日々是雑感

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【おいおい、おかしいだろ】

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日常で、これはおかしいだろう?それって変じゃない?と思ったことを書いています。大部分は、新聞記事を読んでのことです。
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踏圧

 このブログで、過去何回か「人が立ち入ることでの木々への影響」について触れました。
 桜を植えた公園に多数が根元で酒宴を繰り広げることや、3000本もの天然ブナ林を自由に入林させてくれていることへの一抹の危惧などなど。

 「桜」のときに触れたように、堤防などに桜を植えた理由の中には単に景観だけではなく、冬の間に傷んだ堤防を桜見物の人たちを集めることで自然と踏み固めてもらおうという知恵でもって利用していたり、また、増水した場合にはこれを利用して「木流し」という堤防を守るための水防手段という理由も確かにあったのですが、コンクリート護岸になった現在はそのような意味はそれらの多くは姿を消し、単に川沿いの桜並木が見栄えするからでしょう。
 今はかつてそういう活用でもって桜が植えられていた場所・理由もあったことを知る人は随分減っています。そういう物事の「意味」「成り立ち」を知らない・無関心でいるということは、むやみやたらに桜を植えて枯らしては切り・植えを繰り返す愚を犯してもそれを不思議と思わないようになるわけですし、それでも仕方がない・何が問題なのか?という感覚にさえ陥る。

 また、景観という意味でも、あまりに人口が増え、また同じ時期に同じ場所に向かうことで、人間が与えるインパクトがその場所が受容できないほどになっているわけですね。ですから、「3000本もの天然ブナ林」で心配するのはそんな理由からです。

 その典型例が、こちら。
 8月10日の北國新聞の記事です。
兼六園の土、酸性化進む 踏圧も木にストレス 長谷川県立大客員名誉教授が調査

 兼六園を彩る木々が酸性雨でピンチを迎えている。石川県立大の長谷川和久客員名誉教授が約12年ぶりに行った園内の土壌調査で、樹齢200年以上とされる名木「根上松」がある地点などで植物が育ちにくくなる酸性化が進行していることが9日までに分かった。長谷川氏は「早く土壌のケアをしないと、今の景観は将来、維持できなくなる」と警告している。
 兼六園の土壌調査は2月下旬、県から委託を受けて園内15カ所の地面を地下約1メートルまで掘り下げ、土壌の層や硬さ、含有成分などを調べた。調査は1997〜98(平成9〜10)年に長谷川氏が実施して以来、約12年ぶりとなる。

 その結果、根上松の植栽地点や瓢(ひさご)池の北側、真弓坂の南など6カ所で、地表より30センチ以下の土壌がpH(水素イオン指数)3台の強い酸性となった。別の判定法でも、15カ所中8カ所で表土が極めて強い酸性を示し、全体的に土壌の酸性化が進んでいることが明らかになった。長谷川氏は「大陸から運ばれる大気汚染物質の影響で県内に一年中降る酸性雨が土に染み込むためだ」と指摘する。

 長谷川氏によると、土壌が酸性化すると土の中の微生物やミミズなどが生きられなくなり、またカリウムやカルシウムといった酸性を防ぐ成分も溶け出てしまうという。結果として土地がやせ、樹木の立ち枯れが起こりやすくなり、今回の調査でも植物の栄養となる有機物の含有量も各地点で少なかった。

 兼六園では名木「乙葉松」と「夫婦松」が松くい虫の被害に遭って03年に伐採されており、樹木の生育管理が課題となっている。年間150万人以上が訪れるため、入園者が根の上を歩く「踏圧」も樹木のストレスになっており、長谷川氏は「貝殻などの肥料、落ち葉堆肥の補給に加えて通路幅の見直しも検討すべきだ」としている。
 酸性雨の問題は原因解明と解決は即座には難しいですが、記事末尾の「踏圧」は明日にでも是正できる問題ですね。
 そもそもこの「兼六園」は、加賀藩の大名の庭園だったわけで、藩主1名のためだけとは言わないですし、その後万人向けに整備しなおしたということ、見られることを前提とした人口庭園だということを考えても、年間150万人が来るのが耐えがたいというのは調査以前にわかりそうなものです。
 目が届きやすく、お金をかけて整備されているこのような人口庭園はむしろ延命がされている方で、それが目が届きにくく従ってお金がかけがたい自然林がどういう現状にあるのか。推して知るべし…という感じですね。

