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【ちょっと不思議に思うこと】

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日常感じた「ちょっと不思議なこと」を書いてみたいと思います。
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偶然にも

 あまりにささいなこと過ぎて「超常現象」のカテゴリに入れるのも何ですが(笑)。

 今日、仕事で「封筒に宛名シールを貼る」という単純作業をしました。アルバイトさんのお仕事にしても良かったのですが、パソコン作業に飽きたので気分転換でも、と思いまして。

 もともと他の係員の担当している仕事だったのを請け負ったので、宛名シールが何枚あるか、わかりません。1シートに12枚の宛名シールが印刷されてあり、それが10数枚のシートでした。最後の1枚のシートに12枚のうち何枚まで印刷されているのかも見ていません。

 それを貼る封筒が入っている箱。箱には封筒が500枚入っています。
 足りなくなればまた出し、余れば戻せばいいや、という程度の認識で、適当に箱から封筒をつかみ出して机に積み上げて、宛名シールをせっせと貼っていくと、最後の方で…あれ?なんだか、これは…もしや・もしかして?…おぉ!!

 そう、目分量で適当に取った封筒が、宛名シールの枚数と全く一致したのです。
 最後のシールを貼ったら、出して積んでいた封筒もおしまい。

 数学の苦手だった私は、こんなことが起きる確率の計算はちょっとできませんが、「偶然」とは言え、ちょっと不思議に思ったことでした。

 辞書で言葉をひこうと思ったら1回でそれが出た、なんてことは結構どなたでも1回くらいは経験があるのではないでしょうか?
 「たまたま」起きたことがめずらしからいつまでも印象に残り、それ以上に何度もひいていて1回で出なかったことは「当たり前」として忘れるので、なんだか不思議な気がするだけのこととも思います。

 または、せいぜい、「潜在意識の中で、宛名シールの枚数と封筒の枚数がおおよそ何枚くらいかを認識して、それで身体が無意識におおよその封筒の枚数をつかんだ」というところでしょうか。
 辞書の場合はもっとわかりやすく、例えば「さ」で始まる言葉ならば、だいたい辞書でこのあたりのはず、と、無意識で思うからそう1回で出やすいのかもしれません。

 こうなってくると、では「無意識の行動とは何か?意識しての行動以上にすごい能力を発揮するのか?」という疑問にもつながりまして、私の以前投稿した「くじ運」にも通じる感じになりますが、しかしそれならば、もっと無意識の行動の中ですごいことが頻発してもおかしくはなさそうですので、やはりそうそう起きる出来事ではないのでしょうね。

 ゴルフでも、しばしば「ホールインワン」ということを聞きますが、あれは狙ってできる芸当では到底ありません。ゴルフのコースとティーラウンジとカップとの距離と、それぞれの大きさを考えれば、1回ボールを打っただけでそれがカップに入るというのは、可能性としては私はゼロと言ってもいいはずと考えます。しかし実際は、結構しばしばそれが起きているわけですよね。
 不思議なものにすぐに飛びつくことはしない程度の冷静さと知性を持ちたいと思う私でも、「目標をかなえようという願いやそれに向かう姿勢などのバランスによっては、それが実現するのかも」と、目に見えない偶然や運命の神などの存在といった想像までしてしまいます。

 まあもっとも、もっと現実的に考えれば、しばしば言われる人生とはゴルフに似ているという例えですね。
 遠くに置かれたゴルフボール。そしてカップ。人がゴルフボールをカップに入れようと思わなければ、何万年もそこにあり続けるか、せいぜい自然の関与でボールが転がるとかカップが埋まってしまうとか、そんな程度の現象が見られる程度でしょう。自然現象でボールがカップに入ることは、まずどんな偶然でもありえません。
 しかし、「人」という無意味なものにも好奇心旺盛な生物がそれを意識的に関与することで、初めてボールはカップに入るわけです。途中、意図せず全然違う場所に飛ばしてしまう場合もあるでしょう。しかし、カップのボールの場所や位置関係をしっかり認識し、諦めずに近づいていけば、いずれ必ずカップインするわけです。
 偶然では起こり得ないことでも、人はそれに注意をし、行動をして努力することで、実現させることができるわけですね。

