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以前紹介した12月27日付けの朝日新聞の記事に、莫大な被害額に達している北海道で、反対に減少しつづけているハンターを非常勤公務員に採用するという動きが出ていました。 私もかねてより、有害鳥獣駆除などという自らの命を危険にさらし、また以前から取りあげておりますようにときに実情を知らない愚かしい人たちからののいわれなき批判にさらされたり、実際に大変な労力でもある公益業務については、住民の安全と財産を守るのが最大の仕事であるべき行政がボランティアの善意頼みなどというあいまいなまま遂行せず、身分や行動の保証をすべきと思っていました。そうすることが、一定の駆除効果を上げることができるとともに、一部で不信感が持たれるような有害鳥獣駆除のいあり方について全て行政が責任を負うとともに行政の指揮権がハッキリすることになります。 そんなおり、静岡県の知事さんが、やはりハンターを県の臨時職員として雇用して有害鳥獣駆除に当たらせる方針を打ち出したことが、1月12日の毎日新聞の記事にも出ていました。 鳥獣被害対策:専従の熟年ハンター、知事がチーム化検討へ 臨時職員で雇用も /静岡 毎日新聞 1月12日(水)10時37分配信 川勝平太知事は11日、増え続ける県内の鳥獣被害対策として、60歳以上の狩猟免許取得者を集めた専従チームを作れないか、検討に入る考えを示した。定例の記者会見で明らかにした。まだ構想段階にとどまるが、川勝知事は「1〜2カ月の間に計画を立てたい」と話している。【山田毅】 県自然保護課によると、県内のイノシシやシカなどの野生動物による農作物の被害額は09年度で6億9618万円。05年度は2億8850万円だったため、4年で被害額は2倍以上になっている。 原因は狩猟者の高齢化や減少のほか、温暖化による動物の死亡率低下などが挙げられるという。 川勝知事が明らかにしたのは、狩猟者に着目した構想。同課によると、県内の60歳以上の狩猟免許取得者は約4400人おり、この中から約100人を臨時職員として県が雇用し、鳥獣被害対策の専従チームを作る案だという。 現段階では明確な方針は固まっていないが、月給を支払ったうえ、1頭捕獲するごとに数千円を支払うことも検討しているという。高齢者に対象を絞っていないものの、同様の仕組みを既に採用している兵庫県の例を参考に案を練っている。 川勝知事は、まず鳥獣被害が最も深刻な伊豆地域に専従チームを派遣したい考えを示し、「免許所持者の力を集中的に使いたい。今年中に勝負をかけたい」と述べた。 同課は「経験豊かなハンターが動けるうちに鳥獣被害対策を進めることも一つの手段かもしれない」と話している。冒頭でも触れた朝日新聞の記事には、北海道のエゾシカの繁殖力は4〜5年で頭数が2倍に増える計算ということにも触れていました。単純に言えませんが、静岡県の農作物被害額も4年で2倍ということですから、これまでの有害鳥獣駆除の体制(駆除が可能な頭数)では増殖に追いつかないのは目に見えています。 普通、「食物連鎖」と言えば捕食者の方が少ない=捕食者の狩る量と被捕食者の増加率がほぼ等しいのが理想的ですが、ここまで被捕食者の立場であるシカやイノシシの全体数が増えてしまうと、狩猟する人間の今の数では一定数に抑え込むまでの狩猟圧は維持できず、むしろ年々それが弱まって行っているわけです。 となると、コストや労力や効果を狙うのだれば、一端・臨時的に、短期間で一定頭数(目標頭数)まで大規模に補殺し尽くす人員を確保して実行し、後は自然増と捕獲数をほぼイコールにする少ない体制を維持し続けるという方法が現実的な対応ではないかと思います。 しかし、そのためには、まず、その地域の植生などにおいて生息が許される頭数と実際に生息している頭数の正確な割り出し、人家近くに出没したり農作物などを食べることを覚えた個体の割り出し…など、より効果を高め理解を得るための下準備も当然に必要なわけですが。 緊急雇用対策事業の一環として、職に就けない若者などから募集するという形でも良いのかもしれませんが、狩猟というのは生半可な気持ちではできません。自らが危険であることや、体力はもちろん捕獲のためには様々な知識も必要です。それ以上に、生きている大型哺乳類の命を自らの手で絶つということは、よくよく血が好きとか狩猟本能が充足されるといった人以外は、命のありがたみを知り、その行動の意味の重要性や責任を自覚して使命感を持つような人格者でなければ務まりません(務めてはいけません)から。 そのような、緊急的かつ実践的・効果的な対策を打つのが、地方自治体の最高責任者である首長の使命であるはずです。しかし、豊後大野市のように海外からオオカミを導入するという絵空事について検討をするという実にのんびりとしたことを聞くと、よくよくこの街は緊張感が無いのか万策尽きているのか?と思います。静岡県知事の決意を聞いた後で豊後大野市の検討を始めるという記事を見ると、何だかこの市の農林業家がかわいそうになってきます。
