日々是雑感

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【おいおい、おかしいだろ】

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日常で、これはおかしいだろう?それって変じゃない?と思ったことを書いています。大部分は、新聞記事を読んでのことです。
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 このブログでは以前より、様々な場面での「野生動物へのエサやり」を厳しく批判しています。

 身近なものでは捨てられた野良猫(犬)がかわいそう、だとして無責任にエサを与える連中が問題になっています。近年、「地域猫」として、責任を持って根気よく地域ぐるみでトラブルの無いように共存していこうと活動を模索している方もいらっしゃるようになりましたが、まだまだわずかです。

 私は野良犬・猫やその他の野生動物にエサを与えるというのは、知識や責任感が無い人としか思っていません。

 その動物が「飢えてかわいそう」という、いかにも博愛的に見せかけた理由付けをして、しかし単に自分が責任を持たず好き勝手に動物になつかれている・いいことをしていると思い込むためだけに利用しているに過ぎません。
 本当にその飢えてかわいそうな犬猫を何とかしたいと思うならば、単にエサを与えるだけというのは何の解決にもならないどころか、その人物の知らないところではかり知れないトラブルにその動物を含め巻き込むのです。
 その結果の重大性を考えないのか想像がつかないのか、あるいは知っていても自己満足を優先させたいのか、周囲がいかに道理を尽くして丁寧に説得をしても、それらの人々のうち決して少なくない割合で、全く聞く耳を持たないか、逆に自分の行いがいかに正しく立派なことでそれに異を唱えることがおかしいか、などと口汚く感情的にわめきたてたりします。こうなると、私はもう、そのような人は精神か心か知能に重大な障害を持っている病人としか思いません。もはや動物愛護の話ではなく、医療・福祉、場合によっては法律の分野になってきます。

 そういうエセ動物愛護者、最近では「愛」と言い得て妙な言葉が出ておりますが、その動物愛誤者が極端な騒ぎを引き起こすがために、真剣に動物や地域を考え活動をなさっている多くの真摯な愛護者の方まで同レベルのうさんくさい存在と、周囲から偏見の目にさらされてしまったりします。

 これは個人でも団体でも同じです。

 人の気持ちを理解せず、自分の自己満足だけで行動をし、その結果、本人以外に迷惑が及ぼすことを考えもしない・反省もしないというのは、単にワガママであり、迷惑者でしかない。しかし、本人は「いいことをしている」と信じている場合が多いのだから、始末に負えません。

 ちょっと忙しくてじっくり書く時間が無いのですが、先に書いたように、今年は多くの地域で様々な樹種がその実をつけないという予想がされています。
 私が危惧する1つは、それにより、様々な野生動物が人里に多く出没することでのトラブルですが、そのトラブルを考えも無く安易に、解決しよう(として)、例えば、農作物や街中のドングリを山にまこうなどと言い出すような人が出ないかどうかということも、非常に心配です。先にも書いたように、これも悪影響が大いに考えられることだからです。
 それらの動物のためにならないどころか、良いことが1つも無く悪い結果だけを残すと言っても過言ではなく、得られるものはせいぜい、それらをした連中のくだらない自己満足だけ、ということくらいでしょう。

 いつのころからか、この国の人は物事を深く考えなくなった人が増えたように感じます。物事というよりは、相手の立場や気持ちを考えるような姿勢、「思いやり」ですね。そして、自分の行いが間違っていないだろうか?と省みる「反省」の姿勢。また、他人に迷惑をかけたりすることを恥と思う協調性とか自重ですね。
 個人の権利主張ばかりが叫ばれるようになってきたのと同じ時期から、そんな人が目立ってきたように感じます。
 自分の主義主張だけを押し通し、その結果なんてどうでもいいという、浅はかで無責任な言動。その主張や活動に少しでも疑問・反論(しかも根拠をあげて)した相手には、あるいは自分の意に沿わない相手には、感情的な罵倒や圧力を加えたり。実に愚かしいことです。

 各種ボランティア活動などに対して批判的な意見を出すと、「やらない善より、やる偽善。何もしないよりはいい。何もしない人は批判する資格は無い」などという反論が見られます。
 しかし、その対象となる相手や周囲が迷惑・不快に思う、考えの浅いボランティア活動なんか、しない方がいいのです。いくら美しい気持ちや博愛の気持ちだったとしても、その事が重大なものであればあるほど、熟考して慎重にすべきことです。

 …と、前置きが相当長くなってしまったのですが、そう感じたのは、以下の記事を見たからです。
 9月21日のJ−CASTニュースです。
「被災者に千羽鶴」はうれしいのか チリ落盤で続々届く「善意」の中身
J-CASTニュース 9月21日(火)19時52分配信

 南米チリの鉱山で落盤事故が発生し、作業員33人が地下に閉じ込められたニュースは、世界を駆け巡った。作業員やその家族の様子が連日報道される一方、救助のための掘削作業は順調に進んでおり、当初予定より早く救出できそうな見通しも出てきた。

 作業員たちを励まそうと、日本からもさまざまな「支援」を差し伸べようとする人がいるようだ。だが以前、被災者への支援の一環で日本から「千羽鶴」を送ろうと呼びかけた人が、「役に立たない」と問題視されたことがあった。善意のつもりが「迷惑」になっていないだろうか。

