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先日、「木への感謝」ということで、人と木の「なんだかいい話」をご紹介しました。 今日の記事も、そんな「いい話」。 7月2日の毎日新聞です。 美人林 すらりとブナ3000本 新潟・十日町 7月2日21時15分配信 毎日新聞 すらりと美しく伸びる幹の様子から「美人林(びじんばやし)」と呼ばれる、新潟県十日町市のブナ林が涼を求める人でにぎわっている。3000本が自生する私有地が四季を通じ終日開放され、昨年は9万人以上が訪れた。 「美人林」は約80年前に炭作りで伐採されたブナ林跡に落ちた種から育った自然林だ。地元のボランティア20人や小学生60人が清掃活動などを行い、地域ぐるみで林を守ってきた。美しさが口コミで県内外に広がり、来訪者を確認し始めた6年前に比べ、その数は倍増している。【梅村直承】3000本ものブナ林というのは、相当すごいですね。 ブナの木は「木」に「無」と書かれることもありますが、以前は「役立たずの木」などとされました。それは、他の木に比べて生長が非常に遅く、実をつけるまでに成熟するのに3〜50年はかかり、人間が製材として切り出すに林業では効率が悪かったのですね。ですので、戦後の住宅需要が高まったとき、戦争でも残ったブナ林が次々に伐採されて生長の早い杉とか松といった木々をたくさん植林してきたわけです。記事のリンク先では、現在のところはそのブナ林の写真が掲載されていて人との比較もできますが、「80年」経っているというのにそれほど大木ではないということにお気づきいただけます。それほど生長が遅いのです。 生長が遅いことから、生き残りも難しい木なのです。 ヨーイどん、で、他の木などと同時に大地に木の実が落ちても、ブナが生長する前に他の木の方が先に枝を伸ばし、ブナに当たる日差しを遮ってしまうわけです。 しかしブナの特性として、非常に柔軟性があって、若い木々のときはバネのように柔軟に積雪に耐えます。これが、豪雪地でブナが多く見られる理由で、杉やら松やらの樹木が豪雪に耐えかねて倒れることを繰り返す一方で、ブナはそれに耐えるという長い歴史で、ブナはその勢力を静かに広げてきたわけです。 と、いうことで、ブナ林というのはなかなか見られるものではない風景なんですね。私のように東北に住んでいる人間と、九州などにお住まいの方とでは、またそういう思い・感じ方が違うのではないでしょうか。 ブナ林というのは、今の時期は先日もご紹介したとおり、若葉のみずみずしい輝きは実にすばらしい色を見せてくれます。そして紅葉の時期は、黄色がかった日差しを浴びて光輝く風景を見せてくれます。 地面に落ちた葉は微生物などでも完全に分解しきるには丈夫な造りなので長く残り、スポンジのようにふかふかした土壌にします。これがブナが水を豊富に蓄えて土壌を豊かにするといわれるゆえん(ブナじたいも水を大量にたくわえますが)です。 (写真はいずれも、宮城県大和町の桑沼周辺のもの) そういう林があるというのは、すばらしいですね。 しかも、地元の方がそれを活かして守り、地権者もその広大な貴重な林を解放している。こういう地域の自然からの恩恵を共有して共存するような社会は、昔はどこでも当たり前だったはずなのですが…。 …しかし、それにしても年間9万人の来訪は多すぎるかも。それだけ、やはりブナ林というのが愛されつつも、めずらしい場所となっていることの現れでしょう。 ですが、遊歩道や木道を整備しているわけでなければ、それらの人々が自由気ままにその林の中を歩くわけでしょう? この3000本もあるブナ林の面積がどのくらいなのかわからないですが、全部の面積を均一にばらけて散策するわけではないでしょう。 9万人を365日で割れば年間1日平均300人弱程度ですが、実際は晴れた週末や新緑・紅葉の時期といった「特定の日」に大部分が集中するのでしょう。 また、この場所に来るまでは車でしょうが駐車しやすい場所があればその駐車スペースに近い「場所」にも集中することでしょう。