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さて、有害鳥獣駆除やハンティングには、このような声がつきものです。少し前の同じく毎日新聞の記事ですが、次のような記事が掲載されていました。 しらかば帳:「かわいそう」 /長野 狩猟が解禁され半月がたった。山や川ではハンターが大型獣や鳥を仕留め、冬の味覚として食べられている。ぼたん鍋で有名なイノシシの肉は品薄になるほどの人気だが、シカ肉はいま一つだという。ある猟師は自宅では「猪鹿鳥鍋」が一番人気と教えてくれた。 近年、狩猟は高齢化やハンターの減少で担い手不足が指摘されているが、最近は別の問題も。「シカやイノシシなど野生鳥獣を殺してはかわいそう」という声が多く寄せられ、県猟友会は「いい答えがないものか」と頭を抱えているのだ。増え過ぎて山や人里に被害が出ていることを説明しても、なかなか理解してもらえないという。 可愛い見た目やアニメなどのイメージから、動物を殺すことに同情する気持ちは分かる。しかし、大切に育てた野菜を、その動物に一夜にして食べつくされる農家の思いはどうなのか。やむをえない狩猟を「かわいそう」の一言で批判することには無理がある。【渡辺諒】殺傷して楽しむというのなら非難に値するでしょうが、シカやイノシシをルールに従い自らが撃って食べることをなぜ非難するのか、その根拠がわかりません。 世の中「肉が好き」という人はかなり多いでしょうけれど、実際に自分で牛や豚はもちろん、ニワトリを〆ることをしたことがあるような人はほとんどいないでしょう。自分では自らの手を使うことなく毎日の食事に牛や豚を食べるくせに、シカやイノシシ、熊を適切に補殺して食したり、地域の安全のために駆除することを感情的に「かわいそう」というのは、浅はかな偽善に過ぎません。 生まれつき食べられるために生きている動物は殺されるのはいいけど、野山を自由に駆け回る動物を殺すのはダメ、とでも言うのでしょうか? 有害鳥獣駆除に当たるほとんど全ての人には、毎日の食卓に肉を提供してくれる食肉関係者の方に対してと同じように、感謝するべきです。 代案も出さず、現実も知らず、ただ「かわいそう」などと言うのは「私は馬鹿です」と自己紹介しているだけです。もし、そんな愚かな人の主張に従い何もせずに放置した場合、どうなるかと言えば、森林の植物や農作物は食べつくされて、人間もその動物らも飢え・山も湿地も荒廃することになるでしょう。平和ボケもいいところです。 そんな的外れな自分に酔った博愛主義を語るヒマがあるならば、毎年全国で無責任な飼い主たちによって殺されている莫大な数のペットにでも同情し、元飼い主らを責める方が説得力があるます。そんなに命が大切だというのなら、まず、犬猫の引き取りやあっせんの活動、このような取組に積極的に参加すべきでしょう。言いやすいところに苦情を言っていいことをしたつもりになっている勘違いした皆さんはどうせ何もしないのでしょうけれど。 1月7日の産経新聞の記事です。 野良ネコ天国 イヌより捨てられやすく、餌付けで増殖も 産経新聞 1月7日(金)15時3分配信 ■大阪市、解消へ官民連携 捕獲されて殺処分される野良イヌが激減する一方、殺処分される野良ネコはそれほど減っていないことが7日、国の調査で分かった。ネコがイヌより多産で飼い主に捨てられやすいうえ、都市化が進んだ街では野良イヌという“天敵”が姿を消してネコにはすみやすい環境に。しかも公園では「かわいい」とみなされ餌付けされて増殖しているのが原因という。こうした傾向は特に都市部で著しく、大阪市は官民連携で野良ネコの引き受け先を探す全国でも珍しい「市民サポーター」の募集に乗り出す。 環境省などの調査によると、野良として保健所に捕獲されるなどして殺処分される数は、イヌの場合、平成元年度の68万7千匹から、20年度には8万2千匹まで大幅に減少している。一方で、ネコは元年度の32万8千匹から20年度は19万4千匹と、さほど減っていない。 さらに、離乳していない幼少期の段階で保健所などに引き取られる数をみると、20年度ではイヌが約2万3千匹なのに対し、ネコは約15万匹と圧倒的に多い。逆に、新しい飼い主に譲渡されたり元の飼い主に返還されたりするケースは、成体を含めてイヌが約3万3千匹なのに対し、ネコは約8千匹と極端に少ない。 こうしたイヌとネコの格差について、調査した環境省の動物愛護管理室は「イヌの出産は年1回程度なのに、ネコは多い場合年4回と多産。次々誕生する赤ちゃんネコを飼いきれず、最終的に手放す例が多い」と説明。 さらに都市化が進んで街に野良イヌが減り、天敵のいなくなった野良ネコがすみやすくなった環境変化も指摘する。担当者は「同じ野良でも、ネコは『かわいい』だが、イヌは『怖い』と思われやすく、都市化が進むほどイヌは姿を消していく。ネコは捨てられても都市の公園などにすみつけば、餌付けする住民も現れやすい」と話している。 こうした野良ネコの解消に向け、大阪市では4月にも、官民連携で譲渡先探しなどを進める「市民サポーター」の募集に乗り出す。 【後略】犬猫などを処分する行政施設にも、しばしば「かわいそう」の声が届くそうです。住民に十分にペットへの愛護を呼びかけ、譲渡会を開催して少しでも処分を減らそうとしているのに、そんな施設側だけを責め、自分は他に何もしないという卑劣な連中が多いようです。 行政コストや公務員の削減などと言いますが、世の中、犬猫を無責任に扱う人がゼロになれば、その処分費用もゼロになるというのに、そういうことにもなかなか触れられません。 これらに共通している問題点はまず、「命」というものや「生きる」ということが、あまりに漠然としているからかもしれません。それが、いい結果なのか、悪い結果なのか知りませんが。
身近な食肉や犬猫のことに思いを馳せず、おそらくはほとんど見たことも無いような縁遠い野生動物に過剰反応する。そういう人は、生きていることに現実味を感じていないような人なのでしょう。 |
【有害鳥獣駆除・ハンター】
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私は動物や命というものを大切に思っていますが、同時に、人間の気持ちや生活というのも大切に思っています。
人間と動物というのは時に対立・摩擦が生じるものです。
ここでは、安易に動物を保護しハンターや行政を批判したりはしません。
農作物と動物が、どうすればうまく折り合っていけるかということを、考えることができればと思います。
農作物と動物が、どうすればうまく折り合っていけるかということを、考えることができればと思います。
