうかを問われると、「今後、検討する」と繰り返した。 このオリでは元々マレーグマを飼い、その後、リスザルを飼育していた。オリの外に水道の蛇口がついており、展示スペースまで清掃用のホースを通すと、構造上、外扉と内扉は完全には閉まらない。だが、市側は「専門家に見てもらった。問題はない」と強調した。 ◇「飼育に緊張感を」 県は25日、今回の事態を憂慮し三島市に再発防止対策をまとめ、提出するよう求めた。ニホンザルは法律上、人に危害を加えるおそれのある「特定動物」で、県が三島市にらっきーの飼育許可を出している。 【後略】特定動物の飼育許可を静岡県から得ていたということは、施設の構造上は最低限の基準の細目をクリアをしていたと思いますが、市側の言う、見てもらった「専門家」とやらがどんな専門家で、どういう見解を市側に伝えていたのかも知りませんが、それが実際の飼育においてベストではないのではないという印象を持ってしまいます。 私は動物を飼う際の、それぞれの動物の性質に応じた・適した施設の構造というものには疎いのですが、マレーグマとリスザルとニホンザルが同じ施設でも良いものなのか、まず疑問です。強度はもちろんですが、広さとか特性は構わないのでしょうか?そういう構造が、「ストレス」の一因にもなっていたのでは? そもそも、清掃のための水道ホースをオリの中に通そうとすると扉が閉められない・オリの中に水道は無い、というような構造というのはなんですかね? 今回、扉を閉めずに逃げられた原因がホースを通していたからなのか、単に飼育員がなめきった仕事をしていただけの問題なのかは、記事からはわかりません。わかるのは、飼育員も、すぐに公開を始めようとしてSTOPをかけられた市全体も、動物を扱うには姿勢や資質が疑問だということです。 当然、そういう市側の落ち度には苦情が寄せられているようで、捕獲後の1月26日の読売新聞の記事では、こんなことが。 らっきー脱走に批判殺到…三島市、執念の捕獲 【中略】 市が飼育していたらっきーが人に危害を加えれば「お騒がせ」では済まされず、市が責任を問われる事態も予想されただけに、市はひとまず胸をなで下ろしている。一方で、らっきーを観光資源として活用しようとしていた市にとっては、当のらっきーに管理の甘さを突かれ、冷水を浴びせられた格好だ。同園は26日から開園するが、当面らっきーの公開は見合わせ、飼育や管理のあり方を慎重に検討する。 【中略】 らっきーについては、昨年10月に捕獲された時点で「殺さないで」という“助命嘆願”が市民から相次ぎ、襲われた120人近い被害者が微妙な感情を抱くことは容易に想像できたが、市はあえてらっきーを楽寿園で公開して観光資源とした。 それだけに今回の事態は市の失態以外の何物でもなく、市役所には「苦労して捕まえたのに逃がすとは何事か」などの苦情や批判が24日に約50件、25日も約20件寄せられた。「名前がふさわしくない」「なぜ殺処分しないのか」など、昨秋の市の判断に疑問を投げかける声も数件あった。一方で、「捕まえられてよかった」との激励もあったという。後でも触れますが、実際は男性が1人、噛まれていたことが後でわかったそうで、この記事どおりに行けば「お騒がせ」では済まないわけですね。 この記事にも触れられていますが、この猿が大量のケガ人を出したにも関わらず殺処分されずに生き残ったのは、「助命嘆願」があったことが大きいでしょう。これは、このブログでいつも取り上げているように、熊の殺処分においても過剰にこういうことを言う人がいるわけで、それが時として行政の対応を鈍らせることにもなっていることに私は危惧しておりますが、この猿についても行政らの対応の選択肢に無理なもの=本来飼える態勢ではない施設や人員で、無理に飼うことになった結果ではないか?と疑念を抱いています。 なるほど、逃がしたのは施設であり、飼育員です。しかし、本来、ニホンザルを飼う態勢とは言えない施設で急に飼うというのは無理があり、その結果、逃げられたと言う見方もできることを、実は忘れてはならないわけです。行政が、「市民」「寄せられた民意」の要望をくみ取って殺処分を避けても、無理な対応をすれば結果責任は問われるのは当然です。生命尊重は悪いことではありませんが、その結果、事故や騒ぎを招くようなことは本末転倒です。市民の声だろうが民意だろうが、なるべくそれに応える努力を最大限しつつも、できないことはできない、という最善の判断とその説明も同時に持つべきが行政でしょう。