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昨日、注目を浴びた事業仕分けに伴う参院選において、生じた出来事について紹介しました。 私が言いたいのは、節約や改革・改善が悪いと言っているのではなく、大人数の国民や住民に影響があることを、拙速に、しかも現状それに至った経過や現状をよく調査も検討もせず、数年で人事異動を繰り返すような公務員が住民不在のまま決めてしまうという横暴さと、失敗の恐れについてです。 自然にかかる「事業仕分け」の影響を伝える記事を紹介いたします。 以前、富士山に快適な施設を整備することで、逆に「本来、そこに来るべき資格が無い人」を呼び寄せかねないということを書きましたが、私は山 に余計な施設を過剰に作ることはそのような理由で反対ですが、同じ施設整備に反対でも、その結論に至る理由がこんなもんで、こんな程度の能力・見識の人が判断する権限があり、それに対して有効な説明をできない役所担当者がいるのかと思うと、がっくりきます。 7月9日の読売新聞の記事です。 事業仕分けで補助「廃止」、山小屋トイレ困った 7月9日3時4分配信 読売新聞 【前略】 仕分けで「廃止」とされたのは、同省が1999年から行う「山岳環境等浄化・安全対策緊急事業費補助」。国立、国定公園内などで、山小屋を営む民間事業者や自治体がトイレなどを整備する際、事業費1000万円以上の場合は国が半額負担する。2001年の同省調査では、汚水流出やトイレットペーパー散乱などで改修が必要なトイレは全国に約200か所とされた。このうち約半数で、カキ殻やスギのチップで汚物を分解する「バイオトイレ」などが導入され、今年度も1億2000万円の予算で5か所程度を改修する予定だ。 ところが先月上旬の仕分けでは、有識者から「建設費を利用料で回収する方策を考えるべきだ」「受益者負担、汚染者負担の原則から、補助は説明がつかない」などの意見が相次ぎ、「廃止」と結論づけられた。 受益者負担について、同省は「国立公園の所有者と管理者が同じで、入園料を取る米国と違い、日本では難しい」と説明する。日本の国立公園は、所有者が林野庁や民間地主、管理者が環境省とばらばらで、入園も原則無料。トイレ補助の対象は急峻(きゅうしゅん)な山岳地帯がほとんどで、ヘリコプターで資材を運ぶこともあり、1件あたりの事業費は平均約3700万円。使用料で賄うのは難しいという。 【中略】 山梨県も幹部が同省に出向いて継続を訴えた。同県は山小屋と協力して2002〜06年、制度を使って富士山のトイレ11か所を環境配慮型に変えたが、まだ16か所が残る。担当者は「山のトイレは公衆トイレと同じ。最前線で山の自然を守っている人の意見も聞いてほしい」と憤る。長野県の担当者も「事業を使いたいという山小屋経営者がおり、ぜひ残してほしい」と話す。 こうした声を受け、同省は、12日からの検討会で、山岳トイレの整備や補助のあり方を再検討し、来年度の概算要求方針に反映させる考え。NPO法人「山のECHO(エコー)」代表理事の上(うえ)幸雄(こうお)さん(64)は「山は国民の共有財産。どのように環境を守るかや、山岳トイレの役割についてもみんなで議論してほしい」と話している。 最終更新:7月9日3時4分廃止してから意見を聞く、なんて、馬鹿なんじゃなかろうか? 佐渡トキ保護センターの大失態といい、こんなレベルばかり聴こえてくる環境省という役所そのものを一度考え直した方がよさそうな気がしますが。 しかし、同時に、あの目に見えて「わかりやすい」事業仕分けというものが、急ごしらえで熟考しているわけではない、目先だけの改革という面もあるであろうという、分かりやすい一例でもあります。 こういうデメリット・弊害もあるということを分かった上で、事業仕分けなどの評価をするという、判断材料を満足に与えられないまま、投票だけを呼びかける政治家、政党、選挙管理委員会、マスコミは、本当にどうしようもないですね。 7月12日の山陽新聞には、ホント、行政ってすぐにこんな検討会なんてものを作りたがるんですね・佐渡トキ保護センターの大失態のときもそうでしたが、という記事が掲載されました。