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北海道の牧場において牧場主が出没するヒグマを自ら捕獲しようと無許可で箱ワナを設置したことが罪に当たるか(と、言うか、罰するに値いするか)どうか問われた釧路簡裁の判決で、罰金30万円が確定したことを先日紹介しましたが、その中でも触れている、情報提供をいただいていた「被告がワナを仕掛ける1年前に、同じ町の中でヒグマ駆除中のハンター2名が襲われ、1名が重傷、1名が亡くなるという事故があり、しかもその亡くなった方は被告の義弟に当たる方」という点について、地元紙が伝えている記事を入手し、確認が取れました。 しかしここで驚くのは、それを伝えているのが以前引用した、1審判決が出た直後の北海道新聞の記事であるということです。 私は前回、ネット配信された同紙の記事を全文引用したのですが、そこにはそのことは省略されており、実際の紙面の方にはその記事に続きがあってそこには被告側の主張をかなり多く取り上げられていました。紙面の読者には今回の判決について一概には言い切れないものであるという事情を感じさせるに十分な内容ですが、ネット配信の記事を見ただけでは単に事実報道であり、被告側の事情は一切わかりません。これを読むのと読まないのとではまた印象がまるで違います。これはネット配信する上では非常な手落ちというか省略し過ぎで、私のように熊に関心がある他都道府県の人間にとっては、被告側の実情や言い分に触れることができず、正確な判断ができなくなるという配信の仕方でもあります。ネットによる記事配信(そもそも新聞報道)を見るときには我々も十分に違った見方もできうるものだと注意すべきと、あらためて思いました。 今回、紙面を送っていただいたので、その部分を含め全て引用したいと思います。北海道新聞の紙面記事全文です。 無許可クマわなに有罪 釧路簡裁 「緊急避難」主張認めず 【釧路】飼育する牛をヒグマから守るため、許可を得ずに自分の牧場に箱わなを仕掛けたとして、鳥獣保護法違反の罪に問われた釧路管内浜中町の牧畜業の男性被告(73)に対する判決公判が20日、釧路簡裁(青木忠儀(ただよし)裁判官)で開かれた。青木裁判官は「犯行は独善的で、箱わなの免許制度を無視しており、酌量の余地はない」として、求刑通り罰金30万円を言い渡した。 男性側は事実関係を認めた上で「家族や牛を守るためにやむを得ず行ったもので、刑法上の緊急避難が成立する。罰を加えるほどの違法性はない」として無罪を主張していた。 判決理由で、青木裁判官は「箱わなの状況を見回るなど、危険防止策を講じておらず、違法性が明らか」と指摘。「被告がヒグマ対策を考えてから、わなを設置するまで3カ月あり、差し迫った危険があったとは言えない。わなを仕掛けるための試験を受ける機会もあった」とした。 判決によると、男性は牛130頭、馬13頭を飼育。毎年1頭くらいの牛がいなくなるのをヒグマの仕業と思い、2007年10月に箱わなを購入、道知事に無許可で牧場に設置、09年11月に1頭を捕獲した。男性は今年4月、同法違反の罪で略式起訴され、釧路簡裁から罰金30万円の略式命令を受けたが、命令を不服として、正式裁判を請求した。 男性被告「地域実情に合わぬ」
後半の、背景の色が違う部分が実際の紙面では掲載されネット配信はされず省略された続きの部分です。これがあるのと無いのと(前半部分だけ=ネット配信された部分)ではまるで違います。【釧路】「判決は単純に法律に沿っただけで、クマの被害が絶えない地域の実情に合っていない。」釧路簡裁で20日、鳥獣保護法違反の罪で罰金30万円の判決を受けた牧畜業の男性被告は判決を批判し、控訴を検討する考えを明らかにした。 男性は11月に行われた最終陳述で、猟友会に所属していた義弟が4年前、駆除に出かけてヒグマに襲われ、死亡した体験を語った。しかし判決では町にヒグマの出没を申告せず、自分で解決しようとしたことを「独善的」と指摘された。 男性は「箱わなを設置したのは悲劇を二度と繰り返したくなかったから。自分でできることは自分でしようと思ったのに、分かってもらえなかった」と肩を落とした。 4月の略式命令を不服として、あえて時間がかかる正式裁判の道を選んだ問題提起。専門家などからは「無許可の捕獲を許すと、歯止めがかからなくなる」「乱獲につながる恐れがある」との声が出る一方、「行政の対策が不十分」との指摘もあった。 男性の弁護人は「判決の骨子は行政の対応がきちんと成り立っていることが前提。実際には駆除するハンターは減り、人的被害や農作物被害が後を絶たず、民間で自衛しなければならない状況がある。裁判が行政への問題提起になってほしい」と訴えた。 違法は違法で間違いないことですが、しかし実際にハンターが減っていることや行政の対応も物理的に困難になっていること、前回も書きましたが北海道の都会から遠く離れた小さな町でのことということ、親族が亡くなられていること…など、そういう現場被害者の声や憤り・嘆きなど情状面が、裁判・判決には触れられていないように思います。 被告が判決に納得できないのは当然の心情だと思いますし、同時に、それでも控訴を断念せざるを得ない無念さというのも察して余りあります。私は報道記事を読んだ限りでは、この被告に罰金30万円を課すというのは酷・不適当な判決ではないかと思います。 ただし、それはあくまでもこの案件の場合に思うことであって、このブログでも紹介したことがあるような自力救済の中には誤捕獲や人間に危険を及ぼしかねないものなど、到底賛同できないようなケースがあるのも事実です。 裁判記録を読んでいない(いつか釧路簡裁に行って記録を閲覧したいと思いますが)ので何とも言えませんが、今、報道などで出ている判決内容などでは、これら有害鳥獣にかかる問題においては何ら解決につながるような影響力は無く、この被告を法は法として厳しく罰したところで悪質な密猟や安易な自力救済が自粛されるという良い効果が期待できるとは思えません。