この三島市はどうだったのでしょうか? 2月4日の毎日新聞には、逃亡中、負傷者がいた記事が。 かみつきサル:「らっき−」男性の足かんでいた 三島市長が謝罪 /静岡 【中略】 楽寿園によると、捕獲の約4時間前、サルが庭にいるのを男性が発見。バナナを与えようとしたところ、「足に抱きつかれ、甘がみされたらしい」と話したという。市は、男性が受けた破傷風予防の注射などの費用を補償する考え。 この男性はらっきーを発見後、市に連絡したため、市職員が会ったが、当時、かまれたとの説明はなかったという。豊岡市長は3日、記者会見し「被害者とのコミュニケーションが不足していたのではないかと深く反省している」と述べた。【樋口淳也】この噛まれた男性も、あれほど猿で大騒ぎになった地域なのに、庭に猿がいて、バナナを与えようとする=餌付けしようとするとは、いささか「平和ボケ」と言う感じがします。黙って通報だけすれば良い。しかも、最初に被害申告をしないというのは、理由がわかりません。 この猿がたくさんの人を襲ったのは人間をなめきっているからで、たまたま大人の男性だからこの程度で済んだのですが、幼稚園児や小学生であれば、もっと心身ともに深刻なダメージになっていた可能性があります。 そういう緊迫感とか緊張感が、この自治体からはみじんも感じられない。動物を扱うには、能力不足という感じしかしません。
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以前、深刻な農作物被害をもたらすシカやイノシシの生息数を適正に保つとして、海外からオオカミを導入し、山に放そうというごく一部の人の主張と、それに迎合する自治体について紹介しました。 オオカミを放そうという人の主張を聞くと、「オオカミは人は襲わない。襲ってもごくまれ。襲うのは狂犬病など悪条件が重なったに過ぎない」というようなことを言っています。そして、その事実はもっと広く知らせて行かなければならない、と、語っています。 異論を唱える専門家や個人の中には、過去の日本におけるオオカミの人身被害の事例などをあげて反論していますし、私もその反論内容にはもっともだと思う部分ばかりなのですが、少なくとももしオオカミを放ったために人身事故が発生するなど深刻な被害が発生した場合は、導入に関係した全ての人間を業務過失致死などで厳罰に処すというくらいの、そしてその人たちの私財を全て賠償に充てるというくらいの念書でも出すくらいの覚悟がなければ言いなさんな、と思います。 「研究者」や「行政」のタチの悪いのは、責任を個人で取ることはかなり少ないということです。もし、事故が発生しても、研究者とやらは、「自説を主張しただけ。それを実行に移すか否かは行政などの実施機関の責任」と逃げ、行政も、首長やその自治体という肩書きが責任を負うことはしますが、個人の責任が追及されることはまれです。行政として責任を取る場合は、その賠償金は全て税金が原資です。 お遊び実験感覚でそんなことをされてはかないません。むろん、お金の問題以前に、人々の安全はもちろん、「安心」も大切です。 その「安心」にかかる部分で、興味深い記事を見ました。 1月23日のTechinsightJapanに、ノルウェー郊外で少年が4匹のオオカミに遭遇したという記事です。 EU発!Breaking News】13歳の少年、オオカミに遭遇するもヘビメタで追い払う。(ノルウェー)2011年1月23日 18:00 ノルウェーの首都オスロの南部Rakkestadで、13歳の少年が学校から帰宅途中に、4匹のオオカミに遭遇してしまった。 しかし彼はとっさの判断で、その時聞いていたヘビメタを上手く利用してオオカミ達を追い払うことができた。 少年がオオカミに遭遇したのは、スクールバスの停留所から家に帰るまでの道にある、小高い丘の上だった。 彼の家族は農場を経営しており、その一帯は自然に囲まれた、人気がほとんどない所。誰かに助けを求めることは不可能であった。 だが彼はその時、以前大人達から聞いていた、オオカミと遭遇したときの対処法を思い出したのだ。 それに従い彼は、MP3機能がついた携帯電話からイヤフォンを外し、音量を最大にして中に入っているヘビメタをオオカミ達に聞かせた。 それと同時に、オオカミ達に対し腕を振り回し、大声で叫んだのだ。 