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昨今の中高年の中には、極端に愚かしい言動をしでかす反社会的人間が混じっていることはこれまで多く事例を書いてきました。 今日、紹介しますのも、またそんな事件。 9月3日の信濃毎日新聞の記事です。 辰野の蛍91匹を無断捕獲 東京の会社役員を書類送検へ 蛍を勝手に捕ってはいけません−。ゲンジボタルの名所として知られ、県天然記念物に指定されている上伊那郡辰野町松尾峡の「ほたる童謡公園」で、東京都練馬区の会社役員の男(66)が6月下旬、県教委の許可を得ずに蛍91匹を捕獲した疑いのあることが2日、関係者への取材で分かった。岡谷署は県文化財保護条例違反容疑で、会社役員の書類を近く地検伊那支部に送る方針。 県教委文化財・生涯学習課によると、同条例を適用して蛍の捕獲を摘発するのは「県内では非常にまれなケース」という。会社役員は調べに対し、無断での捕獲を認め、「自宅に持ち帰って観賞するため」などと話しているという。 関係者によると、会社役員は6月21日午後9時ごろ、同公園内の北西側斜面で、帽子を使って蛍を捕獲した。遊歩道から外れた養殖用水路の上流付近で、巡回していた監視員が発見した。 男が腰に付けていたポーチには大量の蛍が入れられており、駐車場に止めてあった乗用車内には、蛍を入れて運ぶための発泡スチロールの箱も準備されていた。ポーチと箱の中には蛍の産卵床用にコケも入れてあった。 悪質と判断した町産業振興課は翌22日、岡谷署に被害を届け出た。ホタルは弱っていたため町の「ホタル飼育研究室」で保護し、91匹が捕獲されていたことを確認したという。 公園周辺では21日、「辰野ほたる祭り」が開かれており、親子連れや若いカップルなど約2万人が訪れて9700匹余の蛍が乱舞する眺めを楽しんでいた。町や町商工会などは園内に捕獲禁止を示す看板やポスターを増設。臨時職員らが監視員として巡回していた。 町教委から被害の報告を受けた県教委文化財・生涯学習課は、今回の摘発について「危害の抑止につながれば」と話している。
以前書いた「野鳥の密猟」のように、個人で楽しむという弁明のわりには数が多すぎるし、発泡スチロールの箱まで用意しているという周到さ。町役場が「悪質」というのも当然です。 しかし、蛍は弱い昆虫ですから、さすがに転売目的とは思えませんので、「山菜盗り」と同様、下品にも無尽蔵に独占しようとしたゲスの行動なのでしょう。
県条例に違反しているか?天然記念物か?という以前に、きれいと思うものを他の人にも同じようにその場所にあるがまま見せようという当たり前の心や、虫の命のはかなさ、自然のものが自然にあることの意義などを感じない程度の人間には、生きている価値は無いと思う。 しかも、リンク先の記事には、蛍を取ってはならないという大きな看板も設置されている様子の写真があることから、この野郎が「知らなかった」はずはなく、
というのも間違いない。 私は、こういう下品な人間が最も嫌いなタイプの1つです。 こういうカスみたいなのがいるから、規制やら何やら面倒な法律がどんどん必要になる。どんだけ迷惑な野郎なんだ、このジジイは。
同じく9月3日の信濃毎日新聞の記事です。 蛍無断捕獲容疑の男を書類送検 辰野町は条例改正へ 岡谷署は3日午前、上伊那郡辰野町で蛍を無断で捕獲したとして、県文化財保護条例違反の疑いで、東京都練馬区の会社役員の男(66)の書類を伊那区検に送った。摘発を受け、町は2003年制定の町ホタル保護条例改正に向けて準備を始めた。 送検容疑は6月21日午後9時ごろ、県の天然記念物に指定されている辰野町松尾峡の「辰野のホタル発生地」付近で県教委の許可を受けずに蛍91匹を無断で捕獲した疑い。 同署によると、会社役員は発生地付近の「ほたる童謡公園」内で蛍を捕獲し、携帯ポーチに保管しているのを監視員に見つかった。同署の調べに「自宅で観賞するためだった」と話しているという。 町条例は、調査研究や教材利用以外の目的で町内に生息する蛍や餌となるカワニナの捕獲を禁止しているが、罰則適用は営利目的に限っており、今回のケースは対象外。このため、条例から営利目的の項目を外すほか、禁止区域の明示も検討している。こういうのは本来、法律や条例で規制するものではない。 しかし、少しでも馬鹿野郎がいると、こういう本来不必要な法律・条例の整備まで必要になってしまう。 中には「たかが蛍くらいで…」という意見もあろう。しかし、単に蛍そのものだけではなく、こういう反社会的な自己中心的な人間には厳しい罰で対処するしか、もう無いという情けない時代になってきており、その一因でもあるこういう野郎は情け容赦ない罰則が当然必要なのだ。 |
【おいおい、おかしいだろ】
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日常で、これはおかしいだろう?それって変じゃない?と思ったことを書いています。大部分は、新聞記事を読んでのことです。
