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仙台七夕というと、昨日UPしたような市中心部の派手な飾りがTVや写真ではよく見かけると思います。 私の子供のころは、市中心部の商店街も多くは地元資本のお店で、営業時間もせいぜい夜7時ごろまで、という時代でしたから、それぞれのお店の従業員の人たちが営業時間後に残ったりして、アイディアを出し合ったりして独自に作った七夕飾りが多かったように思います。 ところが近年はそういう事情にはありませんので、専門業者さんに発注したりして、形はとても鮮やかできれいですけれども、どこか「ハリボテ」のような七夕飾りになってしまったように思います。 日本全国のお祭りの中で、しばしば聴く悩みというか課題は、「担い手がいない」とか「客が来ない」というもの。まつりを地域活性の手段としていると、その悩みはつきもののようです。 ですが、私は本来まつりというのは「スポーツ」よりも「運動」のようなもので、その地域を元気にするという目的以前に、元気だからこそ、その地域や地域住民の何らかの思いを形にする発現の場だと思っています。 健康のために「運動」をするというのもありますが、まつりによっては「スポーツ」のように、健康だからこそできるというものもあると思います。つまり、健康で無くなったならばスポーツはできるはずがなくむしろ止めて体力に見合った「運動」に切り替えるべきで、いつまでも若いふりをしてスポーツをしているとケガをするものです。 私は仙台七夕は、最初は町内会の住民で盛り上がって楽しみにしていた地域運動会だったものが名物になって、いつの間にか名を変えてオリンピックになって誰もが気軽に参加していたものからすっかり住民不在になってしまったかのような、何だか親しみを感じず少し寂しさを感じます。 そういった意味では私は地域の商店街でいろいろとご苦労は多いと思いますがお客さんのためにがんばろうとする七夕飾りが、派手さでは負けていても見ていてきれいだな、うれしいな、と思います。 写真は、仙台市宮城野区にある原町商店街の七夕です。通りかかって、とってもきれいだなあ、こんな商店街をゆっくり歩いて買い物したいな、って思いました。
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【思い出のもの】
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この書庫では、私の「思い出」に残る場所や品物、人物などを、懐かしく思い出したいと思います。
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昨夜はクリスマスプレゼントを持って実家に行き、そこで両親と一緒に食事しながら不況のニュースを見ていて、なんと言うことは無いのですが、なんとなく、心に残った話です。 何気に私が「今年は不況で、クリスマスどころではない人も多いだろうね。楽しみにしている子供になかなか言いづらいながらも『サンタさんから電話があって、今年は行けないから、ゴメンねと謝っておいて、と言われたよ』なんて弁解する親もいたりして」などと言ったところ、母は「かわいそうだけれど、子供には我慢させることも必要だよ」と、孫(私からすれば、姪・甥)に我慢させることなく大盤振る舞いをするくせに、言います。 その流れで初めて、60年も前の、母のクリスマスを聞きました。 昔なんて、まだ靴下なんて無かったから、足袋を履いていた。だから、クリスマスの夜は足袋を枕もとに置いてね、朝起きると、中にみかん2つと、10円が入っているの。あのときの10円だから結構な額で、今なら500円以上かなあ。喜んでサンタさんが来たと学校に行くと、あの当時、お金持ちの○○さんっていう家があって、その家の子が今でいうリカちゃん人形みたいな誰も持っていないようなものをサンタさんからもらったって、喜んで自慢しててねえ。子供心に、「なんで○○ちゃんのトコにだけ、そんなにいいもの、今年もサンタさんは持って行ったんだろう?」って、不思議に思ったものだよとのこと。 母は、それが「うらやましい」とか、「家が貧乏で、もっといいものが欲しかった」とか、そういう感想は言葉からも表情からも感じられず、何が言いたいのかそのときはわかりかねたのですが、続いて、
