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〔『桜花爛漫』:『高瀬川』・『四条小橋』(京都府京都市下京区真町)付近にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 5[完].『曼殊院』・『高瀬川』:『京都薬草園』の帰り道、お隣の『曼殊院』(まんしゅいん)の門前から、いつものお店で餃子とビール、『高瀬川』川端をほろ酔いのお花見さんぽ・・・^^v:〔2019.04.01〕 京都・洛北、比叡山の麓にある僕のお気に入りのスポット 『武田薬品工業株式会社』の『京都薬用植物園』で、 世界に誇る約560品種の茶花『ツバキ』を堪能した帰り道☆彡 植物園のお隣、秋には『紅葉』の名所で賑わう 門跡寺院の『曼殊院』(まんしゅいん)の門前から、 京都市バスのバス停『一乗寺下り松町』へ! 市バスは『河原町三条』で下車し、 いつものお店で餃子とビールで乾杯、 ほろ酔いで『高瀬川』の川端を 満開直前のお花見さんぽ・・・^〜^v . 【完】 曼殊院(まんしゅいん)は京都市左京区一乗寺にある天台宗の仏教寺院である。山号はなし。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は是算(ぜさん)である。竹内門跡とも呼ばれる門跡寺院(皇族・貴族の子弟が代々住持となる別格寺院のこと)であり、青蓮院、三千院(梶井門跡)、妙法院、毘沙門堂門跡と並び、天台五門跡の1つに数えられる。国宝の黄不動画像や曼殊院本古今和歌集をはじめ、多くの文化財を有する。近畿三十六不動尊第十七番。 境内は比叡山西麓に位置する。入口である勅使門の左右の塀は5本の水平の筋が入った築地塀で、門跡寺院としての格式の高さを表している。主要な建物としては玄関、大書院、小書院、庫裏、護摩堂などがある。もとは宸殿と呼ばれる建物に本尊が安置され、本堂の役割をしていたが、宸殿は明治5年(1872年)、京都府療病院(京都府立病院の前身)建築時に寄付され、本尊などの仏像は大書院の仏間に移されている。枯山水庭園は小堀遠州の作といわれるが、遠州は曼殊院の当地移転以前の正保4年(1647年)に没しており、実際の作庭者は不明である。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BC%E6%AE%8A%E9%99%A2 【一乗寺下り松】(いちじょうじ さがりまつ:京都市左京区一乗寺花ノ木町) 一乗寺下り松(いちじょうじ さがりまつ)とは、京都市左京区一乗寺花ノ木町にある松の木、またはその場所を示す名称。曼殊院道と狸谷不動明王道が分岐する場所にある。 平安時代の昔から、近江から京に通じる交通の要衝にあり、旅人の目印として植え継がれてきた松で、現在の松は4代目である。平安時代中期から南北朝時代頃までこの地にあった一乗寺にちなんで名付けられている。 江戸時代初期、宮本武蔵が吉岡一門数十人と決闘を行った伝説(異説では北野七本松とも)でも有名で、1964年の映画「宮本武蔵 一乗寺の決斗」の舞台でもある。宮本武蔵が決闘に向かう途中立ち寄った八大神社は250m程東にある。 現地には松及び『宮本 吉岡 決闘之地』碑があり、隣接して『大楠公戦陣蹟』碑(足利尊氏と戦った楠木正成の陣所跡)が建てられている。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E4%B9%97%E5%AF%BA%E4%B8%8B%E3%82%8A%E6%9D%BE 高瀬川(たかせがわ)は、江戸時代初期(1611年)に角倉了以・素庵父子によって、京都の中心部と伏見を結ぶために物流用に開削された運河である。 開削から大正9年(1920年)までの約300年間京都・伏見間の水運に用いられた。名称はこの水運に用いる「高瀬舟」にちなんでいる。 現在は鴨川によって京都側と伏見側に分断されており、上流側を高瀬川、下流側を東高瀬川、新高瀬川と呼ぶ。京都中心部三条から四条あたりにかけての高瀬川周辺は京都の歓楽街の一つとなっており、また桜の名所ともなっている。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%80%AC%E5%B7%9D_(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%BA%9C) |
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2019年04月10日
