|
先日、宮崎県の韓国岳という山で、小学5年生の児童が家族からはぐれ、遺体で発見されるという何とも悲しい事故が発生してしまいました。 ご家族で楽しく出かけたはずなのに、それで最悪の結果になるということは、ご本人はもちろん、ご家族のご心痛・無念を考えると残念でなりません。 事故の概要は、お子さん1人で先を急ぎ、その過程で斜面を滑落して、そこで力尽きてしまい、低体温症で亡くなったというもののようです。 この事故では、ご両親がお子さんを先に行かせたことを非難する方も一部にあるようですが、私は、あのような整備された登山道で当日の天候も良好であったことを考えれば、「死亡事故や遭難が発生するかもしれない、と予測すべき」というのはかなり酷ではないか?と思います。 しかし、矛盾することかもしれませんが、山や海はどんなに整備されていようとも、何が起きるかわからないということは常に考える必要はあり、この悲劇的な事故を少しでも救う意味でも、今後ご家族で野山や海にお出かけの方は、そういう心構えを持っていただければと思います。 11月3日の産経新聞の記事に、とても良いアドバイスがありました。 できれば行楽シーズン前に報じられれば良かったとも思いますが、こういう事後に、事件経過や誰かの責任を安易に責めるだけでない「次の事故発生防止」につながる冷静な記事をというのは、報道機関の実に良い点だと思います。 不明の小5死亡 「家族登山」に潜む危険 両親で前後守る/携帯も有効 11月3日7時56分配信 産経新聞 行楽シーズンと登山ブームのなか、見ごろを迎えた紅葉を楽しもうと山に入る家族連れも多い。家族での登山を悲劇にしないために、どんな点に注意すべきだろうか。 山岳ガイドの高桑信一さん(60)は「小学生であれ大人であれ、一度パーティーからはぐれてしまうと合流はなかなか難しい」と指摘し、注意点を2つ挙げる。 まず、パーティーの先頭と最後尾にはリーダー格の人がつき、その間に体力的に弱い人が入ること。家族であれば両親が前後につき、間に子供やお年寄りが入る。パーティーの長さは全メンバーを目視できる範囲に保つ。親は子供に「目の届かないところへ行ってはだめ」「見えなくなったら動き回らず、その場で待つ」と言い聞かせておく。 ■笛を吹く 2つ目は、100円ショップなどで売られている笛を子供の首にかけ、「道を外れたり、1人になったら、その場で笛を吹くように」と言い含めておく。 高桑さんは「小さい子供が先に進みたがるのは、ある意味仕方がない。保護者が『だめだよ』と言わなければならない。山を相手にする以上、この2点は最低限の注意事項であり、これらを実践するだけで悲劇はかなり防げる」と言う。 日本山岳会の神崎忠男副会長(69)は「携帯電話は山でこそ子供に持たせてほしい」と話す。今は山でも携帯電話がつながる場所が多く、遭難者からの通報も多い。神崎さんは「保護者は子供から目を離さず、登山する前に、子供に自然には思わぬ危険が潜んでいることをしっかり言い聞かせてほしい」とも警告する。 ■防寒具用意 平成21年版「レジャー白書」によると、昨年1年間に登山を経験した人は590万人、ピクニックやハイキング、野外散歩をした人は2470万人。多くの家族連れが気軽な「プチ登山」を楽しんでいるが、山では細心の注意が必要だ。特に、気温は高度が100メートル上がると0・6度下がるとされる。雨にぬれればさらに体感温度が下がるため、防寒具の用意は欠かせない。 日本山岳協会は登山者が遭難した際、自分自身を助ける「セルフレスキュー」の講習会を開いているが、状況がさまざまなファミリー登山向けのマニュアル作りは難しいという。同協会では「同じ登山道でも季節や天候、時間によって状況は異なる。保護者やリーダーが危機管理をきちんと認識しておく必要がある」と話している。かねてから書いていますが、今の日本人に一番必要な教育は、身近な自然に接することについてだと私は思っています。 それなのに、自然体験施設の閉鎖が相次ぎ、学校の授業としての「水泳」も崩壊の兆しがあるなど、それからますます離れているのが心配です。 野山に出かけることは非常に良いことだと私は思いますが、そこでのマナーや過ごし方などは、ほぼ多くが「自己流」でしょう。 楽しみ方は自己流で良いのですが、ルールやマナー、危機管理はある程度学ばなければ身につかない・知らないものですから、そういったものを知る機会は自らの身を守るためにも重要であり、これは私は公教育の一環としても十分な内容だと思います。 しかし、残念ながら現状はそれに程遠いですから、やむなく私たちはこのような悲しい事故例から多くを学び、自分や周囲の人にアドバイスとして広め、悲劇を繰り返さないようにするしかないですね。