■保冷剤、絵、お守りまで

【中略】
 
 大使館によると、「大使は『日本の皆さんからの気持ち。すべてありがたく受け取りましょう」との方針です』と話す。現地に送れるものは、大使館が責任もって作業員の関係者のもとに届けるとのことだ。

■大量物資、送料は大使館の「持ち出し」

 とは言え、日本から見て地球の裏側にあるチリに、大量の物資を送る費用は大使館の「持ち出し」。都内からチリに航空便で小包を送る場合の料金は、1キロで4600円かかる。善意はありがたいが、モノが増えれば送料も増えることになり、大使館としても複雑な心境だろう。

 事務作業もすべて大使館員の手による。例えば、日本語で書かれた手紙はすべてスペイン語に翻訳するが、担当する人数はたったの2人だ。

 日本独特のものを送る場合は、説明書きもスペイン語で添えるという。例えば、病気療養中の患者たちが折った千羽鶴が9月21日に大使館に届いたそうだが、これも現地の人が理解できるように説明を入れなければならない。

 実は千羽鶴は以前、被災地に送るうえでちょっとした「騒動」があった。カリブ海の国ハイチで2010年1月に大地震が発生した際に、ネット上で「被災者のために千羽鶴を贈って激励しよう」との呼びかけが広がった。ところが「支援するものはほかにあるはずだ」「現地の人は意味を理解できるのか」といった批判が起こったのだ。今回の落盤事故では、「千羽鶴を届けよう」というネットの声はあがっていないようだ。

 大使館は「皆さんの優しい気持ちは本当にうれしい」と話すが、ありがた迷惑にならないように送る側も考えたほうがよさそうだ。
 記事末の「ハイチ」のときの同じような記事は、こちらで拝見できます。このときの記事がより凄惨(?)なので、ご参考まで。

 贈った人の大部分の人のその動機は、自分なりの「善意」なのは間違いないでしょう。
 しかし、間違い無く「弊害」が起きているわけです。
 気持ちは美しいかもしれません。また、その贈った人の気持ちも尊重することも大切、という意見もあるかもしれません。しかし、それは程度の問題であって、今・このときに、そんな状況の相手に、そんな全く役にも立たないものを送りつけるというのは、単に相手のことを考えない善意の押しつけの自己満足でしかなく、その軽率な行動で、何の成果も無いどころか、多くの人に迷惑をかけているという、いい例ですね。特に国家間のことですから、先方に「日本人は、馬鹿か?」と十把一絡げに見られては、本来無関係なはずの私までいい迷惑、というわけです。だから異議を唱える権利がありますね。

 何か問題があった場合に、見過ごせない・行動したいと思うのは大変すばらしいことですが、それが単に自分の浅はかな思いつき・自己満足でやるのならば、やらない方が良いのです。

 そんなわけで皆さま、くれぐれも冷静さを欠いた感情だけ優先させたような不透明な「見た目、美しい話・呼びかけ・活動」なんぞに、安易に乗せられないよう、ご注意ください。
 世の中、情に訴えるだけでそれに理性や知性・冷静さが伴わないものは、自己満足のお遊び・迷惑行為、金儲け…という場合が少なくないのですから。

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 今日は軽く、熊の報道2件に関する感想を。

 一昨日、乗鞍スカイラインでの熊目撃・登山道封鎖に対する関係者らのご尽力と登山客の反応について書きましたが、8月17日の信濃毎日新聞に、その関係者がどのような対応をされているか?ということなどが少し掲載されていましたのでご紹介します。
乗鞍・畳平で熊情報相次ぐ 登山道・散策路立ち入り禁止 
8月17日(火)

【前略】

 松本市安曇の乗鞍高原と畳平を結ぶシャトルバスが発着する乗鞍観光センターでは、バスを運行する松本電鉄の社員が熊の目撃情報と入山規制について説明。畳平へ行く観光客は例年の4分の1ほどに減っているという。

 16日、説明を受け畳平行きをやめた浜松市の鈴木章吾さん(65)は「自然が相手なので仕方ない」と話していた。
 以前、3月30日の毎日新聞の報道で乗鞍スカイラインの関係者による対策会議が開かれたことを紹介しましたが、今回はまず目撃を信州大学の調査団が発見し、適切に通報をし、岐阜県が直ちに登山道の一部を閉鎖するという対応をするとともに、一般企業であるシャトルバスの運行会社もその旨を観光客に説明をする、という連携が取れていたという緊張感のある、初動対応をされているということがわかります。
 実に良い対応で、昨年の大量傷害事故は非常に残念ですが、このような対応ができあがり、そして維持されるのならば、被害者の方らも少しは癒されるかもしれません。

 最後のコメントをされた方は浜松市からこの岐阜までいらしたのに、達観したコメントをなされているのが、少しホッとします。

 同じ日の信濃毎日新聞にはこれらの登山道の規制が解除された記事が出ています。
乗鞍・畳平の登山道立ち入り規制解除 
8月17日(火)