言い方は悪いのですが単なる額面通りの解釈・判決で、当初期待していた何らかの前向きな動きへの発展にはまるでつながらないどころか、様々な現場での混乱などを誘引しかねないような機械的なもののように感じてしまいます。 新聞報道そのものと、それをネット配信されているものに接する際にはそれぞれ、客観的な見方などを心構えとしてもつべきことをあらためて感じた事実でした。 【追記 2011.1.8】 自力救済…というか、人間に危険を及ぼしかねない勝手な捕獲という点で、こんな記事が言っているそばから出ていました。 1月7日の毎日新聞の記事です。 鳥獣保護法違反:あぜ道にトラバサミ 容疑で書類送検−−筑後署 /福岡 筑後署は6日、人が通るあぜ道に危険なトラバサミを設置したとして、大川市の農業の男性(70)を鳥獣保護法違反容疑で柳川区検に書類送検した。男性は「自分の田んぼの稲穂をついばむカラスを捕まえたかった」と容疑を認めている。 送検容疑は昨年10月6日午後6時半ごろ、同市内のあぜ道に、カラスを捕獲するためにトラバサミ2基を設置したとされる。 署によると、同日、トラバサミに気づいた近くの住人が110番。駆け付けた署員が押収した。 トラバサミは主に鳥獣を捕獲するためのバネ仕掛けのわな。設置には市町村長の許可がいるが、男性は許可を得ていなかった。 近くに幼稚園、小学校があり、児童らがあぜ道を通ることもあるという。男性はトラバサミの上にわらをかぶせていたため、危険な状態だった。【土田暁彦】これも、農業被害における被害者の自力救済という、違法行為です。 このヒグマの事例に比べ、カラスが即危険かどうか?失う被害額の大きさは?仕掛けた場所から生じる人的被害の可能性は?と言う点では全く違う話ですが、構造は似ているところもあります。 なるほど、本人にとっては農業被害の軽減は一番の苦悩であり、それが解消されることは何より優先されるべき念願でしょう。 しかし、個人が勝手にワナを仕掛け違法に自力救済に走るということは、他人に危険を及ぼしたり、鳥獣駆除あるいは保護の管理計画も狂いかねない、愛護精神に反する(その後の処分にも支障=賛同や理解を得ることに理解が得られないなどの支障が出かねない)など、問題が生じます。 その自分だけの目的に目が行き過ぎてしまうと、実際の現場がどんな立地かはわかりませんが、報道によれば子供も通るような場所にしかも隠して設置していたということですから、そういう他のことへの配慮や事故防止がおろそかになります。だから、客観的な利害関係者ではない専門知識や技術・経験を有する「資格」ある人間の対応が必要でもあるわけですね。 この件も、そういう往来のある場所に危険な設置をしたことが問題視されて立件され、報道されているのだと思います。(そういう点においては、釧路の被告の件においても、報道されない悪質性や落ち度など、裁判に至ったり被告敗訴という結果が出るべくして出た要件が、もしかしたらあるのかもしれませんが。) しかし、ここでも感じるのは、やはり農業等の被害において、行政らが対応を迅速丁寧にしなければ、そういう時として人身に危険が及びかねない「違法行為」が、むろん違法行為をする人間が一番自省するべきことですが、結果としてそれを誘発・助長しかねない状況にあるということと、そしてハンターが減っていく今、駆除や保護をきちんと確立しなければそういうことは増える一方だろうということです。
今はまず、無許可・無資格でワナを仕掛けたり捕獲することは違法であるということを広く広報することで、そういう自省を促す効果はあると思いますが、それも長くは続かないことでしょう。 |
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このブログで以前より注目しておりました、牧場経営者によるヒグマの無許可捕獲についてですが、被告が控訴せず、1審の釧路簡裁の罰金判決が確定したということが、1月5日の北海道新聞にて次のように報じられていました。 無許可クマわな 有罪判決が確定 釧路簡裁 男性側控訴せず(01/05 13:05) 【釧路】飼育する牛をヒグマから守るため、無許可で自分の牧場に箱わなを仕掛けたとして、鳥獣保護法違反の罪に問われた釧路管内浜中町の牧畜業の男性被告(73)を罰金30万円とした昨年12月の釧路簡裁の有罪判決が5日、確定した。男性が控訴期限の4日までに控訴しなかった。 男性は「控訴したかったが、最近は体調が優れず、裁判の負担に耐えられなかった。行政側には地域の実情に合った対応を考えてほしい」と話した。 判決によると、男性は、牧場の牛が毎年1頭くらいいなくなるのをヒグマの仕業と思い、2007年10月に箱わなを購入して道知事の許可を得ずに設置。09年11月に1頭を捕獲した。昨年4月に略式起訴され、釧路簡裁から罰金30万円の略式命令を受けたが、命令を不服として正式裁判を請求した。これは1審判決が言い渡された際に書いた記事に、bratewurst100mさんからご意見をいただいて追記で書いたことですが、'''そもそも牧場経営者という立場であれば、自分が旅行などに行くこともできないほど休日もなく毎日家畜の世話をしなければならないお仕事なわけですから、捕獲に必要となる免許類を取得するための時間的余裕はその他の業種の人よりはハードルが高いということがあるでしょう。さらに距離的な制約もあり、被告のお住まいは広い北海道の小さな町ですから、取得するために関係機関に出向いて手続きをして自力で取得することは、移動そのものも大変であり、その他の都道府県での取得とはまた別次元と言えるかもしれません。 さらにその距離的制約があるという点で言えば、被告の住所である浜中町と、釧路簡裁のある釧路市は78kmも離れているのですから、自動車で片道1時間以上、往復するだけで3時間近くかかります。時間的にも運転・乗車している体力的にも相当な負担です。まして、被告も高齢な方です。判決に納得しての控訴断念というわけではないのではないかと思います。 