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まずは9月3日の読売新聞の記事ですが…。 装備不十分なら「お断り」…ツアー登山指針見直し 9月3日8時32分配信 読売新聞 北海道・大雪山系のトムラウシ山(2141メートル)で7月、東京都内の旅行会社が企画した縦走ツアー客ら計18人が遭難、8人が死亡した事故を受け、日本旅行業協会(東京都)が加盟社約1200社向けの「ツアー登山運行ガイドライン(指針)」を見直したことが2日、わかった。 事故の再発を防ぐため、集合地で装備が不十分と分かったツアー客に対しては参加を断ることも検討するよう定めた。12月から運用する。 ガイドラインは、業界の自主的な指針として2004年に策定された。見直しは初めてで、〈1〉外部委託のガイドは地元在住者にする〈2〉装備が不十分で「安全確保が困難」と判断したツアー客には参加を断ることも考慮する〈3〉避難小屋の場所取りはやめ、参加者全員の野営装備を持参する――などを新たに盛り込んだ。 北海道は事故後、同協会に対し、ツアーに予備日を設け、日程に余裕を持たせるよう求めていたが、「旅行会社の判断に任せる」として見送られた。これだけを読んだ限りでは、「何を今さら」と、いつも通り、業者らの不手際や認識不足などを非難していたところです。 「断ることも検討する」なんて甘っちょろいことを言っていては話になりません。 しかし、別の記事は無いかと検索して見つけた方を読むと、また印象がまるで違います。 業界紙らしいですが、9月3日のトラベルビジョンニュースです。 JATA、ツアー登山のガイドラインを策定−「安心安全が最優先」、説明会も [掲載日:2009/09/03] 日本旅行業協会(JATA)は9月1日、「ツアー登山運行ガイドライン」を会員向けに発出した。7月に北海道大雪山系で発生した登山ツアー参加者の死亡事故を受け、JATA国内旅行委員会の下部組織である「ツアー登山部会」でガイドラインの策定を急いでいた。今回のガイドラインは、今年3月に解散した旅行業ツアー登山協議会が策定したものを基礎とし、引率者に求められる能力、適切な外部委託、取扱会社の管理体制、登山道や山小屋の適切な利用などについて注意点を追記した。ガイドラインは3ヶ月を周知期間として見込んでおり、12月1日から指針として位置づける。この期間に、東京、大阪、名古屋で説明会を開催するほか、全国旅行業協会(ANTA)会員向けにも周知のための機会を設ける計画だ。 JATA国内・訪日旅行業務部長の興津泰則氏は、新ガイドラインについて、「ゆとりある行程を組むことを前提に安全対策を取りまとめた」と説明。その上で、「安心安全が最優先事項であるとの認識が重要。取り扱う旅行会社の責任は重く、過剰だと思うほどの案内も必要なのではないか」とし、「消費者から不満が出る場合もあるかもしれないが、やはり安心安全が最重要」と語った。 追記された項目では、例えば引率者の能力について、「責任感、使命感、倫理観を充分にもち、引率者の役割を理解していること」「旅行業に関わる法令等を理解していること」などを列記。「悪天候や不明瞭な登山道等において危険回避の指導、助言ができること」など、7月の事故の一因となったとされる点についても言及した。また、外部委託の項目では、自社で適切な引率者を配備できない場合、その山域に在住するガイドを活用することが有意義と明記した。このほか、管理体制で、参加者の装具が不十分な場合に参加を謝絶することも考慮すべきとした。 このほか、ガイドライン最終項では、万が一の事故後の対応として、「法的対応を考える前に、取扱会社および引率者としてまずやらなければならない行為がある。それは『努力義務』を果たすことではないだろうか」と指摘。その上で、「『ツアー登山造成』の認識から『登山』が欠落し、『ツアー造成』になっていないか。取扱会社および引率者と参加者相互において『危険の存在』をつよく認識することこそ山岳遭難事故を予防することになる」と注意を喚起している。 なお、冒頭ではオフィスコンパスが旅行業を登録していなかった点を意識し、「本来旅行業法に反するものであるからその是正をつよく求めるものである」と強調した。この記事を読むと、なかなか良いことも書いています。 確かに、「今さら」という感も強いですが、しかし上記記事のリンク元を見ると、事故後の7月中にはこの指針を作る動きが始まっていたことがわかります。 この社団法人 日本旅行業協会は、テレビの不祥事が発生した際に他から怒られる前に起こったふりをして実は何もしない互助会組織・社交クラブに過ぎないBPOとは違い、それなりに真摯に活動していると思われます。 実際のガイドラインも全て読みましたが、まだまだ不足している部分もあるとは思いますが、現状の中ではよくまとまっていますし、かなり突っ込んだことにも触れています。 