【前略】

 岐阜県地球環境課によると、同日早朝、前日までの濃霧が晴れて視界が回復したため、バスターミナルから剣ケ峰、大黒岳、魔王岳などへ延びるすべての登山道や散策路を、同県や飛騨森林管理署の職員ら8人がパトロール。熊の姿が見えなかったことから午前8時20分に規制を解除した。

 同県などは17日の日中、通常より人員を増やして見回るほか、18日以降もパトロールを続け、登山者への声掛けや掲示板で注意を呼び掛ける。
 一昨日も書きましたが、安全確認に早朝から8人もの職員の方が全登山道をパトロールするというのは、大変なことです。引き続き安全のためにパトロールなどを続けられるということで、夏休みシーズンの観光客の期待に応えるためや現地施設の収益維持など、様々な期待を背負ってのことだと思いますが、人や熊の安全のために非常に重要なことです。
 一般観光客と言えども、自身の安全確保はまず自分が負うべき当然の責務なのですから、これらの対応に感謝し、そして自分自身でも当たり前に注意や準備に真剣に臨むべきだと思います。

 さて、相当以前にも書いたのですが、昨今、余暇利用の中高年登山・山菜取りということも多くなってきていることもありますので、様々な場面で自然やそこに棲む生き物について学ぶ機会を増やすべきだと私は思っているのですが、そこで真っ先に考えるのは、地域にある動物園がまずその任を負っていただけないものかということです。
 ところが、これも以前書いた「のぼりべつクマ牧場」のように、結構多くの動物園がただ檻の中に動物を入れ、解説版を掲示するとか、ショーをさせるとか、ウサギやハムスターを子供にだっこさせる、といった程度の展示しかしていないというのが実情です。
 有名な旭山動物園が立地が不便なのにも関わらず、なぜ一大ブームになって全国からの観光客を呼び寄せたかということを考えれば、いかに全国の動物園が魅力に欠けるものということがわかります。
 動物園というのは貴重な動物・命を檻の中に閉じ込めて一生飼うということをする施設とも言えるわけですから、国内の多くの動物園や水族館が加盟する(社)日本動物園水族館協会の掲げる目的を持ち出すまでもなく、本来、その動物の一生をかけるのに見合った成果を人間にもたらすようにすることが、私は人間・動物園の義務ではないかと思うのですが、ただ不自然な中で本来の姿とは言えない・本来の生命の驚異を実感できないような展示を申し訳程度にする動物園にはウンザリします。

 そんな中、見かけたのがこんな記事です。8月15日のNHKニュースです。
動物園のクマに流しそうめん
8月15日 6時36分 

 動物園のクマに、夏の味覚、流しそうめんを味わってもらおうという催しが、14日、盛岡市で開かれました。

 盛岡市動物公園では、14日、3頭の雌のツキノワグマがいる飼育場に、長さ5メートルの竹筒が用意されました。飼育員は、まず、ふだん与えているリンゴやキウイなどの果物を竹筒に流し、クマを集めました。そして、いよいよそうめんが流されると、クマは、「ガオッー」と雄たけびをあげて走り寄り、勢いよくそうめんを食べました。そうめんには、特製のハチミツ入りのつゆがかけられているということです。

 動物公園によりますと、クマに流しそうめんを味わってもらう催しは、ことしで3回目ですが、きちんと食べたのは今回が初めてだということです。
 動物公園には、お盆休みで帰省中の家族連れなど、およそ30人が集まり、そうめんを食べるクマの様子に歓声をあげていました。宮城県から旅行で来た女性は「クマがそうめんを食べるとは思いませんでした。珍しいものを見せてもらいました」と、驚いた様子で話していました。
 盛岡市動物公園のHPの「8月の催し物」を見ると、8月14日の部分の「ツキノワグマの流しそうめん」の内容を見ると、「ツキノワグマはそうめんが好きか、見て確かめよう」と書かれています。

 ・・・えっ!?そんなことが目的なんですか?

 NHKのこのHPには動画もまだ見られるのですが、小雨の中でしたので少ない観客の方が見る中でした。
 その少なそうな観客の方の感想は、大人の方が「不思議そうな感じで見てましたよね」と。小学生くらいのお子さんは、「びっくりした」「なんか、ほえたからちょっと面白かった」というもの。
 例えば、ツキノワグマが実は小麦粉が大好物で、そうめんが大好きで何もしなくとも食べるという習性があるというのならば、それを観客に教えるために与えるのもわかります。しかしそんな事実はありません。無いからこそ、わざわざハチミツにつけて流すといったことまでしているわけですし、3回目にして初めて食べたわけで、はちみつにつけたそうめんを食べさせて、何が「そうめんが好きか、見て確かめよう」ですか。見ても何がわかるものですか。
 要するに、動物の生態や優れた能力を観客に教えるとか、そういった教育目的では決してなく、単にサーカスの見世物のようなショーに過ぎないわけですね。そしてそうまでしたのに、観客の感想はこんな程度。
 いったい、何がしたいのか、わかりません。