 私たちが今すぐできることは、まず、定められた登山道やら木道、散策路から決して踏み出すことをしないよう、そしてなるべく他の人と同じ時期・同じ場所に大移動するような愚を犯さないことですね。こんなことは、今すぐにでもできることです。
 「環境問題」「地球温暖化」などと大きなものに関心を持つのはいいですが、同時にこういう簡単な・当然のこともぜひしてもらいたいところですね。

どいつもこいつも。

 先日、富士山登山者から環境保全協力金の徴収をという記事などに絡めて、本来そこに行く能力や資格、姿勢のない連中を過保護に扱ってまで、山に行かせる必要は無い。だから事故が起きるというようなことを書いたところです。

 8月4日のJ−CASTニュースの記事の内容は、実にウンザリさせられます。
富士山登山人気過熱ぎみ 車も人もあふれかえる
8月4日20時5分配信 J-CASTニュース

 今、富士山は登山者で「激混み」状態だ。五合目の駐車場はすぐに満車となり、路上に車が連なる。登り始めると、今度は長い、長い人の渋滞が起き、頂上付近で1時間ほど待たされることもしばしばだという。これほど人気が過熱しているのはなぜなのか。

■登山者の数はここ数年で「激増」

 「五合目の駐車場に行ったら『満車だから路上駐車して』といわれた」

 と話すのは、神奈川県に住む男性会社員(25)だ。ほぼ毎年富士山を訪れているが、2009年も8月1日に富士に登った。しかし、こんな異常な状況は初めてだ。路上に2キロほど車が連なり、三重、いわき、和泉など遠方ナンバーの車が目立つ。「去年までほとんど見なかったのに」と驚きを隠さない。

 さらに、7月下旬に登ったという都内の男性契約社員(31)も、朝4時の時点ですでに駐車場は満車だったという。

 「激混み。九合目付近は1歩進んで1分停止するようなひどい人間渋滞で立ち往生した。都内の花火大会よりすごい人ごみだった」

 と話す。

 確かに富士登山者の数はここ数年で「激増」している。登山口の中で例年最も利用者が多い「吉田口(河口湖口)ルート」の登山者数は、05年の14万1472人から上昇に転じ、06年が16万7368人、07年が19万4007人。そして昨年08年は24万7066人と、実に3年で10万人以上増加している計算になる。09年も8月3日までで11万2000人と、昨年と同等のペースだ。

■特に増えたのが20〜30代の女性登山者

 特に近年増えたのが、20〜30代の女性登山者だという。「山小屋や富士山を管理している者の間でも『女性の登山客が増えた』ともっぱら話題にしてます」と話すのは富士吉田市・富士山課の担当者。旅館組合などが06年から取り組んできたリピーターを増やす取り組みが功を奏しているのではという。

 「人が入るだけ入れていた山小屋の収容人員を制限し、ゆとりを持って宿泊できるようにした。さらにトイレを環境配慮型のきれいなものにするなど、汚い、狭い、不快だった富士山を一新しています」

 さらに09年からは、各山小屋に女性用更衣室スペースを確保し、トイレに生理用品を配置するなど、「女性に優しい富士山」を目指し整備を行っているそうだ。

 このような取り組みに加え、不景気で「安・近・短」の「非日常」への需要が高まっていることや、アウトドアブーム、さらには「心が洗われる」といったスピリチュアルな側面が複合し、人気が過熱しているのでは、と同担当者は分析する。

 ただ、富士山安全指導センターの担当者は「気軽に登山する人も多く、ケガ人も増えている」と警告する。登山に慣れている人は天候に敏感で危険を察知しやすい反面、初心者は軽装で登ったり、悪天候でも無理して登ったりし、ケガや体調不良を起こす傾向にある。

 「きちんとした服装で登ってほしいのと同時に、状況が悪ければあきらめも肝心。富士山は逃げないので、断念し次の機会に持ち越すのも勇気だと思います」
 この多くの人々は、何をしに山を登るのだろうか?
 車で排気ガスを撒き散らして、ギリギリの登山口まで乗り付け、そして人が多いぞと自分もその一因であることを忘れたかのようなことを言う。「非日常」だのアウトドアだのといいながら、まるで自宅にでもいるかのような快適さを求めて、その延長で、近所の庭でも散歩するかのような軽装でやって来る。
 富士山登山者全員が全員ではないが、そういう連中はバカとしか言いようが無い。快適が良ければ、リゾート地にでも行けばいい。富士山はリゾート地ではない。
 様々な準備や覚悟をしてやって来ているであろう富士山登山者にとっては、そういうそこに来る資格のない人間の大挙は邪魔でしかなかろう。こういうのを、先にも書いたように、「足の遅い人がかわいそうだから、運動会は手をつないでゴール」的な一生懸命な人の努力を否定するような「結果・逆差別」になっている。