これが、全てのツアー会社が遵守すれば、かなり問題も少なくなるとも思います。 しかし実際は、残念なことに以前にも書いたとおり、あまりにもお粗末なガイドやツアー会社が多いというのが実情です。本来、何か安心感を抱かせるようなイメージの「ガイド」だの「ツアー会社」だのと名乗って欲しく無いと思うほどです。 見識や判断力を有し、それでその場所に行ってはならないような不適格者に厳しく対処できる人間にその権限を与えない限り、ガイドに依存しようとする輩を排除してその人の命を守るという使命は果たせません。 しかし、こういう指針が無ければ、まともなツアー企画ができないような未熟で愚かな連中が、もっともらしく山岳ツアーを主催しているなんて、恐ろしい業界です。 そんな業界体質のところに安く無いお金を払って、そうまでして山に行きたいなんて、どうかしているとしか私は思えませんがねえ。 ツアー会社の団体らもそれなりに懸命に安全対策の指針を構築しているのですから、参加者も自分のことなのだから、これ以上に必死に考えて登山に参加するというのは当然なはずなのですが。
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青春ドラマ(←古い言い方だ)なんかでは、しばしば「不良」と呼ばれる青少年が「人を見かけで判断すんじゃねーよ」などと叫ぶシーンがあります。 あのなあ。 中学生や高校生風情で髪の毛を茶色や金色にして、眉を剃り、明らかに周囲を威圧する目的での風体をしておいて、それこそ、そりゃあねーだろ。 見かけで判断されたくなけりゃ、それなりの格好をしろよと言いたい。 冒頭からわけのわからない話を。 さて、人間に限らず動物の場合でも、「関わる相手の姿、形、色」などで、それに対し警戒を示すことがしばしばあります。 こういう警戒は、成長過程での学習によるものもありますが、生まれたばかりの幼獣や人の子供が嫌う姿や形や色というものも確かにありますので、「本能」として生まれつきそれを避ける行動をさせるような外見というのもあろうかと思います。 逆に、そういう色合いをあえて身につけることで、無用な攻撃を受けないようにする「擬態」や「警戒色」などがありますね。 動物や昆虫でも、肉食性のものと草食性のものは顔つきからして違っています。 それは必要な身体構造(肉を噛みちぎる強靭な牙や顎とか)がそういう顔つきにするということもありますが、それを含めて肉食性生物の顔が「攻撃的に見える」「怖さを感じる」のは、それが危険だという学習の結果もありますでしょうが、生き残るための判断としてそれこそ「本能的に」感じるものでしょう。 身近な対人関係においても、「悪意」「善意」というのは、理屈ではなく感じ取ることができることもしばしばあります。そして、相手のそういったものが顔に出ているということも。 顔の造りが「美人」とか「醜い」とかそういうものではなく、顔の造りは整っていても「醜悪」な顔というのはやはりありますし、逆に顔の形がどうでも親しみを感じる「美しい顔」というのはあります。例えば私は、今回ウンザリするほど報道されている某歌手上がりの女優の顔は、顔は整っていても「醜悪な顔」と昔から思っていました。 整った顔の形というのは本来、生き残るためにはあまり関係無さそうです。しかし、野鳥などで美しい羽色や鳴き声を身に付けたオスが繁殖に成功しやすいのと同様、人間もその延長線上にあることは間違いないでしょう。 「足の長い男女はなぜモテるか?」という問いに、「狩りをするときや、野獣から逃げるときに、早く走ることができて生き残りやすい体型だから」などという説もあるほど。 こういう「見た目の判断」は、生物や人間としてそもそも持っている能力であり、「見た目」でまず第一印象を判断して警戒したりするのは、自分自身の身を守り生き残るためには当然身につけているべきものです。 したがって、「見た目で判断するな」と言われても、少なくとも警戒を抱かせるような第一印象が悪ければマイナス点を付けられるのはいたしかた無いでしょう。それはそう判断する方ではなく、そう判断させる方が悪いのです。 まあ、どうでもいいニュースですので引用もしませんが、8月27日付のJ-CASTニュースに、「髪を染めると痴漢被害が減るのか?」という内容の記事がありました。 痴漢をするような狂人の思うことはわかりませんし、実際の「効果」はわかりませんが、想像するに、痴漢をするような人間は薄汚い弱い人間だから、見た目が少しでも怖そうと感じる人間には近寄れないから?と思いますね。「怖い仲間が集まってきたら、ヤバイ」とでも思うセコさがあるのかもしれません。 それはともかく、人間社会ですから「見た目」だけで判断し、そしてそれをあからさまに表現して、その評価を変えようともしないという態度は良く無いのは間違いありません。 何でこんな話をしているかと言えば、おとといあった出来事です。 