土地柄と言えばそれまでですし、法律の厳粛さやそれに異論を唱えるならばそれなりの自身の負担や覚悟を持つべきという意見もあるかもしれませんが、私にはこの被告が裁判を受ける権利が、牧畜業という業種・年齢や住まいという被告の判決への納得とか控訴への意向とは違うことで奪われるというのは、法治国家と言うのでしたらいかがなものか?という単純な疑問もあります。金銭的にも大変な負担でもあるでしょう。お金が無い人や大都市から離れて住んでいる人、家や仕事から離れられない人などにもその権利を行使しやすい法体系整備が、私には裁判員などよりも優先して行うべき裁判所改革ではないかな?とも今回の事件からは感じました。 判決内容に戻りますと、前回bratewurst100mさんからお知らせいただいて調べたところ、被告が自力で箱ワナを仕掛け始めた2007年10月のちょうど1年前の2006年10月に、被告のお住まいである浜中町で有害鳥獣駆除で出動していたハンターのお1人が死亡、お1人が重傷を負うという悲惨な事故があり、そんな状況を考慮すべきというのは、私も全く同感です。 さらに、bratewurst100mさんによれば亡くなったハンターは今回の被告の義弟ということですから、これが事実であれば(無くとも)情状酌量は考慮すべきではないのか?とも思うのですが。 1審判決を伝える12月21日の毎日新聞では判決理由として、 【前略】青木忠儀裁判官は(1)町などに被害を申告すれば、駆除も可能だった(2)昨年6月にわな猟免許の申請をしようとしており、違法性の認識はあった−−などとして、主張をすべて退けた。【後略】
とあります。行政側に相談すれば対応したはずであるという点と、違法性の認識のみで有罪としています。情状などについては、記事では触れられていません。一方、同じ記事中では、被告代理人の弁護士のコメントも出ており、 【前略】判決後、男性の弁護人は「行政側に適正な対応を取る態勢がないから自衛せざるを得ないのであり、判決には事実誤認がある」と批判。【後略】
と、行政側の対応は期待できないという認識で、そう訴えるからにはそれなりの経過があったとも考えられます。 ただ、弁護士のコメントや裁判の判決要旨などを新聞記事から見る限り、これらの情状面は考慮されていないように見えます。これが触れられていれば、有罪ではあるも、求刑どおりの罰金30万円という判決にまでなったか否か。このあたりは、判決文を閲覧したいものです。 しかし、少なくとも言えるのは、前回も書いたとおり、裁判所も被害者側も、適切な駆除を行政側に求めている内容であり、この判決は行政による有害鳥獣駆除の対応を適切に行う義務を求めた内容であるとも言えそうです。
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先日も、動物との事故などを例にあげ、農林業関係者だけが野生鳥獣と問題になっているわけではなく、人間・人間社会全体に関わってくる問題ということを書きました。 また、そのような増加し続ける農林業被害への対策として、日本から絶滅したとされるオオカミを海外から移入してはどうかという一部研究者の主張に関心を示す自治体が出ていることに疑問を呈しました。 12月27日の朝日新聞に、こんな記事が出ていました。農業被害と対策の大変さ・深刻さが垣間見えます。 北海道にエゾシカ64万頭、食害対策正念場 柵4千km 北海道でエゾシカが農作物や高山植物を食い荒らしている。農林業の被害は年に50億円を超えて過去最高となり、世界自然遺産の知床半島や釧路湿原でも容赦ない。畑や鉄道などに近づけないように整備した柵は延べ4千キロと、北海道と九州を往復する距離に相当する。駆除しても駆除しても増えるエゾシカは今や道内に64万頭。これ以上の頭数増加を食い止めるため、闘いは正念場を迎えている。 知床半島の斜里町ウトロ地区。オホーツク海に面した市街地は長さ4.5キロにわたり、高さ3メートルの金網でぐるりと囲まれている。エゾシカの侵入を防ぐためだ。 道内では山と畑の境目に高さ1.5〜3メートルほどのナイロンネットやステンレス製の電気柵を自治体が張り巡らせている。農作物の被害を防ぐためだ。道路や線路への飛び出しを防ぐ柵を含めると、総延長は昨年度末で約4千キロ。今年度は新たに約300キロを整備する。そのための費用が約4億5千万円かかる。 知床半島には1万頭もいると推定され、樹皮やシレトコスミレなどの希少植物を食い荒らす。やむなく環境省は2007年度から知床でも駆除を始めた。保全地を原始の森に戻す「しれとこ100平方メートル運動地」は鳥獣保護区で駆除の対象外だったが、被害が深刻なことから「必要があれば個体数調整を認めざるをえない」との方針に変えた。 道で車とぶつかり、エゾシカが死ぬなどした事故は昨年1838件。列車にはねられたり、はねられそうになったりした案件は昨年度に2029件に上った。道路や線路で毎日計10件以上もトラブルが起きている計算だ。 エゾシカは繁殖力が強い。年に15〜20%の割合で個体数が増えるといい、放っておけば4〜5年で2倍になる。 道は関係機関と連携し、昨年度は計約9万2千頭を駆除した。それでも減らず、逆に増えている。減らすには雌を少なくとも年に8万頭駆除する必要があるが、昨年度は約5万6千頭にとどまった。今年度は雄雌合わせて過去最多の11万5千頭を目標に駆除を進めている。当面は、現在の64万頭を6年後に50万頭とするのが目指す数値だ。 明治時代、肉や革を輸出するためエゾシカの乱獲が進んだ。大雪にも見舞われて絶滅しそうになり、禁猟に。一方で天敵のエゾオオカミは害獣として駆除されて絶滅した。保護政策に加え、暖冬で餓死も少なくなり、増える条件がそろった。 道は年明けから、駆除にいっそう力を入れる。ハンターが減り、高齢化も著しいことから、民間のハンターを鳥獣被害防止特措法に基づいて非常勤の公務員に任用する。そうすれば、もし駆除作業中にけがをしても、公務災害として補償される。市町村職員の狩猟免許取得も進める。 