|
【自然関係のお話し】
[ リスト | 詳細 ]
まだ数は少ないですが、私のメインの書庫です。
仙台市の泉ケ岳の自然を中心に、自然について考えていること・見たことなどをご紹介して行きます。
仙台市の泉ケ岳の自然を中心に、自然について考えていること・見たことなどをご紹介して行きます。
|
カッコウやホトトギスが、他の野鳥の巣に産卵してその野鳥にヒナを育てさせる「托卵(たくらん)」という行動を取ることは、有名です。 これまでは、その産みつけられた卵を見破って捨てることを始めたという野鳥の報告は聞いたことがあり、しかしさらに捨てられないように産みつける野鳥の卵の模様に似せた卵を産むようになるというイタチゴッコの例も聞いたことはありました。 この托卵を行う理由は、「カッコウらの体温が低く、自分では卵を暖めて孵化させることができないため」という説が有力と聴いたことはあります。 しかし、短期間のうちに、卵をその産みつける野鳥の卵に似せて産めるような変化を成し遂げることができるような野鳥が、なぜ、自らの体温を一定に上げて保つことができないのか?という点で、疑問ではあります。 かと言って、産みつける巣の野鳥が特別天敵がいないとか、繁殖力が強いのでそれによって増えすぎないよう調整を図っているちうようなわけでも無さそうです。 その「育ての親」が特別外敵に対して強いとか、子を守るという習性があると言えば、モズは小型の野鳥でも強い鳥ですし、ホオジロは外敵が巣に近づいた場合、卵やヒナを守るために偽傷行動をすることはあるので、それらに当てはまらない他の野鳥に比べれば、卵やヒナの生存率は上がるかもしれません。しかし、それもこれも、カッコウらが同じように強くなるとか偽傷行動をすれば済む話のような気もします。 ちょっと、この托卵をする理由が、わかりません。 しかし、そんな中で驚いたのは、こんな記事。 9月28日付の毎日新聞の記事です。 <托卵>ヒナを巣から排除する習性を持つ鳥発見 立教大など 9月28日2時30分配信 毎日新聞 他の鳥の巣に卵を産んで育てさせるカッコウ類の「托卵(たくらん)」に対抗し、ふ化したカッコウ類のヒナを巣から排除する習性を持つ鳥を、立教大などの研究チームが発見した。托卵された卵を捨てたり、巣ごと放棄する鳥は知られていたが、ふ化したヒナを追い出すのが確認されたのは世界初という。英科学誌「バイオロジー・レターズ」で報告した。 カッコウ類のヒナはふ化すると、宿主の鳥の卵やヒナを捨て、巣を独占してしまう。これに対抗し、日本にすむオオヨシキリなどは托卵された卵を巣から捨てるが、いったん卵がふ化してしまうと、自分の子とは似ても似つかない姿にもかかわらず、カッコウ類のヒナを育てる。 今回見つかったヒナを排除する鳥は、オーストラリア北部に生息する体長10センチほどのハシブトセンニョムシクイ。立教大大学院生、佐藤望さん(25)らが同国のダーウィン市で、カッコウ類の卵が産みつけられたハシブトセンニョムシクイの巣11カ所にビデオカメラを設置。行動を観察し、これまでにヒナを捨てる行為を4例確認した。 佐藤さんによると、ふ化してから数時間〜数日後、ハシブトセンニョムシクイの親鳥は抵抗するヒナを巣の外に放り出したという。佐藤さんは「卵はまったく似ておらず、ヒナ同士はよく似ているにもかかわらず、なぜふ化してから捨てるのか不思議だ」と言う。 指導する上田恵介教授(鳥類生態学)は「卵の段階で捨てる方が余計な手間がかからず有利なはずだ。この謎が解明できれば、なぜ他の鳥が似ても似つかぬカッコウ類のヒナを育てるのかも分かるかもしれない」と話している。