私が夜、片側3車線ある大通りの交差点に差し掛かったところ、対向車線を走ってきた軽トラックが中央分離帯に乗り上げて、こちら側の自動車道路の右折レーンをふさぐ形で横転してしまいました。 おいおい、大丈夫かよ、と、事故を起こした軽自動車に向かいました。人通りも交通量も結構ある時間帯でしたが、驚くばかりで誰も何もしません。 横転した軽トラックのフロントガラスから中を見ると、60代後半くらいの男性が既に中で立ち上がっていて、上になった助手席を持ち上げようとしていますが、中からでは重くて上がりません。 軽トラックに上がって扉を開けるしかないな、と思い登ろうとしたら、いつの間にかそばに20歳前後の若い男性と、その恋人らしき女性がいて、男性は「自分が上がります」と言いつつ身軽に軽トラックの助手席まで上がると扉を持ち上げました。で、運転手は無事自力でそこから脱出。 女性は、「扉に手を挟まないで」とか「痛くしたところありませんか?」などと声をかける。 そっちは任せて安心なので、とりあえず私は携帯電話で110番に電話をかけて警察を呼び、運転手の了承をもらってJAFにも電話をかける。 ケガの有無を聴きとったり、ガソリン漏れが無いかなどを確認したりして、さあ危ないから歩道に行こうとしているうちに、すぐにパトカーが到着。 と、パトカーのヘッドライトに照らされて初めて気づいたのは、男性は茶色く髪の毛を染め、肩から二の腕にかけて大きな刺青をし、サングラスをかけていました。少なくとも、日常生活であったら、まず会話する機会も無さそうな感じ。 しかし、これが話をすると、言葉づかいもかなり丁寧で、しかも若いのにこういう緊急事態にすぐに迷わず的確な行動できるというところが、すばらしい。 運転手の男性は、事故を起こした緊張や興奮からか、かなり多弁で、事故や仕事のことをしゃべりまくります。(こういう状態のときはケガをしてても痛みを感じない場合があり、「痛く無い」と言っても外傷や、手足などがきちんと動かせるか確認すべきことです。) と、そのとき。 歩道から、「ギャハハハハハハ」という笑い声。 見ると、40代後半から50代くらいでしょうか、男性がこちらを指さして笑っているのです。なんだ、あいつは?襟付きのシャツを着て、見た目にはまとも。しかし、この状態の、何がどうおかしいのか? 気づくと、その周囲にもたくさんの人が歩道からこちらを見ていますが、誰も別に何もしません。 こういうもんなんですね。言っておきますが、今回の話も当然事実です。 今回、私が言いたいのは、「見た目が怖くても、いい人がいる」という当たり前のことではなく、「見た目が普通や立派でも、どうしようも無い人や役立たずはいる」という方の当たり前のことです。 髪を染めて、眉を剃り、サングラスをかけて、派手なジャンパーを着ているような「チンピラ」のようなファッションをしていようとも、実は非常に性格がいいという人間は実際に多くいます。まあ、その人が見た目で警戒されて損をしても、そう判断した方には損はあまり出ませんが、問題はその逆。 「見た目が普通でも、イカレた人間がいる」という方です。 昨日も書きました「マイルールの人」も、一見、見分けがつきません。しかし、いったん何か、「その人間の領域」にかかることになると、突然変異のように言動が怪しくなることもしばしば。これは、怖いですよ。 そういう意味で、「人を見た目だけで判断しては、危険」ということですね。警戒せずに油断していた分、時として大きなダメージを負うこともありえますから。 昨今、「空き巣」というのは、マンガに出てくるような怪しげなスタイルなんてありえません。 「こんにちはー。住宅修繕会社から来ました××と申します」などと近隣に聞こえるように言いながら、スーツ姿や作業着姿で留守宅に入って行く手口が一般的です。近所の方は、「何か工事をするのだな」と無意識に思い、警戒心さえわきません。 私も以前、バイクの警報装置が壊れたときに、警報器が鳴り響くバイクをバイク店の方がトラックに載せても、たくさんの通行人の人は「何の音だろう?」という顔をするのみでした。警報音を聴いた通行人が警察に通報したらどうしようと心配していた私は、このとき、このテの警報装置は「誰か善意の人に助けをお願いするものではなく、犯人をビビらせるためだけのもの」ということを初めて知りました。 しかし、それは、バイクを運搬する人がツナギを着ていたという見た目も大きかったと思います。 そういう何気ない、思いこみ。大変危険ですね。