 記事の最後の、こんなトホホなことを呼びかけ無ければならないというのが、既に終わっている。

 しかし、私から言わせれば、そう呼びかけている関係者らが、同時に「快適な山」などと言って、本来来るべきではない人間を、金儲けのためなのか、「そんなんで来るんじゃない」と言えない臆病・役目怠慢からなのか、過保護なほどの施設整備をして、結果、来るべきではない人間を呼び集めて事故を誘発させるようなことをしているとしか言いようが無い。

そういう連中が来るのも、それで事故が起きるのも、「そういう愚かしい整備に励んでいる連中らも大きな原因である」という事実を、まず整備している連中らが猛省すべき話だ。

 何を勘違いして、「軽装で来る人間だけが困った人たち」のような他人事でいるのか。「そういうのを呼び寄せる整備をする関係者たちも、十分困った人たち」だということを忘れるべきではない。
 本当に富士山を愛し、その富士山を愛する人を愛するならば、考えるべきだ。そして、「過度な整備は、却って事故を招きかねない」と、金儲けに夢中になっている連中に突き付けてやることだ。
 これは、安全管理上、猛省すべき話であり、1人の山ファンからしても「余計なこと(整備)を」という非難の感想しか出ない。

今、富士山に必要なのは快適さではなく、この山を正しく理解させ、そして美しさを取り戻した富士山を次世代以降に引き継いでいくよう、我々の姿勢・対策を抜本的に行うことだ。

 トイレが汚いとか、山小屋がキツいとか、そういうようなプレッシャーがあれば、自然とそういうのを嫌うような人間、覚悟が無いような人間は来ない。そして結果的には事故を起こすような人間の割合が減るという淘汰が働くところなのに。
 いっそ、登山口までの駐車場なんか全廃して、最寄り駅から歩かせるくらいのことをすればいいんじゃないか?とさえ思う。

 これは、やはり少し前に書いた自動車の安全装備と同じことで、「正しい認識を持ってその便利な設備を利用でき、更なる向上ができる人間」と、「それでもって本来その動作をすべきではない人間が動作させることができ、さらにそれを過信してもともと少ない能力をさらに落とし、考えられない事故を引き起こす人間」というに極端な差になるということと、実に似ている。
 人間にはそれぞれ能力に多寡がある。決して能力平等ではない。それなのに、それに目をつぶって過度に甘やかすというかその無い能力を過剰に補わせようと便利さを与えると、それにあぐらをかくヤツが絶対に出る。それが日常生活ならば構わないかもしれないが、富士山も過酷な自然環境下であるし、自動車の運転は自分や他人をも危険にさらすこと。そういう人命に関わることを、深く考えずにするべきではない。
 住宅用火災警報装置の記事を書いたときにも触れたように、人間、「不親切な親切による目的達成」ということもあるのですから。

 そういえば、私が知っている交差点に、面白いところがあります。
 見通しがそれほど良く無い小さな交差点なのですが、そこにあるのは4方向に向けて一時停止を促す赤い点滅信号だけ。それなのに、大きな事故は私が知る限り起きたことがありません。みな、そこがそういうものだと思っていて、それが嫌な人は迂回でもしているのか、そこを通る人は4方向ともに必ず一時停止し、運転手同士目くばせや手の合図などで譲り合うなどして、慎重に通行しています。
 一方、大きな交差点で右折矢印が出るようなところでは、死亡事故多発だったり。

 似た話では、吉田兼好の「徒然草」の「高名の木登り」にも見られますね。
 有名な木登り名人が、弟子に、高いところでは何も注意しないのに、たとえ落ちても安全そうな高さでの作業になって初めて「危ないから注意せよ」と注意したという、心の中に生じる緊張や油断を知りつくしたアドバイスをしたという話でした。

