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〔『楼門』:『筥崎宮』(はこざきぐう):(福岡県福岡市東区箱崎一丁目22-1)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2-2.『筥崎宮』(はこざきぐう):『元寇』の際に『亀山上皇』が「敵国降伏」を祈願し、神門(桜門)に扁額が掲げられた八幡宮で一休み・・・^〜^v:(志賀島〜筥崎宮〜天神)〔2016.08.31〕 おはようございます^^v 先日(8/30-9/1)のチャリンコ担いでの旅:二泊三日佐賀・福岡 第二日目のお目当ては、 長年の懸案の場所『志賀島』(しかのしま)☆彡、 玄界灘に突き出したような周囲約10kmの『志賀島』、 一周したころ、空模様が怪しくなってきたので、 この日の宿のある天神に向けて 折り返し来た道を☆彡 その道中にあるのが、 巨大な石造一ノ鳥居と高灯籠が迎える 『筥崎宮』(はこざきぐう)☆彡 『元寇』の際に『亀山上皇』が 「敵国降伏」を祈願し、 神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられた 創建が延喜21年(921年)の筑前国一宮☆彡 それでは、夕刻近くの静かなの境内さんぽと 入社当時、研修の先生だった大先輩と 天神での再会の一コマを・・・・☆彡 . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 本殿、拝殿 延喜21年(921年)6月に藤原真材により創建される。戦国時代に戦火兵乱により荒廃してのち、大宰大弐大内義隆により天文15年(1546年)に再建。本殿は46坪、桧皮葺の流造様式で左右に縋造車寄がある。拝殿は桧皮葺の切妻造・二重虹梁・蟇股。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 楼門 小早川隆景により文禄3年(1594年)に建立。三間一戸の入母屋造。扉の桐紋彫刻は左甚五郎の作といわれる。「敵國降伏」の扁額は亀山上皇によって奉納された醍醐天皇の宸筆とされる。広瀬淡窓の「筑前城下作」の詩の伏敵門はこの楼門を指す。一般の参拝はこの楼門の下で行なわれる。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 神木「筥松」 楼門の右手の朱の玉垣で囲まれる松の木。神功皇后が応神天皇を出産した際、胞衣(えな)を箱に入れてこの地に納め、印として植えられたのがこの「筥松」と言われる。「筥崎(箱崎)」の名称はこの胞衣を納めた箱に由来する 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 博多湾からは本殿まで長大な参道が続く。参道の手前の箱崎浜一体は、以前は白砂青松とうたわれた美しい海岸線を誇っていたが、博多港修築により1936年には護岸整備され、現在では北側に箱崎埠頭、南側に東浜埠頭と博多港の倉庫などの施設が並び姿を一変させている。参道の先の海岸は清めの真砂(まさご)を貰い受ける「お汐井とり」が行なえるよう砂地が整備されている。 筥崎宮(はこざきぐう)は、福岡県福岡市東区箱崎にある神社。 式内社(名神大社)、筑前国一宮。 旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 別称として筥崎八幡宮(はこざきはちまんぐう)とも呼ばれる。 京都府八幡市の石清水八幡宮、大分県宇佐市の宇佐神宮とともに日本三大八幡宮の一つ。 |
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