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私はしばしば、このブログで「環境保護」とか「動物愛護」とかを過剰に唱える人への嫌悪感を書いています。 それは、その連中が、「人の生活や命よりも、環境や動物が重要」というスタンスになっており、もはやそれは主義主張や意見ではなく、「宗教」になっている場合があるからです。 むろん、そうではない環境保護や動物愛護には何ら感情はもっていませんし、むしろ冷静な地道な学問としている人は尊敬しています。 しかし、「宗教の人」には、冷静にデータや事例などで反対意見を表明しても、それには反論せずに(というかできない)感情むき出しにして、「命は大事なんだよ!この野郎、ぶっ殺すぞ!?」みたいな矛盾した汚らしい罵倒を平気で始めることもしばしば。 ・・・まったく。たった今、「生きとし生けるもの、全てに無限の愛を」などと言わんばかりの綺麗ごとを並べていた同じ口が言っているとは思えませんなあ(笑)。 そう、すぐに感情的になるのは、それはそういう連中が、真にその環境や動物が大切なのではなく、大切なのは自分の信じる観念・自分の感情だからです。学問や実際の社会問題としてではなく、気分の問題に過ぎないのですね。 実社会の諸問題として様々な観点から解決策を模索しようとする現実家と、自分の頭の中のお花畑だけが大切な人とでは話が合うはずがありません。 そういう連中は放っておいて関わらなければ良いのですが、しかし実際に私みたいなのがツキノワグマに興味を持って、昨日書いたような事例に首を突っ込もうと現地に行ったりすると、行政機関や猟友会、被害者の方などに対して「ツキノワグマの事件で、お話しを聴かせて欲しい」などと言おうものなら、相当に身構えられてしまい・警戒されてしまい、時には敵意さえ持たれてしまいます。 むろん、それは「そういう連中」が、被害の実態や行政の対策への対案も出さずに「熊がかわいそう」「野山に食べ物が無いから仕方がないのだ」みたいなことばかり呪文を唱えてきた弊害で、そのような関係者らはすっかりウンザリし、怒っているのです。 と、関わりたく無くとも、そういう連中は私の興味本位の首突っ込みの邪魔になるだけならまだしも、行政の正式な手続きに基づいた対策の大いなる支障・妨害になっていることもしばしばあります。 先日書いたように、そういう「マイルールな人」は、法や道理や理論、現実よりも、「自分の思い込み・気分・利益」を最優先にさせます。 昨年末、「野生動物へのエサやり」について何回かにわたって書きました。 その中で、「野良犬・猫へのエサやり」として、飼いもせずに自分の感情を自己満足させるためだけに、周囲の諸問題を無視する連中を非難しましたが、そういう身勝手な人間を許せないからです。暴走族のように、自分の気分だけで、多くの周りに迷惑をかけているにも関わらず、「これはいいことをしているのだ」と思いこんでいる、狂人。ろくでもありません。 そういう反社会的な人間は、しばしば近隣とのトラブルを巻き起こすのですが、まれに重大な悲劇にまで発展してしまいます。 昨年、野良猫に無責任にエサを与えていた男がアパートの大家さんに注意されたのに激こうし、サバイバルナイフで大家さんを突き刺し刺殺。駆けつけた大家さんのご家族をバールで殴りつけ大けがをさせるというムチャクチャな事件があり、先日その1審判決が出たところです。 5月25日の神奈川新聞の記事です。 川崎の大家殺害、被告に懲役22年/横浜地裁川崎支部判決 社会裁判2009/05/25 野良猫に餌をやらないよう注意されたことなどからアパートの大家の男性を殺害するなどしたとして、殺人と傷害罪に問われた川崎市川崎区浜町、無職【中略・被告人氏名】被告(70)に、横浜地裁川崎支部(加登屋健治裁判長)は二十五日、懲役二十二年(求刑懲役二十五年)の判決を言い渡した。 弁護側は殺意を否定し「被告は当時、心神喪失状態だった」などと無罪を主張していたが、加登屋裁判長は「被告人の責任能力に疑念を生じさせるような事情は存在しない」と指摘した。 判決によると、【中略・被告人氏名】被告は昨年六月五日午後三時四十分ごろ、自宅アパートの二階通路で、大家の【中略・被害者氏名】さん=当時(76)=の首や背中をサバイバルナイフや包丁で刺すなどして殺害し、【中略・被害者氏名】さんの義理の娘(43)に対しても顔をバールで殴るなどして二カ月のけがを負わせた。 弁護側は取材に対し、「判決内容を精査し、控訴するかどうか被告人と相談して決める」と話している。求刑どおりにならないのは世の常ですが、それでも70歳の被告に懲役22年という判決を下したのは、事件の悪質性・異常性を裁判官が重く見た結果以外の何ものでもありません。 ところが、こういう異常者はこいつばかりではなく、また起きてしまいました。 8月27日の産経新聞の記事です。 「猫に餌」を注意され隣家女性を刺殺 70歳の男を逮捕 千葉 8月27日18時25分配信 産経新聞 27日午後1時40分ごろ、千葉県船橋市習志野台で「包丁を持った男が女性を追いかけている」と110番通報があった。船橋東署員が現場に駆け付けると、女性が自宅付近で腹部から血を流して倒れており、同署は殺人未遂の現行犯で、女性の脇に包丁を持って立っていた近くに住む無職、【中略・容疑者氏名】容疑者(70)を逮捕した。女性は病院に搬送されたが間もなく死亡。