 こういうことは、先日、トムラウシ山の事故が発生したときに「山小屋を整備すべき」などと言った自称ガイドには考えもつかないのだろうな。
 しかし、そういう任意団体に過ぎないのに何かすごい権威や見識のある団体のような「山岳ガイド協会会長」だのと金箔を塗りたくって、現地で初心者に徹底指導することもできないならばせめて黙っていればいいものを、「事情通」みたいな顔をして訳知り顔で軽はずみなことを主張されるのは、非常に迷惑です。

 とにかく、屋久島エアーズロックなどと違い、そのものを保護する覚悟を持ち合わせずに入山者を増やそう・観光で生計を立てていこうというだけの「自然」や「文化」などでは、到底「世界的な遺産」などとは言えない。別に世界遺産なんてロクデモない称号はどうでもいいにせよ、そういう「何も考えないでいる愚かしい文化と観光のためだけに自然を食いものにすることが日本の文化なんです」と世界に発信されるのは、国辱もの。決して関係自治体や観光業者、文化庁らの思惑だけで、「日本一の山」に対してそんな恥さらしなことをして欲しく無い。

 入山規制をし、入山する者には時間をかけて正しい自然への知識や畏敬を持たせ、そして国中誰もが清掃活動をしたり環境負荷には注意をし、そして登らせてもらうような神聖なる気持ちで接することができて初めて、「これこそ我が国の文化遺産だ」と誇れるものなんじゃないですかね。
 まあ、そこに至るまでの道は相当険しく、遠く、辛いでしょうねえ。そういうものの道のりには、決して快適なトイレも山小屋も、便利な道具もありませんけれどね。

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キレる高齢者

 今日のタイトルは、引用元の記事のタイトルをそのまま使ったのですが、「キレる」というのは正直、嫌いな表現です。なんとなく、許容されるような・非常識なことなのにダーティーでカッコいいイメージにすり替えられているような気がします。「窃盗」を「万引き」などなどと言い換えて罪悪感を失くさせ、そういう行為を助長しているような、そんな感じさえします。
 報道機関としては、そういう恐れなども考慮して見出しをつけて欲しいものです。
 こんな連中なんぞ、「年相応の分別を身につけていなかった高齢者」とか「常軌を逸した高齢者」などと書けば良いのです。

 さて、少し前に、自分の経験と報道事実から、「高齢者の傍若無人ぶり」を集中的に書いたことがありました(詳しくは、「遭難」「山菜盗り」「やっぱり。」の各記事をご参照ください)。
 あの記事らだけ見ると、何だか私が高齢者嫌いで、偏見や恨みでも持っているかのように思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、7月29日付の神戸新聞に、実際に高齢者の傍若無人ぶりがわかる記事がありましたのでご紹介いたします。
キレる高齢者、若者を上回る 08年公務執行妨害 

 警察官や自治体職員らへの公務執行妨害容疑で、兵庫県警に逮捕されたり任意で取り調べを受けたりした高齢者の割合が2008年、未成年者と逆転したことが分かった。感情を制御できない少年らが手を出すイメージが強かったが、人生経験豊富な高齢者にも“切れる”傾向が強まっていることがうかがえる。(三木良太)

 今年も同様の傾向といい、今後団塊世代が高齢者層に加わるため、県警は警戒を強めている。

 公務執行妨害罪は、警察官や市職員のほか、民間の駐車監視員ら「みなし公務員」の業務を、脅迫や暴行によって妨害した場合に適用される。06年5月の刑法改正で罰金刑が新たに設けられた。

 県警によると、06年以降、取り調べを受けた人数は200人前後で高止まり。08年は212人で、10年前のほぼ6倍だった。大半は20〜64歳の成人。

 このうち65歳以上の割合は9%(19人)で、10年間で最多だった。70歳以上も10人(4・7%)いた。トラブルの仲裁に入った警察官に手を出すケースのほか、神戸市の男(76)は駐車監視員に暴行して逮捕された。1998、99年の高齢者はゼロで、急増ぶりが分かる。

 一方、未成年者(14〜19歳)は全体の8%(17人)で、10年間で初めて10%を下回った。全体ではここ数年、30、40代の割合が増えている。

 09年に入ってもこうした傾向が続き、上半期(1〜6月)に逮捕するなどした95人のうち、高齢者は10人(10・5%)で、未成年者の7人(7・4%)を上回っている。

 県警は「年齢に関係なく毅然(きぜん)と対応するとともに、受傷事故防止のため資機材も活用したい」としている。
 この記者。以前と比較して「急増ぶりが分かる。」と書いていますが、従来は「高齢者だから」と、何となく現場判断などで許容していたものに対して、昨今は一定行為は全てすぐに警察の介入を依頼するようになってきたから件数が増えただけかもしれない可能性を完全に無視した記述ですね。