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5-2『白鷹山』(しらたかやま:994m):農業・養蚕の神として山岳信仰の対象とされ、『日本五大虚空蔵』のひとつ『福満大虚空蔵尊』が安置される山頂に、春雪さんぽ・・・^〜^v:〔2019.03.06〕
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〔『白鷹山虚空蔵堂』:『白鷹山』(しらたかやま:994m)(山形県白鷹町・山辺町・南陽市)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 5-2『白鷹山』(しらたかやま:994m):農業・養蚕の神として山岳信仰の対象とされ、『日本五大虚空蔵』のひとつとされる『福満大虚空蔵尊』が安置される山頂に、春雪さんぽ・・・^〜^v:(山形県白鷹町・山辺町・南陽市)〔2019.03.06〕 一か月ほども前(3/2-3/7)に出掛けた五泊六日の『冬の山形の旅日記』☆彡 テーマは、【晩冬の山形の山々を雪さんぽ】 第五日目(3/6)は、、『曇り』の天気予報! 朝から、白いものも混じる小雨になりましたが、 お昼頃から、お天気は回復してきましたので、 近場の里山『白鷹山』(しらたかやま:994m)へ☆彡 とりあえず、下見のつもり『嶽原登山口』から ツボ足さんぽを始めましたが、気が付けば初登頂^^v この山は、100 〜 80万年前に活動した火山で、 白鷹火山群の外輪山の主峰で、 雪の下には、溶岩や溶岩ドーム、火砕岩などを見ることができるとのことです! それでは、今回の旅最後の雪山さんぽを、 ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v 白鷹山の歴史は、奈良時代から始まる。高僧行基がこの地を訪れた時、白い鷹が飛来し、そこに虚空蔵菩薩が顕現したという。そこで山頂に虚空蔵菩薩を祀り、この山を「白鷹山」と命名したという伝説がある。白い鷹の棲む霊山として信仰を集めたのである。また、冬に雪を抱いた姿が羽を広げた鷹に見えることから名付けられた説もある。 麓の白鷹峠は、米沢に領した伊達氏、上杉氏にとっては重要な交通路であり、関ヶ原の戦いと同時期に行われた慶長出羽合戦では凄絶な退却戦の舞台となった。 江戸時代には、米沢城東北の鬼門守護として米沢藩より大切にされた。倹約経営で有名な米沢藩主、上杉治憲(上杉鷹山)の「鷹山」という隠居後の号は、白鷹山から採られたとされる。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%B7%B9%E5%B1%B1 |
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〔『衣笠』(きぬがさ):『桜の通り抜け』:『造幣局』(大阪府大阪市北区天満1-1-79)にて〕 京都平野神社境内にあった一重桜で、花は淡紅色である。神社の後方には、衣笠山と呼ばれる山があり、発祥地との説もある。 本数:2本 出典: https://www.mint.go.jp/enjoy/toorinuke/osaka_list_of_cherry_blossom_index.html 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2『桜の通り抜け’2019』:大阪の桜の花まつり、青空に映える桜花てんこ盛りの開幕で始まりはじまり☆彡:『造幣局』(大阪府大阪市北区天満1-1-79)〔2019.04.09〕 今年も昨日(4/9)始まった、造幣局の『桜の通り抜け』、 さっそくあさイチで出かけてきました! 平成最後の『造幣局:桜の通り抜け』は、、 🌸平成31年4月9日(火曜日)から4月15日(月曜日)までの7日間🌸 天候にも恵まれ、青空に映える桜花たち、 こんなに素晴らしいスタートは、滅多にない素敵な桜花との出逢い! 今年は、花冷えで開花の遅れが心配でしたが、 造幣局のHPによれば、『3分咲き』とのこと。 さっそく、今年の『通り抜け』の初日の午前の様子を ご紹介いたします^^v 『通り抜け』の通り、一方通行で『南門』(天満橋側)から 『北門』(桜宮橋側)への約560メートルを ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 |
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