でも、その○○ちゃんは、勉強はできなかったねえ。今はお金のある家は塾に行って学力つけて、裕福じゃない家との学力格差がいろいろ言われているけど。実家で商売しているから、読み書きそろばんさえできれば勉強しなくてもいい、って感じだったからね。だから貧乏だった家なんかはせめて勉強を、って必死に勉強したものだったね。と続けます。 勉強できない、って言えば、△△さんも勉強がすごくできなくて、一年中、授業中は下を向いて当てられないようにしていた女の子がいたっけ。でも、運動会になって、『リレーの選手、誰にしますか?』って先生がみんなに聞くと、誰もが『△△さん』『△△さんがいい!』って、推薦したくらい、足はすごく速かった。 そうクラス中に推薦されたときが、△△さんが年に何回か、照れたような明るく笑顔になれるときでね、実際に足が速くて、運動会は彼女一番の晴れ舞台だったものだよ。今は、運動会でかわいそうだから、って、順番つけないようにしているんだって!?足の速い子の晴れ舞台を奪っているんだね。勉強では順番つけるのに。年寄りの話は、長くてあっちこっち飛んでイケマセン。 物をあげるだけじゃなく、その子の絶対にある得意なものを褒めて伸ばしてあげるとか、輝かせてあげるとか、思い出を残してあげるとか、実際にそれができなくても周りの大人がそういう見守る姿勢で包んであげるとか、そういうのが無いから、今の子はかわいそうなんだよ。不況だから、物がもらえないから、じゃないね。なるほど、そういうことが言いたかったんですか。 じゃあ、今日持ってきたプレゼント、返していただいて、いいのですよ? それとこれとは、話は別。そうですか(笑)。 私自身、確かにクリスマスに特別すごい物をもらった覚えは無いけれど、「楽しかったなあ」という思い出はたくさんあるし、自分は自分といろいろな考えや経験や思い出をもらってここまで来たなあ。かけがえの無いもの。 30年前の私のクリスマスプレゼントにも、私はとてもいいものをもらったような気がします。 そして今年のクリスマスも、何かとてもいいものをもらったり、あげたりしたような気がします。 |

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以前、少し書きました「お子様ランチ」の記事ですが、甥を連れてレストランに行ったとき、頼んだのがお子様ランチ。乗り物が大好きな彼は、姉2人は同じものを頼んでもそこまで喜ばなかったのに、男の子の特性なのでしょうか、食器のデザイン・旧型新幹線のプレートにのせられて運ばれてきたのを見て、とにかく大喜びでした。 カワイイ姪・甥には、よろしくない祖父母・親のようになってしまう私。 このお子様ランチ用の車や新幹線のプレートが買えないものか、探しました。 Yahoo!オークションなどにも出ていたり、ネットショップでもよく見られるのはあるのですが、どれもちゃちい。先日レストランで見かけた食器と違う。 あっちこっち、売っているところはないかと探していてわかったのは、私のイメージにあるレストランで出てくるようなお子様ランチプレートを作っているのは、食器メーカー(有)ニイミ洋食器店さん。甥が大喜びした新幹線も、こちらの商品のようです。 ・・・ところが、通販している気配は無い。 それで、こちらの会社から卸して販売しているところは?売っているところは?と探し回ると、ありました! 楽天市場に出店中の「食喜屋」さん。その中で、子供用食器のコーナーがあります。 あっちこっちで取り扱っているのはこのタイプでしたが、私が欲しかったのはこの車やこの新幹線。ついでに、にぎやかで楽しい万国旗。いずれも、レストランで使われているものと全く同じです。 値段も、食器としては高めだけれど、子供用品としてはまあこんなものかなあ。 さっそくお願いしました。 素材はメラミンで、見かけより驚くほど軽く、しかし造りはしっかりしています。 軽いと言っても、幼児が持つにはそれなりに重いので、安心でしょう。 昔のお子様ランチは、陶器か何かだったような記憶がありますが。 「消防車」と設定で、同じ型で色が濃紺のもので「パトカー」となっていますが、リアにこういうタイヤがついている消防車やパトカーってのはイメージがわかない。「バギー」のような感じ。 設定はともかく、リアにもこう、手を抜かずに飾り付けをしているのは丁寧ですね。 白いプレートだけ外せるので、洗う時は別に車まるごと「洗車」する必要は無く、普通の食器洗いで済みます。 裏面から見た様子。ギッシリ詰まっているわけではなく、空洞で、これで軽量化をはかっているんですね。 でも、ちゃんとグラつくこともなく、安定感があります。 塗装も裏面までキッチリ塗られているのも、これも丁寧ですよね。 こちらは新幹線。 万国旗。 甥のために買ったものですが、見ていて、いいオッサンの私でも何だかうれしくなります。 「贈り物」はいつも思いますが、大切な人や感謝したい相手に贈るものですから、「何をあげようかなあ」と考えたり、「これをあげたら、喜ぶだろうなあ」と想像したり、実際にあげたときに喜んでもらえたり、そしてそういう贈りたくなるような相手が近くにいてくれることじたいがすばらしいことであり、実は「贈る側」の方が喜びが大きかったりしますね。 