日々是雑感

初めてお越しの方は、私のプロフィール欄をご覧ください。

【有害鳥獣駆除・ハンター】

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 私は動物や命というものを大切に思っていますが、同時に、人間の気持ちや生活というのも大切に思っています。

 人間と動物というのは時に対立・摩擦が生じるものです。

 ここでは、安易に動物を保護しハンターや行政を批判したりはしません。
 農作物と動物が、どうすればうまく折り合っていけるかということを、考えることができればと思います。
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生息頭数調査

 この秋…というか春から、全国的な熊の大量出没や事故、駆除が相次いでおりますが、具体的な対応をどうしていくか?ということを、真剣に考えて行かなければなりません。

 その際の有力な対策としての「有害鳥獣駆除」が問題なのは、生命の尊重・動物愛護という面はもちろんですし、生物多様性など様々な観点があるでしょうけれど、シンプルに言えば、「熊という種が絶滅に向かう恐れがある」ということでしょう。

 ですので、動物愛護だけの立場を取る人でも、有害鳥獣駆除に関わる人でも、それらを調整する関係行政機関の方でも、共通して必要となる情報というのは「ある特定地域における熊の生息頭数や行動範囲を調べ、また植生などを調べること」であり、それが急務であるということにはたぶん、誰も異論がないと思います。
 まあ、農作物等の被害に遭っている方にしてみれば、「害獣」の生息頭数なんて関係ない・できれば全部いなくなって欲しい、という嘆き・願いはあるかもしれませんが。

 しかし、実際、環境省や各都道府県が持っている生息頭数というのは推定値で、精度が高いという点については疑問がもたれるものも多くあります。

 11月26日の朝日新聞に、こんな記事が出ていました。
捕獲クマ処分する?しない? 実態見えず調査法見直しも
2010年11月26日15時2分
  
 各地でひんぱんに人里に出没して人や農作物に被害を与えたツキノワグマが、冬眠シーズンを迎える。捕獲されたクマをめぐっては、殺処分にすべきか山に放すべきなのか、自治体や地域住民、保護団体の間で対立や論争が起きた。背景には、そもそも生息数が増えているのか減っているのかもよくわからない実態がある。大量出没を受け、調査方法を見直す自治体が増えてきた。  

 「捕ったやつはとにかくもう放さんでくれ。お願いじゃけ」。岡山県美作市で17日に捕獲されたツキノワグマを見ながら、近くに住む男性(82)は視察に訪れた安東美孝市長に詰め寄った。クマの右耳には、1度捕獲されたことを示すピンク色のタグがついていた。 

 岡山県は、これまで目撃情報などから県内のクマ生息数を10頭前後と推定。「絶滅危惧(きぐ)種」に指定して、捕獲しても殺処分せず山中へ放す方針を守ってきた。だが、今年に入って捕獲されたクマは40頭を超えた。 

 相次ぐ捕獲に住民の間に「農作業中に襲われたらどうするんだ」との不安が強まった。これを受け美作市は周辺町村とともに岡山県に対策を要望。県も「人里近くに再度出没した場合は、原則として殺処分の対象とする」と方針転換せざるを得なくなった。 

 ただ、17日に捕まったクマは、「1度目に出没した地域が人里近くではない」との理由で山中に放された。県は「人里近くに2度出たという基準にあわないのに処分したら、保護団体などへの説明がつかない」という。 

 捕らえたクマを殺処分すべきか放すべきか――。自治体と住民、動物保護団体の対立は各地で起こっている。背景には、クマの生態や生息数が十分にわかっていないことがある。 

 生息数調査は各自治体にゆだねられているが、財政上の理由から調査していなかったり、推定した生息数の最小値と最大値が2倍以上かけ離れていたりする自治体も少なくない。朝日新聞が各自治体の推計を集計したところ、最低約1万6千頭から最大約2万6千頭と大きな幅があった。 

【中略】 

 だが、生息数自体があいまいなため、捕殺上限数も「実態を反映していない」との批判が強い。今年度に全国で捕殺されたクマは約3千頭。15府県内に限ってみると、上限は約1100頭なのに、すでに約1700頭が捕殺された。 クマの生息数は、どのように調査されてきたのか。 

 主流だったのが、猟師の経験を生かし、出没しやすい場所を選んで頭数を数える「目視調査」だ。 

 だが、クマは群れで行動するシカなどと違い、単独か母子で夜間に広い範囲で動くことが多いため、数を把握しにくい。奥山に入っての調査には危険も伴うため、どうしても精度は低くなる。数年に一度しか調査しない自治体も多く、「絶滅をおそれ、実際よりも少なめに見積もってきたのが実情」(環境省の担当者)だ。 

 このため、最近はより科学的な「ヘアトラップ」法や顔識別法が試みられている。ヘアトラップ法は10県超で実施し、長野県は「1300〜2500頭」としていた生息数をこの調査により「1900〜3700頭」に改めた。 

 このほか、兵庫県は2007年に立ち上げた「森林動物研究センター」に、一般公募による研究員6人と庁内公募の専門員5人を置いた。知識のある職員によって長期的に保護や被害対応に取り組むのが目的だ。かつて100頭前後としていた生息数も、約400頭に見直した。 

 人間とクマの共生をめざす日本クマネットワーク代表の山崎晃司・茨城県自然博物館首席学芸員は「あいまいな生息数調査を基にした対応は場当たり的だった。大量出没を繰り返さないために、実態に合わせて毎年調査する必要がある。科学的な根拠のない感覚的な対立が目立ったクマの増減について、地域ごとに冷静に見ていくべきだ」と話している。(石川瀬里、矢島大輔) 
 「目視調査」は、以前疑問に思ったように、私はその効果を疑問視しています。そもそも、ハンターが急激に減少している昨今、いつまでもそんな方法はできません。
 しかし、長年行われてきた調査方法を大きく変えて、結果、精度の高い生息頭数の調査が把握できるのならば大変有意義ですが、同時に、経年変化のデータを失う・誤って利用される場合もあり、その点で課題が残ります。