この効果はてきめんで、オオカミ達は来た道の方に向き直り、その場からゆっくり離れて行ったという。 専門家によると、オオカミに遭遇した際、一番避けるべきなのはその場から逃げようとすることだそうだ。これだと、かえってオオカミに狙われてしまうのだという。 しかし少年はオオカミ達に対し冷静に対処し、正確な方法で追い払うことができた。 「不安になりすぎて、逃げることができなかっただけ」と少年は言っているが、専門家は彼のこの対処を絶賛している。 (TechinsightJapan編集部 椎名智深)この記事だけからは、遭遇の状況はわかりません。 すぐ目の前だったのか、ある程度離れていたのか。 オオカミは少年に関心を持っていたのか?気づいてもいなかったのか。 オオカミは少年を襲うつもりだったのか?気にもしていなかったのか。 オオカミが逃げたのは、本当に音楽など威嚇のためなのか?単に警戒してすぐに離れただけなのか。 ・・・など。 「オオカミ信者」に言わせれば、これはなんてことも無い遭遇に過ぎず、むしろ「ほら、少年も正しく対処して、事故も起きたわけではないじゃないか。こういうことを啓発しておけば、大丈夫なんだよ」とでも言いそうです。
確かに、今回は結果的に「安全」ではありました。しかし、少年の主張をよく見てみましょう。 「不安になりすぎて、逃げることができなかっただけ」と少年は言っている
ここが重大と思いませんか?13歳の少年が、既にオオカミも生息していて、そしてそういう対処方法を教えられるまでにある少年が、実際に4頭のオオカミが目の前に来たら、こう不安を感じたわけです。 それが、オオカミがいない日本であれば、どうなることでしょうかね?少しばかりごく一部の研究者や信者が啓発広報をしたところで、それがどれほど影響力があるというのでしょう? 実際の「安全」を担保できることと、「安心」を感じてもらえることは、また別問題だということも、十分に考えてもらいたいものです。 |
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かなり以前、「カマキリは大雪を予想できるか?」という地方の言い伝えについて検証した本についての書評をしましたが、そこでは検証がずさんということを指摘はしましたが、一方で私自身も「秋にカメムシが多い年は大雪になる」という言い伝えを経験したこともありますので、盲信するつもりは少しもありませんが、昆虫や生き物が人間に感知できないものを知る能力を有している可能性を全否定もしません。 言えるのは、そのような関連があるのではないか?ということ言い伝えに残すほど、昔の人々は自然と共にあり、豊かな感受性と観察力でもってそう思ったということ、そのようなものに目を向けてまでも季節や天候を知ろうとした切実さなどを感じられるということくらいです。 1月28日の地元・河北新報に、今度は「アブラムシ」の産卵の高さによる積雪との関連について触れた記事が掲載されました。 アブラムシ 「積雪占い?」 卵産む高さと関連調査 仙台 河北新報 1月28日(金)6時13分配信 積雪予想、アブラムシにもできる? 仙台市の「富沢遺跡保存館(地底の森ミュージアム)」(太白区)が、2万年前の植生を再現した屋外自然観察施設「氷河期の森」で、害虫のアブラムシを駆除せずに、その卵の位置と積雪の深さの関係を調べている。カマキリが積雪より高い位置に卵を産み付けるという俗説は有名だが、保存館職員によると、昨冬からの調査で、アブラムシにも同じ傾向がありそうだという。 調べているのは、広葉樹ハンノキに産み付けられたオオアブラムシの卵。成虫は体長5ミリ程度で、卵は晩秋から初冬にかけて樹皮に産み付けられ、そのまま越冬する。春にふ化する幼虫は分泌物で葉を汚すなどし、木の生育を妨げることがある害虫とされる。 卵は職員らがおととし11月中旬、推計で約3000個の塊を初めて発見した。森の生態系バランスを考慮し、同館は駆除を見合わせ、経過を見守っていた。今冬は昨年12月中旬、遊びに来た小学生が別のハンノキの幹で約1万個の卵の塊を見つけた。 卵の位置は、昨冬が高さ1メートル10センチ前後、今冬は60センチ前後。「氷河期の森」の積雪は最も深いときで昨冬は25センチ(昨年3月10日ごろ)だったのに対し、今冬は今月9日と同15日の1センチ前後にとどまり、卵の高さと積雪の関係は今のところ、「カマキリの俗説」の通りになっているという。 