山小屋トイレの支援継続を 国の補助で関係自治体 山岳環境の保全に向けた山小屋のトイレ整備の在り方などを話し合う環境省の有識者検討会は12日、都内で初会合を開き、関係自治体や山小屋経営者から意見を聞いた。出席者からは「環境改善への取り組みに水を差す」として、国の支援継続を求める声が相次いだ。検討会委員からも「山は国民全体の貴重な財産」などの意見が出た。 検討会は、山小屋のトイレ整備を国が補助する事業が6月の環境省行政事業レビューで「廃止」と判定されたことを受け、代替策などを議論。8月の来年度予算の概算要求までに一定の方向性を示す方針だ。 会合では長野県の担当者が「トイレ整備によって、し尿処理が進み、河川の水源地周辺の水質も改善された」と事業の効果を強調。山梨、富山両県の担当者も継続の必要性を訴えた。 行政事業レビューで、トイレの利用料を徴収して施設整備に回すべきだとの指摘が出たことについて、穂苅康治・元北アルプス山小屋協会会長は「利用者が少ない山小屋は、トイレ整備もできなくなる。乱暴な意見だ」と批判した。佐渡トキ保護センターのときも、何かあってから初めて、施設の点検をして200か所以上もの穴を見つけたという、木端役人の手抜き仕事ぶりが暴露されましたが、このトイレについても、事前にそういう当たり前の選択肢・疑義までわかった上で廃止、という結果だったのならばわかりますが、そういうことを理解しないまま決定をしたという、その決定そのものではなく、それに至るまでの行政手法のお粗末さに愕然とします。 情けない、お仕事ぶりですね。 |
【おいおい、おかしいだろ】
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日常で、これはおかしいだろう?それって変じゃない?と思ったことを書いています。大部分は、新聞記事を読んでのことです。
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参院選で民主党への国民の判断が示されました。 「事業仕分け」でマスコミには露出が多かった蓮舫議員が大量得票をしましたが、かねてより私はこの「事業仕分け」というのが拙速で、判断する側の資質に疑問・不安がありました。説明する側の資質にも疑問がありますが。 むろん、一定程度の成果はあったとされていますし、世間に経費削減のアピールをし、仕分け対象となった組織が襟を正す部分もあったと思える点でもメリットはあったかもしれません。 しかし、長年かけてそれに至ったものというのは、それなりの理由や経過があることがほとんどです。 私も業務において、長年の慣習とか前例踏襲主義とか惰性とかそういうものが大嫌いで、改善することを相当していると自負していますが、しかしそういう意識を常に持つということと同時に、何かを変えようとするには、強権的にしかできないものが多いというのも理解しますが、そういうものと、よくその経過や前提を理解した上で、それを変えることで生じる弊害を考えた上で実施するか否かを考えるべきものをわきまえなければ、「机上の空論」「パフォーマンス」「かき混ぜた・混乱をもたらしただけ」になってしまいます。 短期集中でやるのも良いのですが、そういうものを全て洗い出した上で、事業継続の可否判断をしていたようには私は思えませんでした。 例えば、7月10日の読売新聞では、参院選に向けて、本来国が負担すべき国政選挙の経費を「仕分け」たために、各所で混乱や負担を強いたという記事がありました。 ケチケチ選管、知恵絞る…仕分けで経費2割減 7月10日14時32分配信 読売新聞 11日に投開票が行われる参院選では、国から全額交付される「選挙経費」が事業仕分けで約2割削減されることになり、各自治体が頭を悩ませている。 開票作業を外部に委託したり、期日前投票の期間を短くしたりして、あの手この手で経費節減に取り組むが、有権者から「不便になった」と苦情が寄せられるケースも。コストカットの影響はじわりと広がっている。 国政選挙にかかる費用は、昨年11月の事業仕分けで「非効率」と指摘された。このため、総務省は今回の参院選で各自治体に交付する関連予算を前回より約90億円少ない436億円に減額。各自治体には「経費削減」の徹底を求めている。 ◆クーラー減らし扇風機で頑張る◆ 約2000万円の節約が求められている奈良市。開票所となる市中央体育館には冷房設備がないため、これまでは毎回、大型のクーラー8台をレンタルしていたが、今回はクーラーの台数を減らし、代わりに扇風機14台を入れる。一度はクーラーはすべて扇風機にかえる予定だったが、「職員から『暑さで効率が落ちる』と苦情が相次いだ」(担当者)ため、折衷案にしたという。 【中略】 兵庫県西宮市は、7か所ある期日前投票所のうち5か所で、これまで16日間だった投票期間を9日間に短縮した。人件費削減が主な理由だが、市民からは「不便だ」などの抗議が寄せられたという。 【中略】 しかし、心配なのが、職員の疲労。開票作業にあたる500人のうち区職員100人は、翌12日未明に参院選開票が終わると、そのまま午前8時から区長・区議補選の開票に突入する。