 さて、まず「自治体と住民、動物保護団体の対立は各地で起こっている。」というところに注目です。これまでこのブログで紹介した記事に出ていたように、まともな話し合いができないような人や団体というのはたまにありますので。
 最前線で事故の心配をしながら、そして実際に事故や農作物被害を受けた方が「捕獲したものを放すな」「殺処分を」とおっしゃる心情は十分に理解できます。
 そういう地域住民の激しい要望を自治体が受けた際、自治体としてはその意向について法令などに基づき検討して対応するわけですが、やはり心情としては、「事故が起きることを確実に防止したい=それには殺処分」と判断するのもまあ理解できます。単に「手っ取り早い」「住民の激しい要求を説得できない」という担当者もいるかもしれませんが。

 行政の有害鳥獣対策の担当者といっても、それらについて特別研究したとか、専門職とは限りません。数年で人事異動により変わり、それまで税金や戸籍の仕事をしていたという人がそういう職務に就く場合もありますし有害鳥獣の担当をしながら他の事務仕事を抱えているという自治体も少なくありません。それも、こういう「対立」の遠因になります。
 動物愛護団体らの抗議は、常識的な範囲であれば安易な殺処分を抑制する・自治体担当者らを慎重な姿勢にさせるというメリットが期待できますが、反面、以前、麻酔銃使用について書いた時に懸念したように、過剰なまでの要求は、自治体担当者らの判断を遅らせたり、誤らせたりしかねません。記事中にも少し触れられていますが、行政担当者は「殺処分をして、また抗議がきたらどうしようか」などとまで考えてしまうわけですね。
 殺処分して動物愛護団体から抗議を受けたとき住民は行政担当者を弁護してくれることは少ないですし、殺処分しなくて住民から抗議を受けたとき動物愛護団体は行政担当者を弁護してくれることは聞いたことがありませんから、行政担当者らは実に孤独です。

 そのとき、生息頭数などのしっかりとした調査結果があれば、「これほど過剰に生息しているのですから、殺処分は必要なのです」と愛護団体に言えますし、その逆を住民に説明できるわけです。その意味でも、生息頭数調査などは必要です。
 私は、動物愛護団体らが真に動物と人との共存を求めるならば、最低限の殺処分を認め、そしてその計画を進めるための精密な生息頭数調査のための各種ボランティア協力やその自治体の議員・住民にその費用を予算化するように働きかけるような活動が基本だと思うのですが、不勉強な私の知る限り、そのような運動や協力を行政と行っている愛護団体は聞いたことがありません。

 もっとも、住民にしても愛護団体らにしても、実際の生息頭数がどうの、という話は二の次でもあるということが少ないないということです。
 「県内に数十頭しかいません」と言われても、自宅のすぐ近くにしばしば熊が出れば、その住民にとってはその1頭が全てであり、穏やかな気持ちになれないでしょう。
 逆に「県内には1000頭もいて、年々増えています」と言ったところで、全ての愛護団体がそれなら駆除もいいよと許容するとは思えません。それは、世界一の精度と言われる日本のクジラの生息頭数調査結果を国際捕鯨委員会(IWC)に提出しているのに、捕鯨反対の国や団体が数多くあるという点を見れば明らかです。

 しかし、もし理解を得られずとも、「このような根拠で生息頭数を把握し、それをもとにこのような計画で駆除をしているのに、理解を得られないのは残念」と行政が根拠を明示して広く説明をすれば、私は多くの人がそれを理解して支持すると思います。差し当たり、そういう姿勢を続けて、それで長い時間をかけて、信頼関係を構築するしか、今のところ、手が無いように思います。

 ところで先日、NHKの「ダーウィンが来た!」という番組で、高知県の四万十川に生息するアカメという大きな魚の生態調査をする際に、小型の発信機の他に、小型水中カメラを背負わせ、それで移動ルートだけではなく、アカメ目線で見た映像から、様々な情報を得ることに成功していました。装置が秀逸なのは、一定時間が経過すると自然と機器を固定していたバンドが外れ、水面に浮きあがってくる仕組みであったことです。スタッフは、その機材から出る発信信号をたどって回収するというわけです。
 これはかなり面白い試みですね。
 熊を捕獲した場合、研究用に発信機などを設置して、動きを特定するということはしばしばありますし、写真家の宮崎学氏のように自動撮影装置で一定の場所の定点記録をすることでその場所を訪れる熊の頭数などをカウントしたり、食餌の様子を記録するようなことはありましたが、捕獲した熊にカメラをつけて映像を回収し、何を食べ、どう行動しているのか、かなりの情報が得られるかもしれません。
 高画質のカメラがかなり小型化・省電力化し、長時間録画でき、しかも安価になったのはここ数年の話ですので、こういうことはまだ、試みたことがある研究機関や人はいないかもしれません。
 まあ、問題は、川の場合は浮き上がったカメラがやがて下流に流れてくるなど、回収がまだ楽かもしれませんが、ヤブが生い茂り険しい山岳地帯の場合はそれを探しまわるのは大変だということでしょう。もし、そんな装置を開発される場合は、リモコンで装置自体から音を発生させることができる機能は必須でしょうね。「だいたいこの辺りだ」と大まかな場所がわかっても笹などに覆われて視界が開けない場合は、携帯電話を探すように鳴らしてみる、とか。