観察は、森の様子を約10年間、ほぼ毎日記録している同館学芸員長田麻里さん(36)が担当。カマキリのほか、いろんな虫の卵でも「産み付けられた位置の高低で、冬の積雪量が分かる」という俗説が各地にあると知ったのをきっかけに、積雪との関係を調べるようになった。 長田さんは「木の生育に影響がないうちは駆除せずに、観察対象にしていきたい」と言う。来館者が減る冬期間の「呼び物」としても期待している。 虫の生態に詳しい仙台市科学館の佐藤賢治学芸員は「卵と積雪量の関係を実際に計測、記録する活動はユニーク。カマキリの俗説も科学的には立証されていない。アブラムシについても、真偽を確かめるにはより長期間、より広範囲のデータが必要になる。関心を持って観察する人が増えてほしい」と話している。私が知る狭い範囲では、アブラムシと積雪の関連に言及したのはこの方が初めてだと思いますので、仮説に至るまでの観察力・着眼点は大したものだと思います。同時に、森を10年間も毎日観察することを業務としてできるというのも、実にうらやましいお仕事です。 しかし、ちょっとまだ粗い感じは否めません。記事中に出ている限りでは、因果関係があまり感じられないです。 卵の位置は、昨冬が高さ1メートル10センチ前後、今冬は60センチ前後。「氷河期の森」の積雪は最も深いときで昨冬は25センチ(昨年3月10日ごろ)だったのに対し、今冬は今月9日と同15日の1センチ前後にとどまり、卵の高さと積雪の関係は今のところ、「カマキリの俗説」の通りになっているという。
と、サラリと書かれていますが、昨年が110cmの卵の高さに対して25cmの積雪。今年はまだシーズンは終わっていませんが60cmの卵の高さに対して1cmの積雪。確かに、積もった雪の下にはなっていませんし、卵の高さと積雪量は比例していますが、それにしても幅があり過ぎます。25cmの積雪を知っていたとしてもなぜ110cmもの高さに産卵するのか?たった1cmの積雪に対してなぜ60cmもの高さになるのか?その分析がまだです。 記事からは、私は因果関係というものを強く感じることはありません。しかし、仙台市科学館の方がおっしゃっているように、仮説は面白いのですが、広く継続した情報収集が必要でしょうし、頭から否定せず、何か変わったことに気づくことや、それをそのままにしないで継続して観察するといったものにつなげていくというのが大切でしょうね。
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少し前の記事ですが、まずは1月7日の中日新聞の記事です。 集落最後の1匹? 旧足助・小手ノ沢でキツネの死骸発見 2011年1月7日 豊田市小手沢町(旧足助町小手ノ沢)の集落で昨年1月に死骸で見つかったキツネの死んだ時期が1979(昭和54)年とみられることが、名古屋大年代測定総合研究センターの鈴木和博教授らのグループの調査で分かった。集落ではちょうどこの時期からキツネがいなくなり、集落最後の1匹だった可能性がある。 キツネの死骸は、建て替えのために地蔵堂を取り壊した際、軒下から体の左半分がミイラ化した状態で見つかった。体長は50センチ以上。成獣とみられるが、雌雄は不明。そばには71〜82年に販売された即席ラーメンの袋が落ちていた。 小手沢町出身の鈴木教授らが炭素を使った年代測定法でキツネの死骸を調べた結果、キツネが死んだとみられる年が60年、63年、79年の3年に絞られた。さらに、ラーメンの袋をキツネが持ち込んだ可能性が高く、死んだ年を79年と絞り込んだ。 集落では現在、キツネがいた時代にはなかったというイノシシの被害に悩まされている。一般的に、イノシシは山に餌が無くなって人里にも姿を現すようになったと考えられているが、今回のキツネが死んだと推定される5年ほど後からイノシシ被害が増えたとの声もある。 鈴木教授は「キツネはイノシシがいる山と人家の間で暮らしていた。イノシシの子のうり坊を餌にしていたから、当時のイノシシは人家近くに寄って来なかったのではないだろうか」と話している。 【後略】 (中村禎一郎)記事中の「炭素年代測定法」というのは、しばしば遺跡から出た出土品などの年代測定をするのは聴いたことがありますが、てっきり数百年〜数千年単位のものを調べるのに使うものとばかり思っていましたが、ここ数十年という短い期間でも測定できるものなのですね。 しかしそれにしても、「60年、63年、79年という3年のうちどれか」というのは随分バラツキがあります。