自然も歴史も大好き『マッターホルン』男の旅日記【待った・放るん】

僕の合言葉は、『いつも 、げ・ん・きぃ〜♪』・『みんな、げんきぃ〜☆彡』・・・^〜^v

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今日は、23日


三のつく日は、ミンミンの日


職場の仲間と100円の餃子で


明けまして おめでとうございます


(笑)

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〔『水面絵(on the surface of the canal)』:『アムステルダム(Amsterdam)』にて〕

 
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10-02.『最後の朝(the last Morning)』【後編】:朝日に輝く跳ね橋のある運河の街『アムステルダム(Amsterdam)』・・・^〜^!:『アムステルダム(Amsterdam)』にて〔2011.05.08〕


運河の国『オランダ王国(Koninkrijk der Nederlanden)』、


憲法上の首都であり、商業および観光の中心の運河の街『アムステルダム(Amsterdam)』。


アムステルダムの最後の朝は、


今回の母と英国・オランダの旅の欧州最後の朝。


朝陽に輝く運河に架かる跳ね橋のある街を


名残惜しい今も17世紀の栄華の街並を、


心に焼き付けるように散策した


静かな運河の水面に映る跳ね橋のある街の風景。


 【前編】につづき、


 【後編】もたっぷり、心いくまで...


ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v


【訪問時期:2011.04.29-05.09】




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【アムステルダム】は、

13世紀に漁村として築かれた。

伝説によれば、犬を連れて小さなボートに乗った2人の猟師が、

アムステル川の川岸に上陸して築いたということになっている。

アムステル川をせき止めた(アムステルのダム:Dam in the Amstel)というのが街の名前の由来。

1300年(または1301年)に自由都市となり、14世紀にはハンザ同盟との貿易により発展した。
...

17世紀はアムステルダムの黄金の時代と考えられている。

17世紀初頭、アムステルダムは世界で最も裕福な都市であった。

アムステルダムの港を発する商船は、北アメリカ大陸やアフリカ大陸を始め、

現在のインドネシアやブラジルまで含めた広大なネットワークを築いていた。

アムステルダムの貿易商はオランダ東インド会社(VOC)や

オランダ西インド会社(WIC)の主要な地位を占めていた。

これらの特許会社は後世のオランダ植民地を形成する海外権益の基礎となった。

アムステルダムは欧州で最も重要な交易市場であり、

世界を牽引するファイナンシャル・センターであった。

アムステルダム証券取引所は世界初の常設取引所でもあった。
...

第二次世界大戦では、1940年5月10日にナチス・ドイツがオランダに電撃侵攻し、

たった5日の戦闘で占領された。

ドイツは国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の友党的存在のオランダ・ナチスによる文民政権を

アムステルダムに発足させ、占領政策に協力させた。

戦争の最後の1ヶ月間は通信手段が全て奪われ、食料と燃料の供給も絶たれた。

沢山の住民が食料を得るため農村に向かった。

犬や猫、砂糖大根までもが生きるために食料とされた。

アムステルダム市内のほとんどの樹木は切り倒され燃料とされた。

また収容所送りになったユダヤ人が住んでいたアパートは取り壊され、木材は燃料とされた。




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