同署は殺人容疑に切り替えて捜査している。 同署の調べによると、【中略・容疑者氏名】容疑者は同日午後1時40分ごろ、隣に住む無職の女性(64)の腹部を包丁で2回刺して殺害した疑いが持たれている。 【中略・容疑者氏名】容疑者が2年ほど前から野良猫の餌付けをしていたことをめぐり、女性とトラブルになっていた。同署の調べに【中略・容疑者氏名】容疑者は「猫のことで注意され頭にきてやった」と供述しているという。これも以前何回かにわたって書いたことを「キレる高齢者」で総括しましたが、こいつも1審判決が出た被告もいずれもが「70歳の男」が、同じような殺人を犯したというのは偶然にしては一致し過ぎている。 別に殺人に至らないまでも、「キレる高齢者」までの間に散々書きましたが、「山野で目に余る行為をしていて、それを私が注意するとわけのわからない逆ギレをする連中の年齢層は、全て50代後半くらいから60代くらいの男のみ。」と書きましたが、やはり、と思わざるを得ません。 こういう注意をするのは、何の場合でもこのように「命がけ」というのも冗談ではなくなってきましたので、「溶岩」の記事の最後でも触れましたとおり、私は捜査機関に任せるようにしてきました。 しかし、野良犬・野良猫への餌やりを法的に禁止しているところは少なく、これほどまでの事件にも発展する要素であるのにまだまだ「ご近所トラブル」の範疇になっているのが残念です。 「猫に餌は犯罪」掲示を撤去 松江市の歴史公園 松江市の歴史公園に「野良猫に餌を与えると犯罪になる」との警告文が掲示されていたことが4日、分かった。掲示したのは市の指定を受け公園を管理する特定非営利活動法人(NPO法人)で、市は「不適切」として撤去させた。 NPO法人は「食べ残しやふん尿被害に困っていた。交番で相談したら『犯罪』と言われた」と説明しているが、市や松江署は「餌やり自体を取り締まる法律や条例はない」としている。 警告文が掲示されていたのは、松江城を取り囲む形で整備された「城山公園」。内堀沿いの茂み近くの柱に、2007年から張られていた。 NPO法人によると、市民が与える餌を目当てに、石垣のすき間などに約20匹の猫が“定住”し、観光客から苦情が出ていた。警告文は市に相談せずに掲示したという。 2009/06/04 12:42 【共同通信】法律用語としての「犯罪」としては記事中の解釈どおりでしょうが、「(道義的な)罪を犯す」という意味では、文字通り犯罪だと思うんですけれどね。 「マイルールの人」ならば、そういうトラブルが発生したときには「野良猫にエサやってんじゃねー」と口論して、ナイフを持ち出して刺し、それで解決しようとするのでしょうけれど。 勝手気ままな非常識な人物は、トラブル発生時にはさらに非常識な行動だけに走る。 一方、常識的な人物は、トラブルが発生した場合でも常識的に解決しようとする。 これでは、常識人が非常識人に駆逐されてしまう。 しかし、「マイルールな人」とは違い、法令を遵守するほとんど多くの普通の社会人は、個別的には、実際にその野良犬や野良猫のために、いかにひどい被害を受けているのか?その責任の一端は無責任なエサやりの人間にあるということを証拠を集めて、裁判に持ち込むしかないようです。
野良猫に餌与え賠償命令 限界超える異臭、違法認定 住宅密集地で野良猫に餌を与え続けた近くの住民ら4人に対し「猫が集まり、ふん尿被害に悩まされた」などとして、神戸市兵庫区の親子2人が500万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、神戸地裁の前坂光雄裁判官は11日、異臭が我慢の限度を超え、餌を与え続ける行為は違法と認定し、4人に計150万円の支払いを命じた。 判決によると、4人のうち2人は2000年秋ごろから、自宅近くで野良猫に餌を与え続け、01年には約10匹が周辺をうろつき、親子が住む家や敷地の中に入り込み、ふん尿による悪臭が漂うようになった。 判決理由で前坂裁判官は「特に都会では、他人に不快感を与えないよう配慮が要請され、今回のケースでは野良猫への餌やりを中止するべきだ」と指摘した。 2003/06/11 13:17 【共同通信】「猫に小判」とは言いますが、「野良猫にご飯」はいけませんね。 とは言っても、こういう「マイルール」の人間に対しては、「馬の耳に念仏」でしょうケド。 |