 この盛岡市動物公園を管理する(財)盛岡市動物公園公社の設立目的は、
設立目的

 公社は,盛岡市動物公園の管理,動植物等に関する調査研究及び知識の普及等を行うことにより,自然に対する認識を深め,情操を育みもって住民の福祉の増進に寄与することを目的とする。
とありますが、この流しそうめんの何が動植物の調査研究や知識の普及になるのか?自然に対する認識を深めるのか?情操を育みもって住民の福祉の増進につながるのか、さっぱり理解できませんが。

 さらに、盛岡市動物公園のトピックスを見ると、
平成22年8月16日
今週末はカブトムシプレゼント抽選会だー!!みんなの知ってるカブトムシはもちろん、外国の珍しいカブトムシだってもらえちゃうよ!【後略】
 カブトムシの譲渡は子供が喜ぶものですが、本来は野山に生きるもの。ただで与えることが即「いいこと」とは私なんかはちょっと思えないのですし、何よりも国内にはいない外国産カブトムシを見て触れるだけではなく与えることが、果たして動物園がすべき役割とは思えません。

 動物園がこんなことでは、まだまだ一般市民の自然や動物に対する知識や認識が向上するには時間がかかりそうですね。

書きなぐり記事

 朝日新聞と毎日新聞は、その内容でしばしば、読者をミスリード、ときには悪質なねつ造を行う新聞社と思っているので、私はほとんど信用していない新聞社です。

 さて、いつものように全国の熊に関わる話題を見ていると、日本熊森協会&朝日新聞という、何と言って良いのかわからない組み合わせを見てしまいました。

 7月19日の朝日新聞、山梨地方版の記事です。
クマ目撃情報、ハイペース 人の食べ物の味覚える?
2010年7月19日
 
 県内各地で「クマを見かけた」という目撃情報が、ツキノワグマが盛んに動き出す春先以降、例年を上回るペースで自治体や警察に寄せられている。野外キャンプなど夏のレジャーの本格化を踏まえ、捕獲用のワナを設けるなどの対策も始まった。一方、「クマは森林荒廃の被害者」とする保護団体は捕獲の動きに対して目を光らせている。 

 甲府市街地の北側に広がる森林公園「武田の杜(もり)」(同市羽黒町片山)は今月12日、キャンプ場やバーベキュー場がある中心施設の健康の森(195ヘクタール)の3カ所にワナを設けた。ドラム缶の中にクマの好物の蜂蜜を置き、いったんクマが入れば外に出られなくなる仕組み。キャンプ場ができた1979年以降、クマ用のワナを設置するのは初めてという。 

 武田の杜では、まず5月にツキノワグマが目撃され、市側は来園者や市民向けに看板や行政放送で注意を呼びかけた。今月に入ってからもクマが再び目撃されたことを受けて捕獲に動くことを決めた。 

 甲府市によると、市内で4月以降に寄せられたクマの情報は11件。例年なら数件どまりで、今年は明らかに多い。管理事務所の【中略・所長名】所長は「夏には大勢の人が来る健康の森にクマの親子などが居ついてしまった可能性がある。人の安全確保に努めなければならない」と話す。 

 園内にワナが仕掛けられた12日、日本熊森協会県支部(【中略・支部長名】支部長)のメンバーや市議が事務所を訪れ、ワナの詳細などをただした。その際、クマ対策を担当する市森林整備課の担当者は、「クマは捕獲後に捕殺せず、長野県との境界にある金峰山に放獣する」と説明した。解放するところは登山客が入らないことに加え、クリなど広葉樹が広がり、クマの生息に適している地域という。 

 40年間以上にわたって県有林の管理など森林に携わってきた【中略・所長名】所長は、クマ情報の増加の背景に「里山の変容がある」とみる。かつてはクマは奥山に、人は人里にと住み分けができていた。その間にまきの採取など山仕事をする人が行き来する里山が広がり、警戒心の強いクマが人里に降りてこないようにする緩衝地帯の役目を担っていた。 

 ところが、まきの需要がほとんどなくなっていき、山仕事も大きく減少。緩衝地帯が崩れ、クマと人の両者の住む領域が重なるようになった結果、雑食性のクマは様々な食べ物を知るようになった。杉本所長によると、武田の杜近くに霊園があり、お供え物の果物などがあることをクマが知った可能性もあるという。また、登山客やレジャー客が自然界に置いていった食べ残し、飲み残しもクマにとっては格好のエサになる。こうした要素が複合的に重なって、人が活動する地域でクマの出没が頻発するという現象を生んでいるとみられる。 

 クマを取り巻く生息環境の変化に危機感を持つ熊森協会県支部の【中略・支部長名】支部長は「クマの好物だったドングリ類も広葉樹から針葉樹へという林業政策で減った。クマが人間に追いつめられている事実を多くの人に知ってもらいたい」と話す。(永持裕紀) 
 私が朝日新聞を信用できない新聞社であるという論拠は、報道機関というのは公平中立で、かつ、精度の高い情報を多面的に集約して、何かの事象を読者に分かりやすく・正確に伝えるというものだと私は思っているのですが、そのいずれも果たしていないということです。