【西川拓】 .最終更新:9月28日2時30分今度は、産まれたヒナをニセモノと見破って捨てるということができる鳥が出てきたんですね。 野鳥の脳構造などで、同種または自分の遺伝子を受け継ぐものか否かを判別する能力があるのか?と言えば、群れで行動したり、子育てをしている点で、ある程度は同種の見分け方はできるのだとは思うのですが、逆に言えば、それならばなぜ、自分とは似ても似つかぬヒナをこれまで育てているのか?ということも疑問でした。 しかし、この記事の場合は、やはり異種ということを理解して、捨てている可能性が出てきたというわけですね。 ですが、これだけでは何とも言えません。 「捨てている」のが、それが自らの子ではないと判断しての行動なのか、そこまで行かずとも何か異常を感じて、キセキレイなどが巣での危険を感じた場合はそのストレスからか自分の本当のヒナを川に捨てることがあるように、自分の子か異種か関係無く捨てているだけかもしれません。 そして、この記事を検索していて見つけたのは、もう1つの記事。 同じく9月28日の読売新聞の記事です。 そっくりヒナで仮親だます 豪で新手の托卵…上田・立教大教授ら発見 寄生先(仮親)の鳥とヒナの姿をそっくり似せることで、仮親に自分のヒナと思わせて子育てをさせるカッコウを、立教大学の上田恵介教授らが豪州北部で見つけた。カッコウは仮親の巣に模様や形がそっくりな卵を産み落として育てさせる「托卵(たくらん)」が知られているが、卵ではなくヒナがそっくりなカッコウが見つかったのは初めて。 観察した「アカメテリカッコウ」というカッコウは、「センニョムシクイ」という小鳥の巣に卵を産む。センニョムシクイは色も模様も違うカッコウの卵を抱いてかえすが、ヒナの姿の違いに気づくと巣の外に捨ててしまう。このため、このカッコウのヒナは仮親のヒナそっくりな姿に進化したとみられる。 他の托卵の例では、カッコウが卵の段階で仮親をだますことに成功すれば、仮親はヒナの姿が違っても育て続ける習性がある。同大大学院修士課程の佐藤望さんは、「仮親が目を光らせる段階が、卵の時期だったりヒナの時期だったり、鳥によってなぜ違うのか。謎に迫りたい」と話している。 (2009年9月28日 読売新聞)なんと、毎日新聞の記事内容とは別に、卵を似せるだけではなく、ヒナをも似せるにまで至ったカッコウがいるという内容です。 ううむ。ううむ。これは、いったい、どういうことでしょう!? こちらの視点では、「仮親」側の視点での問題提起ですが、私はカッコウがどうしてそういう都合のいい能力を短期間で身につけることができ、そしてそうしてまで托卵をし続けなければならないのか?という方にも非常に興味がわきます。 こういう、地道な研究や観察を続ける研究者というのは、非常に貴重でありがたいですね。
ぜひ、謎の解明を頑張っていただきたいです。 |
|
海洋生物にも疎い私ですが、こちらは「宇宙」と違って興味があります(笑)。 8月29日の毎日新聞の記事に、こんなものが出ていました。 <ウミガメ>産卵場所に防護柵 掘り返す“事件”発生で−−福岡・岡垣町の三里松原海岸 8月29日17時47分配信 毎日新聞 ◇赤ちゃん見守って 環境省が絶滅危惧(きぐ)種に分類するアカウミガメの産卵が2年ぶりに確認された福岡県岡垣町の三里松原海岸で、産卵地点に近い砂浜が掘り返されていたことが分かった。幸い卵は無事だったものの、町は産卵地点を囲む防護柵を設け、今年のふ化が終わるまで地元の自然保護団体と一緒に見守ることにした。【長谷川容子、写真も】 町によると、19日朝、砂浜に深さ約40センチの穴があるのを、浜を巡視していた岡垣ウミガメ倶楽部の濱田孝会長(73)が見つけた。産卵場所は非公開で、限られた関係者が知るのみ。「私が周辺の砂中温度を測るなどしているのを見て、産卵場所を推定したのだろう。穴を見て真っ青になった」と濱田会長。卵を掘り出そうとした理由は不明だという。 町は自然に近い状態でのふ化を目指していたが、21日に縦3メートル、横3メートル、高さ1・5メートルの柵と「ここはウミガメの産卵場所です」と表示した看板を設置。