 技術の進歩が、それをうまく使う賢明で冷静な人によって最大限活かされるのを待っています。
 このブログは毎日200件ほどのご訪問をいただいており、長文の私の記事をお時間を割いてご覧いただいているというのは、全くもってありがたい限りです。少しでもマシな記事を書こう・お時間を割いてご覧いただいている皆様の少しでもお役に立ちたいと思うしだいです。

 おそらく、一部のご訪問者の方は、「最近、某組織のことを書かないけれど、記事も見えなくなったけれど、どうしたのだろう?」と、今年頻発する事件・事故の中で報道される記事や某組織のHPの見るに堪えない主張を苦々しく思い、ここで私がどう批判するかを期待されているかと思うのですが、万が一にも名誉棄損や侮辱、著作権法違反などと言って刑事や民事の訴訟を提起されてやっかいなことにならないよう、過去の文章を精査して、法律の実務家の友人に目を通してもらう編集作業中です。ご了承ください。

 と、同時に、皆さんもそうだと思いますが、異常者あるいは病人の、感情的で非論理的なヨタ話に目を通し、それに根拠を明示して反論するというのは、多大な労力・精力を使います。誰でも、公共の場で意味不明な言動で騒いでいる人がいれば、関わり合いになりたくない・手の施しようが無いと思うのと同じ心理ですね。
 何もわからない純粋な人たちがそんなカルト集団に知らないうちに加入してしまうことを防止したいのは、社会正義と日本の新たな自然との関わり方を構築する上でもかねてからの私の強い願いです。

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 さて、今日はあくまでも一般論で、どこか特定の人や組織を想定したものではありません。

 さて、このブログでは以前から、科学的な裏付け無しに個人のくだらない感傷だけで、動物愛誤・自然愛誤を展開する人を批判しています。
 それは、そういう一生懸命なのかもしれないけれど、結果はその運動を展開しているヒマな人たちの自己満足以外、全てにとって害悪でしかないという事実からです。

 しかし、それに対してしばしばこう言う人たちがいます。「何もしないお前なんかより、実際に何とかならないかと汗を流して行動している人たちは、はるかに立派だ」と。
 そのたびに、私はこう答えます。「原因不明の病気の人に、『かわいそうだから』と、汗を流して薬のつもりで得体の知れないもの、あるいは毒だとハッキリわかっているものを飲ませるよりも、何もしない方がはるかにましです」と。
 毒を自分が飲む、つまり自分だけに影響がある範囲であれば止めませんが、周囲に薬だと吹聴して飲ませ、それを止める医者や病院を罵られては困ります。

 古くから近年に至っても、まれに「ここの家の娘にはキツネが憑いている。おかしな言動はそのためじゃ。キツネ出ていけと、みんなで棒で叩くのじゃ」と得体の知れない教祖の呼びかけを盲信して、家族が家族を殴り殺すというおぞましい事件が発生します。上記のような、客観的かつ冷静な批判ができない、無知なのに科学的な思考ができず他者の意見を聴くことさえできない連中は、病人を殴り殺すことさえ気づけないタイプの人間です。

 そういう連中とは、話し合いなんて通じないというのは、繰り返し書いているとおりです。人間、「話せばわかる」なんてのはありえなく、「話して分かりあおうとする人もいるし、最初から分かりあおうとするつもりが無い人もいる」というのが正解です。

 11月15日のJ−CASTニュースです。
クマ射殺への反発ヒートアップ 「山に入る人間も片っ端から殺せ!」
J-CASTニュース 11月15日(月)19時12分配信

 クマの駆除に対する抗議がヒートアップしている。SNS「ミクシィ(mixi)」では、人里に現れたクマを射殺したことについて、自治体に抗議の電話やメールを送ろうという呼び掛けが始まった。

 コメント欄には「あいつらが嫌になるくらい電話してやります」「山に入る人間も片っ端から殺せばいいじゃん」などという過激なものまで出ている。

■町役場に全国から100近い電話やメールの抗議

 畑や畜舎を荒らすクマの被害が2010年は全国的に続出し、人里に現れる例も後を絶たない。そうした中で、「ミクシィ」内にある2010年11月10日付けの日記がネットで話題になっている。鳥取県内の熊が容赦なく殺され始めていて、それを阻止しよう、という内容だ。「動物の命を命とも思っていない」として該当の町役場の電話番号とメールアドレスを掲載。また、この抗議の文章をコピーし、ネットで広めて欲しいと訴えている。熊が人里に降りてこないよう山に餌を撒き、針葉樹を間伐し広葉樹を植える努力を行政はすべきだ、というのだ。

 ターゲットにされているのは八頭町。鳥取県は07年から捕獲したクマを人間への恐怖心を植え付けて放す「学習放獣」を進めてきたが、2010年8月にはツキノワグマに襲われた男性の死亡事故が起きた。また、「学習放獣」をしていないものが殆どのため、県内捕獲の6割を占めるという八頭町は射殺に踏み切った。

 町役場は取材に対し、

 「出没するクマがあまりに多く、町民の命が奪われる前に射殺するのはやむをえない」

と説明する。しかし、同町がクマを射殺したというニュースが流れると、全国から100近い電話やメールの抗議が殺到。「クマがかわいそう」というものから「ツキノワグマは絶滅種だ」というものまで様々だった。

 「ミクシィ」の呼び掛けにコメント欄には、

 「抗議の電話します。転載だけでなく 自分が まず 行動ですね」
 「殺される熊さん達を想うと俺が泣きそうになった」

という賛同のカキコミのほか、

 「人里に下りてくるから殺す? だったら山に入る人間も片っ端から殺せばいいじゃん」
 「手を変え品を変えあいつらが 嫌になるくらい電話してやります」
 「吠え殺すのではなく、褒め殺すくらいの方が、相手は聞いてくれます」