最初は、これをプレゼントして自宅で使わせよう、と思ったのですが、考えてみればこういうものは、「家族でお出かけした特別の日」など、たまにしか得られないものだから思い出に残ったのであり、これで毎日・毎食出ては感激も薄れ、思い出にもならないかもしれない。そして、外で食べたときにも、「いつもの食器」に過ぎなくなる。 これは、買ってから思ったことですが、微妙だぞ。喜ばせようと思って買ったのが、実は将来の思い出や「お出かけ」したときの特別な感激を奪ってしまいかねない。日々の少しずつの喜びもいいけれど、そういうインパクト・自分がその思い出が大切だから、ううむ、自宅用にはさせず、こちらに遊びに来たときにだけ、これで出してあげることにした方が、いいかもしれない。 今回、購入させていただいた「食喜屋」さん。とてもご親切で、お子様ランチプレートだけではなく多くの食器をお取り扱いなされているのですが、梱包がまるで人形を届けるかのように丁寧な梱包。本当に、食器やお客を考えている方なんだなあ、と思いました。
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5月12日の毎日新聞の記事です。 <暴力団>UFOキャッチャー「全部空くじ」激怒、脅した容疑/組幹部ら逮捕 5月12日18時35分配信 毎日新聞 福岡県警は11日、ゲーム機「UFOキャッチャー」のくじ入りカプセル約180個すべてが空くじだったことに腹を立て、ゲーム機の所有者を脅したとして、同県大牟田市船津町、指定暴力団九州誠道会幹部、梅木一馬容疑者(43)ら3人を暴力行為等処罰法違反容疑で逮捕した。県警によると、店主は参考人聴取に「何回かに1回は当たりを入れてある」と話しているという。 梅木容疑者は同会の実質的ナンバー2という。他に逮捕されたのは、同県うきは市吉井町千年、同会系組幹部、藤田秀憲(30)と、弟で自称同市吉井町富永、同、藤田光雄(27)の2容疑者。いずれも「知りません」と否認している。 容疑は、3人は今年1月6日夜、県筑後地区のカラオケ店で、UFOキャッチャーのカプセル内のくじがすべて空くじだったため立腹。ゲーム機を所有する男性(61)に対し、殺害された指定暴力団道仁会会長(当時)の名前を挙げ「やったのはおれや。この落とし前どうするとか」などと脅したとされる。 県警によると、3人はゲーム機で数個のカプセルを取ったが、中のくじがすべて空くじだったため、カラオケ店主に迫って、ゲーム機内に残っていた約180個のカプセルを1個当たり、正規のゲーム料金の100円で買い取り、その場でくじを開封。しかし、当たりが一つもなかったことから激怒し、店主を通して所有者を呼び出したという。3容疑者はカプセル代約1万8000円を店主に支払っている。暴力団員、しかも大幹部がくじ入りカプセルを必死にやっているのは何だか滑稽ですな。 「あー、クソ、また取れなかった。おい、この財布のサツ、みんな100円にして来い」なんて舎弟に命じて頑張ったのに、いくつ取ってもスカばかり。ついに頭に来て…なんて状況を思い浮かべてしまいます。 いかついヤクザが180個のカプセルを必死で全部空けて、全部がハズレと知った瞬間茫然自失となっている姿を思い浮かべると、やはり滑稽です。 しかし、実際のところは、どうなんでしょう? このテの店のクジはどうせそういうスカだけだと知っていて、それで最初から恐喝で金をせしめようとか、おしぼりだの絵画だの植木を高い金出して置けというような要求をするつもりだったのかもしれません。 暴力団はどうでも良いのですが、それにしても、このカラオケ店の店主や所有者もかなり悪辣ですな。180個全てハズレだけとは。 思い出しますのは、今は無き近所の駄菓子屋。 小学校低学年のころは、私も駄菓子屋通いをした経験があり、店先にぶら下がっているゴムの大きなワニやら恐竜やらが当たるくじ引きなんてものを夢中でやったものでした。 しかし、何回もクジを引いても、末等の小さなクモとかコウモリとか、どうでも良いものばかり。 おそらくは「あぁ、我が来た道を、息子よお前もか」と見かねたのであろう両親が、「あれは大きくてみんなが欲しがるものの当たりは抜いていて無いんだよ」というせっかくの貴重な体験からの忠告をするも聴かず、わずかなおこづかいをもらうたびに、やったものでした。 あるとき、しばしこづかいがもらえなかったので行けなかった期間の後、その駄菓子屋に行ってみると、くだんのくじ引きが、残り数枚になっていて、しかも私が今思えばなんでそんなもん欲しかったんだろう、1等の大きなゴムのワニとか、そういう大物も残っています。 幼い頭で必死に計算します。「くじは残り数枚だけ。ってことは、これ全部買えば、あれ全部ボクのもの」。 