3-1『北口本宮冨士浅間神社』:『世界遺産』にも登録された『富士山』への登山口の基点にあたる『諏訪の森』の鎮座する歴史的な神社を訪ねて・・・^〜^v:(山梨県富士吉田市上吉田)〔2018.11.18〕
|
〔『北口本宮冨士浅間神社』(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ):(山梨県富士吉田市上吉田5558)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 3-1『北口本宮冨士浅間神社』:『世界遺産』にも登録された『富士山』への登山口の基点にあたる『諏訪の森』の鎮座する歴史的な神社を訪ねて・・・^〜^v:(山梨県富士吉田市上吉田5558)〔2018.11.18〕 【一か月前の(11/16-11/19)の東京・神奈川・山梨の徘徊旅日記】 第三日(11/18)は、『世界遺産』にも登録された『富士山』山頂への歴史的な『吉田口登山道』 その登山口『吉田口』がある『諏訪の森』に鎮座する 『北口本宮冨士浅間神社』(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)へ☆彡 『富士登山』の全登山者の六割以上が利用する 『富士スバルライン』五合目(1964年(昭和39年)開通)を出発する『吉田ルート』が 六合目で合流する『吉田口登山道』の出発点☆彡 古くから『北口』とも呼ばれ、 すでに平安時代から鎌倉時代に開かれ、 江戸時代には富士講で繁栄した古来の『吉田口登山道』は、 基点の『北口本宮冨士浅間神社』から『富士山』頂上までの全域が 世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の一部に登録されている☆彡 それでは、世界文化遺産にも登録された 境内をご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 全国にある浅間神社の一社である。「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産のひとつである「富士山域」の一部として世界文化遺産に登録されている。 現在当社は浅間神社であり祭神も木花開耶姫命を主祭神としているが、当初は諏訪神社であったと考えられている。永禄4年(1561年)の信玄による富士権現造営が現在の北口本宮冨士浅間神社の元になるものであるとし、それ以前は諏訪社のみが鎮座していたとする。 富士登山道の吉田口の起点にあたる。江戸時代には富士講が流行し、周辺には御師の宿坊が百軒近く立ち並んだこともあるが、これは神社に属さない独自の宗教活動であった。昭和初期には神社北の裏手から登山バス浅間神社 - 馬返線が運行していた。 明治初期、のちに扶桑教を起こす宍野半は北口本宮冨士浅間神社の社司と富士山本宮浅間大社宮司を兼務していた。そのため隣接地には扶桑教元祠があり、現在も扶桑教ではここから北口本宮内の吉田口登山道を登って頂上に至り、富士宮口登山道を下って浅間大社まで参拝している。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%8F%A3%E6%9C%AC%E5%AE%AE%E5%86%A8%E5%A3%AB%E6%B5%85%E9%96%93%E7%A5%9E%E7%A4%BE |