 それと、記事冒頭で「人生経験豊富な高齢者」などと書かれていますが、単に年数を過ごしただけなんてのは「人生経験」などと言わないし、言ったところで何の役にも立たない。
 高齢者だから人生経験が豊富なのではなく、人生経験豊富な高齢者が分別があり後進を指導できるような尊敬できる先輩になるという事実も、記者はわかっていないようです。

 しかし、昔から統計にないだけで高齢者の非常識者が多かったかもしれない・少なくとも今は多いという事実は動かせず、やはり常識も見境もない高齢者があることは、この記事からわかっていただけるのではないでしょうか?

 何となく「高齢者」というと、大人しく、経験や分別もあり、安心・尊敬できる存在と私は思いますし、実際多くはそうなのだと思いたいのですが、しかし、全員が全員、そういう性格とは限らないということですね。
 高齢者だからと言って、無条件で信頼し、保護すべきとは限らないということです。

 むしろ、年齢を重ねたという事実だけを拠り所に、年下から注意をされるとそういうプライドなどが先に来て、素直に注意されたことを聴けないという高齢者の方が多いかもしれませんし、それまで何十年もその性格であったからには、今さら修正が利かないことでしょう。
 その意味では「若者」の方が、年上の言うことは何となく聴ける人間も多いですし、柔軟性から考え方を変えることもできると思います。
 若者と高齢者それぞれに注意しようとしたときに、何となく若者の方が経験も少ないので見境なく、ありあまった腕力で実力に訴えるような気がして、一方で高齢者は体力的な問題からそういう暴力はなかろうと思っていたらこの記事ではそうでもないということがわかると、若者よりも高齢者の方が扱いに厄介と言わざるを得ないかもしれません。

ペット連れ登山

 最初に言っておきますが、私は全ての動物や命が好きです。また、「かわいい」「かわいくない」ということで、種に優劣を付けるということもしないよう心がけているつもりです。
 犬猫などに関しては、自分は飼いませんが、人と一緒になって「いい生活」をしている様子を街中で見かけると、こちらも幸せな気分になりますし、またそれで充実した人生を歩む人がいるのであれば、それは重要な存在だと思います。
 要するに、動物は好きですし、むろん犬猫には好意的ですし、ペットが重要な役割でもあるとも思っています。
 ただ、それ以上に「命」と「その生活」というものが何たるかを考えて、自分なりにそれらを最も干渉せずに尊重する道を模索しているというところでしょうか。


 私が山に出かけて不快なのは、犬連れ登山に出会うことです。
 わざわざ犬を山に連れて来るような人たちは、私の考えと相反する考えである「(過度の)ペットは家族」という思想の持ち主であることが多いので、正直、関わりたくないところです。
 先日も書いたように、注意する根拠がまだ薄いような迷惑行為や、私個人の不快感からだけの注意は避けるようにしています。法律などの論拠が無ければマナー違反や常識の欠如というものは今や「漠然」としたことになり、「何が悪いのか!?」と開き直る輩があまりに多く、時間を無駄にし効果が期待できないからです。

 しかし、さすがに誰もが来る場所で放し飼いにしているようなバカには、放し飼いをするなとやんわりと注意をするのですが、だいたいの人が「なんだ?こいつ」という顔をしたり、「大丈夫、ウチの○○(犬の名らしい)は噛まないから」というわけのわからん理屈を聴かされる。
 そもそも、注意したら止めるような人は最初からしないから、話にならない。だけれども、言わずに事故でも起きれば嫌なので、ウンザリしながらも注意せざるを得ない。

 放し飼いにされるもの以外でも、「犬連れ登山」については、すばらしい作品を多く出されているフォトライター、日野東さんが縦横無尽にぶった斬ってくださっているので、今さら私ごときが「なぜいけないのか?」を書くまでも無い。

 しかし、それにちょっとかかることでもあり、先日書いた「アライグマ」や、「マングース」無責任に捨てられ、多数処分されているペットのことなど、無知で浅はかな人間の身勝手さと思いつきとご都合だけでいいように命をもてあそばれている悲惨な動物たちにも関連することなので、ちょっと以下の記事を紹介したい。