 この記事を要約すれば、「森林公園では熊が出没したためワナを設置したが、そもそも熊が出没するようになったのは戦後の林業政策の失敗で山に広葉樹が無くなるなど、熊が人間に追い詰められたり誘導されて、人里に出て来ているため」という主旨で、まるっきり一部の人や団体の主張のみに肩入れした、そして読者にとっては不利益になりかねない誤った構成になっています。

 「市の管理地内にある森林公園で、例年よりもはるかに多い熊の目撃情報があった。そこで事故が起きる前に利用者の安全を確保するため、施設管理責任者として熊の捕獲を決めた」という管理者からすれば当然とも言える1つの選択が、この朝日新聞にペンにかかるとその決して間違いではない判断が、まるで「かわいそうな・やむを得ず熊をいじめる行政」という印象を読者に与えます。

 疑問なのは、市民の安全や市の施設の運営に万全を期すべき職務に励むべき市議が、市民の安全に万全を期すべき手段を提示するならばともかく、ワナについて「ただした」とあります。
 一体あなたの職務は、熊の保護なのですか?それとも市民の安全確保や市有施設の運営維持なのですか?どっちですか?と、あなたの言動こそ「ただしたい」ところです。

 日本熊森協会山梨県支部にしても、日ごろから実践と、熊や森について最前線で調査研究活動をしているのならば、森林公園の対応に協力をして、事故が発生しないように何か具体的な提案とか、森林公園を利用する市民のために有効かつ確実な熊の回避を広報するとか、「人の安全確保」について、そういうことは何かなされたのでしょうか?
 記事からは、この森林公園にとってはどうでもいい、「クマが人間に追いつめられている事実」なんてものを知ってもらいたいとありますが、そんなことよりももっと呼びかける優先順位が高いことがありゃしませんか?
 私でしたら、「熊を呼ばないようにキャンプ場に食べ物を残さないとか、見かけても驚かせないようにするよう、利用者の方もご注意ください」というようなコメントを掲載し、熊と人、両方とも事故が無いようにしたいところですけど?

 さて、そのように登場人物の言動にも大いに疑問が生じるわけですが、この「記事」の全体で言えば、部分部分の記述を見れば、特に間違いは無いと思います。
 ところが、朝日新聞の恐ろしいところは、「事実をつなげ合わせて、全体で読者をミスリードする記事を作りあげる」というところです。
 この記事で言えば、
 市内で4月以降に寄せられたクマの情報は11件。例年なら数件どまりで、今年は明らかに多い。
 と、この施設における、昨年と今年の比較を書いています。
 これで、なるほど、この記事は「この森林公園での話」なのだな、と読者は思うわけです。そして、件数自体も施設側の発表ですから、事実なのでしょう。

 記事の後半では
 ところが、まきの需要がほとんどなくなっていき、山仕事も大きく減少。緩衝地帯が崩れ、クマと人の両者の住む領域が重なるようになった結果、雑食性のクマは様々な食べ物を知るようになった。

「クマの好物だったドングリ類も広葉樹から針葉樹へという林業政策で減った。クマが人間に追いつめられている事実を多くの人に知ってもらいたい」と話す。
と、一般的な傾向を書いています。
 この内容も、一般的な意見であれば、間違いではありません。

 しかし、「まきの需要が無くなった」だの、「林業政策」だの、「森林荒廃」だの、それっていつの話です?ここ1〜2年のことでしょうか?
 数十年のスパンでみれば、なるほど、林業政策や山と人の関わりも変わったのは間違いない。でも、今年になって急に森林公園に出没が始まったことや、ワナで捕獲することの是非とは、何も関係が無いわけです。

 それなのにこんな書き方では、読者にとって、「森林公園に今年になって急に出没した熊も、戦後からの林業行政の失敗や山と人との関わりによって出没した」と思い込んでしまいかねないわけです。

 繰り返しますが、この森林公園に今年になって急に熊が出た原因は、記事後半にあるような理由であるという根拠はゼロです。
 そして、狡猾なことに、記事はあいまいで、「森林公園に熊が出ている原因は林業政策の失敗」などとは、どこにも書いていない。あくまでも「読み手の印象」と言われかねないんですね。

 よくよく自分で何も調べたり考えたりしないで手抜きの記事を書いただけなのか、途中で何を書いているのかわからなくなるような愚かな記者なのか、読者をミスリードするために狡猾に書いたのか知りませんが、やはり朝日新聞はこのような姿勢なのですね。

 「熊は森林荒廃の被害者」などと言っていますが、仮にそうだとしても、人々が生活するところに熊が現れたものを放置していい理由にはならない。
 お涙頂戴の、考えの無い愚かしい記事で読者を騙すのは、いい加減にしたらどうか。

 そうそう、朝日新聞の記者さん。
 見出しに「人の食べ物の味覚える?」として、記事の後半にも人間が不用意に食べ物の味を熊に覚えさせてしまったのが原因だと、まあそれも一般論としては間違いではないのですが、あなたが今回取りあげた「日本熊森協会」さんは、以前、別の栃木支部の方が毎日新聞の紙面で「大切なのはクマを下山させないこと。農家の人に、商品にならなくなった食べ物を譲ってもらい、山奥に運んで下山させないようにすべきだ」と、人間の食べ物を山に置いてくるということを主張していましたが?
 そういう、団体の中でさえも見解が統一されていないのに、不用意に読者に、そんな団体の主張の一部を紹介して、いったいどういうつもりでしょうか?