同区では開票所に仮眠スペースを設けて対応するが、担当者は「参院選の開票をできるだけ早く終わらせて、職員を仮眠させたい」と語っている。 最終更新:7月10日14時32分非効率な部分を見直して、そして経費節減という発想は当たり前ですが、こういう弊害が出てくると考えものです。 各市町村の選挙管理委員会は各市町村役場の職員が兼務していますが、経費節減のために休日勤務への報酬は手当金の支払いではなく、平日にその分の休暇を取得する「代休」を取るように呼びかけているようです。また、市町村によっては開票に早朝までかかったところもありましたが、そうすると寝不足・休暇取得をする職員も多く出るのも当然で、今日〜しばらくは市町村役場は開店休業状態が続くでしょう。 こういう、国政選挙ですから、本来国が行うべき業務の、国が支出すべき経費を節減するために、市町村住民の「財産」と言っても良い市町村役場職員を使い、休ませて、役所機能を低下させるというのは、これは国家が負担すべきものを市町村に押し付けているという見方が成立します。「地方公務員への負担の押し付け」ではなく、実はそれを有効に使えるべき住民への住民サービスの低下という、「地域住民への負担の押し付け」と言えるわけです。 なるほど、直接的な経費は節減はしたかもしれない。しかし、その節減により、別の部分で負担が増えるという部分までもきちんと説明しなければ、手柄ばかり宣伝して、負担を見えづらくしただけに過ぎないわけです。住民に、丁寧にそういう説明をした上で、「経費を節減しますか?負担はこういう部分で生じますが」と、メリット・デメリットを説明して選択できないまま推し進めるというのは、政治や行政の傲慢であり、住民に自己都合を押しつけているに過ぎませんし本当の民主主義とも言えません。 もう少々わかりやすい「負担」では、仙台市では、投票所入場券をそれまでの個別郵送から世帯ごとにまとめて郵送したために、「自分の分の入場券が届かない」「よくわからない」という声が選挙管理委員会に殺到したという記事が、7月6日の地元紙・河北新報に掲載されていました。 郵送代を節約しよう!…と役人が考えるのはいいのですが、それを受け取る住民が混乱をするということまで予想し、丁寧な説明をして理解をどれほど得たのか、仙台市の対応は傲慢で一方的なように思います。 「改革」ばかりが何だか良いもの・正義のように思われがちで、それに異議を唱えるのは許されないような雰囲気もありますが、それに名目に、多くの人が影響を受けることを、少数のたかが行政役人風情が小手先で思いつきで説明不足のまま進めるという乱暴なやり方は、公僕としてどうかと思いますし、長い目で見ても、住民や国民が正しい情報を得て、そして考え・判断するという機会を奪いかねないということにもなります。 「改革」で手柄にしたがっているのか何なのか知りませんが、世間知らずが結果だけを急いで、その経過や影響を推し量らないまま推し進めようとすると、迷惑をするのは最終的には住民や国民になります。
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最近見かけました、このブログで取り上げたことのある様々な出来事の続報もろもろです。 まずは、昨年の夏に北海道・トムラウシ山で大量の遭難死が起きた事故に関しての続報。 6月12日の北海道新聞です。 トムラウシ山 雪渓に登山ルート示す赤矢印 昨年の遭難受け念入りに(06/12 06:42) 【新得】十勝管内新得町の大雪山系トムラウシ山(2141メートル)で11日、新得町と新得署、新得山岳会が合同で、登山道を覆う雪渓の上に正しい登山ルートを示す矢印などを描いた。 【中略】 作業には11人が参加。深さ5メートルの雪渓が広がる「コマドリ沢」手前の標高1300メートル付近まで登り、登山者が誤って進む危険性の高い3カ所に、進行方向を示す矢印と進入防止の×印を、赤く色付けした石灰で描いた。 雪渓が消える6月いっぱい、登山者の道しるべになるというが、同山岳会の小西則幸事務局長は「この時期はまだ雪が多い。地形図が読め、コンパスを使える人でないと遭難の恐れがある」と注意を促している。あちこちの山でも、木々や岩に赤ペンキで登山道案内を見かけます。 山の安全を願う、人と山を大切にする方の善意と努力なのでしょうが、あまり派手なものは興ざめします。むろん、人命には変えられませんが、このような案内は「万が一」のためにあるのであって、登山は自己の準備と能力と判断が大前提です。 今年は少しでも、避けられるはずの遭難が避けられなかったということが無いシーズンであることを願うばかりですが、人間、何か便利なものができると、それを活かしてより進歩・向上する人がいる反面、それに依存してダメになる人も出てくるものです。 