そして、なけなしのもらったばかりのおこづかいの大部分をつぎ込んで、「おばちゃん、これ、全部引く」と言って引いたのに…おこづかい出して全部買ったのに…なぜか1等だの「大物」はもらえませんでした。 1等など、最初から入って無かったんです。 そのときの、幼い私の悲しいやら、「なぜだろう?」という思いやら、何やらおばさんが取り繕った言い訳(もう、忘れた)を聴かされて納得できないもののそれは変だよと文句1つ言えない自分が情けないやら、もらったばかりのおこづかいの多くを使いはたして明日からはまた文無し・しかも小さな手にはありったけの残りくじで当てた「小物」のゴム人形がたくさん持たされて立っている気持ち。想像できますでしょうか? きっと、この暴力団員たちも同じ思いをしたのかもしれません(笑)。180個のカプセル。 帰り道、おこづかいをもらったとたんにウキウキと、しかしすぐに出かけると母に「駄菓子屋に行くんでしょ?無駄遣いはダメよ」と怒られてしまうので、何気に時間を空けてソっと出てくる工作までしたのに、家に大量の「小物」を持って行っては怒られるに決まっているな…と幼心に考えます。「これ…どうしよう。」と、ちょっと離れていた駄菓子屋から自宅までの距離が、いつもよりも随分短かったような気がします。 途中、捨てる勇気も無く、悩みながら何度も自宅の前を通り過ぎてどうするか考える時間を稼いで、結局は、庭のどこかに隠しておいて家には手ぶらで入り、後で機会を見て部屋に入れ込んだか何かしたのだと思います。 そして、小さなおもちゃ箱の中の多くを占めるようになった、全然欲しくもない大量のゴム人形を見るたびに、あのときの駄菓子屋での複雑な気持ちがよみがえり、おもちゃ箱のふたを急いで閉めて見ないようにしたものでした。 駄菓子屋も、地域の子供たちの楽しみの場であったと同時に、今思えば、そういう社会の厳しさも教える場だったような気がします。 なぜなら、私はそれ以来、そういう射幸心をあおられるようなパチンコとか競馬とかそういう賭けごとには近寄らず、欲もかかず、また、周りのアドバイスを素直に聞いたり、うまい話は疑ってかかるとか、大人相手でもおかしいことはおかしいと言うとか、そういう子供時代を過ごして今に至りました。 結果的にはそういう体験は、良かったと思いますが、卑劣な駄菓子屋が最初から心を鬼にしてそんな教育的配慮をしていたとも思えず、単にいたいけな子供の心を踏みにじりわずかなこづかいを巻き上げるトンデモないババアだったのだと思いますと、同じ手法を何と大人相手にやっている店長や所有者には何だか憎しみを覚え、本当の理由はどうあれ、暴力団が脅しつけたというのは長年のカタキが取れたような気がしないでもない。 おそらくは、この妙に詳しく前後の状況を記事に書いた記者も、私と同じ幼児体験があるに違いない(笑)。
これが、最初からでも途中からでも恐喝目当てでなかったら、同じ経験をした検察官や裁判官だったら、おそらく情状酌量があるのでは!? |
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我ながら、本当にジャンルがしぼられていないブログです。 昨日、仙台駅前のジュンク堂書店に出かけ、自然物の標本づくりにかかる本を買いに行ったのですが、レジ近くで見かけたのが、この「せんだいCM特捜隊」から出ている「懐かしのせんだいCM大百科」でした。 以前よりも発売されているとは聞いたことがあったのですが、実際にどこで売っているかまでを調べてまでは買わなくともいいかな…と思っていたのですが、レジの前に2本だけ置いてあったのを見つけて、ついつい衝動買いをしてしまいました。 CD2枚組で、解説の小冊子もついていて、3,900円+税。 平成生まれの方や、最近他から仙台に引っ越されてきた方にはなじみのものではなく、ハッキリ言えば価値の無いものかと思いますが、私のように30代半ば以上の人には、タイトルどおり「懐かしい」と思える曲ばかりですし、題名を見てもピンと来なくとも聞けば「あぁ!」と、曲とともにそのときの忘れていた記憶まで思い出すこと請け合いです。 こういうCMやお店のテーマソングというのは昭和30〜50年代ころまでが多かったようで、今はほとんど聞かれませんね。 何となく、時代を感じさせる古臭い歌詞や曲ですが、しかしそれが何か、明日もすばらしい1日が待っているような、出かけるのが楽しくなるような、お店とお客の関係が良好でいいものであったころを思い出させます。働いている人も出かける人も、楽しかったような。 思いがけない出費だったので、当初目的だった本は買えずじまいでした(笑)。 ご家族で思い出話に花を咲かせるにはもってこいのCDです。オススメですよ♪
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