60年から79年の間ごろまでと測定が出て、それで様々な他の要素から絞り込んでこの3年にして、結局物証のラーメンの袋が決め手…という絞り込みだったのでしょうか? なぜ、「ラーメンの袋をキツネが持ち込んだ可能性が高い」と言えるのか、その根拠までは記事には書かれていないのが残念です。 私は別にこの土地の地勢を調べたわけでもイノシシやキツネの専門家でもないので、あくまでも経験と記事に出ている範囲からの感想なのですが、「キツネが平地性=人家近くに生息する生き物」で、「イノシシが山に住んでいる(いた)生き物」ということが前提で考えた場合、キツネがいなくなったからイノシシが増えたと言えるようなまでの因果関係ってのがそんなに深いのでしょうか?ということがまずあります。 この論理では、「キツネが減った原因」には何も触れていないわけです。例えば、年とともに山際に近い=キツネの生息地であった平地が手入れされずに、徐々に荒地化・森林化してきてキツネの生息場所であった山と里の緩衝地帯が減ったためにキツネが減ったということが、全くの推測ですが仮定として成り立ちます。一方そうなった場合、イノシシはそのような環境変化は望むところですし、そうなると里にも出やすくなるわけです。荒地になってきたということであればそれは人が出入りしなくなってきたということですからね。そして畑には雑食のイノシシには好物でキツネは食べない作物がいっぱいあるわけですから、そのことをを覚えれば、急速に個体数を増やす=被害を増加させることになるでしょう。 キツネがイノシシの子を食べるのは間違いないことだと思いますが、しかしそれが果たしてイノシシの数を増加させないほどの圧力にまでなっていたのでしょうか?だいたい、この「最期のキツネ」が死んでから5年後くらいからイノシシ被害が増加しているということですが、これが「最期の1頭」ならば、それ以前から既にキツネはほとんどその地域からは姿を消していたはずで、5年後という期間でさえもイノシシの子供が成長して数を増やし始めるのに十分ですが、それよりもさらに前から既にキツネからの圧力が人里と山の間で失われていたならば、その影響が生じるのがちょっとタイムラグがあり過ぎるように思うのですが。まして、炭素年代測定法では60年から79年という19年の幅があるわけですから、何だかこのイノシシ増加は天敵だったキツネがいなくなったからだ、というのを言いたいがために、なるべくタイムラグが少ない年代幅のラスト・79年にしたかった…という印象さえ、この記事だけでは持ってしまいます。 続きまして、1月23日の富山新聞の記事。 今年の干支、野ウサギ激減 富山県内 里山の環境変化裏付け 今年の干支(えと)、野ウサギが富山県内で激減している。2009年度のウサギの捕獲数は最も多かった年の0・6%に当たる111匹にとどまったことが、22日までの県の調べで分かった。かつて農作物に被害を及ぼすため年間7千匹以上が駆除された年もあったが、06年度以降、駆除する必要がないほど個体数が減少。自然環境の変化とともに、県内で姿を消している。 県の調べでは、野ウサギの狩猟数は戦後増加し、1973(昭和48)年度に最多となる1万8771匹を捕獲した。しかし、1990年代以降は捕獲数が減少し、2007、08年度はわずか69匹にとどまった。県は「市町村から野ウサギの駆除の申請がなく、駆除するほどの頭数はいない」(自然保護課)と話す。 県によると、野ウサギは低木が茂る山間地に生息し、下草や木の芽を食べる。戦後、大規模な植林により、木の芽が豊富で、野ウサギが餌に不自由しない状態が続いていた。 ただ近年、間伐の手入れをする人も少なくなり、大木の残る山林が多くなった。その結果、木が肥大成長して日光を遮り、草が陽光を浴びて成長できない場所が増えた。 県は「野ウサギが生活できる環境も減少したのではないか」(自然保護課)とみている。近年、野ウサギの足跡が河川敷で多くみられるようになったことから、野ウサギが森林を出た可能性もある。 また、県は草を食べる野ウサギなどの動物が数を減らした代わりに、ドングリなど木の実を餌とするクマやサルが相対的に増えた可能性も指摘している。富山県と愛知県という、離れた地域での話ですからこれがその根拠というつもりは毛頭ないですが、例えばこのような「生息環境の変化で特定の動物が増減する」ということは十分あり得るわけです。 