記事の末にもあるように、地形図も読めずコンパスも使えないような人が雪渓広がる高山などに行くべきではなく、このような善意がむしろそれらの能力不足の人にとっては「道案内があるから大丈夫」と、呼び寄せかねません。 このような善意が人々を助けることは間違いないですが、結果的にでも心身・能力ともにそこに行くべきではない人までも呼び寄せてしまいかねないという弊害が心配です。 登山をする権利は誰にでもあるかもしれませんが、それはあくまでも一定の、そこに行くべき資格=能力や姿勢、マナーがあることが大前提です。 これは以前、富士山の整備や携帯電話基地局増設についての記事を紹介したときにも触れたとおりです。 その点については数々の大失態をしでかしたトキの人工飼育事業でも、それをすべきではない資質の人間がそれをすることで巻き起こる悲劇・損失という部分で似ています。 なんと、分散飼育施設の建設をするんですね。 今の施設でさえ持て余しているというのに、別の場所に「支店」を作って、うまく運営できるんですか? 6月9日の読売新聞の記事です。 トキ分散飼育施設 再設計 「襲撃」受け、安全性向上図る 佐渡トキ保護センター野生復帰ステーションの順化ケージでトキがテンに襲撃された問題を受け、分散飼育のトキの受け入れ先となる長岡市が、建設を予定する飼育施設について、安全性向上のため設計をやり直していたことが8日、市への取材でわかった。市は既に最終的な施設の概要を固めており、2011年秋に予定されるトキ4羽の受け入れに万全を期したい考えだ。 市環境政策課によると、「長岡市トキ分散飼育施設(仮称)」は同市寺泊夏戸の旧夏戸小学校跡地に建設を予定。敷地面積約4820平方メートル、延べ床面積は約1210平方メートルで、繁殖用ケージ(約430平方メートル)と飼育用ケージ(約360平方メートル)などを備えることになっている。 市はテン襲撃問題の再発防止策などを話し合う環境省の検証委員会がまとめた報告書などを受け、計画を再検討。〈1〉コンクリート製のケージ基礎部分を高くして外敵が金網部分に届かないようにする〈2〉基礎部分周辺に電気柵を設置〈3〉万一侵入された場合に備え、ケージ内の止まり木にテンなどの外敵が登れないよう返し板を設ける――などの内容で最終調整している。 佐渡の順化ケージで問題となった金網のすきまについては、長岡の施設は構造が単純ですきまが出来にくく、施工段階ですべてふさげるという。 【後略】はあ、どんだけこんな事業に費用と労力をかけるんでしょう。そして、そこまでして行う意義は? 小手先で作った「外部委員会」の報告書や提言を自分らの事業のお墨付き・盾にして、「それどおりにしました」という言い訳の根拠にしようというのは木端役人らの責任逃れ・工夫の無いいつもの仕事ですが、長岡市の仕事がそうでないことを祈るばかりです。 そして、なんですか?「長岡の施設は構造が単純だからすきまができにくい」とありますが、佐渡の施設は構造が複雑にしていたのに、欠陥だらけだったというわけですね?構造が複雑というのは普通、複雑になるだけの必要性・検討結果があっての結果なわけですが、佐渡トキ保護センターにおいては何も考えずに結果的に構造が無意味に複雑になっただけで、肝心のその役割を果たさなかっただけということのようです。 まあ、愚か者・それをすべきではない人が無理にそういうことをすると、誰にとっても悲劇になるということで、それは登山と同じです。 続いて話題は少し変わりまして、目に余る山菜窃盗に厳しく対処している静岡県での記事。既にこう厳しく対処をするという報道が全国的になされているのに、未だ盗っ人が後を絶たないということです。 6月13日の静岡新聞の記事です。 山菜盗相次ぐ 富士宮財産区 違反者33人検挙も… 06/13 08:20 富士宮市根原の根原区財産区で、ワラビやウド、フキなどの山菜が盗まれる被害が相次いでいる。富士宮署は5月中の23人に続き、今月に入って新たに10人を検挙した。山菜採りのピークは過ぎたが、週末を中心に野荒らしはやまず、同署と地区住民は警戒を強めている。 【中略】 住民が注意しても聞く耳を持たず、逆切れすることも少なくないことから警察に相談。同署は「立ち入り禁止の看板を承知の上で侵入した」として、これまでに20代から70代までの33人を検挙した。 このうち、山梨県を中心とした県外者が85%を占め、平均年齢は男64歳、女62歳と高齢。1人で約5キロを盗み出そうとした人もいて、飲食店や旅館などで提供する目的だった可能性もあるとみられている。 12日も朝から山菜採りに訪れる人が続出。山梨県ナンバーの軽自動車で来た女性3人組は「禁止の看板は目にしたが、みんな入っているのでいいと思った。