などといった物騒なものまである。

■「クマさんのためにドングリを集めよう」活動

 まるで人命よりクマの命が大切だ、と読めるようなコメントに対し、ネットの掲示板やブログには「異常ではないか」という意見が多数出ている。どうして彼らはこれほどまでにクマの命に執着しているのだろうか。

 東京にある動物愛護団体に話を聞いてみると、愛護団体や動物を守ろうとする人の思いや立場は様々で一概には言えないが、過激な言動をする人達がいるために、動物愛護の本来の姿が歪んで伝わってしまうことを恐れている、と嘆いた。

 「クマに限らず犬、猫に関しても、人間関係が上手く築けない人達が動物に拠り所を求め、どっぷりはまってしまう。その結果、人間が大切か、動物が大切かの後先がわからなくなってしまい、過激な発言や行動に走るということが、たまに見受けられます」

と打ち明ける。

 また、動物に関する知識の無い人もいて、人里に来ないように「クマさんのためにドングリを集めよう」と活動したが、集まったドングリはクマが食べない種類のものだった、ということもあった。

 結局は人間同士のコミュニケーションと理解が重要で、クマはどんなに危険なのか、住民はどれほど不安なのか、クマを射殺しない方法はないのかなど、話し合いの場を多く設けることが必要だと愛護団体の職員は話している。
 「東京のある動物愛護団体」の方のコメントに同感です。
 「人命よりクマの命が大切だと読めるコメント」や、行政などに対して威力業務妨害・公務執行妨害的ばな教唆・煽動を呼びかける危険性・幼児性は、何も今に始まったことではないのは、このブログを長らくご覧いただいている方はご存じですね。

 もちろん、記事中の異常者は動物愛護を唱える人の中においても極めて一部ですが、「動物への過度な依存をする人=正常な人間関係を構築できない人」の場合もまれにあるということは私も実感しているところです。

 つまり、話し合いや、他人への配慮・思いやりということが決定的に欠けている人格障害者というわけです。
 人間社会の中で他人とのコミュニケーションが良好に図れないから、物言わぬ動物を擬人化して、自分の存在や精神の安定をかろうじて維持している…というところでしょう。だから「人間<熊・動物」という、異常な価値観になっても疑問にも思わず、それを指摘してくれる友人や知人もいないのでしょう。
 そりゃ、そうです。本人にとってみれば、人間は自分を受け入れない・拒絶するけれども、動物は言葉でそういう事を言わない=自分を傷つけないのですから、どっちが大切かと言えば、自分を傷つける存在(=人)よりも自分を傷つけない存在(=動物)が大事になるに決まっています。

 ですので、そんな人々には科学的なデータや根拠に基づく説得なんてものは通用するわけがありません。嫌味でも悪口でもなく、彼ら彼女らに必要なのは話し合いではなく、「治療」や「カウンセリング」、「健全な社会への参加」です。

 ところが、妙なカルト集団なんかに入ってしまうから、これはますます大変なことになってしまうわけです。
 その集団の中で、社会全体からみればごく少数で、その他の大多数の人あるいはまっとうな研究者らが異常・異端、あるいは相手にしない言動についてを、認め合う・同じ方向性の考えを持つ者同士が出会ってしまうわけですから、これは初めて人間の中で認められたという初めて味わう感激から、そこで人間そのものを大切に思うように昇華すれば問題無いのですが、その偏った思想信条を共通する人間・組織のみを大事に思うというカルト信者になって、その組織VSそれ以外の社会という構図になってしまうわけですね。

 そういう組織は、当然ですが、行政やまっとうな研究機関や研究者からは相手にされません。
 それらの研究機関などは基礎的な研究を積み重ね研さんしてきた研究者らが、継続して地道に研究や観察・調査を続け、文献なども参考にし、議論し、長年の経験などを加味して一定の意見を表明します。
 しかし、このような「お手軽な自分探しのヒマつぶし逃げ場カルト」はそれを耳にしようとしません。なぜなら、それらに反証できるほどの地道な調査はしない・できないからです。彼ら彼女らの武器は、感情的な口撃のみです。従って、まっとうな研究機関などから相手にされないわけです。
 行政や研究者に相手にされないことを、「反論できないのは、連中の言っていることは全て間違っているからだ。連中が間違っているということは、自分たちが正しい証拠だ」と、勝手な論理を展開して、ますます増長してしまうわけです。

 まっとうな積み重ねをしてきた研究機関等を目の敵にするのは、自分たちの劣等感の裏返しという場合もあります。自分たちは、何も積み重ねて来ていない。おそらく、中学高校も自慢できる成績も、成果も無く、実社会に出ても振り向かれる存在ではないという人が多いでしょう。
 しかし、何か一流の研究機関を批判し、追及したつもりになって、その劣等感を晴らすという快感があるのでしょうね。「一流の大学を出たセンセイ様を、俺は論破したぞ」「この間、○○大学の教授と論戦した」とね。実に馬鹿馬鹿しいものですが、そうしないと心の平穏を維持できない、カワイソーな人が今の日本、少なくないということでしょう。

 自分たちの内輪の中でやっていればカワイソーな人たちで済みますが、上記記事のように実社会に迷惑をかけてくるとなれば、これは実に迷惑な存在・問題です。

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麻酔銃の使用

 先日、熊が市街地などに出没した際に安易に「射殺なんて残酷だ。麻酔銃をなぜ使わない」などと行政や猟友会に激しいクレームを入れるお馬鹿さんを批判することを書きましたが、ちょうど今日、福島県福島市の飯坂温泉に現れた巨熊に対して麻酔銃を使用した事例が発生し、運良くフジテレビ系列で取材・放送してくれました。