ブナも排気ガスには弱い木ですのでその駐車場所の有無や規模も心配です。 つまり、特定の場所に特定の日などにたくさん集中して来るインパクトがあるということに危機感を持たなければならないでしょう。 一見広いので面積と人数を平均化して考えたり、また大部分の日常が平穏なだけに、「たまにだけ」の混雑などがどれほど大きなものか、気づきにくくさせます。ブナ林のそのほんのいったんから崩壊始まらなければ良いのですが。 やはり先日書いた「屋久島入山制限」のように、無尽蔵に人間がやって来ると、それそのものが害になるわけです。 しかも、それが近年増加しているという。この記事を見て、「よし、この週末行ってみるか」と思った・知った人もいるはず。こういう情報は、出すべきか?出さざるべきか?いつも迷う内容です。 さらに心配なのは、
ということ。 まあ、この記事の範囲だけでの話ですし延べ人数なのでしょうが、それにしてももうちょっと、感謝して行うべき行動が来訪する側にあっても良いんじゃないの?立ち入りを自由に許される地権者の方も、他でもよく聞かれる事例のように、そのうち考え方が変わりかねませんよ。 この見事なブナ林を地元の方々の好意で体感させていただいておきながら、いったい延べ9万人もの人々は何を感じ・何を学んで行ったんだか。こういう場所に行って、ただ「きれいだね」「すごいね」だけで終わらせるような人間には、進歩は無い。 地元自治体も、邪魔にならない程度にブナの驚くべき特性や、この林のかけがいのない価値・成り立ちなどを啓発するようなことをして、この地権者の方やボランティアの方々への好意に応え、ともに守っていくような方策を考えた方が良いのでは?と思います。本当は、まっとうな感性を持っていれば、そんなもんは教わらずとも理屈ではなく体感できるのがこういうブナ林なんですがね。人の感性まで近年は衰えてきたのでしょうか。 今や、そういう自然の中に入るには、やはりマナーとか畏敬とか感謝とか、入山時のレクチャー義務とか、一方で規制とか、そういうのを真剣に考えていかなければならないと思います。
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【自然関係のお話し】
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まだ数は少ないですが、私のメインの書庫です。
仙台市の泉ケ岳の自然を中心に、自然について考えていること・見たことなどをご紹介して行きます。
仙台市の泉ケ岳の自然を中心に、自然について考えていること・見たことなどをご紹介して行きます。
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動物撮影をするのに参考にしようと、古くからの日本の狩猟技術について書かれた本を読みあさった時期があります。追跡する方法やワナを仕掛ける方法などは、フィールドサインや習性の分析、自動撮影カメラを設置するときの位置決めに応用が利くからです。 「狩猟民俗」の話はそれらの技術だけで終わることはほとんど無く、技術以前の大前提として山野での生活や信仰、言い伝えやタブーなどが密接に絡んで来るため、単に動物を捕獲する技術だけではなく、「山の神」信仰とか、キツネ・タヌキの化かし、天狗や河童…といった話のほか、「木」に対しての話も多く聞かれます。 「窓の木やカエル股の木は切ってはいけない」とか、「切り口にささくれを残してはいけない」などの山の大いなる存在に対するタブーからのものと、「木々の精霊が語りかけてくる」「木々が伐採を恐れる」「木が切らないでくれと夢枕に立つ」「神木を切ったら、切った人間が怪死した」…というような木そのものの生命・信仰の話なども全国に多く残っています。 物識り顔で考えれば、それは狭い山間地域で危険な山岳生活で生計・生活していく上での、欲をもたず・集落でトラブルを起こさないために自分らよりも大きな存在を担ぎ出すことで、集落を治めようとしたのだと思います。