 まあ話がそれまくって何が言いたいのかまとまりがつきませんが、「ころり転げた木の根っこ」をあてにすることなく、目標に向かってしっかりと歩いていく姿勢というのは大切ですね。

 自然の中では、人から見ればどんなすばらしい現象であっても、それをそうと感じてくれる感受性ある観客である人間がいなければ、その他の現象となんら変わりの無い価値のない出来事に過ぎません。

 それらのことを考えると、人間がいなければ起こりえないような自然界での出来事を、人が努力することで実現するという不思議さから、そもそもが人間がここにこうしているという事実の方が、無限に不思議なような感じがしますし、その存在が自然界の現象に意味や価値を見出すということを考えれば、自然界のどんなことでも、人間は乗り越えてやっていけるという可能性を感じざるを得ません。

 私の経験 その4「地震対策」

 2005年春に私は大規模施設の管理の仕事を担当することになったのですが、その中には防災や防犯の仕事も含まれていました。

 施設は相当に大きく広いもので、防災設備だけでも多種多様ある複雑かつ高度なものでした。
 ですから、避難訓練や防災設備の使い方などはその仕事に就いたばかりの私にはとても難解なものでした。大規模だけれども老朽化の進んでいる建物・設備であるために、毎日のように修理箇所が出て、その対応に追われましたし。他にも仕事はありましたし。

 しかし、なぜかこの防災設備の使い方や訓練の仕事が最優先のような感じがして、2ヶ月あまりで全ての設備の使い方と、新たに使用マニュアルを作り上げ、最も効率的な避難の仕方などを覚えました。
 今思ってみても、何かに憑かれたかのように非常に集中して体得し、おそらくはこれまでもこれからも、私以上にこれらの設備を総合的に熟知している担当者はいないと断言できるほどです。

 そして、ようやく体得した直後ごろの8月16日の正午前。
 宮城県はマグニチュード7.2、震度では最大6弱の強い地震に見舞われました。むろん、私の勤務する施設もとても揺れました。その日は特別なイベントをしており、施設内は多くのお客様でいっぱいでした。

 しかし幸い、私は散々地震発生時のシミュレーションを重ねていたので、非常放送や指揮、その後の復旧手順までも速やかに行うことができました。
 我ながらよい出来の指揮でしたので、赴任したばかりでしたが、私が訓練やマニュアルづくりに必死になっていたのを知っている上司や同僚は、関心すると同時に「すごいナイスタイミングだったな」と不思議がっていましたし、お客様からもお褒めのお言葉を多くいただきました。

 もし、漫然と準備や訓練を怠っていたならば、被害は出ないまでも混乱と、その混乱の責任を問われたことでしょう。
 決して「地震が来る」という予感ではなく、「これをしなければならない」という胸騒ぎ。私はこれまでの人生、なんとなくそんな胸騒ぎや急かされで準備を行い、事なきを得ていることが数え切れないほどあります。

 私の経験 その3「バイク事故」

 これはここでも(http://blogs.yahoo.co.jp/mt_izumi_1172/39653448.html)少し触れたことですが、そんなバイクに夢中になっていた2001年のゴールデンウィーク、私はツーリングに出かけようとしたときのことです。

 天気の良い暑い日でしたので、私は好きな革ジャンやプロテクターは着けずにラフな滑降でさわやかな風を楽しもうと思ったのですが、ここでも「革ジャンやプロテクターで防備した方がいいな」という気持ちになんとなく感じ、面倒で重く暑かったのですが、全て着用して出かけました。

 そしてほどなく、国道の先頭で信号待ちをしていたとき、後ろから突然の衝撃を喰らい、数メートル跳ばされました。原因は、軽自動車が赤信号のために徐行しながらも、よそ見をしていて私に気づかなかったため。
 かなり飛ばされたのですが、全くの無傷でした。
 しかし、私の左肩を守っていた硬質プラスチック製のプロテクターが路面に叩きつけられたときに深くえぐられていました。もし私がこれをつけていなければ、私の肩や鎖骨がこうなっていたわけです。