周りでも何人かが採っていた」と悪びれる様子もなく話した。 根原区の吉川喜代晴区長は「他人の土地、ものだという感覚がない人が多い。生態系が崩れてしまうので、山菜採りは絶対にしないでほしい」と訴えている。当然ですが、この区長さんをはじめとする地域の方や、取り締まりに積極的な静岡県警富士宮署を私は支持します。 容疑者の平均年齢が60歳を超えた人々だというのに、注意看板を無視し柵を乗り越えて窃盗し、注意して逆ギレとは、呆れた傍若無人ぶりです。山菜の窃盗というと軽いイメージがどうしてもあるかもしれませんが、こういう実情を考えると極めて悪質な窃盗です。他人の自宅に押し入って家財を盗み、家人に咎められたら逆切れした、というのと何ら変わりありません。 以前書いたのですが、山野でこういう常識ない行動を重ねるのは私の経験上でも中高年が極めて多いと思います。 こういう愚かな、馬齢を重ねただけの連中には口でいくら言ってもわからないのですから、厳しく毅然とした態度で報いを受けさせるということが、個人や地域の財産を守るというだけではなく、環境保全にもつながることだと思います。 これも冒頭の登山と共通する部分があります。周りがいくら注意を呼び掛けてもそれが自分のことだと理解して周囲に迷惑をかけないようにしようと自戒するような謙虚な心や知性の欠如です。こう考えると登山も何らかの規制が必要になるかもしれません。 最後に無責任に野良猫に餌付けをして、注意してもいったい何が悪いのか理解もできないという道徳心も知性も無い愚か者に対しては、この山菜ドロボウと根本は同じ部分があり、良心に訴えるとか理性的な話し合いなどの余地は無く、条例や法律で対処するしかないということが痛感させられる記事です。 6月9日の西日本新聞の記事です。 野良猫苦情で条例制定 伊万里市が方針 餌やる人に管理義務化 2010年6月9日 00:59 伊万里市は、野良猫への餌やりをめぐるトラブルを防ぐことなどを目的とした「動物の愛護及び管理に関する条例」の制定案を、14日開会する6月定例市議会に提案する。県内の自治体では、佐賀市が野良猫を減らすためのガイドラインをまとめているが、条例制定に踏み切るのは初めてという。 猫や犬による餌の食い散らかしやふん尿、鳴き声への苦情が市内でも相次いでいることを受けて立案。可決されれば、野良猫や野良犬に継続的な餌やりをする人も「飼い主」とみなされ、猫や犬が他人に迷惑をかけないよう、ふん尿の処理などを義務付けられる。犬の放し飼いなど一部の違反行為を除き、罰則規定は設けていないが、違反者には、市長が改善を求める勧告や命令を出す。 【後略】 =2010/06/09付 西日本新聞朝刊=とりあえず罰則規定は見送られたようですが、「あなたのしていることは、条例違反だ」という違法性をハッキリ指摘できるというだけでも心強いものです。 条例そのものでは罰則が無いようですが、「継続的に餌やりをする人も飼い主とみなす」というのはこれまでの判例などでも言われていることですから、その飼い主責任を果たさない人物には民事訴訟で対抗するという手段で、上記山菜窃盗と同じく、厳しい対処をしていくのが効果的でしょう。 こういう問題は地域での相互理解などが解決策につながりますから、地域事情によって柔軟な対応ができる余地を残す必要があるでしょう。ですから、全国一律の法律よりは地方自治体による条例制定が地域の声・実情を反映しやすく理解や支持が得られやすく早い対応が可能だと思います。全国でこういう対応が広がって行けば、国民全体の動物への考え方やモラルというものの向上が期待できるかもしれません。 できれば、野山にドングリを捨ててくる行為も法律で禁止して欲しいものです。
そのようなことをすべきではない人たちを規制するには、それしか無いでしょう。 |
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山菜採りのシーズンで、遭難や熊からの加害事故を取り上げておりますが、以前も書いたように、その土地の所有者の許諾なく山菜や高山植物を採ることは、空き巣や万引きと同じ窃盗です。 単に無知で窃盗をしていくだけではなく、かなり悪質な窃盗や、山野を汚して行くという許せない連中も問題になっています。正直、こういう連中が熊に加害されたり遭難したとしても、因果応報としか思わないでしょうね。 法律的な問題だけではなく、道義的にも山地を管理する所有者の心情を踏みにじり、山菜だけではなく管理をしようとする気持ちも奪います。動物の食べ物が減れば、その分、里に現れる動物も増え、双方にとっての悲劇につながりかねません。 