 ついでに言えば、日本熊森協会の本部は、昨年の「乗鞍岳・畳平バスターミナル」で、現地調査をした複数の研究機関・研究団体の調査結果に反する主張をして、それを未だに訂正も削除もしていません。
 そういう団体ですよ?

 私は無料で記事を読んだので良いのですが、こんなレベルな記事を購読料を払って読まされる購読者はかなわないでしょうね。

無能

 行政というよりも個々の人間の、想像力の欠如といえばいいのでしょうか、「これをこうしたら、どうなる」という、何かをするときにメリット・デメリットを事前に想像がつけられない無能な社会人が増えているように思います。
 一般企業でもそんな無能な人は困るでしょうけれども、多くの人や物に影響を与える行政や政治に関わる人がそんな程度では困るんですよね。

 何か1つのことだけにはやたら詳しくとも、関連しそうなことを横断的に承知して相互のバランスや関連を考えて最善の判断をするということが苦手な「専門馬鹿」は迷惑でしかありません。

 行政が人事異動を行うのは、本来はあちこちの分野を経験することでそういった相互の関連などを想像することができるようにするということも目的としてはあるわけですが、まったくそれが機能していないようです。

 目先の仕事を処理することばかりに目が行って、愚かな結果を出すということは、信じられない佐渡トキ保護センターの大失態といったことを非難したことがありますが、自然破壊においては公共事業に伴うようなものでなくとも、泉ヶ岳におけるマウンテンバイク大会らのせいでの環境破壊や、宮城蔵王での散策路の過剰伐採ということがありましたが、無能なのは宮城県や仙台市の一部職員に限らず、北海道の自治体や新聞社の人々も同じのようです。

 呆れて物も言えません。頼みますから、そういうことに適性の無い人は、そういう仕事に就かないでくれますか?迷惑です。

 7月11日の読売新聞の記事です。
国定公園の原生花園、マラソン関係者踏み荒らす
 
 北海道北見市のワッカ原生花園の踏み荒らされた跡 オホーツク沿岸のサロマ湖周辺で先月行われたマラソン大会で、コースの一部になった北海道北見市常呂町のワッカ原生花園内の花が、大会関係者によって踏み荒らされていたことが分かった。

 原生花園は国定公園に指定されており、所管する道は9日に現地調査を実施した。今後、主催者に再発防止を指導する。

 大会は、6月27日に行われた「第25回サロマ湖100キロウルトラマラソン」(北見市、湧別、佐呂間町、北海道新聞社など主催)で、原生花園の遊歩道(幅約3〜4メートル)をコースの一部に利用した。

 大会後に「花が踏み荒らされている」との情報提供を受けて北見市で調査。その結果、仮設トイレや給水所が設置された周辺8か所に踏み荒らした跡があり、ハマナス48本、エゾスカシユリ20本が折れていたという。

 大会スタッフが植生に立ち入ったり、大会車両がランナーを避けた際にはみ出したりしたとみられる。

 北見市の塚本敏一・副市長は「申し訳ない。来年以降の対策を指示した」と話し、北海道新聞社は「主催者の一員として遺憾に思う。大会実行委などを通じて、再発防止に努めたい」としている。

(2010年7月11日09時03分  読売新聞)
 泉ヶ岳では「マウンテンバイクお遊び」のために環境破壊がされていますが、北海道ではマラソンのためにこういうことをしでかしたわけです。
 スポーツは心身の健康のために行うものだと思うのですが、身体を鍛えるのも良いですが、主催者は脳みその中身を鍛えてから開催してもらいたいものです。

 それが国定公園の中だから、というだけではありません。また、多少踏み荒らしたくらいでは、草花が枯れるとも限りません。
 しかし問題はそんな点だけではなく、自分らの目先の事象を片づけるに当たって、目の前にある美しい草花を踏み散らしても気づかない・もしかしたら気づいてもそれをどうでも良いと思うという、その驚くべき無神経さ・情緒のなさは、非常に情けないですし恥ずかしい見識です。
 そのような程度で、大会なんて無事、運営できるものなのでしょうか。

 悪意ある盗掘も、能力不足からしでかした踏み荒らしも、結果的には何ら変わりがありません。
 むしろ、つい「きれいだ」として盗ってしまう方が、是非はともかく美しいものを自分なりに愛でる気持ちという点では、この主催者の無神経極まりない態度よりも人間らしいとさえ言えるかもしれません。

 主催者らは、恥を知るべきでしょう。
 北海道の自然の中で、何かをする資格はありません。顔を洗って出直して来なさい。

本当の「痛み」

 政治家の定数削減や、公務員の給料を2割減にするとか、そういうことだけが、「節約」としてクローズアップされていますが、それだけに注目が集まってその他は手抜きでは困りますし、また、給料を削減するのは支持できますが、定数削減というのは止めておいた方が良いと思います。