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以前「どいつもこいつも」という記事を書いたときに、J-CASTニュースで富士山への登山者が多くなっているということについて書き、また、「当たり前の記事だけど。」という記事で、日本中の山岳関係者らが普通にしている日々の活動を特別なもののようにたまに記事にし、一方で無茶な・準備不足で騒ぎを起こす特異な人を事前にはまず記事にはしないことへの疑問を書きました。 「遭難」で、警察庁が昨年の山岳事故をまとめた結果、その8割が40代以上ということなどもご紹介しましたが、この記事を見ると、それは何も昨年ばかりの話ではなさそうですし、これからもそうかもしれない、と思わせます。 8月25日の北海道新聞の記事です。 道内の夏山遭難 8割中高年 道外からが6割 (08/25 08:51) 大雪山系トムラウシ山で本州からのツアー客ら8人が凍死するなど遭難事故が相次いでいることから、道警は24日、今夏までの過去10年間の夏山遭難の発生状況をまとめた。遭難者214人のうち、中高年が8割を占め、道外からの登山者がほぼ6割だった。 道警によると、道内で7、8月に道警に救助要請があった「夏山の山岳遭難」は2000年以降の過去10年間で161件発生し、遭難者数は214人。このうち、死者31人、行方不明者1人、負傷者は100人。 今年は23日現在で17件が発生し、遭難者数は46人(うち死者11人)に上り、過去10年間で遭難者、死者とも最多。昨夏までの遭難者数は年12〜26人で推移している。 過去10年間に遭難した214人の年齢別では、40歳以上の中高年が177人と全体の83%。道内外で分けると、道外者が124人で58%を占めた。 道警は「自分の体力や技量に合った登山をしてほしい」と注意を呼びかけている。山岳遭難に関する記事の場合、実際に滑落するとか行方不明になるとか、そういう「事後」には報道も集中するために、何か山岳事故・中高年の事故は特別多いような気がしますが、こうして北海道内の統計結果を見る限りでは、 (1)10年間で214件で、死者は31人 (2)214件のうち、40歳以上は83% (3)214件のうち、58%は道外の人 という事実がわかります。 こういうものは安易に平均化するのは危険ですが、話の叩きとしてみると1年当たりの発生件数は平均21件ほど。死者は平均3人と言えます。 それにしても、昨年の全国での事故も8割が中高年。北海道の過去10年で見ても8割が中高年という統計数字はいろいろな意味で注目すべきところかもしれません。 もっとも、登山人口全体として若者がそもそも少ないのであれば、遭難割合や件数が多くなるのも当然かもしれず、この「8割」が、登山人口に占める中高年齢者割合であれば中高年だけの問題とは言えなくなります。 しかし一方で、北海道警によると、平成20年の1年だけの道内の交通事故発生件数でも21,091件・死者は228人です。これは、上記山岳事故の平均の件数では1000倍。死者数では76倍です。 また、ある月の過去5年間で分析した結果で見ると、中高年以下=40代以下の無謀な運転による死者の割合が相当に多いことがわかります。 もちろん、自動車運転者に対して登山者の割合は圧倒的に少ないのですから「数」としては単純に比較できません。また、日常的とも言えるようになった自動車運転と、まずほとんどがお遊びである登山とでも比較できないなど、単純な見方はできません。 ですが、ここで考えなければならないのは、山岳遭難事故で中高年が死亡した場合にはネットなどでもしばしば「また中高年か!」的な意見が多く見られますが、それは数そのものとしては交通事故に比べれば少ないものであるし、また、「迷惑者」という意味では様々な事情や原因はあろうとも中高年以下の年齢層による交通事故は数として相当あるという事実を認識した上で無ければ、「人のことは言えない」とも言えます。 まず、そういうことを事実として一方ではあるという認識を持った上で論じないと、偏った考えに陥ってしまう危険があるということです。 数としては交通事故の方が多いのに、山岳遭難の話題の方が多いように感じてしまうこともあるのは、交通事故や自殺などは「当たり前」に多いので、報道もよくよくのものでなければ報道しないのに、山岳遭難はそういう視聴者の「食いつき」があるので同じことを何度も「事後に」報道するからなんですね。だから、どうしても山岳遭難の方が目立ってしまい、印象に残ってしまう。 何かを批判するときは、それにより損害や事故が発生した「事後」ではなく、それを予見して「事前」に行い、発生させないための批判が重要なわけです。報道機関は公益性があるというのならば、そういうことはやはり「事前に」報道すべきことなのですが。 しかし、それでも私も別に交通事故をあえて書かないのに山岳事故について書くのは、山が好きだからであり、また、仮にも自動車には運転免許という資格試験があり自動車には標準装備は搭載されているのに、「登山」はそうではないということからゆえです。 登山を免許制にし、装備を持たなければ車検を通っていない車両を公道で運転できないようにするのと同様にしろ、とまでは言いませんが、何度も申すとおり、山の自然を残すためにも、入山制限や自然全般への教育は、「ブーム」に踊らされている人間が多数あり、ここ数年は団塊の世代一斉離職によるさらなる「ブーム」が予想されるために早急に必要であり、それが大切な人も山も守ることにもつながると信じるからです。 