しかし同時に、昔の人々の多くが持っていた純粋で素朴な自然への畏敬とか愛着とか感謝とか、そういったものを痛感します。 実際、私のような鈍い男でも、誰も来ないブナの原生林の中などにいたりすると、理屈ではなく、木々の会話や呼びかけが聞こえるような気さえして来るもので、それらでの生活が日常であった職業や時代の方には、何か大きなものへの畏敬や感謝を自然とおぼえたものでしたから、そういった考え方には実に共感できます。 6月22日の毎日新聞の記事は、そういう、なんとなく「いいニュース」です。 <掘り出しニュース>人助けの椋の木祭る「霊木祭」 大正の洪水で助かった百歳女性が初めて参加 6月22日20時8分配信 毎日新聞 【大分】日田市若宮町の三隈川右岸にそびえる椋(むく)の木(市特別保存樹)で21日、梅雨期恒例の霊木祭があった。明治、大正の大洪水で計93人がこの木につかまって九死に一生を得た“人助けの木”として近隣の尊崇を集めているが、大正の洪水の際によじ登った柴田アイさん(100歳)=大分市明野西=が初めて霊木祭に参加。「今あるのも、あなたのおかげです」と手を合わせた。 ◇感謝を込めて「今あるのも、あなたのおかげです」 椋の木は樹齢約300年、高さ30メートル、幹回り5メートル。1889(明治22)年7月5日の洪水では、逃げ遅れた63人がこの木によじ登ったり、舟をつないで助かった。1921(大正10)年6月17日の洪水では、近くの竹工場従業員ら28人と上流から漂流してきた2人が同様に助かった。一方で、戦後の食糧難時代は、無数の実が子どものおやつになった。 霊木祭は、地元の椋の木保存会(若宮会、井上四郎会長)が1963年から開催。車いすの柴田さんは、一緒に暮らしている次女の山本美江子さん(68)ら家族が付き添った。 柴田さんは大正の際の竹工場経営者の娘。当時12歳。「朝から雨が激しかった。水が出たため近くのほこらに避難し、さらに工場の人たちと椋の木によじ登った。多くの人や家屋が流されるのが見えた。『落ちたら命がないぞ』と大人が叫び、必死に枝にしがみついた」と振り返る。「大病を2回患ったが、今があるのも椋の木のおかげです」と手を合わせ、霊木を見上げた。【楢原義則】近代合理主義的な考えであれば、「そんなもん、木はあっただけで、それに登ったりして助かって、何が木のおかげ?登ろうと手助けした人の方が偉いじゃないか。木が何かしたのか?」という感想を考えるところでしょう。 私は「超常現象」や「宗教」にはひどく懐疑的な人間で、何かあれば何も考えず「不思議な話」「神」を持ち出されるのは大嫌いで、それよりも確かな人の努力や成果を称えるような人間なのです。 しかし、それでも、純粋に何も考えず感謝の気持ちを他にささげ、集落や人生のシンボルとして木が身近にあり、大切にされているという「気持ち」や「文化」は、なお大事だと思うんですね。 本来、木々・里山と人は、そういう関係であり、誰に教わったわけでなく、毎日の生活や伝統の中で、培われてきたものなのでした。「八百万の神」と言われるように、木々や石にまで神が宿っているから、大切にして感謝しなければならない気持ち・考え方があったものでした。木や草、山にまで魂や神があると感じれば、何も言われずとも無駄にそれを取ろうとは思わずに言動に慎みができるものです。 思えば私も、子供のころは雨に濡れる自転車が寂しそうでかわいそうで、夜に起きだして傘をかけるような子供でした。雨に濡れる傘はじゃあかわいそうではないのか?という考えが今なら出てしまいますが、そういう理屈ではなく、物言わぬ物への労りとか感謝とか、そういうものは人としての本来あるべき姿ではないか?と思います。 しかし最近は「エコ」「地球にやさしい」「自分が損するから」…などという、押し付けや単純で目先の利害だけで、何も考えず「自然を大切に」などと言われています。 そういう、同じ「何も考えない」でも、全く質の違うものだなあ、と思います。
ちょっとなんとなく、いいニュースでした。 |
