|
〔『天井絵』:『湧井戸地蔵尊』(大阪府泉大津市我孫子525)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『ロシア兵墓地』と『泉穴師神社』他:墓地の一角を異国で亡くなったロシア兵に提供した慈悲深い町を歴史さんぽ・・・^〜^v:(大阪府泉大津市)〔2018.09.15〕 最近出歩くことも少なくネタ切れになってしまったので、 昨年の(9/15)の記事の続きを少し連載いたします! 歴史散歩好きな元同僚の企画案内による『泉大津市』歴史さんぽ、 『泉大津市』の歴史的スポットをブラタモリ^^v 南海電車『泉大津駅』駅前広場からスタートし、 江戸時代の家並みが残る『浜街道』周辺を経て、 異国の地で寂しく死んでいった『日露戦争』の『ロシア兵』捕虜たちに、 自分たちの墓地の一角を提供して弔った『ロシア兵墓地』、 太古の時代から地元の守り神として続く『泉穴師神社』と その近くの歴史的なスポットをご紹介いたします・・・^〜^v . 【つづく】 ロシア兵墓地 明治37年〜38年、多くのロシア兵が日露戦争で捕虜となって日本各地に収容され、高石の海岸につくられた収容所にも、多いときには2万人もの捕虜が収容されていました。地区の住民が異国の地で寂しく死んでいった兵士のために、自分たちの墓地のうち約600平方メートルを提供して造り、現在も春日町墓地の中に89基の墓石が並んでいます。 また、墓地の中央付近には、当時のロシア政府によって建てられた五稜の石碑があり、ロシア語など5か国語で「御霊よ、安らかなれ」と刻まれています。 出典: http://www.city.izumiotsu.lg.jp/kakuka/sogoseisaku/hishokoho/tantougyoumu/shinainomeishokyuuseki/roshiaheibochi.html 泉穴師神社(豊中) 市内にある最大の神社で、天武白鳳元年(672年)の創建と伝えられています。本殿、摂社住吉神社本殿、春日神社本殿は重要文化財に指定されています。なかでも、住吉神社本殿は文永10年(1273年)の建立で、府内最古の神社本殿と言われています。本殿および春日神社本殿は、慶長7年(1602年)、豊臣秀頼が片桐且元を奉行として改築を行ったものです。拝殿も慶長ごろの建立で、その前に建つ二基の石鳥居とともに、市の指定有形文化財です。 神社境内は多くの樹木でおおわれていますが、高さ20〜33mに達するクスノキ12本は、市指定天然記念物です。これらのクスノキ大木群を含む神社の景観は、江戸時代と大きく変わらず、往時の姿を色濃くとどめています。 出典: http://www.city.izumiotsu.lg.jp/kakuka/sogoseisaku/hishokoho/tantougyoumu/shinainomeishokyuuseki/izumianashijinnjya.html 穴師薬師堂(我孫子) 後村上天皇の時代から歴代天皇の勅願所となり、七堂伽藍を備えた泉穴師神社の神宮寺として栄えましたが、再三にわたり兵火にあい、現在は昭和40年に再建された小堂だけが残っています。内部に、薬師如来像と十二神将像、市指定有形文化財に指定された四天王像が安置されています。 出典: http://www.city.izumiotsu.lg.jp/kakuka/sogoseisaku/hishokoho/tantougyoumu/shinainomeishokyuuseki/anashiyakushidou.html |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