 今のところ映像が見ることができますので、紹介させていただきます。ぜひ、リンク先をご覧ください。
 そしてその11月5日のFNNニュース(福島放送)が伝える記事です。
福島市の飯坂温泉に現れ捕獲されたクマ、山に返される

 福島市の飯坂温泉に現れ、捕獲されたクマが5日、山に返された。
 奥州3名湯の1つ、福島市の飯坂温泉で起きたクマ捕獲劇を、FNNのカメラがとらえた。
 クマが現れたのは、飯坂温泉の目と鼻の先にある建物の外階段の2階部分。
 クマに向け麻酔銃が発射されると、クマは驚いた様子を見せた。
 さらに2発目の麻酔銃が撃たれ、眠るかと思われたが、クマはものともせず、威嚇するように起き上がった。
 さらに、3発目を撃たれても、クマはまだ動き続けた。
 結局、麻酔銃5発を撃ち込まれ、ようやくクマは捕獲された。
 捕獲されたのは、体長1.4メートル、体重100kgのツキノワグマで、5日に山に返されたという。 
(11/05 18:37 福島テレビ)
 幸い、誰も、熊さえも負傷することなく、いちおうの解決とされたようですが、5発の麻酔弾を撃たれています。

 この理由は推測に過ぎませんが、熊が(別の機会に触れますが)100kgという巨大な個体で、分厚い皮下脂肪を蓄えていたため、麻酔の針が通過しづらかったことが、まず考えられます。
 また、普通、麻酔銃の射程距離はせいぜい50mほどということですから、もし射程距離ギリギリでしたら、薬剤の入った弾の勢いが落ち、針が十分に突き刺さらないでしょう。
 麻酔を注入する注射器のような弾=投薬器も、薬の容量や針の長さが小型〜大型用など複数種類ありますから、もし、小型動物用の弾しかストックが無ければ、針は短く・薬量も少ないものを使うことになってしまいます。

 以前にも触れましたとおり、麻酔薬はその対象となる動物の大きさ(体重)などを把握した上で薬剤量を慎重に決めなければ、足りない、あるいは過剰投与で害(死亡する場合もある)を与えかねません(だから、取り扱い者には厳格な資格が求められており、取り扱い者は少ないわけです)。
 害を与えるリスクも避けたい場合は、少量ずつ、様子を見ながら複数回投与するほかありません。今回の場合も、薬剤量を少なく間違えたなどというよりは、そのような手法を取ったのかもしれません。

 仮に薬剤が適量であっても、普通は効果が現れるまでに5〜10分前後の時間がかかるということです。しかし、1発でその時間が確保できる保証は、薬剤量が適切だったか否かによりますので、限らないわけです。

 それに加え、もし薬剤量を少なめにして様子を見ながら複数回投与する、という手法を取った場合は、1回投与するごとに10分ほどは様子を見て、それで効果が見られないという場合は再度投与、ということを繰り返さなければなりません。
 つまり、1回ごとに10分様子を見るのであれば、5回に分けて投与するならば、50分かかってしまうことになります。

 さて、ここで想像力を働かせてみましょう。
 今回の映像でも、麻酔弾を撃ち込まれた熊は、興奮して威嚇的な行動をしていることがわかります。これがもし、住宅地などでヤジウマが多く集まり、騒ぐなどしてさらに興奮させていたとしたら?熊はパニックになって、次々と見物人や、関係者を襲っていたということも、十分にあり得るわけです。
 もし一発で十分な薬剤量を注入できたとしても、効果が現れるまで10分の時間があります。熊は最大で時速50kmほどで走ることができるということですから、単純に言えば、効果が生じるまで8.3km分動き回ることができると言えるわけです。今回のように、聴き目が現れるまで5回にわけた場合は10分様子見×5回で50分=42km分、走れますね。

 まして、麻酔銃を撃てる人の絶対的な数は少ないわけですから、やはり、いかに、「麻酔銃を使うべきだ」と感情的にクレームを叫ぶ人や団体の発言が薄っぺらい短絡的かつ世間知らずなものか、わかるというものです。
 「麻酔銃が使えないのでしょうか?」という提案や質問や疑問ならば構わないのですが、「なぜ使わないのか!」などという異常なクレームにはこのような例をあげて「そのようになったら、あなた、責任取れるのですか?」と徹底的に問い詰めると良いでしょう。もっとも、そのテの人間は、理路整然と根拠を明示して説明しても、理解できない知能か、受け付けない感情的姿勢ですから、無駄でしょうけれど。


【追記 2010.11.05 22:18】
 冒頭福島市での記事と同じ日の11月5日のスポーツニッポンに、山口市内で、捕獲して獣医が麻酔処置をし、運び出そうとしたところ起き出し、獣医に襲いかかったので警官や猟友会が対処をした、という出来事が掲載されていました。
突然起き上がった 警官 麻酔打たれたクマに発砲

 5日午前10時15分ごろ、山口市阿東徳佐下の林道で、捕獲され麻酔を打たれたクマが突然起き上がり、男性獣医師(41)に飛び掛かった。山口署の男性巡査部長(52)が至近距離から拳銃で発砲。撃たれて倒れたところを猟友会員が殺処分した。

 山口署によると、現場には獣医師や山口署員ら12人がいたが、けがはなかった。現場で捕獲おりに掛かっていたクマに麻酔を打ち、動かなくなったところを運び出そうとしていた。 
 [ 2010年11月05日 13:20 ]
 正直、あまりこういう麻酔にかかる事故(未遂)は聴いたことがなく、めずらしいと言えるかもしれないケースですが、たまたまこういう出来事が発生しました。