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私は、ブラックバスやらブルーギルを釣るという人は、好きになれません。 それを在来種保護のために駆除で釣っているとか、食べるために釣るというのなら別ですが、単に「スポーツフィシング」などと名のつくお遊びで命をもてあそぶのが全く同意できませんし、一部の熱狂的…というよりも狂信的な連中が考えも無く密放流をすることがあるために、そもそも良いイメージがありません。 全国のブラックバスらが生息するようになったのは、食糧として導入されたケースもありますが、ここまで全国で問題になるほどに広まったのは、これら考えのない愚か者のしわざであることが多く、そのために豊かな湖沼が大変な被害を受けています。たかが、お遊びだけのために。 ブラックバスに対して何らかの規制をしようとする動きに反対する人々の意見の全ては、全く道理の通らないものだけです。 もともと道理などなく、釣り具メーカーや釣具店、専門雑誌発行元などは100%商売のために反対しているだけで在来種がどうなろうと知ったことではなく、釣りをする人間も自分の遊びが無くなるから反対しているに過ぎません。 ハッキリそういえばまだいいものを、なんのかんのと苦し紛れの見苦しい言い訳を重ねるから、論理などあるわけがなく、すぐに破たんします。論拠が無いので規制派に論理的な反対意見を出されると、再反論できないために感情的になり逃げ出したりします。手に負えません。 そんな深い考えもなくブラックバスを自分の目先の欲望のためだけに釣っている人に、幅広い考え方などあるわけがありませんし、ブラックバスが今後どういう影響を子孫や国土に与えるのかなんてことを理解できるはずもがありません。 6月23日の産経新聞に、緊急雇用対策として駆除を行うことにしたことが紹介されています。 緊急雇用対策でブラックバス駆除 埼玉県 6月23日7時59分配信 産経新聞 ブラックバスやブルーギルなど外来魚の食害から県内の在来魚を守ろうと、埼玉県は22日、駆除を始めた。駆除するのは、県の緊急雇用対策で県漁業協同組合連合会に雇用された18人。11月まで約5カ月間にわたり、県内20カ所の河川や湖、沼で駆除を続け、魚類資源の再生と河川の生態系の回復を目指す。 県によると、18人は26〜64歳で、ハローワークを通じて募集した。週4回、3カ月間働くことが条件で、日給は8000円。駆除はさし網で行う。 22日はさいたま市西区の沼で17人が捕獲に取り組んだ。結果はブラックバス13匹、ブルーギル6匹。やや少ない成果に、県漁連の古賀好一参事は「ブラックバスは頭がいいので捕獲しにくい。網の目を細かくして、小型のブルーギルも捕まえられるようにしたい」と話している。 県によると、ブラックバスは北米原産で、大正14年に食用として国内に持ち込まれた。引きがいいことから、ルアー釣りの対象魚として多くの河川などに放流され、生態系への影響が深刻化している。 平成17年に特定外来生物に指定され、輸入や飼育、販売のほか放流も禁止されたが、繁殖力が強く、数は減っていないとみられる。 県内でも、ブラックバスなどは密放流で広がり、昭和45年ごろから、アユの稚魚やカジカ、ワカサギなどが食べられる食害が徐々に目立ちはじめた。平成5年に1783トンあった漁獲量は18年には501トンに激減している。 県は「激減は外来魚のせいだけではないが、大きな要素」と指摘する。 県はブラックバス捕獲のほか、河川などに放流禁止の看板などを設置し、釣り客らに釣っても再び放流しないなどの啓発も進めていくという。記事の最後に、県の担当者が「激減は外来魚だけのせいではない」ということをことさらに言っているのは、ブラックバス規制に反対をする短絡的な人の中では、「在来種が減っている理由は、外来魚のせいだけではない。環境破壊や取り過ぎのせいだ」などと論理のすり替えをしていても自分ではそれに気づかないという愚かな人がいて、そんなのの感情的な苦情が来られれば呆れ・持て余すために、事前の予防線でしょう。 しかし、そう反論する擁護派から、その根拠が示されたことはありません。論拠は、「ブラックバスのせいで、在来魚が減ったという統計や調査結果が無いから」というだけです。 