 7月17日の紀伊民報の記事です。
アライグマが疥癬症 野良猫から感染の疑い 

 ダニが皮膚に寄生して起こる疥癬(かいせん)症を発症していたアライグマが、和歌山県田辺市天神崎で捕獲された。山口大学農学部獣医寄生虫病学研究室の佐藤宏准教授の鑑定で、猫に寄生するダニであることが分かった。野良猫の間ではやり、アライグマが感染した可能性が高い。濃厚接触すれば人にも感染するため、注意が必要という。


 疥癬症は、ダニの一種ヒゼンダニが皮膚に寄生して発症する。皮膚内にトンネルをつくって生活しており、穴を開けるときにダニの唾液(だえき)から毒素が出され、激しいかゆみが表れる。皮膚に発疹(ほっしん)や脱毛が見られ、つめで引っかいたりして皮膚が荒れることもある。

 疥癬症を発症したアライグマは、6月13日に天神崎で捕獲された成獣の雄(体重7・3キロ)。捕獲した田辺市稲成町のふるさと自然公園センターの鈴木和男さんは、アライグマの全身の毛が薄いことから、田辺市上屋敷のなぎさ動物病院(沖見朝代院長)で診断してもらい、疥癬症であることが分かった。さらに詳しい検査を佐藤准教授に依頼したところ、寄生していたダニは、猫につくショウセンコウヒゼンダニであることが分かった。

 沖見院長によると、近年、疥癬症の猫を診察したことがあるといい、野良猫や外猫の生息密度が高い地域では感染する機会が増えると指摘している。アライグマへの感染は、生息地域が一緒で食べ物が共通していることが要因とみている。また、猫の疥癬症は頭部の脱毛などに特徴があり、一度見た人ならすぐに分かるという。

 佐藤准教授によると、神奈川県鎌倉市でも同様の症状が出たアライグマが捕獲されているという。
 この記事に出てくるアライグマも、野良猫も、その場所に存在する理由は、いずれも「人間」のためにそう生きているわけです。それぞれ人間の身勝手でそんな形で生きることを余儀なくされた生きものが、それぞれに影響しあってこういう病気に至ったわけですね。
 何も、外来種だの野良猫狩りだので人間によって直接失う命だけではないのです。むしろ、保健所などがペットを捕獲して処分をするという行為を行う方が、ある意味、人間の罪をハッキリと自覚させる意味ではまだマシとも言え、こう知られていないうちに病気になって弱ってやがて命を落とす存在も同じく人間の所業のために起きたことは間違いないにも関わらず、しかしそうと自覚する機会が無い分、悲惨さが大きい。

 で、最初の「犬連れ登山」に何がつながるかと言うと、犬につく寄生虫やら病気やらが、野生動物の棲む山に犬を連れて入ることで、それらが野生動物に媒介される可能性があるという事実です。
 これは必ずしも病気がまん延するというのではなく、あくまでも「可能性」の話ですが、しかしわずかな可能性とは言えず、しかも病気以外にも犬そのものの存在を感じた野生動物の警戒心・ストレスなどまで考えると、少なからず野生動物などへの影響は生み出されるものと思う。

 それらが実際、どれくらい影響があるのか?は、私が知る限り正確に調査されたものは無い。
 このために、「影響があるから駄目」という反対や、「影響があるとは言えないから、構わない」という肯定は、いずれ相互理解が成り立たず、話が先に進まない一因でもある。
 もっとも、犬連れ登山を肯定する人たちの理屈「影響があるとは言えないから、構わない」というような主張は、「もしかしたらその行動のために、ひっそりと死んでいく野生動物がいるかもしれない」という可能性の想像さえもできないのか?と言いたい。「ペットは家族」と、一見、命を大切にしているような博愛精神を持っている人格者のような「ペット愛好家」の中にも、そういう「大切なのは、自分のペットの命だけ」という独善的な思想の人間もあるということだ。

 しかし、これは何もペット愛好家だけの持つ発想ではなく、おととい書いた「マングースの根絶」においても、「その存在による影響がわからないうちに結果を急ぐということ」については、「専門家」も同じ場合があるということがわかる。