その夜、112個の卵がかえり、赤ちゃんガメは柵のすき間から無事に海へ帰った。柵は次のふ化予想地点に移されている。 岡垣町では92年に町がアカウミガメの調査を始めて以降、三里松原海岸で掘り返されたことは一度もない。柵は浜辺を走る車から卵を守るため、94年に設けただけという。 産卵地でも鹿児島県と高知県はウミガメの保護条例を設け、許可なくウミガメの卵を掘り出した場合、懲役または罰金を科すよう定めている。だが、福岡県にも町にも保護条例はない。同じ県内では、福津市が罰則のない保護条例を設けている。 町環境共生課は「むしろ、今回のことをアカウミガメについて知ってもらう機会とし、一緒に見守ってほしい」と話している。以前にも書いたのですが、こういう自然や何か貴重な発見をした場合、その場所を公表するかどうかは迷うところです。大多数は興味が無いか静観するかであるとしても、少数であろうともゼロではない数が良からぬことをたくらんだり、悪意は無くとも結果がトンデモないことをしでかしたりということがあるからです。 「まっとうな大勢」がそれを知ると言う利益よりも、その対象物が維持保存されていくことの利益の方が大きい場合は、この記事にあるものと同様、非公開にすべきことでしょうね。 しかし、こうも記事になり、そして巨大な目だつ柵。まるで「ここにありますよ」と言わんばかりの仰々しさです。 それと、よくわからないのですが、この何者かわからない「岡垣ウミガメ倶楽部」ってのは…ナニ?
あなたが地中温度を計る必要があるのしょうか?計った結果を何をどうするのでしょうか? そんな余計なことをしているから、その場所が分かったのであれば、それは止めるべきではないかと思うのですが。 地中温度が高かろうと低かろうと、その結果孵化しようがしまいが、それは自然の摂理であって、どうやらウミガメ保護の町内ボランティア保護団体のようですが、海岸の清掃や浜に車が入らないようにするとか、ウミガメの大切さを町内外に発信するとか、それで十分なのでは?なぜ温度計測をする必要があるのか、私は事情に疎いのでわからないのですが、「何もしないで、何も人為的な影響が無いよう見守る」べきではないかと感覚的に思うのですが…。 |
|
まずは、今日の福島民報の記事から。 公園からツバメが消えた 「ねぐら入り」の観察スポット、ツル科植物覆う 「ツバメのねぐら入り」の観察スポットとして全国的に有名な福島県郡山市の五百渕公園で、数万羽のツバメが寝床にしていたヨシ原がツル科の陸生植物に覆い尽くされ、今月に入ってツバメが公園から姿を消したことが17日までに分かった。日本野鳥の会郡山支部は22日に予定していた観察会を中止した。同支部はツバメを呼び戻そうと調査を始めた。 「ねぐら入り」は、子育てを終えた親鳥が巣を離れ、集団で水辺のヨシ原などにねぐらを作るツバメの習性。毎年、8月下旬ごろには約3万羽が同公園のヨシ原にねぐら入りしていた。 同支部によると、今年は7月中旬ごろまで約1万羽集まっていたが、徐々に減り、現在は一羽も姿を見せなくなったという。原因はカナムグラやアレチウリなどのツル科の植物。陸性だが、池の水位が下がったことでヨシ原の中に大繁殖したもようだ。ヨシに絡みつきながら成長するため重みで8割以上のヨシが倒れ、ツバメがねぐらを放棄したとみられる。 同支部は17日までに、公園を管理する市にヨシ原の現状を報告した。今後、会員やボランティアを募ってツル科の植物の除去作業を行う。 同支部の渡辺昭事務局長は「この公園のねぐら入りは戦前から続いてきた夏の風物詩のひとつ。再びツバメが舞い戻るよう、ヨシ原の回復を目指したい」と話している。記事だけではわからない部分が多いので、「事実」に対する意見というよりは、この範囲・報道事実への感想というか意見で言えば、なぜ、「ツバメ>ツル科植物」なんですか?ということ。 池の水位が下がることや、そのツル科植物の隆盛が人為的なものでなければ、それはあくまでも自然の営みの一環であって、良くも悪くも人が手を出すべきではないと思うわけです。 なんだか、「カワイイ小鹿が、怖いライオンに襲われているので、助けてあげた」と言われているような違和感を感じます。 記事からは、なんだか鳥好きな人たちが「夏の風物詩」「観察会の場」というものを維持したいだけで除去をしようとしているとしか読み取れないです。 これが、「たくさんのツバメがいるということが根付いている環境なので、ツバメが急に激減しては、それまで食べられることで数を抑えられていた昆虫が大発生し、多くの影響が出かねないから」というのでしたら、まあ分かるんですけれどね。 単にそういう話が紙面では紹介されていないだけというのならば良いのですが。