が、今後はそんな幼い子供の理屈も封印されそうです。 6月20日の朝日新聞の記事です。 恐るべしブラックバス 2週間で池の生物3分の1食べる 2009年6月20日7時50分 生態系に悪影響を与える特定外来生物に指定されているブラックバスが、短期間でため池の水生生物を大量に捕食してしまうという調査結果を、宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団(栗原市)と宮城大食産業学部農村生態工学研究室がまとめた。水槽ではなく野外でこのようなデータが得られたのは全国でも初という。 それによると、県北のあるため池で昨夏、堤が崩落して外部の水路からバスが侵入したケースがあった。侵入から13日後にバスを駆除し、82匹を捕獲。これらの胃の中から1匹あたり平均3匹の水生生物が出てきたという。 これをもとにバスが13日間に捕食した生物の総数を計算したところ、タナゴ1687匹、ハゼ科のトウヨシノボリ400匹、エビ類718匹、アメリカザリガニ267匹の計3072匹と推定。ため池に生息する生物約9千匹の3分の1が一気に消滅したことがわかった。 同財団の藤本泰文研究員は「バスが短期間侵入しただけで他の生物を全滅させる恐れがあり、さらに駆除に力を注ぐ必要がある」と話している。調査結果は「伊豆沼・内沼研究報告第3号」(500円)で紹介されている。問い合わせは同財団(0228・33・2216)へ。これが決定的なものとは言い切れない面はありますが、それでも初めて統計的調査でもってそのかねてから言われている食害ぶりを示した意義は非常に大きく、今後、目にウロコがついている人に有効な目薬になると思われます。 これでもって、少なくとも「ブラックバスの影響は少ない」というこれまでも根拠が無かった意見はバッサリ切り捨てることができます。 しかし、厄介なことに、釣り具メーカーや釣具店など、この不道徳な行為で持って生計を成り立たせている連中がいるわけで、本来、そんなことまで考えてやる必要は無いと言いたいのですが、実利を取るためにはこいつらの生活の面倒も見るような懐柔策は必要になるんですよね。やりたい放題の連中はそれまで儲けた分ありがたいと思えばいいのに、その後始末に研究や労力をかけている無関係な方がそれらの心配までしなければならないのは本来おかしな話なのですが。 言ってみれば、発展途上国で貧困や無学なために犯罪やテロ、麻薬栽培があるから、先進国が被害を受けないよう、そいつらに職業や教育を与えてあげましょう、というような大人の対応をしてやるしかないんですね。困ったものです。 冒頭で、私は「単にスポーツフィシングなどと名のつくお遊びで命をもてあそぶのが全く同意できない」と書きました。しかし、では「駆除」ならいいのか?という矛盾に思われる方がいるかもしれません。同じく食べるわけでもなく命を消す行為に変わりがありませんから。 しかし、単に「引きがいい」「あの感覚がたまらない」「大きいものを釣りあげたときの達成感」…などなどとアホなことを言って遊ぶのと、在来種や地域の環境を維持し、あるいは生業としての漁業被害を軽減させるためにやむを得ず行うものと、行為は同じでもその動機は全く別物であり、そもそもその駆除をしなければならなくなった大きな理由がその考えなしの遊び人のせいであるわけで、バス釣りをする人に、駆除を批判する資格はチリほどもありません。 ですので、くれぐれも見失ってはならないのは、
のです。やはり、ここでも。 |