 このおととい書いた「マングースを根絶すべき」という、日本哺乳類学会の要望や、それを受けた鹿児島県の慌てた対応を考えると、「調べている途中だけど、影響があると思われるから、早期に駆除すべき」という考え方によって根絶作戦を開始したようであるから、その理屈でいけば、「調べていないけど、ペット連れ登山も影響があると思われるから、早期に止めさせるべき」ということになるはず。
 しかし、私は日本哺乳類学会が「ペット連れ登山」にそのような要望を出したとは聞いたことが無いですし、逆に犬連れ登山を主張していて「確たる調査が無いのに規制はおかしい」と主張している人がこのマングース問題において「調査をしてからにすべき」とおっしゃっているというのも聴かない。
 これはどうなんでしょう?ダブルスタンダードという奴では?こういうのを、身勝手というか、不公平というか、視野が狭いというか、人間を「バカだなあ」と思うところです。
 私はいずれの問題も、「調査をしっかりすることで、影響を考えて、それに合った対策を打つべき」と考えるのですがね。

 私は「ペット登山」は調べるまでもなく影響があり、そして私の価値観ではその影響は大きいと思うのでペット登山は禁止にすべきことと思っているが、それでは肯定する人は納得しまい。
 肯定する人にとっても、それほどまで犬連れ登山が問題ないのだと思うのならば、この際大々的に調査をし、ほら、影響はやっぱり無いでしょ、と言えるよう、運動でもすれば良いのだがね。
 仮に、信頼すべき調査により、犬をいくら山に連れて入ろうが、野生動物の命や生活には全く影響しないということになれば、私は公園や街中と同じように、マナーさえ守ればそれも仕方が無いだろうと認めるところですね。不愉快には感じますが。
 しかし、ここで重要なのが、この引用記事。このアライグマの疥癬ということについては、衛生上の問題があり、きちんと世話されている飼い犬と安易な比較はできないものの、実際にこういう身近な犬猫の寄生虫や病気という事例が1つでもある以上は、「影響が全くない」という結論になることはありえないと言えます。

 しかし、このブログに書いたような内容を、くどくどと山の中で犬を放し飼いにしている人間に説明する余裕は無いし、言ったところでも「そういうこともあるかもしれないな」という受け止め方さえ期待できないので、結局はいつもこういう話題は並行に終わる。
 だから、いつまで経っても、前進しない。困ったものだ。

懲りない行政

 こういう話も、聴き飽きました。
 正直、コメントする気もなぜか怒る気力すら湧きません。

 今日・7月23日の河北新報の記事です。
無残ハクサンシャクナゲ 宮城蔵王登山道、過度な伐採

 宮城蔵王の登山コースで最も人気の高い南蔵王縦走コース(刈田峠―不忘山登山口)で、過度ともみられる「刈り払い」が行われていたことが分かった。登山道沿いの伐採現場は広範囲に及び、20種ほどの高山植物も切り倒されていた。現地は国定公園内で、山岳関係者からは「適切さを欠いていたのではないか」とコースを管理する宮城県や地元自治体に対し疑念の声が上がっている。

 刈り払いが行われたのは、宮城県蔵王町に位置する刈田峠の登山口から芝草平の手前までの約2.5キロ。例年、7月は高山帯が最も輝く季節で、南蔵王縦走コースもハクサンシャクナゲやウラジロヨウラクなどの樹花、ゴゼンタチバナ、ミヤマハンショウヅルなどの草花が鮮やかに彩る。
 それが幅2メートル以上にわたる刈り払いで、花が付いたままのハクサンシャクナゲなども伐採され、登山道沿いには高山植物も無造作に放置されている。

 現地を見た前宮城県山岳連盟会長の清野誠一さん(85)=仙台市宮城野区=は、安全な登山のためにササなどの下草刈りは必要としながらも「明らかに限度を超えている」と訴える。

 冬場の登山コースの目印となる「赤布」を付けた木も切られ、「山屋には山屋のしきたりがある。それを踏みにじるようなことをしてはいけない」と清野さん。行政の対応に不信感も募らせる。

 作業を業者に指示した蔵王町の担当者は「一部の登山者から植物が繁茂して歩きにくいと苦情が寄せられた。業者には、刈り払いは必要最小限にとどめてほしいと伝えたのだが…」と釈明。県も「配慮に欠けていた」(観光課)と不手際を認めている。

 国立公園、国定公園の「自然公園指導員」を務める小野正之さん(61)=若林区=は「公園を管理する県は芝草平の植生復元事業を進める一方、過度な伐採を容認している。図らずも縦割り行政のちぐはぐさが露呈された」と指摘している。