 捕獲された上で麻酔を打たれたということですので、おそらくは箱ワナなどに入っていたものに麻酔をするという、出没して動き回る熊に対して処置をするのよりもよほど好条件です。なぜなら、熊の大きさもじっくり確認できる=薬剤量をある程度正確に見極めることが可能でしたでしょうし、こちらが襲われる心配も無い中でのことですから、適切な場所に冷静に注入できたはずです。
 処置をしたのは(むろん)獣医師です。
 しかし、それでも、このように麻酔は十分に聴かないというケースが生じるわけです。今回はたまたま負傷者などは出なかったようですが、最悪の場合、獣医師や警官などに負傷者あるいは死者が生じていた可能性もかなりあったわけです。

 麻酔の取り扱いができる獣医師であっても、普段の活動の中で、動物の全身麻酔、ましてまず相手にすることも少ない熊相手では、薬剤の取り扱いが不慣れであったとしても、それは当然と言えるでしょう。

 この1例を見ても、いかに麻酔が難しいものか。まして、動き回っている熊相手に対してはいかばかりか、十分にわかりそうなものです。

 私がたまたま見かけた記事で、このように麻酔と熊という組み合わせの話題があったのですが、果たしてそれは偶然でしょうか?
 先に紹介したとおり、熊の出没に対しての現場事情をろくに知らずに感情的に抗議…もはや圧力、嫌がらせ、業務妨害とさえ言えると思いますが、愛誤団体などが正当な射殺などに対しても行っているため、現場サイドではどうしても、なるべく麻酔などで対処を…という意識が働き過ぎたのではないかとも感じます。今回の場合などはどうかわかりませんが、そういう過剰・不当な抗議は、そういう本来なすべき対応を鈍らせ・誤らせる誘因に十分になりえます。
 そうなると、適切な対応が遅れるなどし、重大な事故を誘発しかねませんが、もし、そんな最悪の結果になったとしても、愛誤団体は人間には全く関心がありませんから、行政や猟友会を弁護してくれるはずはありません。行政らは「なぜ、射殺しなかったのか?」と、対応が批判されその対応に忙しくなってしまうことになります。
 いったい、どうすれば良いのでしょうかねえ。


【追記 2010.11.06 07:28】
 報道がこんな中途半端な事実報道をするから、「ほら、麻酔銃でも捕獲できるじゃないか」と思う人が出てしまう。もっとしっかりしていただきたいものです。
 冒頭に紹介した福島市飯坂温泉の出没について、11月6日の読売新聞の記事です。
飯坂温泉街にクマが出没

 4日午後11時50分頃、福島市飯坂町十綱町の福島交通飯坂温泉駅前交差点にクマがいるのをタクシー運転手が見つけ、福島北署に通報した。猟友会員が5日午前2時10分頃、近くのビル3階踊り場にいたクマを麻酔銃で撃ち、クマは昼に山林に放たれた。

 同署の発表によると、クマは体長約1メートル40。飯坂温泉街では、1日夜と3日夜から4日未明にかけて、共同浴場「鯖湖湯(さばこゆ)」付近などでもクマが目撃されていた。同署は、付近住民らに警戒を呼びかけている。

(2010年11月6日  読売新聞)
 いかがでしょうか?これだけでは、冒頭FNNニュース(福島放送)の伝えるあの現場の緊迫感は感じられません。しかし、この読売新聞の報道の実際は、あのような必死な対応なわけです。
 普段からの捕獲・射殺に関するニュースも、報道が伝えたものから受ける印象は、必ずしも現場での最善・必死(あるいはお粗末・不当)な対応をそのまま伝えているものではないという、いい実証ですね。

想像力不足 その2

 先日は、実情などを一切無視して一方的に「熊を殺さないで」などと言う、おかしなクレーマーを批判しました

 さて、Yahoo!のニュースでは、閲覧者がコメントをし、それに対して「そう思う」「そう思わない」と投票ができるというユニークな機能があるものもあります。
 この「熊を殺さないで」という声を伝えるJ−CASTニュースにも、その機能があり、記事を閲覧した人の「声」やその同調者数を見ることができ、1つの世論動向として参考になります。

 この中においては、概ね、「やむを得ず駆除しているのに、現実もわからない部外者が何を好き勝手言っているのか」という、私も同じような主旨の意見が大勢です。

 しかし、苦情を言う人に対して批判をする人の意見であっても、それはちょっと変では?と感じる意見も少なくありません。

 例えば、「ヒグマをかわいいテディベアやリラックマとでも思っているのか。苫前・三毛別事件を調べてみろ(あるいは「小説・羆嵐を読んでみろ」)」という意見です。これはかなり多く見られるもので、驚きました。

 この意見の苫前・三毛別事件小説・羆嵐は以前、少し紹介しましたが、非常にむごたらしく、北海道開拓史における最大級の悲劇であり、また、熊・特に羆の恐るべき生態・性質を垣間見る事件です。
 これは、埋もれかけたこの事件を詳細に調査して公表なされた木村盛武さんが「獣害史最大」と書かれているほどです。

 そう、これは世界中で見ても、まれに見る悲劇なんですね。
 その他にも、北海道では日高山脈を縦走していた福岡大学の学生らが羆に襲われ3人が亡くなったり、札幌丘珠事件、石狩沼田幌新事件…と言った有名な大事故・悲劇はありますが。