こういうところは、報道というのは取材先にも読者・視聴者などに対しても、両方に重大な責任というものが生じるということです。「書き手」の取捨選択で、まったく違った印象になってしまうのですから。 |
|
かねてより、「今の日本人に、自然に対する十分な教育を早急にすべき」ということを書いています。 それは、まったく自然環境あるいは生活様式が自然にインパクトを与えるのに縁遠い国土と生活であればそれを知らずとも影響は少ないのに、日本と言う国土は様々な自然環境がまだ豊かと言えるものの、日常の生活や家庭教育の中でそれらを教えられる機会がほぼ皆無となっている以上、「身近にあるけれどもよく知らない自然環境というものに接する正しい知識や行動を教育で身に着かせるしかない」と思うからです。 また、子供のうちから山や海の「良さ」と同時に「怖さ」を知ることは、それらでの事故の防止にも寄与することでしょう。 かくいう私も、余暇を利用して自然体験施設などで自然環境について解説やそれぞれの考えなどを聴くボランティアをすることがあります。里山の自然を写真に収めるのも、その一環です。 ところが、宮城県では財政難と老朽化を理由に「宮城県泉が岳自然の家」が閉鎖されてしまいましたし、8月1日放送のTBS系の「報道特集next」を見ると、文科省や天下り団体は、的外れな学校備品にばかり予算を余計にかける一方、要望の多いこれら自然体験施設への存続にはお金を出さず、日本中で財政難からこれらが閉鎖されているということを知りました。 これら自然体験施設は、子供たちが唯一、普段接する機会の無い身近な自然に接する機会になりえるすばらしい施設であり、それが閉鎖されるということは私の望みと正反対の方向に行ってしまっています。 価格comからの番組紹介の抜粋です。 日本教材備品協会
東京・新宿区にある教材や教育機器のニーズを調査している協会団体。 教材メーカー70社、教材販売会社900社が加盟しているとのこと。 この協会では調査の為に、文部省から6億5000万円が充てられたのだという。 そのうち約4億5000万円は「調査のための」教材を購入するために使用した、と団体の男性参事は話していた。 なお、6億5000万円かけて調査した結果は、今回の補正予算には反映されなかったとのこと。 国立青少年教育振興機構
東京・渋谷区にある国立青少年教育振興機構。 常勤役員6人中3人が文部省OBや出向者なのだという。 なぜ太陽光発電システムが必要なのか、番組の取材に対し施設の理事は、 「時代のニーズに合っているから。ハード面ではなく私どもがやろうとしているのは『ヒューマンな面』。こういうものを使って先生方に省エネについて理解を進めていただくことは大事なこと」 とのことだが、具体的な支持はまだ聞いていないと話していた。 総合青少年野外活動センター
大阪府にある野外活動センター。 小中学校を中心に年間6万人以上が利用しているが、築42年で老朽化が進み、維持費がかかるとして来年度末での廃止が決定したという。 荒神山少年自然の家