8月23日の山梨日日新聞の記事です。 山梨県内のニュース(山梨日日新聞から)/主要 2009年08月23日(日) 富士山銀座は人、人、人 2年連続20万人登山 弾丸ツアー後絶たず 夏山シーズン中の富士山の登山者が22日(午後8時現在)、20万5467人となり、昨年に続いて20万人の大台を突破した。山梨県側の6合目安全指導センター前の通過者をカウントし、20万人を超えたのは統計を始めた1981年以降4回目。この日も富士登山ブームをリードしたとされる中高年や若い女性のツアー客が詰め掛け、山頂を目指すなど「富士山銀座」のにぎわいを見せた。 富士吉田市富士山課などによると、同日午前8時50分ごろ、同センター前を20万人目の登山者が通過した。過去最多の24万7066人を記録した昨年より4日遅い。今夏の登山者は7月下旬の天候が悪かったことなどで前半は伸び悩んでいた。 登山者の増加は世界文化遺産登録の活動や、就寝環境を改善した山小屋の取り組みも一因。富士山吉田口旅館組合の井上洋一組合長は「現時点の登山者は、昨年より少ないようだが、山小屋の宿泊者は昨年並み」と盛況ぶりを強調する。 20万人を突破した同日、30年ぶりに訪れたという東京都八王子市の大学教授富山謙一さん(64)は「昔に比べて登山道が整備され、女性や子どもでも登りやすくなった」と感想。仲間4人とツアーに参加した三重県の会社員白石麻衣さん(25)は「富士山は初めて。ブームになっているから、登ってみようと思った」と話し、山頂を目指していた。 市によると、7、8の両月で、過去最多だった昨年を上回るかは微妙な状況という。同課は、今夏も体調不良を訴える登山者が少なくなく、2人が死亡していることを踏まえ「無理な日程や軽装での登山はやめてほしい」と、安全登山を呼び掛けている。 ◆「強行日程避けて」救護所の医師 登山ブームが続く富士山で、今夏も車中泊した後の登山や日帰りなどの「弾丸ツアー」が目立ち、登山者が体調を崩す要因になっている。8合目の救護所で、多くの登山者を診察した医師は「体を十分休めてから登らないと危険」と、強行日程は避けるよう呼び掛けている。 「時間を有効に使うためには仕方ないと思った。でも眠いし、体力的にきつかった」。埼玉県の会社員男性(35)は登頂を果たして下山した後、疲れ切った表情で語った。約80人のグループで前日の夜から一睡もしないで登山、7時間半かけて山頂に着いた後、そのまま一気に下山してきた。 今夏、山梨県側で死亡した登山者のうち先月、7合目で体調不良を訴えて病死した奈良県の男性(69)は、大阪府内の旅行会社が企画したツアーに参加。車中泊した後、5合目から登り始め、山小屋を目指す途中だった。 車中泊で富士登山に挑むケースは、遠方のツアーでは定番で、関西地方の旅行会社の担当者は「サラリーマンを中心に、金曜日の夜に出発して車中泊する週末の登山プランは人気」と説明。安全対策として、5合目到着後に3〜4時間は休憩しているという。 8合目の救護所の担当医を務める富士吉田市立病院の前田宜包医師は、車中泊の登山ツアーの危険性について「車内で一定の姿勢を長時間保てば血栓ができ、肺機能に影響を与える」と指摘。「富士山は観光地化しているが、日本最高峰の山であることに変わりはない。十分な安全対策が必要だ」と注意を促す。 同救護所によると、患者の多くは、吐き気や頭痛など高山病とみられる症状だという。リンク先には混雑する様子の写真が掲載されています。 以前書いた記事「どいつもこいつも」や「当たり前の記事だけど。」で、こういうことへの感想は書いているので繰り返しませんが、一部でも「ブームだから、来た」という程度の話で深く考えずに無茶して来ている程度の人物が混じっているという事実は、忘れてはならないでしょう。そして、おそらくは大部分がその程度ではないか?と私は思っているのですが。 そして、そういう程度の認識であったり、自分の体調管理などよりも日程や「結果」だけを優先するような人物らが、足元の山や自然を大切にする余裕や意識があるとも到底思えない。 そして、ここでも一部の「旅行会社」が、平気でそういう登山者の安全を無視した金儲け第一主義のツアーを組んでいるという、先日のトムラウシ山での事故を教訓にもしていないような体質であることを。 記事は、そういう金儲け主義の連中への批判は直接しておらず「材料」だけなので、読者側で考えなければなりません。 こういうことは、記事を並べて見ないと中々気づかないことですが、無知で幼い登山者だけではなく、それを取り巻く金儲け関係者らにも学習させない限り、また、それらに直接関係しない多くの人にきちんと報道により現状を正しく知らせしそれらへの支持を集めない限りは、山を愛する多くの人々の善意だけでは、人と山の両方を含めた意味での本当の「山の安全」は守れません。
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