 しかし、元営林署職員で北海道の山を歩き続けて来たこの木村盛武さんは、以前も紹介しましたように「林務官が熊に遭遇するのは、恥ずかしいこと」と自戒を込めておっしゃっています。その著書「ヒグマそこが知りたい 理解と予防のための10章」(共同文化社)で、こうも書かれています。
 明治二年(一八六九)北海道に、官林制度が発足して以来、クマともっとも接触する機会の多いのは林務官です。クマが人を見れば能動的、一方的に襲ってくるものだとしたら、林務官が襲われる確率がもっともっと高いはずです。しかし林務官の殉職は、今日までただの一件しかないという現実をどのように解釈すればよいのでしょうか。
 つまり、熊をよく知り対策を取れば、森の中に入ろうともかなりは遭遇や事故を回避できると、その苫前・三毛別事件を世間に報せた方ご自身がおっしゃっているわけです。
 もっとも、昨今、ヒグマもツキノワグマも性質に、あるいは生息環境に変化が見られ行動が変わって来ている・出没形態が違うという事実は差し引いて考えるべきでしょうけど。

 しかし、それでもヒグマの危険性を指摘するのに、条件がまるで違う、まして世界的にもまれな苫前・三毛別事件を持ち出して、ヒグマの性質が恐ろしいものとだけ過剰に・中途半端に知ったかぶって煽ることは、先日批判した無知での過剰な熊保護と対極にあれども、やはり、熊の保護や農作物被害防止においては障害になるという点では同じようなものです。

 以前紹介した記事にあったように、北海道では資料が残っている1962年以降、ヒグマに襲われて亡くなった方は46人で、負傷者は75人です。平均すれば年間1人が亡くなり、2人未満が負傷した計算になります。
 ヒグマの頭数は北海道における人口等に比して圧倒的に少ないので、件数・人数の単純比較とか危険率などの比較はできませんが、発生件数そのものだけで言えば、平成21年度における北海道内での殺人事件は45件ということですから、1962年以降のおよそ48年間の道内でのヒグマによる死亡人数46人を1年で殺害してしまうほど人間は凶暴であり危険…と1つの見方としては言えなくもありません。
 ついでに言えば、北海道内における平成21年度1年間の交通事故死亡者数は218人で、負傷者数は23,855人ということも付け加えておきましょう。

 熊は人間を簡単に殺傷できる能力を有しており、悪い条件が重なれば死傷事故につながるという事実は間違いありませんが、今のところ、見境なく人間に襲いかかるという事実は無く、よくわからない人に稀有な事故例を持ち出して誤った認識を植え付けるのは、私は断固として批判したいと思います。
 多くの資料や物事を多面的に見て、冷静に話ができない人間は、熊保護も熊射殺でも、いずれにも口を出さずに黙っているべきでしょう。

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想像力不足

 これは最近の社会全体に言えることかもしれませんが、思いやり、というか、想像力不足ということが、しばしば見かけます。

 先日、猟友会の会員減少の記事を紹介した際に、熊を駆除した際に、それがいかにやむを得ない状況・正当な理由があったとしても一方的に感情的な自分の価値観だけでのクレームをする、私から言えば「狂っている」としか言いようが無い人が少なからずいる、ということに触れましたが、それらのヒトビトは、こういう山間部に住んでいる人に、どう理解を求めて熊やイノシシなどの有害鳥獣駆除をしないように求めるのでしょうか?
 物言わぬ熊の心情(?)に敏感・共感するのを全否定するものではありませんが、その優しさ(?)や想像力(空想力?)の10分の1でも被害者にも向けてみてはいかがかと思いますが…。

 ちょっと前の、10月2日の北國新聞の記事です。
クマ対策「人とどっちが大事」 金沢、住民に危機感
 
 夏以降、山間部だけでなく住宅地でもクマの出没が相次いでいることを受け、金沢市は1日、金沢市役所で県や県警、猟友会、地元住民と合同の対策情報連絡会を開いた。連絡会では4年ぶりに市独自の「クマ注意報」を発令したことなどの対応が示された一方、山間部の住民は「クマの個体数を減らすしかないやろ」と、人が襲われた例を指摘し危機感をあらわにした。

【中略】

 理解を求める市側に対し、住民が「人の命とどっちが大事なんだ」「クマがすぐそこにおるんやぞ」と詰め寄る場面があった。7月には、女性が襲われ重傷を負っており、住宅街で捕獲したクマを山間部に放すことに抵抗を感じる声も聞かれた。

【後略】
 当然の意見です。
 熊や森のことを知ったかぶって、安全なところから絵空事で「熊を殺すな」とだけ言っていればいい人間や団体になんざに、差し迫った危機感を持っている当事者の皆さんは言われたく無いでしょう。

 私も一時期、農業と有害鳥獣駆除と野生動物保護について現場にていろいろと提案をしたりしたことがありましたが、単に動物保護だけの視点から現場最前線にノコノコ出かけたところで、農家の皆さんからは最初から相手にされないことがほとんどです。私はもともと農業を専攻して農業関係者にも知人が多くいましたし、そもそもが共に農業被害を嘆き、怒るという共感をするので、比較的受け入れられたものでした。

 そのように、被害現場の当事者の方が野生動物保護という観点でかたくなな態度になる大きな要因が、物事をわきまえずに阿呆なことを言う無責任な連中の存在です。
 その連中らは冗談なのか愉快犯なのか、あるいは無知なりに心から心配しての抗議なのかもしれませんが、いずれにしても結果として、行政や研究者らが農作物被害者に対して接する際に高い垣根を創り出してしまっています。それが、よりマシな解決に向けての出発を妨害している現実があります。