 何となく胸騒ぎをしてプロテクターを着用したのですが、どうせ予感がするならば、「今日は出かけないで、家にいるか」とか「ちょっと違う方向に行くか」とか、「もう1分後に出かけよう」というような、回避できる予感が働けばいいのに・・・と思いつつ、運命というかタイミングというか、そんなものの複雑奇妙さを深く考えるようにもなりました。
 むろん、何か見えないものに操られているとか、そんなつもりは全く無いですけれど。

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私の経験 その2「バイク盗難」

 2000年に私はバイクの免許を取りバイクを購入したことは既に書きましたが(http://blogs.yahoo.co.jp/mt_izumi_1172/39653448.html)、そのバイクの車種はカワサキの「ゼファーχ」という、暴走族や中高生に人気(?)の車種でもあったせいか、よく盗まれる車種であったようです(後で知りました)。

 私のバイクは、自宅の敷地内に駐輪し門をきちんと閉めていたので、ただバイクのエンジンキーをかけてハンドルロックをしてくらいで停めていました。まだ盗難の多さを知らないころです。
 ところが、ある日の朝、なぜか「せっかくバイク購入時に買った(バイク店の店員に買うことを勧められた)U字ロックがあるのだから、このカギをかけておかなければ」という気持ちになりました。

 そして、そのロックをかけた翌日・土曜日の朝です。朝起きてバイクでツーリングに出かけようと外に出ると、バイクがありません。しばらく「あれ?誰か動かしたのかな?」などと意味不明なことを考えたりしました。アニメのように、バイクのシルエットが点滅して消えたように感じました。そう、盗まれたのです。

 警察を呼んだのですが、全く頼りにならず、しかし諦めきれずに手がかりは無いかと自宅周辺をしばらく歩くと、近所の月極駐車場に私のバイクが放置されていました。

 台車(スケートボート)のようなものにカギのかかっている前輪だけを載せ、そこまで運んでカギを壊そうとしたのですが、U字ロックが頑丈だったために破壊できず諦めて放置したのではないか、と警察の見解でした。
(私は当時トラブルになった、国道4号線沿いのカワサキのバイク専門店の店員が嫌がらせに来たと未だに疑っているのですが)

 もし、U字ロックをしておかなければ、買ったばかりの60万円以上するバイクを盗まれたことでしょう。
 おそらくは、盗もうと下見に来たときはカギが無かったから、「楽勝!」と喜び勇んで盗みに来たのでしょうが、いざ来てみたら昨日まで無かったU字ロックがされていた・・・コソドロは焦ったことでしょうね。

 私の経験 その1「自転車事故」

 高校時代、私は10kmほど離れた高校まで自転車で通学していました。体力がついて、時速50km以上のスピードで走ることができ、20分あまりで通学できることもありました。

 さて、ある日の帰り道。私の高校は高い丘のてっぺんにあって、帰りは長い下り坂でものすごいスピードで降りてくることができる立地なのですが、なぜか顔を知っているという程度の同級生と校門のところで出会ったときに、その同級生が「気をつけて帰れよ!」と、大きな声で言いました。そんなことを言うような間柄では無いのですが、
 それで、そうだなあ。「今日は天気がいいし、まだ早い時間だし、たまにはのんびり帰ろう」という気持ちになりました。

 そして、自転車で学校を出てまもなく。
 その長い下り坂を下っていると、横道から一時停止することなく飛び出てきた自動車のフェンダー(ボンネットの側面)に激突し、私はボンネットの上ででんぐり返しをするような形で自動車の反対側に転げ落ちました。

 幸い、ワイシャツの左肩の部分が破れただけと、自転車の前輪が歪んだ程度で済みました。
 しかし、もしいつもどおりすさまじい速度で下り坂を下りてきていたら、こんなものでは到底済まなかったはずです。

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