豊田市の記事については、キツネもこんな感じで減り、そしてイノシシは増えたという点では検討されたのか否か…。 ところで、ペットとして安易に飼ったウサギを持て余して捨てるという馬鹿が今年は急増傾向?ということです。 そしてこれを読むと、今度は上記富山県のウサギの減少も、本当に生息地の減少だけで減っているのだろうか?と、何だか二転三転する思いをもってしまいます。 1月19日の産経新聞の記事です。 “えとブーム”の陰で…ウサギ受難 飼育放棄増「手軽なペット」誤った認識 産経新聞 1月19日(水)7時56分配信 卯年を迎え人気の高まるウサギだが、その裏で、飼育放棄で公園や河川敷に捨てられるケースが増加している。背景には「手軽に飼いやすいペット」という誤った認識があるという。愛護団体などでは「“えとブーム”の陰で、捨てウサギが一層増えるのでは」との懸念が広がっている。(時吉達也) 捨てウサギの保護や飼い主探しをしている日本うさぎ愛護協会(東京都)が今年最初の相談を受けたのは、年明け間もない3日。横浜市内の路上で、後ろ足を引きずり歩くウサギが発見された。8日には通報を受け、東京都内北部の公園で生後数カ月とみられる子ウサギを保護。ともに毛色が整い、商業用に繁殖されたウサギとみられる。捨てウサギの大半は野犬に襲われるなどして命を落とすといい、協会事務局では「ウサギ年は始まったばかりなのに」と憤りを隠さない。 犬猫のように鳴き声に悩むこともなく、集合住宅の世帯を中心に人気が高まっているウサギ。小動物飼育用品メーカー「ジェックス」(大阪府)によると、国内の飼育数は推計92万匹(平成22年)で、えと人気の影響を受け「来年には100万匹に達する見込み」という。 その一方で、飼育放棄されるケースも年々増加。愛護協会では設立当初の平成17年に年間10匹程度だった捨てウサギの保護件数が、21年には約100匹まで増えた。大阪で保護活動に取り組むNPO法人「ラブアンドピース」の阪上義昭代表理事によると、飼育放棄の最も大きな要因は家族のアレルギー。ウサギの体毛は犬や猫に比べて細く、発症しやすいという。また、室内のコードをかみ切ったり畳を掘ったりする習性があり、一定の管理が必要なのにもかかわらず、「『鳴かない、おとなしい』のペットショップのうたい文句が独り歩きしている」(阪上氏)という。 【中略】 愛護協会では「猛暑でも屋外に放置し、ニンジンの皮を食べさせる小学校飼育などを通じ、『気軽に飼える』という誤った認識が広がっている」と指摘。ウサギの寿命は一般に7〜10年程度とされ、「一生面倒を見る覚悟と環境を整えてから購入を決めてほしい」と訴える。 【後略】この記事で驚くのは、野犬が捨てられたウサギを駆逐しているという点です。 ウサギにとっては非情で残酷な災難ですが、数を増やせないでいるということは複雑な気持ちです。 捨てたアホにはそのような哀れな死を遂げたということをハッキリと、もっと大きな声で伝えるべきでしょう。捨てたウサギが生きたまま野犬に食い散らされたと言う事実を伝えれば、少しは安易に捨てることが減ると思いたい…ですが、まあ自己都合で捨てるような人間の心にはそんなことを報じても少しも心に響かないことでしょうねえ。 以前も少し書いたのですが、飼い犬の処分件数は大きく減っているということですが、それは単に保健所に持ちこむことさえしない人間が増えているという見方もできるかもしれません。 つまり、「捨てる」わけですね。まあ、持ちこまれての処分は減り、野犬の苦情や駆除が著しく増えてトータルでは変わらないというわけでもなさそうなので、犬を捨てるという人の全体数が減っているのかもしれませんが、この野犬が、捨てられるウサギを駆逐するほどの圧力がかかっているということは、富山県のノウサギが減っているというのも、野犬によるものという事情も少しはあったりしないでしょうね?と心配になる記事でもあります。 ちょっと脱線気味でしたが、「キツネのミイラ発見」記事を読んでつくづく思うのは、自然界で起きた現象を事後に検証するのも困難なのですから、自然にかかる何かをこれからしようとする際の事前検証・予測は、さらに大変だろうなあ、ということです。
何かをしたら、こうなるかもしれない…というような多面的な発想や想像力が無いと、ドングリまきとか、オオカミを導入しようとか、そういう安易な発想になり、そして思いがけない大失敗が訪れると思いますね。 |