 ですから私は、無責任な野次馬的暴論が、心から憎くて仕方がありません。
 私もそうですが、ほとんどの行政担当者や研究者は、農作物被害軽減と野生動物保護という、いずれも重要な問題のその両立をギリギリのところで調整したいと苦悩しているのに、無責任な連中の言動が大きな妨害になっています。
 確かに、過剰なまでのおかしな抗議でも、ぼんやりした無責任な行政担当者や、マナーやモラルに欠ける猟友会メンバーなどを監視して緊張感を持たせるという「結果的な副産物」はごくわずかに見出せたとしてもそれはあくまでも結果論に過ぎず、しかも全体としてはそれが野生動物保護の邪魔にしかならないのはもちろん、被害者を心から傷つけている言動以外の何ものでも無いのです。

 10月1日の朝日新聞の記事でも、同じような嘆きが掲載されていました。
ツキノワグマ保護か処分か 被害農家、放獣方針に反発
2010年10月1日
 
 保護か、不安の一掃か――。出没が相次ぐツキノワグマへの対応に、県が苦慮している。絶滅の恐れがあるとして保護策を進めてきたが、今年は猛暑などの影響で人里近くに頻繁に現れ、梨が食われるなど実害も出ている。住民の不安は募り、県は殺処分の新基準を設けた。 

 目撃情報が多発する周南市鹿野地区。今夏、所有する40アールほどの梨園が20回近く襲われたという男性(78)は「こんな被害は初めてだ」と嘆く。食害は1千個を下らず、毎年8〜9月に開いてきた観光農園も自粛した。市の担当者は「住民の不安の高まりは深刻だ」と漏らす。 

【中略】

 だが、被害を受けた農家らにとって、クマを山中に戻すことへの反発は強い。鹿野地区の男性も「生活がかかっている。せっかく捕まえたのになぜ逃がすのか」と憤る。 

【後略】
 記事の抜粋は被害者の嘆きについて引用していますが、元記事には保護の方針と両立しなければならない行政担当者の苦悩にも触れられています。
 「行政は、すぐに殺処分をする」などと、根拠無く無責任な誹謗中傷をする実にくだらない動物愛誤団体がありますが、何の根拠も無い、絵空事を元に的外れな中傷に過ぎないことがここからでもわかります。

 10月29日のJ−CASTニュースでは、そんな自分の無知・無責任をいかんなく発揮する愚かな人間の言動にウンザリさせられる当事者の嘆きが紹介されていました。
「クマを殺さないで!」批判殺到 猟友会「現実分かっているか」と反発
J-CASTニュース 10月29日(金)20時12分配信

 野生のクマが山から人里に下りてきて畑や畜舎を荒らすなどの被害が全国で起きている。民家の近くに現れると命の危険があるため周辺の住民は近くの公民館などに避難。町や地元の猟友会メンバーが射殺するなどして難を逃れている。

 ところが、市町村や猟友会に対し、クマの射殺を知った人達から「クマが可哀想だ」との苦情が大量に寄せられている。関係者は苦情の多さに対し「住民の命を守ろうとこちらも命懸けなのに…」と憮然としている。

■北海道の町役場には非難のメールや電話が100件

 北海道斜里町の小学校近くの林にヒグマがいるとの目撃情報が2010年10月18日午前11時半頃にあった。その後、市街地に現れ地元猟友会が2頭を射殺した。けが人はなかったが、クマはもう一頭いたとの情報があり、小学校は児童を集団下校させた。

 射殺されたのは親子だった。このニュースが流れると、斜里町役場には電話とメール合計100件近くの苦情が来た。内容は「どうして殺傷したんだ。他の方法はなかったのか」というものが多かった。

 斜里町役場によれば、ヒグマ目撃情報は年間で800件ほど寄せられ、畑や畜舎が荒らされたり、人間に危害が出る可能性がある場合など担当者が出動し、威嚇弾を放つなどして山に追い払ってきた。しかし、市街地にクマが出た場合は付近の住民を避難させたうえで射殺する。大きなヒグマは160キロから200キロあり、生け捕りしようにもリスクがあまりにも大きいのだという。

【中略】

■「人間の命かかっているのに、クマはかわいい、だとか、もうガッカリ」

 市街地に現れたクマを駆除し人命を守るために活躍してきたのが猟友会のメンバーだ。その全国組織「大日本猟友会」本部に話を聞くと、この3、4日で50を超える非難のメールや電話が相次いでいるという。大日本猟友会は取材に対し、

 「クマがどれだけ危険なのか、現実を分かっていない人が多い。人間の命がかかっているのに、クマはかわいい、だとか、クマが可哀想だとか、もうガッカリを通り越して、参ったという感じだ」

と嘆く。批判の中には麻酔銃を使え、山に誘導すればいい、といったものがあるが、どれも突然民家近くに現れた野生のクマに対しては机上の空論だと打ち明ける。

 かつては里を荒らし、人間の命を脅かすクマを仕留めたハンターはちょっとした英雄だった。現在は批判の対象になる場合がある。大日本猟友会の会員数は一時期40万人いたが、現在は10万人を切った。それは若い人が参加しなくなったからだ。日当が千円ということもあり、「割に合わない」と考えるようになったからだという。

 「このまま減り続ければ10年後に困った状況になる。誰が害獣から住民を守るのかという心配事が迫っているんです」

 そう大日本猟友会では話している。
 「どうして殺傷したんだ」と、何も知らぬくせに言うなよ、と思いますね。「他の方法は無かったのか」というならば、ではそれ以外の有効な方法を提示しろよ、としか思わない。行政は、こんなヒマつぶしの人間相手に、まじめに対応しなくてよろしい。時間、ひいては税金の無駄でしかない。
 日本は、いつの間に、地道に苦悩し努力し続ける人間を、そうでない安易で無知な人間が誹謗中傷しても恥と思わないような人が増えてきてしまったのでしょう。

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