米国で開発された駆除法も導入する。えさで群れをおびきよせ、一斉に狙い撃ちする手法だ。爆発音を聞かせて大きな音に慣れさせてから撃つ。音に慣れたエゾシカは銃声がしても逃げず、群れ全体を駆除できる。生け捕りにする「くくりわな」の普及にも努めるほか、エゾシカの肉を食材として生かそうと活用策を練っている。(天野みすず) ◇ 〈エゾシカ〉 日本列島とユーラシア東部に分布するニホンジカのうち国内最大の亜種。ニホンジカより大きく、体重は雄が120〜150キロ、雌は80キロ程度になる。野草や木の葉、牧草、冬場はササや樹皮も食べる。寿命は雄が11歳、雌は17歳程度とされる。雌は満1歳で成獣になる。2歳以上の妊娠率はほぼ100%で、毎年1頭ずつ子を産む。様々な観点から書かれたとても良い記事です。 まず、北海道内の進入防止柵が4千kmもの長さに達しているということに驚きます。それだけ、事故や被害が深刻だということでしょう。 300km整備をするのに4億5千万円かかるということは、1kmで150万円です。これまで整備し続けてきた4千kmの整備では単純に言って60億円かかっているということになります。莫大な額です。 しかし先にも紹介しましたように、平成21年度における北海道全体の農業被害額は50億5千5百万円・林業被害額は2,800万円ですから、この膨大な距離の柵を構築する巨額と思える費用でも、よく考えてみればたった1年分の道内の農林業被害額に近い数字というわけです。しかもその被害額は1年限りのものではありません。毎年生じるのです。これは単に生産ロスとは言って無視することはできないほどの影響になっています。 いかに農林業被害が莫大か、ということがここでも感じられます。と同時に、それくらいの多額の被害額が毎年のように生じていても、予算を措置して防除につけるということの困難さの裏返しでもあります。 そして、記事にも触れられていますが、エゾシカの繁殖力の高さです。1歳で成獣となり出産ができるわけで、毎年1頭の子を生みながら1頭が一生で17頭は生むという計算です。その結果、1年に15〜20%の割合で個体数が増え、4〜5年で個体数が倍になるというわけで、そんな生物が現在、既に推計64万頭も生息していると考えられているわけです。 そのような元となる頭数が膨大で、かつ、旺盛な繁殖力なために、結果として昨年度9万頭以上も駆除をしたにも関わらず、減るどころか増えていると推定されているわけです。 この事実だけ見ても、わずかなオオカミを放ったところで追いつかず、相当数を放たなければ何の意味も無く、しかし相当数放てば牧畜の盛んな北海道で家畜被害も増大するであろうことは目に見えていますが、それでもなぜ、オオカミを放そうなんて発想になるのか、私には理解できません。 それと、もう1つ聞いてみたいことがあるのですが、エゾシカや熊を殺すなとだけ主張する「愛護団体・人」は、ではどうすれば良いというのでしょうか? これは12月10日の毎日新聞の、福島県での話になりますが、以前から似たようなおかしな言動をする団体や個人の記事を紹介しましたが、有害鳥獣駆除に携わるハンターに対し、こんなことを言う人がいるようです。 山に生きる:猟師は今/中 増える鳥獣被害 /福島 【中略】 「なぜ生き物を殺すのか」「命を大切にしろ」−−。福島市にある県猟友会の事務所には、動物保護団体の抗議がよく来る。5分置きに延々と電話を掛けてきた団体もあり、猟師の自宅に直接掛かることもある。猟に嫌気が差す人もおり、同会は「こんな時代に猟師になりたい人はいない」と嘆く。 阿部さんは「山や動物のお陰で猟師は生かされている。放鳥や山の手入れをしながら恵みを頂いてきた。命の大切さは人一倍分かっている。理解されないけどね」と話した。 ◇ ◇ 猟師の減少と反比例し、イノシシやサルの食害など県内農作物の鳥獣被害は90年代から増加。イノシシが地面で体に泥をつける「ぬたうち」で、作物の踏み倒しや田畑の破壊も多い。県のまとめでは、08年度の被害は300ヘクタール以上、1億8180万円に達した。 福島市ではサルによる果樹被害が深刻だ。同市郊外では毎年1割近く増えていると言われ、現在は2000〜3000頭いるとみられる。市は07年、捕獲計画を策定し、頭数抑制に乗り出した。捕獲作業を担う「被害対策専門員」の猟師(73)は毎日車で100キロ以上を走り、山中に設置した40カ所のわなを回る。「いくら捕まえてもきりがない。休みは元日だけ。捕獲後に山に戻せば農家から責められ、殺せば愛護団体から怒鳴られる。報われない」と肩を落とす。 ◇ ◇ 尾瀬ではシカが95年の初確認以降増え、現在は推計300頭。木の皮がはがされたり、高山植物が食べられたりして湿原などへのダメージが深刻化。【後略】状況もわからないで、おかしな言動(私はハンターや行政への脅迫・業務妨害などと思いますが)をする連中は、では、殺さずにどうすればいいというのか。今まで、その有効な代案を聞いたことはありません。そういう連中は何も知らず・考えていないので、代案なんて持っているわけがないため、そんなもん聞けるはずがありません。 農業被害はもちろん、自動車事故などが増えている現在、仮にシカやイノシシらの生息地と人間の里の境を全て越えられないような柵で分断し尽くしたところで、シカやイノシシは閉じ込められた山野の範囲内であらゆる植物をイナゴの大群のように食いつくし、やがて一斉に大量死・絶滅するだけです。その間、森林は荒れ果て高山植物も消え、残るのは繁殖力が強いか有毒か味の悪い植物のみが残るだけでしょう。 代案も出さず、ただ殺すなとだけ言っている連中は、森林や多種多様な植物を破壊し、より大量の生命をじわじわとした残酷な死に追いやり、そしてその種丸ごと絶滅に追い込みかねないという、自分の自己満足のために、考えもせず、自然環境を大規模に破壊し尽くそうとする無責任で残酷な愚か者としかいいようがない存在に過ぎないわけです。 と、ちょっと脱線しましたが、有害鳥獣駆除の現状におけるボランティア同然のハンターの、きちんとした対価と身分保障をすることで若い担い手を確保しつつ行政の指揮下に明確に加えることで管理や一部の疑わしい言動のハンターとの関係を脱却できるわけで、朝日新聞の記事で紹介されている非常勤公務員としての雇用などというのは非常に先進的な体制づくりです。
