3.【万博公園・日本庭園】『泉・滝』:『深山の泉』と『木漏れ日の滝』を源する水の流れと供に、「栄枯盛衰」を味わう・・・^^v:『万国博覧会記念公園』(吹田市千里万博公園1-1)〔2018.12.13〕
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〔『名残もみじ』:『滝』・『日本庭園』:『万国博覧会記念公園』(大阪府吹田市千里万博公園1-1)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 3.【万博公園・日本庭園】『泉・滝』:『深山の泉』と『木漏れ日の滝』を源する水の流れと供に、「栄枯盛衰」を味わう・・・^^v:『万国博覧会記念公園』(大阪府吹田市千里万博公園1-1)〔2018.12.13〕 平成最後の年とも言われる今年、 『平成30年』もあと9日に・・・@^@! さて、紅葉後の様子が気になって先日出かけた(12/13) ご近所『万博公園・日本庭園』の季節便り^^v 秋本番には見事な紅葉・黄葉を楽しませてくれた苑内の今は、、 満開の山茶花が元気いっぱいに 晩秋の名残と初春の期待を支えています☆彡 それでは、『深山の泉』と『木漏れ日の滝』を源する水の流れと供に、 春への希望を咲き誇る山茶花と晩秋の思い出を味わいながら ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . . 【つづく】 【万国博覧会記念公園】 北原白秋作詞・成田為三作曲 赤い鳥 小鳥 なぜなぜ赤い 赤い実を食べた 白い鳥 小鳥 なぜなぜ白い 白い実を食べた 青い鳥 小鳥 なぜなぜ青い 青い実を食べた 【解説】 北原白秋が小田原に居を移した1918年(大正7)、夏目漱石門下の小説家として知られていた鈴木三重吉が独自に雑誌「赤い鳥」を創刊します。
三重吉は白秋に童謡の部を 担当するよう依頼します。これで白秋は長い間の窮乏生活から救われるここととなりました。
ねんねの寝た間に、白秋は伝統的なわらべ歌の味わいを大切にしつつ当時の読者に対応しうる新しさを出すことに努めました。 中でも「赤い鳥小鳥」を「私の童謡の本源である」とまで言っています。 北海道帯広に伝わる子守唄をヒントに創作されたといいます。
何しょいの。
いや、赤い実を食べたからって色素が染み出して産毛まで赤くなるなんて、そんなバカな、などと理屈を言ったらダメですね。小豆(あずき)餅の、 橡(とち)餅や。 赤い山へ持ってゆけば、赤い鳥がつつく。 青い山へ持ってゆけば、青い鳥がつつく。 白い山へ持ってゆけば、白い鳥がつつく。 赤い実を食べたから赤い鳥になった、この単純明快な、わかいやすい発想が、子供らしく素晴らしいのです。
残念ながら白秋と三重吉のコンビはお酒の上での口論がもとで破綻してしまいますが、 その15年間(1918-1933)に「砂山(1922)」「からたちの花(1924)」「この道(1926)」をはじめとした名作が世に送り出されたのです。
出典: https://hakusyu.net/Entry/81/白秋がその境内に「木菟(みみづく)の家」を建てて住んでいた小田原の伝肇寺(でんじょうじ)には 「赤い鳥小鳥」の碑があります。 |