そのように、こういう森林窃盗は直接的に山を荒廃させるだけではなく、間接的にも山を荒廃させるわけで、許せない行為です。 6月5日付けの毎日新聞の記事です。 山菜:富士宮の財産区、勝手に取らないで 富士宮署23人検挙、ほとんど県外 /静岡 ◇注意も聞かず、日中堂々と… 富士宮市根原の財産区で、ワラビやウドなどの山菜が勝手に摘み取られる被害が相次いでいる。富士宮署は「地区の山菜は住民の財産。勝手に摘み取ると窃盗罪にあたることを理解してほしい」と注意を呼びかけている。 同署によると、財産区は約5万ヘクタール。さくで周りを囲い、「山菜取り禁止」などの看板も掲げているという。しかし春から夏にかけ、例年、ワラビやウド、フキなどの山菜が無断で摘み取られる被害が絶えないという。とりわけ野焼きの範囲を広げた最近2〜3年は、採取できる山菜の量が増えたため、勝手に採っていく人が増えたという。 財産区から相談を受けた同署が取り締まりを強化し、今年5月13〜31日までに、計23人を検挙した。ほとんどは県外から来た人で、袋いっぱいの約4キロの山菜を摘んでいた人もいた。民宿や旅館に売る目的で採った可能性があるという。 根原区財産区の吉川喜代晴区長は「最近は日中に数十人で堂々と山菜を採っている人たちもいる。注意しても聞いてくれない」と頭を抱えている。【山田毅】柵で囲い、警告の看板まで設置している場所であるにも関わらず、それを無視して、自家消費以上の量を奪っていくというのは極めて悪質で、管理者の方は毅然として刑事告訴と民事訴訟をしてそれらの容疑者を徹底的に追及してもらいたいものです。それが管理地だけではなく、同じ悩みを抱える全国の被害軽減にもつながります。 時同じくして、6月5日付けの中日新聞の記事でも、石川県地方版で記者がそういう悪質な山菜盗りについてコラムで取り上げていました。
【記者コラム:窓】 山菜採り 2010年6月5日 「私有地だから採らないで、といっても無視される。『何が悪い』と開き直って怒りだす人もいる。畑で作物を取れば泥棒だと誰もが知っているのに」。白山ろくの山菜被害について取材したところ、住民の憤りの声が次々に上がった。 「地元の者なら、来年のことを考え、ルールに沿った採り方をするが、街から来た人の採り方は文字通り根こそぎ。あんな採り方をしていたら、せっかくの山菜自生地が荒れてしまう」 地元住民にとっても「山散策を楽しみ、晩のおかずの分だけ、少し採る人にまで目くじらは立てたくない」というのが本音だが、許容範囲の線引きはできないとも。少なくとも禁止看板がある場所での採取は絶対に避けよう。 (松本芳孝)私も経験があるのですが、特に中高年が注意をされると開き直り暴言を吐いてくるということがあります。以前紹介した記事では富士山での溶岩で同じような暴言がありました。 こういう連中は見かけたら迷わず警察に通報して、刑事・民事で追及するということが、被害撲滅の手段ですね。万引きと同じです。 |
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以前、野生動物へのエサやりについて書いたとき、野良犬・猫に無責任にエサを与える人間が引き起こすトラブルについて書いたことがあります。 その中で、元将棋名人が近隣住民と起こしているトラブルについて紹介したのですが、2008年12月の第1回口頭弁論から1年半近く経って、ようやく地裁判決が下りたということです。 私から見れば当然と言うべき被告である元名人の敗訴。こんなことに1年半近くもかかるということじたいが不思議です。住民は元名人に苦情を言い、それでも一向に改善する様子も見られず、まだまだ敷居の高く労力も費用もかかる裁判に訴えざるを得ない段階まで我慢して、その時点から1年半。しかも、被告側は判決を不服として控訴するということですから、住民の安らぎはまだまだ訪れそうになく、しかも判決がどうであろうとすぐに野良猫が消えていなくなるわけでもなし、莫大な労力と時間をかけて、こんなこと1つも迅速に決定できないとは、司法と言うものの限界を感じます。 さて、まずは5月14日のasahi.comの記事から。 野良猫餌やり裁判 動物愛護か隣人配慮か 2010年05月14日 ◆「中止命令」に賛否・疑問 集合住宅における野良猫への餌やりは違法か――。将棋の元名人、加藤一二三・九段の「野良猫への餌やり」を巡る裁判は、原告住民側の訴えを認め、加藤さんに餌やりの中止と慰謝料約200万円の支払いを命じた。「動物愛護」の精神と居住者の「快適に暮らす権利」のどちらを優先すべきか。東京地裁立川支部の判決に、様々な意見が上がった。 (杉浦幹治、根岸拓朗、三浦英之) 【中略】 一方、加藤さんは怒りが収まらない。「理解できない。