 政治家にしても公務員にしても、世間的イメージには何だか公費を食い物にしているような悪党どもと感じている人もいるかもしれませんが、1つの見方として、「国民や住民がある程度自由に使うことができる労働力」でもあるわけです。「公僕」ですものね。と、いうことは、政治家や公務員が「多い」方が、より国民や住民にとっては、多くの種類の仕事をさせることができるわけです。これが少なくなると、自ずとさせることができる全体の仕事量は減るわけです。

 むろん、効率化と合理化を図ることは当然ですが、「日常」の業務を回すのにあまりにカツカツな人員配置なんてことをすると、誰かが病気などで休んだとたんに、周囲に多くの仕事が一度に流れ込み、全ての仕事が停滞するということになりかねません。災害が発生したときの対応との両立も困難になりますし、そもそも、災害対応は日常から時間をかけて現状を把握するという、一見無駄に思える情報の蓄積や訓練が必要ですが、それらまで省かれるという懸念があります。

 公務員というものは、そもそも国民や住民にとって必要な仕事を正確・公平に処理をしなければならないために必要なわけで、それにはある程度余力が無ければミスや、少しの負荷がかかっただけで全体が停滞するということになりかねません。
 ですので、効率化や合理化を図る上では、単にソロバン上での数字のつじつま合わせとか、大衆迎合のためではなく、現場の意見なども十分に聴取して、ある程度想定できるトラブルを考慮した上で、もしもそれが発生した場合でもきちんと対応ができる危機管理体制を取るという当たり前のことをするべきなんですね。

 政治家においては、これだけ複雑な世の中、そして価値観が多様化する時代で、様々な国民や住民のニーズを少数意見であっても十分に聴取して、よりよい政策に反映させなければならないのですが、定数を削減するということは、多くの事象への対応が十分できなくなる恐れや、幅広い国民・住民意見を聴取する機会が減るということにもなります。

 昨日も書きましたが、政治家にしても行政にしても、「定数削減」「人件費削減」ということを国民らに示す際には、しかしそうするとこのようなデメリットも発生しますよ、ということもきちんと明示して、それでもなお、削減するのか否かを判断するようにしてもらうというのが、本来すべき仕事です。
 単に耳ざわりの良いだけで根拠の薄く、そして予見されるデメリットを明示することなく、拙速に国民に選挙で選択を迫るということは、政治家や政党の仕事としてはお粗末と言えるでしょう。

 しかし、本来、民主主義とはその構成員たる有権者が、自らそういうものだと理解するように最大限努める義務があるのではないか、と私は考えます。

 上記で言えば、何かの選択を迫るときに、そのメリット・デメリットを有権者に示すというのは政治家の半ば義務だと私は思いますが、同時に、それくらいは有権者が自ら情報を集め、政治家などに質問をするなどし、そして判断をした上で、投票という行動に入るべきではないか?とも思います。
 
 そのように、投票に至る際にも真剣に自らが情報収集や分析をし、熟考をして1票を投じる責任が私は有権者にはあると考えますし、そういうことをする時間的余裕や判断がつかなかったというのであれば選挙を棄権するというのは決して悪いこととは思いません。「誰でもいいから適当に」という投票をされすよりはよほど良く、投票率の高低を単純に批評するというのはおかしいと思います。
 それでもせめて白票を投じるとか、投票所において投票の棄権を申し出るとか、そういうことをすべきだと思う人もいるかもしれませんが、現行の選挙制度では、投票所で白票を投じようと、そもそも投票所に行かないという人でも、結果としては何ら変わりません。「白票を投じての意思表示」などと言う方もいるかもしれませんが、私は「無意味」なことだと思います。
 せめて、「こいつだけは当選させたくない候補者」の名前を書けばその1票はその候補者の獲得票数から1票差し引くという制度であるならばわかりますけれど。

 さて、昨日も書きましたが、今回の選挙では「事業仕分け」により、選挙のための経費が削減されたということです。ところが、そのために弊害も起き、それを解消すべくあれこれ工夫をしたり、と、地方自治体においては様々な対応を強いられることになりました。
 それが業務効率の維持あるいは向上になれば良いのですが、小手先の対応では、混乱を招きかねません。実際、今回も各地で基本的なミスが発生したようです。むろん、ミスをした者や責任者の指導に問題がるわけですが、同時に、それは「事業仕分け」をしなければ発生しなかったかもしれないミスとも言えます。

 開票においても、各地で混乱が生じ、開票終了までに予定時間を大幅に過ぎたという市町村もあったようです。
 事務的な集計ミスとか不手際というのは論外ですし、実際に事前に訓練やマニュアル化などの工夫で速く正確に完了した自治体もあると思いますと一概には言えませんが、まず、あの参院選はもちろん、選挙そのものの改革が必要ではないかと思います。

 今回の参院選の場合、選挙区では候補者名を書く普通の選挙ですが、比例代表は政党や政治団体か、それらから出ている全国の無数の候補者から選ぶわけです。投票所に掲示されていた比例代表の候補者名一覧を見ましたが、「開票は、これ全ての候補者がそれぞれ何票獲得したか、集計するんだろうなあ」と思ったものです。シロウト考えですが、あんな人数の集計をするのならば、それは時間がかかるだろうとは想像がつきます。

