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『山形県鶴岡市』から、こんばんは^〜^v 三泊した『鳥海山』の四合目にある『国民宿舎』から、 今夜は『山形県鶴岡市』のビジホでお泊り☆彡 やっとインターネット出来るようになりましたので、 二日前の『鳥海山』ですが、旅先からの投稿記事を お楽しみください・・・^〜^v 鳥海山(ちょうかいさん、ちょうかいざん)は、山形県と秋田県に跨がる標高2,236mの活火山。山頂に雪が積もった姿が富士山に類似しているため、出羽富士(でわふじ)とも呼ばれ親しまれている。秋田県では秋田富士(あきたふじ)、山形県では庄内富士(しょうないふじ)とも呼ばれている。古くからの名では鳥見山(とりみやま)という。鳥海国定公園に属する。日本百名山[3]・日本百景の一つ。2007年(平成19年)に日本の地質百選に選定された。2009年(平成21年)に国史跡「鳥海山」として指定された。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E6%B5%B7%E5%B1%B1 |
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2018年10月24日
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〔『太鼓山』(たいこやま)【コッコデショ】:『椛島町』(かばしままち):『平成30年長崎くんち』:『鎮西大社諏訪神社』(長崎県長崎市上西山町18-15)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 4-7.『平成30年長崎くんち』:『椛島町(かばしままち):笠鉾・太鼓山(たいこやま)【コッコデショ】』:『鎮西大社諏訪神社』(長崎県長崎市上西山町18-15) 〔2018.10.07〕 第四目(10/7)の旅日記^^v この日は、『平成30年長崎くんち』の『前日』(まえび:1日目)、 あさイチで向かった先は、 七年毎に各踊り町が演し物を奉納する『諏訪神社』☆彡 神社の石階段の正面席から、 豪華絢爛な長崎の伝統美を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v おつぎは、お待ちかねの 『椛島町(かばしままち):笠鉾・太鼓山(たいこやま)【コッコデショ】』を 二編にわたって、たっぷりお楽しみください(^^♪ . 【つづく】 コッコデショ 樺島町が寛政11年(1799年)より、上町が平成28年(2016年)に奉納している演し物である。正式には太鼓山という名称で、コッコデショは担ぐときの掛け声から来ている。江戸時代、長崎で陸揚げされた貿易品は堺商人の廻船で全国に運ばれており、商船の船頭や水夫は樺島町の宿を定宿としていた。この船頭衆から堺壇尻や各地の踊りが伝わり、各地の要素が合わさって樺島町独自の演し物になったと考えられている。太鼓山は船、采振りは船頭、踊りは船や波の動きを表している。 山車は担ぎ屋台となっており、4本の担ぎ棒に大太鼓を囲む櫓を組み、その上に5色の大座布団を載せて屋根としている。太鼓の四方には、赤い投げ頭巾を被った4人の男の子が座り、演技に合わせて太鼓を叩く。担ぎ棒に采振り4人を載せ、担ぎ手が足元を抑え、采振りが体を逸らし、大きく采を振って「ホーライエ」を歌いながら入場する。 踊りは太鼓山が長坂に向けて突っ込む「トバセ」、掛け声に合わせて山車を天空に投げて片手で受け止める「コッコデショ」、踊り馬場の中央で山車を回転させる「マワセ」、再び山車を投げる「コッコデショ」で1回が構成され、これが4回繰り返される。2回目の演技が終えたところで一旦退場しかけ、観客の「モッテコイ」に応えて3回目を行う。3回目の途中の「コッコデショ」で担ぎ手は一斉にに法被を投げ上げ、更に4回目の演技を終えたところで退場する。 退場する際は再び采振り4人を担ぎ棒に乗せ、「ホーライエ」を歌いながら踊り馬場を後にする[9]。 構成 総指揮1名 指揮1名 長采3名 棒先(指揮が指示する方向に1〜8番棒の先端の縄を引っ張る)8名 采振り(コッコデショの周りで采を振る)4名 太鼓山(櫓の上で太鼓をたたく)2班4名ずつ 担ぎ手(山車を肩に担ぐ)36名 |
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