2009年07月23日木曜日
 河北新報は針小棒大にする、公平に見ても信頼にできない報道機関ですから、この記事も果たしてどこまで大きな被害を及ぼしているのか疑わしく読んだのですが、いちおうは県の担当側も不手際を認めた(認めさせられた?)以上は、それなりに落ち度はあるということでしょう。

 以前、泉ヶ岳の兎平と呼ばれる辺りが広範囲で地元・泉区役所によって違法に伐採されたことなどを何度か紹介しましたし、ウィキペディアにある「泉ヶ岳」の項目にもありますが、3年ほど前に、類似事例があったばかりなのに、なぜこうも同じようなことを繰り返してしまうのか?
 当時、泉区役所を指揮監督する責任者の仙台市長の定例記者会見では、
(15)泉ケ岳兎平の立木無断伐採についての所見を伺う

 詳しい報告を私も聞きました。この件については報道機関の皆さんに幹の太さ何センチ以上が何本と明確に御説明すべきだったと思います。本数を計測する一定の基準はあったそうですが、その説明が不足していたと認識しています。申し訳ありませんでした。

 現場主義できちんと現地に行けば良かったのではと思いますが、いずれにせよ説明不足だったことは認めたいと思います。ただ伐採には悪意はなく、実際に熊が出て危険だったので行いました。
 仙台市の市長さんは、以前、地下鉄建設にかかるケヤキ伐採の議論の際に、「ケヤキの精と話し合った」という発言をされたほど、少しは自然というものをご存じの方かと思っていたのですが、それでもこういう認識です。
 違法とか範囲がどうだったか?という問題ももちろんですが、まず「熊が出て危険だから」という発想で必要以上に伐採することが問題だったし、それらを地元地権者などをも十分協議しない・そうしないような人物がそういう行政を担当しているのが問題なわけです。

 担当者個人の責任というよりも、組織としての問題であり、また、これは宮城県でも監督上、問題の当事者だったわけですから、まだこの泉ヶ岳の事件から3年しか経っていないのに、こうも同じような話が出るというのは、もう行政では自然管理というものに限界があるとしか言いようがない。
 担当者が問題意識を持たず、ありそうな事例やあってはならない事例を記録や引き継ぎをせず、3〜5年程度おきに新しい担当者が人事異動により交代して、全くゼロからやりなおし、という繰り返しで、失態も繰り返し。

 それにしても、この蔵王の伐採も、登山者が「一部の登山者から植物が繁茂して歩きにくいと苦情が寄せられた。」とあるが、まず、

そんな腰ぬけの軟弱者は、登山なんて行くんじゃない。公園でも歩いてろ

と言いたい。本当は苦情など無く通常の登山道整備の行きすぎをそう言いつくろっているのでなければ。

 幸いにもそういう非常識な人間は「一部」ということらしいが、逆に、そういう「一部」だけれども、非常識な人間の非常識だけれども声の大きな苦情には、面倒なので良く考えもせずに対応するという、トラブルを避けたがる行政や役人らしいこれまた腰ぬけ対応。
 そういうその場限りの対応が、こうも問題を大きくしてしまう。

 もし、行政の言い訳のとおり、業者にはそういう範囲を明確に指示していたのであれば、現場作業の指示を伝達できなかった落ち度はあっても、業者の問題と言えるかもしれない。
 しかし、こういう作業でその参入業者を選ぶのは、直接特定業者を選んで発注する(随意契約・特命)か、複数の業者を選定してその中での入札で決定(指名競争入札)するかだろうが、そういう業者を選んだのは、やはり行政側の責任。そういう業務を会社内部で正しく指揮系統ができない業者を選んだ責任もあるし、あまりに安かろう悪かろうの過度の競争入札で買いたたくから、質の高く無い作業員やその日初めて作業をするようなアルバイトしか集めることができない。もし、山に長く携わっているような作業員ならば、広範囲で伐採しろと言われてもそれは問題ではないか?という意見を法律上からは別として、環境保全やその山での在り方などの意見を伝えて伐採していたかもしれない。
 いずれにしても、「勝手に伐採した業者」だけの問題では決してなく、少なくとも行政のこれまでの態勢や発注形態など、様々な要素からこういう結果に至ったということは、間違いない。

 それぞれの担当者や業者を責めるというのではなく、いい加減、こういう同じような行政体質上のミスで取り返しのつかないような愚かなことは無くなるよう、こういう問題に携わる担当者は、肝に銘じて引き継いでいく姿勢ではないかと思う。

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