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6月20日の読売新聞に、世界遺産・屋久島を2011年度から入山制限をかけるという記事がありました。 観光客増、荒れる世界遺産…屋久島に11年度から入山制限 6月20日14時41分配信 読売新聞 環境省と鹿児島県屋久島町は、観光客の急増で環境破壊が進む世界遺産の屋久島で、2011年度から初めての入山制限に踏み切る方針を固めた。 昨年4月に施行されたエコツーリズム推進法の初適用を目指す。自然公園法とは異なり、地元市町村が立ち入り制限区域を指定できるのが特長で、違反者には30万円以下の罰金が科される。 屋久島は、推定樹齢7200年ともされる縄文杉や地表を覆うコケなどの自然美や生態系が評価され、1993年、白神山地(青森、秋田)とともに国内初の世界遺産に登録された。 登録をきっかけに入山者が急増。08年には10万9000人に上り、休日の入山者は1000人前後に達することも珍しくない。特に、し尿の現地埋め立て処分が限界にきている。 04年、環境省からエコツーリズムのモデル地区に指定された。町、環境省、国有林を管理する林野庁などでエコツー推進協議会を発足させ、ガイド制度や過剰利用対策を議論している。 今後、1日あたりの入山可能人数などを含めた全体構想を定め、関係省庁の認定を受ける。上限を300人程度にする意見が町などから出ており、日高十七郎(となお)・屋久島町長は「世界遺産を守るのは我々の責務」と強調する。 屋久島のほかには、沖縄・慶良間(けらま)地域がサンゴ礁保護のため、エコツー推進協で立ち入り制限を検討している。また、自然公園法に基づき、吉野熊野国立公園の一部で入山制限がある。 国立公園協会(東京)の鹿野久男理事長の話「入山者のマナー徹底や、ガイド同伴を入山の条件にする制度も同時に実現させれば、モデルケースになり得る」 ◆エコツーリズム推進法=過剰利用地域の立ち入りを制限して観光資源の保護を図ることで、ブランド力を高め、観光振興との両立を目指す。環境保護意識の高まりを受け、議員立法で成立。罰則もついた。屋久島は霧島屋久国立公園の一部だが、国立・国定公園以外でも適用できる。 .最終更新:6月20日14時41分これは結構な話なのですが、遅すぎた対応です。 そもそも世界遺産に登録されたから行ってみようという人が、深い自然への理解やマナー、知識などを持ち合わせているなんて期待できず、物見遊山で好き勝手行っているというのが実情です。 実際に、いわゆる「縄文杉」も根を踏みつけられたり、刃物で落書きを彫られたりという恐るべき自然への犯罪行為をしている者が多いという恥ずかしすぎる事実が聞こえています。 その意味では、問題は「数」もですが、「質」でもあります。 マナーも知識も無いような人間は、大自然に立ち入って、大自然からの恩恵を受ける資格は無い。こういう特別にわずかに残された原生林に立ち入るには、数日間程度のレクチャーを受け、指導者からの面接などを得て入山についての資格がある人物か否かを見極めてから、限定的に入山させるべきであると思います。 しかし同時に、そういう感覚を持たない人にこそ、このような圧倒的な大自然を体感してもらい五感に訴えて、身近な自然からも大切にするような考えを持つキッカケになるようにもして欲しい。それが屋久島の自然に立ち入らせてもらって、それらに少なからず与えるインパクトに対してのせめてもの礼儀というかお礼のように思います。 このような規制をかける上で、いつも問題になって来るのは、「観光産業」の利権です。 入山規制をすれば、土産物屋からホテル、輸送手段などまでが売上が下がるわけです。そうなれば職を失う人も多くなりその土地から離れる人が出たり、地元自治体への税収も下がるなどの影響が生じるために、本来これら自然を次世代以降にも引き継ぐことを率先してすべき自治体も、なかなかその規制に踏み切れないのが現状です。 これらは「世界遺産」と言われるように、「世界」の、「人類全体」の遺産です。これまでの人類が今の世代まで残して来たものであり、我々の世代の、ごく一部の地域の所有物ではないのです。だから、そんな地元の利権なんかは二の次であるべき。 しかし、同時に世界的な遺産である以上は、世界全体がその保護のために一致協力すべきであり、打撃を受ける観光産業や地元自治体などには十分な補償をすべきですし、見学に行く人間もその遺産を引き継ぐべき努力をするのは当然と言えると思います。 ここは屋久島が思い切った決断を見せてくれたのを期待して、今後これに続くようなモデルケースになっていって欲しいと思います。