考えなければならないのは、住民の財産が北海道だけで年間50億円以上も被害を受けていて、それだけでなく自動車・列車事故も発生しているわけですから、年収300万円ほどの非常勤ハンターを100人雇用したとしても、3億円。公務員の削減というのは全国で半ば魔女狩り的に叫ばれていることですが、物事は是々非々で柔軟に考えませんと、いつまでも解消しないことでしょう。 |
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増加する野生鳥獣の被害を軽減するべく、頭数調査やその管理の重要性をこのブログでは取り上げさせていただいておりますが、以前、少し紹介したことのある「海外からオオカミを導入し、日本に放す」という奇説に対して、一部自治体で関心を示しているというめまいのする記事を見かけました。 12月22日の大分合同新聞の記事です。 オオカミで獣害対策 豊後大野市が前向き シカ、イノシシなどによる鳥獣被害が全国的に拡大する中、国内で絶滅したオオカミを海外から導入して駆除するアイデアが浮かび上がっている。日本オオカミ協会(会長・丸山直樹東京農工大名誉教授)は、オオカミの研究や情報交換をする市町村連絡協議会の組織化に向け、全国の自治体に働き掛けており、県内では豊後大野市が前向きな姿勢。同協会は同様に関心を示す自治体と来年中の組織立ち上げを目指している。 日本オオカミ協会は1993年に発足。捕食者としてのオオカミが絶滅したことによりシカ、イノシシが増え過ぎ、森林生態系が破壊されているとして、オオカミの“復活”を目指している。 豊後大野市の場合、鳥獣被害額は過去4年間、2千万〜5千万円で推移。有害鳥獣の捕獲頭数は増加傾向で、本年度は10月末までにイノシシ504頭、シカ336頭に上る。 市は鳥獣被害対策協議会を発足させ、囲いわなの設置、箱わなの貸し出し、狩猟期間中の報償金導入などをしているが、「根本的な対応は難しい」としており、オオカミによる駆除に注目した。 オオカミの導入によりシカを削減した事例として、米国のイエローストン国立公園が知られている。国内での実現例はないが、北海道、四国などの自治体も関心を寄せており、超党派の国会議員による「オオカミの復活を考える勉強会」も開かれている。 丸山会長は「基本的にオオカミは人を襲わない。オオカミへの抵抗感を持つ人も、説明を重ねると理解を示してくれる」と説明。 橋本祐輔市長は「課題は多いが、自治体による組織をつくり、協議することが重要。住民の理解を得ながら対応したい」としている。 一方、環境省野生生物課は人や家畜、ペットへの被害、感染症などの課題を指摘し、「獣害対策としてオオカミ導入を具体的に検討する状況にはない」と否定的だ。どんな思いつきでも主張するのは勝手ですが、行政が迎合するのは止めてもらいたいですね。 行政においては以前から書いていますように、その業務分野の専門家が担当するわけではないので、しばしば「専門家」から意見を聞き、それでもってその後の行政に反映させるということが実に多いわけですが、これは行政の責任逃れ・隠れ蓑になっているという指摘は繰り返しされています。 専門家が間違っていても、行政らはその是非は判断できないこともあります。その是非判断ができるならば、最初から専門家は必要無いのですから、それも当然でしょうね。しかし、「専門家」が間違っていれば政策全てが直ちに間違っているという困った事態にも陥りやすいわけです。 記事にある主張を見た範囲だけで、指摘させてもらえば、 (1)「基本的に人を襲わない」などというのは、あまりに無責任な見通しの甘い想定。仮に1人でも襲われた場合、そう主張するあなたが取りようの無い責任をどう処理するのか?
という2点がまず思い浮かびます。(2)有害鳥獣駆除を目的としているようだが、なぜ、導入したオオカミがイノシシやシカだけを駆除すると思うのか?逃げ場の無いところに飼われている家畜類の方が襲いやすい以上、それらの被害が発生した場合は、その賠償は誰が支払うのか? また、イノシシやシカ以外の、少数・希少動物が食べられる恐れはどう排除するつもりなのか? こういう思いつきを実践して大失敗となった例は、以前からこのブログで書いておりますが、沖縄のマングースとか佐渡島のテンとか、アメリカで問題になったアフリカ化ミツバチとか、そういう事例も山ほどありますね。私が知る限りでは、そんなものを持ちこんだり逃がしたりした人の責任が問われたとは聞いたことがありません。アフリカ化ミツバチに至っては死者も相当出ているほどの事態ですのにね。 もし、このオオカミ導入を本当に行って、それが思いがけない(当然の)損害が発生した場合、ご本人らは責任を取る覚悟はおありなのでしょうか。 それと、12月21日の紀伊民報には、この日本オオカミ協会とやらの会長さんが講演している記事があります。 「オオカミで獣害対策」 日本オオカミ協会会長の丸山さん講演 【中略】 日本でオオカミが絶滅したと判断される根拠について、オオカミは毎日ほえるので、生きていれば声を聞くはずだが、そんな話はないということを挙げた。子だくさんで6、7匹生み、現在は餌となるシカやイノシシがたくさんいるので、オオカミが生き残っていればあっという間に増えて目にするはずだが、それがないことも根拠の一つと話した。 【中略】 米国のイエローストン国立公園で95年と96年に計31匹、カナダからオオカミを連れてきて放し、それ以外の地域でも35匹放した事例などを紹介。この結果、2009年には公園の中で96匹に増え、公園の外まで含めると約200匹近くに増えた。