 もう1つは、有権者の情けなさです。
 何も書かない白票ならばまだしも、候補者名を正確に書かなかったり、読めないような字で書いてあったりする有権者がいるせいで、「疑問票」としてその記載された票が誰またはどの政党なのかをできる限り判断したり、名字だけの記載でその名字が複数人数いた場合には「按分」として計算して割り当てるという作業をしなけえばならなくなります。
 「有権者の意思をできるだけ結果に反映させるため」だそうですが、私から言わせれば、少々過激で短絡的ですが、「満足に候補者の氏名を書けない・書かない人間の1票なんて、そんなに価値があるんですか?」とも、どうしても感じます。有権者の全員が正確に候補者の名前を書けば、疑問票や案分票などに手間がかからず、投票用紙の数を数えておしまい、と、どの自治体でもすぐに開票は終わるはずです。
 私は、選挙権が20歳から得られるというのは、正常で正確な判断を責任もって投票ができる能力を有しているからだと思っているのですが、正確に投票できない・しない人に投票権があるのはどうなのか?と、相当乱暴ですが、心情としてはそう思うわけです。

 例えば、7月13日の河北新報の記事。
参院選、開票遅れが続出 疑問票判定に手間取る 東北

 参院選の開票で、東北各県で選管最終の確定時間が12日未明から早朝にずれ込む市町村が続出した。比例代表で名簿登載者が増え、疑問票の判定に時間を要したのが主な要因。一方で開票スピード日本一の記録を持つ相馬市選管は今回も、終了予定より1時間以上早く作業を終えた。

 確定時間が遅かったのは郡山市の午前5時5分、大崎市の午前4時6分、仙台市太白区の午前3時59分、秋田市の午前3時45分など。各選管が見込んだ終了予定より、1時間15分から2時間6分遅れた。
 各選管は理由として、比例代表の候補者が186人と前回(2007年)より27人多かったことや、同姓など案分のパターンが前回の30通りから60通りに増えたことなどを挙げる。秋田市選管の担当者は「案分票が前回に比べ1.5倍近く増えた」と言う。

【後略】
 開票スピードが速いとか遅いとかだけ言われると「何をダラダラやっているんだ公務員」と思う人もいると思いますが、その遅い理由という中の結構大きな部分で、まっとうな投票をしない有権者の責任の裏返しでもあるということもあるわけです。

 しかし感情的にはどうあれ、現実問題としては正確に書けない人であっても、法律上では同じく1票ですので、それは何とかしなければならないわけです。

 ですので、私は選挙を事業仕分けをする議論をするのであれば、今の「自書式」から、マークシートや最高裁判所裁判官の国民審査のように候補者氏名に丸をつけるとか、そういうより簡単な方法にすれば良いと思いますね。候補者や政党名を正確に記載させようとするので、書けないような人が疑問票を作りだすわけですから、何も無理に自書させなければ良いわけです。おそらく、その方式にすれば、どこの市町村でも開票時間は相当に大きく短縮できますし、複雑な判断基準をもとに疑問票を判断する必要も少なくなるので、開票に当たる人はアルバイトを増やしても問題が生じないと思います。

 ところが、経費節減だけ見ればそれがバラ色の名案のように感じますが、くだらないと思われるかもしれませんが、あまりにも選挙が味気ないものになります。○を書くという1秒にも満たない作業とすると、選挙そのものが「あんな簡単なことをするのに、忙しいのに行っていられない」と感じて政治への無関心に拍車をかける結果になりかねません。そんな見識の人の1票は私はいらないと思いますが、現実にはそうとはいきません。
 数文字の候補者名や政党名を1文字1文字書くときに、その投票について真剣に考える瞬間でもあると思うわけです。
 また、「サイン」としての意味合いもくだらないかもしれませんが、その投票用紙にその人が書いたということで、単なる紙切れが「1票」に昇華するというセレモニー・精神論的な意味合いも馬鹿にできない部分もあります。

 ・・・というように、投開票にかかる経費を節約するときには、その手法を取ったときに生じかねない諸問題を洗い出して精査して、それで「自書式にしますか?○で囲む方式にしますか?」というような提示の仕方をすべきなのですね。

 投開票にかかる経費節減をもっと詰めるつもりならば、「即日開票」も止めれば簡単です。
 ほとんどが今は夜8時までの投票ですが、開票を即行うとすれば、早くとも1時間後くらいから開始でしょう。そうすると、日曜日の夜から月曜日の早朝まで公務員が業務を行うことになります。休日出勤に加えて深夜割増手当になります。
 ところが、もし、投票が終わったら開票は翌日・月曜日の朝からでもやりましょう、となれば、公務員の普通の勤務時間中に業務として行うわけですので、開票にかかる新たな給与・手当は発生しないわけです。

 「痛み」とよく言われますが、お金を出すだけではなく、様々な点で制約や我慢をするという面での「痛み」こそ、消費税以上に万人に関わるものになりますが、その可否判断をしなければならないわけです。その判断も、極めて責任が重く面倒なものですから、判断そのものも痛みになりますね。

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泉ヶ岳
泉ヶ岳
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