しかし一方で、本来その土地を利用して長く生きてきた地元民まで十把一絡げで入山規制をしたりするような文化破壊には慎重であって欲しいと思います。 |
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ミツバチの伝染病が流行していることから、オーストラリアから女王蜂の輸入が停止されており、そのためにミツバチの不足や盗難という騒ぎになっていますが、やはり出ました、こんな馬鹿。 6月16日の産経新聞の記事です。 中国産ミツバチ密輸 養蜂関係者容疑で捜索 供給不足の交配用 6月16日15時39分配信 産経新聞 世界各地で深刻な供給不足が問題になっている花粉交配用のミツバチを、大阪府内の養蜂(ようほう)業関係者の男性(35)が今年4月、中国から国際郵便で密輸しようとしていたことが16日、農林水産省などへの取材で分かった。ミツバチは家畜伝染病予防法で、指定輸出国以外からの輸入ができなくなっており、中国は指定外。大阪府警は同法違反容疑で男性の自宅を捜索した。同省によると、中国産ミツバチの輸入をめぐり不正が発覚したのは初めてという。 同省動物検疫所関空支所や関係者によると、男性は指定検疫物であるミツバチの密輸を計画し4月末、中国・杭州からミツバチ計約30匹を入れた小包を国際郵便で発送させ、関西空港着の航空機で日本国内に持ち込んだとされる。 税関職員が小包の中から虫の羽音がすることに気づき、中身を確認したところ、女王バチを含むミツバチを発見した。輸出元がオーストラリアやハワイなど日本の指定輸出国ではなかったことや、輸出国の政府機関が発行した検疫証明書がなかったことなどから密輸の可能性が高いとして、男性の了承を得て検疫段階で焼却処分したという。 男性は連絡を受けた際、「必要書類の添付を忘れた」と説明したが、農水省は輸入を認めていない中国政府発行の検疫証明書の取得が事実上不可能だったことなども考慮し、一連の行為が極めて悪質と判断、府警に通報したという。通常、ミツバチや家畜などを海外から日本国内に持ち込む場合、輸出検疫証明書を取得し、空港などの動物検疫所で係留検査を受けることが義務づけられている。 ミツバチの場合、到着日と解放日を加えて計3日間の検査期間を必要としており、精密検査などで健康状態に問題がなければ、国内に持ち込むことができる。ただ、検疫証明書のない家畜や、同法で定めた97種類の伝染病を媒介する恐れのある生物や製品などは持ち出し国に送り返すか、焼却処分される。 同省担当者は「取引先として認めていない国からの輸入は、国内のミツバチの生態系にも多大な悪影響を与えかねず、密輸は重大な違反行為だ。国としても供給不足の解消に向けて対策の検討を始めており、不正は看過できない」と話している。 ◇ 【用語解説】家畜伝染病予防法 家畜の伝染病の発生を予防し、蔓延(まんえん)を防ぐことで畜産振興を図るのが目的。牛やヒツジのほか、鶏やウサギ、ミツバチなどが対象。平成16年には鳥インフルエンザの感染防止策を強化する改正法が成立し、届け出義務違反に対する罰則強化や、移動制限に協力した農家の経済的損失への補償、都道府県が家畜を処分する際に国が費用を半分負担する制度などを盛り込んだ。目先の利益にでも目がくらんだくだらない小者のすることは、こんなものでしょう。 発見し、毅然とした対処をした関係者には敬意を表する一方、一罰百戒で厳しい処分をお願いしたいものです。 こいつがしようとしたことは、国内のミツバチに未知なる病気をまん延させかねない危険な行為であり、こいつ1人のために多くの養蜂家や農家、野生の昆虫が大きな危機にさらされかねないところだったわけで、そもそも今ミツバチが少ない理由がオーストラリアでの病気のまん延なのですから、それを日本にも再来させて混乱に拍車をかける気か? …まあ、そんな簡単なことも理解できんのだろうな。 こういう、ごくわずかな、目先の利益しか考えない愚か者が、他の大多数の人に大きな迷惑を及ぼす。
困ったものです。 |