それ以外の地域に放したオオカミはロッキー山脈で2500匹ほどに増えたという。 この結果、同国立公園に1万6千匹いたエルクジカが7千匹に減少。開放的な環境にいたエルクジカはオオカミが怖いことから、栄養状態の悪い林の中へ隠れ、死亡率が高まり、雌の妊娠率が下がった。食べられて減っただけでなく、オオカミがいつ襲ってくるか分からないという恐怖心がストレスになったことが、エルクジカが減った原因と考えられている。 日本にオオカミを復活させる話については「イノシシやサルなど、シカ以外の動物を減らすにも効果があるだろう」と話した。外来種を入れるのは心配だという声も聞かれるが、世界にはハイイロオオカミ1種しかいないことや、オオカミは世界中で15万〜16万匹生息しているにもかかわらず、人を襲う事例が報告されていないことを話した。 【後略】ツキノワグマも、本来人を襲うような性質は無いわけですがこう死傷事故が起きています。なのに、なぜオオカミは導入しても人を襲う心配は皆無であるかのようなことを、そこまで言い切れるわけでしょうか?どんな自信で主張されるのかわかりません。 導入するという結論ありきの人々の話を聞くと、オオカミが人を襲った事例は、「かなり特殊な状況下だった」とか「狂犬病によるものだ」などとおっしゃいますが、では、導入後、それらの特殊な思いがけない条件下とやらには絶対にならないと保証できるのでしょうか?ありえないのでは。 上記記事中には、ニホンオオカミが絶滅したと考える理由に、数があっという間に増えるはずなのにそれが無いことを挙げていますが、それは同時に、海外からオオカミを導入させた場合に、あっという間に増えるという裏返しにもなっているわけですが、オオカミの増加を調整するのはどうやって行うつもりなのかもわかりません。 確かに、オオカミを導入すれば、ある一定期間で人畜の被害を多少出しながらも、シカやイノシシが食べられていくことでしょう。 しかし、この日本で深刻な被害をもたらしているほどシカやイノシシはかなり多い推定生息頭数があるわけですが、そんな頭数がいるのに、農業被害を軽減させるくらいの影響力を持つオオカミというのは何頭くらいが適正とお考えなのでしょうか?それを超えた分は、どう処置するのでしょう? 短期的に考えれば、当初から全国一斉に相当な頭数を放たなければ、多少イノシシらが食べられたとしても、その程度の減少率(狩猟圧)は旺盛な繁殖力を超えることは期待できず、ほとんど何の効果ももたらさないと考えられます。これは、先日、長野県におけるニホンカモシカの駆除頭数と推定生息頭数を紹介したわけですが、これだけでもわかりますね。かなりの頭数を駆除しても全体数が多いので、数は増加もしない代わりに減らないようなのです。 当初からかなりの頭数を放てば、一気にイノシシらの数を減らせるかもしれません。しかし、そうなった場合、人為的に増やされ放たれたオオカミは、イノシシなどを一気に減らしながらもオオカミの頭数は増えて行きますから、日本の山野に一時的に過剰・過密状態になりえます。そうなると、ますます人畜被害が懸念されます。 熊でさえ、現在、「信者」「狂信者」が過度の保護を口走って問題になっていますが、導入後、家畜被害が増えたからといって駆除しようとしても、熊と同等以上にいるオオカミ「狂信者」たちはそれを許さず、頭数管理にも軋轢を生むのは目に見えています。 野犬などと交雑した場合、その性質がどう変わるか、分からないのではないでしょうか? 熊でさえ、道路などで分断されて地域個体群が近親交配的に進んでいますが、オオカミもそうなるのではないですか? などなど、疑問は尽きません。 放ったオオカミの頭数を完全にコントロールするには、GPSで管理したり、全て不妊治療をした上で放てば可能かもしれませんが、子供がいないとなると、狩りの意欲・動機が減退しそうです。 また、不妊治療をしてまでオオカミの頭数をコントロールするならば、オオカミの現存頭数(事故死や病死のロス)管理と、それらが活動したことによって減ったイノシシやシカの残存頭数をも完全に把握した上で算出しなければなりませんが、そんなことは理論値でしか把握できるわけがありません。 放つ大量のオオカミはどう増やすのでしょう?人工繁殖させてオオカミを生みだした場合、自然界に適応できるのでしょうか。莫大なお金をかけて行っている佐渡トキ保護センターでも野生復帰に苦労しているほどですが、うまくイノシシやシカを食べながら、自然界で生きていけるものでしょうか。 そういう思いつきに、責任を負うべき行政が軽はずみに迎合して欲しくは無いです。 いったい、何度失敗すれば、そういう生物利用について慎重さや反省をするのでしょう。 私には、この人らが本当に農作物被害軽減や自然界の生態系を考えての主張とは思えず、単にオオカミが好きだから「夢よ再び」と言っている程度のものにしか見えません。 「日本からオオカミがいなくなったのでシカやイノシシが増えた」と言いますが、日本からオオカミが絶滅したのは100年以上前の話。深刻な農業被害がそれ以前にあったのは全国の記録や猪垣の跡を見ればわかるので、オオカミがいる時代でも被害が深刻だったことがわかります。 また、絶滅したとされた直後からすぐにシカなどが膨大に増えたわけではないのは、人間による狩猟圧や林業が盛んだったなど、うまく調整弁になっていたためと考えられます。 従ってオオカミを持ちこむなどとそんな飛躍した絵空事を検討するよりも、人間による狩猟圧などを回復させる=人間の営みを生態系に組み込むような方法の方がまだコントロールしやすく現実的であり、問題も少ないのでは?と思います。 私にはオオカミにあこがれた一部の人の、結果ありきの逆説的主張展開のような感じがしますし、少なくとも、このような問題を拙速に進めるべきではないと考えますが。
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