猫に1日でも長く生きてもらいたいと思っての行動なのに……」と絶句したうえで、「猫は私の友達みたいなもの。静かで危害も加えない。地球は色々な動物が共存して生きている。猫を助けるのは常識的な態度だ」と述べ、「今後も餌やりは続ける」と宣言した。 ◆「地域猫」活動への影響、懸念も 判決の受け止め方は様々だ。 動物をめぐるトラブルの法律相談を受け付ける「動物法務協議会」代表の行政書士伊藤浩さん(48)は「実際に生活への被害が出ている以上、妥当な判決と思う。加藤さんは住民から理解を得る努力が足りなかったのではないか」とみる。 野良猫に不妊手術をして繁殖を防いだうえで、地域住民やボランティアが世話をして天寿を全うさせる「地域猫」の活動もあるが、まだ一般には浸透していない。伊藤さんは「担い手がホームページや回覧板などを使い、活動内容や考え方を継続的にアピールする必要があるのではないか」と話す。 昨年、路上や河川敷での餌やり禁止を求める署名を立川市に提出した同市南部の自治会「柴五会」の角谷明人会長(50)も同意見だ。「動物愛護と野良猫への餌やりは必ずしもイコールではない。迷惑の原因にされるのは猫にとっても不幸だ」と述べたうえで、「野良猫の原因はそもそも捨て猫。こうした裁判をきっかけに、ペットに対するモラルが全国的に高まってほしい」と話した。 一方、判決に疑問や違和感を感じる人々も少なくない。 川崎市で「地域猫」の活動をしている「犬猫救済の輪」の結(ゆい)昭子代表(54)はこの日、判決の傍聴に訪れた。 「判決は地域猫の活動をしている人に『訴えられたら負けるのではないか』と思わせる」と不安げだ。「今後は夜に活動をこっそりやらなくてはならなくなる。地域とのコミュニケーションも取りづらくなり、世話の質も落ちる。せっかく認められてきた活動が後戻りしてしまう」 猫をめぐるトラブルを解決するためのセミナーなどを開いているNPO法人「ねこだすけ」の工藤久美子代表理事(55)は「今回の判決では、環境省の地域猫活動ガイドラインに沿って世話をしたら、飼い主扱いされて慰謝料を請求されることになる。活動に二の足を踏む人が増えるのではないか」と影響を心配する。 「猫の世話をして懐かれれば、どうしても加藤さんのようになる。餌をやる一方で、『懐かれないようにしなければ』と気を使うような、おかしな状況になってしまうのではないか」正直、被告も含め、判決に疑問を呈している人が、何をおっしゃっているのか、私には理解できません。全く論理的でありませんし、ただ感情的なだけで道理もありません。こういうのでは、犬猫が嫌いな人はもちろん、どちらでも無い人にさえも理解を求めることは難しいでしょう。 一方、判決を妥当とする人たちの意見は論理的でもあり、エサやり問題だけではなく野良猫の今後の対応までも視野に入れた深い考えと冷静さが見受けられ、全く同感で支持できます。 おそらく多くの人は捨てられた犬猫がかわいそうだと思っているでしょう。しかし、それと誰かに迷惑をかけるのが許容されるかというのは別の話。犬猫のお腹を満たすために誰かが強い我慢や負担を強いるのはおかしいというだけの話です。 「訴えられたら負ける」というのは、そういう訴えられるようなことをしていれば、負けるようなことをしていれば当然です。 しかし、地域でコンセンサスを得られるようによく考え・行動するように努め・実行し、そして理解・支持されていれば、訴える人なんてまず出ませんでしょうし、訴えられた場合でも勝てるでしょう。 しかし判決を聞いてそういう不安を口にするというのは、今、どこかやましいところがある、少なくともそれぞれが活動する地域ではあまり支持されていないとか、訴えられるような心当たりのある要素・トラブルでもあるんじゃないですか?と勘繰りたくなります。 飼うとか、訴えられる覚悟とか、近隣にトラブルを起こさないように世話をするように説明や責任を持つとか、そういう覚悟や能力や実行が無ければ、最初からそんなことをしなければ良いのです。 むろん、一番卑劣なのは動物を捨てた元飼い主なのは当然ですが、自己満足で中途半端に関わって他人や動物そのものに迷惑を及ぼすという点では、無責任なエサやりをしている連中も、動物を捨てた卑劣な連中と中身は大して変わらないと思います。 5月14日の毎日新聞の記事です。 三鷹の「猫に餌やり」訴訟:加藤元名人、敗訴でも「餌付け続ける」 /東京 【中略】 加藤氏は「地域猫活動」を挙げて餌付けの正当性を主張したが、フリージャーナリストの香取章子さんは「特定の人が周囲の理解なく進めてはいけない」と批判する。動物愛護活動に携わる女性(54)は「敷地内で餌をやるなと言うが、街はほとんど誰かの所有地で、とがめられているボランティアも多い」と話した。 ◇共生へ取り組み、虐待も増加 都動物愛護相談センターに寄せられる動物に関する苦情は約5320件(08年度)だが、そのうち猫に関するものは2911件と約半数を占める。しかし、前年度の4889件からは半減している。依然としてトラブルは絶えないが、減少傾向について松井政友・指導監視係長は「動物も含めて自分たちの住む街をどうしたいのか。個人でなく街づくりの視点で問題に取り組み始めた成果では」と分析する。 苦情の対処は各自治体があたる。荒川区は09年4月、付近住民に迷惑を及ぼす餌やりに5万円以下の罰金を科す条例を施行。また豊島区では06〜07年に「人と動物の共生会議」を設置し対策を練った。担当者は「法律の規制がないので、猫が増えないよう関係者にお願いするのが精いっぱい」と実情を訴える。 しかし、一方で野良猫の不妊治療策を採用し、野良猫を増やさない取り組みを実施する自治体も増え、千代田区では数自体が大幅に減少したとの報告もある。 こうした共生への取り組みが進む中で動物への虐待が増加している。環境省の調べでは、08年の動物愛護管理法違反件数は52件で10年前の約6倍に増えた。今年に入っても世田谷区や八王子市で刃物で傷つけられたり、熱湯や薬品をかけられたとみられる猫が相次いで見つかっている。世田谷区で見つかった猫を保護した女性は(53)は「被害を受けた猫は人慣れしていない猫ばかり。餌でおびき寄せ、食べているところに上からかけたとしか考えられない」と憤る。 八王子市の動物愛護団体「ねこちゃん協議会」の女性運営者(67)は「野良猫は人から捨てられた場合が多く、猫に餌やりをする人もある意味では被害者。ただ、餌をやることには責任が伴う。不妊手術をし里親を探すなど、野良猫を増やさない努力が必要」と話している。【喜浦遊】 【後略】こちらに出てくるコメントはほとんどがうなづけるのですが、「動物愛護活動に携わる女性」の意見、 「敷地内で餌をやるなと言うが、街はほとんど誰かの所有地で、とがめられているボランティアも多い」
当たり前です。 犬猫が好きな人ばかりではないということを、想像できないのでしょうか?自分の管理地内に犬猫が集まるようになれば、特に好きでも無い人にはたまらないでしょう。 犬猫が食べれば当然、排泄物をどこかで出しますし、与えた食べ物そのものがにおいや食べ残しが出ることもあるでしょうし、その近くで犬猫を飼っている人は、野良犬猫が集まることでそこから病気や寄生虫をうつされると恐れるかもしれない。いつの間にか交尾をしてしまうかもしれない。 そういう様々な個別に持たれる不安に対して事前にきちんと説明して理解を求め、どのくらいのことまで自分が責任をもってやるからと、敷地管理人に辛抱強く理解を求めて了解を得てから、初めてエサやりをする、というのが、当たり前の手順じゃないですか? そういう粘り強い・面倒な手順を一歩一歩せずに、いきなり楽な結論だけの身勝手な行動をすると、反感をかうのです。 以前TVで見た騒音トラブルで、公園に隣接する住宅から公園で子供たちには静かにするように求める苦情というものがありました。公園がにぎわうのは当然ですが、四六時中となれば気持ちもわかります。 しかし、よくよく聞くと、元々は子供好きな住民で、昔は声が聞こえるのが楽しいと喜んでいたそう。それは、昔はそこに遊びに来る子供たちとよく会話をし、挨拶をする間柄で、気心が知れていた。だから、多少の声や音も、かわいい「音楽」と思えた。しかし近年はすっかりそういう関係が無くなり、全て「他人」になってしまい、同じ音でも心に聴こえるときには「騒音」になっていたというわけです。 「相手が見えない」場合には、何かささいなことでも我慢できなくなってしまうこともあるものです。 で、その反感は近隣トラブルになったり、そしてその犬猫にまで及んでしまって虐待をされるキッカケにもなります。 罪の無い犬猫を虐待をする人間は最低ですが、しかし鳴き声やにおいなどに耐えかね、しかし面と向かって苦情を言えないような場合、怒りの矛先がその弱い犬猫に向かうという心理は、決して支持はしないですけれども、心理の動きとして全く理解できないわけでもない。 普通にそう想像がつく以上、私はその虐待を招いた責任の一端は、無責任にエサやりをしている人にもあると思います。 無責任によく考えず、手順も踏まず、覚悟も持たず、ただ「かわいい」「かわいそう」だけで餌を与えていいことしたつもりになっている人は、勘違いしないでもらいたいですね。周りにも、その犬猫にも、迷惑でしかない自己満足だという事実を。
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