実際に、きれいな森林を見て、清流や通り抜ける風を肌で感じ、野鳥や昆虫の声を聴けば、大人などより感性豊かな子供たちは、理屈でなく感性でもって自然の大切さを理解し、行動しようと思うものです。自然体験施設の閉鎖は、そのような子供たちが学ぶ機会を奪い、そして自然環境への関心を失わせるという大きな損失になってしまう。滋賀県にある少年自然の家。 主に小中学校の野外学習に使われ、のべ90万人の子供達が利用しているとのこと。しかし、滋賀県の借金が9235億円で財政難になっており、この施設は廃止を含めた検討がされているという。 自然の家の主任は、 「非常にいい施設だと好評を得ているんですが、話はお金になってしまって『お金が無いから存続がちょっと難しいな』という話になってます」 と話していた。 私がボランティアで解説をしていると言っても、実は言葉なんかはあまり必要無く、実際に清流で水遊びをしてもらい、そこで水の由来、それがどこからきてどこに行くのかを少し話せば、子供たちは豊かな想像力でもってそれをイメージする。そういう子供たちは、川にゴミを捨てたりは絶対にしなくなるものです。100万の言葉よりも、清流の流れに触れる1度の機会がどれほど重要な意味を持つことか。 今でさえ、自然に対して正しい知識や行動を持てる人が少ないと私は思っているのですが、そう思う理由は、実際に山野で出会った中高年の目に余る言動や報道事実からですが、こういう基本的かつ重要なことをも知らないという人が多いということに、愕然としました。 8月2日の毎日新聞の記事です。 <生物多様性>6割「聞いたこともない」 内閣府世論調査 8月2日5時0分配信 毎日新聞 内閣府は1日、「環境問題に関する世論調査」の結果を発表した。G8環境相会合などでの主要議題「生物多様性」という言葉を「聞いたこともない」との回答が61.5%に上った。政府の第3次生物多様性国家戦略では、11年末までに50%の認知度達成を目指しているが、国内で理解が進んでいない実態が浮き彫りになった。 調査は6月、全国の20歳以上の男女3000人を対象に面接方式で実施。1919人から回答を得た(回収率64%)。 生物多様性は、地球上に多様な生物が存在し、それぞれがかかわりながらバランスを保っている状態のこと。来年には名古屋市で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催され、多様性保全のための新たな目標や、遺伝子レベルで医薬品などのもとになる有用生物を取り扱う国際ルール作りなどが議論される予定。 調査では、生物多様性の意味を知っている人は12.8%、「意味は知らないが聞いたことがある」は23.6%だった。 一方、多様性の意味を説明した上で環境保全への考え方をたずねたところ、「人間の生活が制約されない程度の環境保全」との回答が過半数を占めた一方で、「制約があっても環境保全を優先」が約4割を占めた。環境省生物多様性地球戦略企画室は「生物と触れ合うなど体験を通じて、多様性の意味と重要性をもっと多くの人に理解してほしい」としている。【大場あい】アンケートというのはその結果を鵜呑みにすることはできないのを考慮しなければなりませんし、「生物多様性」という用語そのものを正確に知らずとも意味合いとしては理解しているという場合も考えられるので、その辺を差し引いて記事を読む必要があるとは思いますが、それにしても一般的な傾向がつかむことができる目安にはなります。 記事の後半。 どういう説明をした上での問いかけと回答の主旨なのかわかりませんが、「人間の生活が制約されない程度の環境保全」の、ここで言う「人間の生活」がどの程度かわからないですね。 この設問では、今の日本なのか、あるいはジャングル奥地の地域での生活なのかもわかりませんしね。 また、「今の自分の生活に制約されない程度なら環境保全もいいんじゃない?」と思う人も、「環境破壊が続くために、自分の生活に制約が生じないように保全していこう」という考えの人も、これに当てはまるので、微妙なニュアンスが変わる場合もありますね。 まあ、こういう漠然としたアンケートでもって、何だか「環境省生物多様性地球戦略企画室」などという御大層なお名前の戦略を企画しているつもりなのでしたら、一番自然環境教育が必要なのはこういう役人からかもしれません。 逆にこの役所の人たちに聞いてみたいです。あなたはどれくらい、自然と言うものに触れ、それを知っているのですか?と。 具体的にどうしていきたいというのか、戦略や長期的見通しも示さずにその場限りで動かれて仕事をされたつもりになられては、困るんですよ。 本気で普及啓蒙したければ、省庁間の連携でもって、教育から始めなさい。
|




