|
. 神奈川県川崎市から、こんにちは^^v 昨日は、この春 神奈川県に引っ越しした孫の運動家参観☆彡 素晴らしい五月晴れで、初夏のような春の運動会 子供たちの熱い一日を楽しませていただきました! |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2019年05月26日
全1ページ
[1]
|
〔『荒神谷遺蹟』(こうじんだにいせき):『荒神谷史跡公園』(島根県出雲市斐川町神庭873−8)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 3-2[完].『荒神谷遺蹟』(こうじんだにいせき):神話の国という古代出雲のイメージが払拭された、一か所から銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が出土した遺蹟さんぽ・・・^〜^v :『荒神谷史跡公園』(島根県出雲市斐川町神庭873−8)〔2019.04.23〕 平成最後の一か月前(4/21-4/23)の旅日記、 【級友の里帰りに合わせた出雲路めぐり】・・・! 第三日目(4/23)は、午後の高速バスで帰宅の移動日☆彡 約半日の限られた時間でしたが、 『出雲大社』の北側、『島根半島』の西端近くの里山 『弥山』(506m)を初登頂したあと、 向かった先は『荒神谷史跡公園』^^v ここには、銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本もが、 一か所から一度に出土した『荒神谷遺蹟』があります! 高速バスまでの短い時間でしたが、 級友の案内でしっかり見届けてきました☆彡 それでは、今回の旅日記の最終編を 史跡としての指定名称は「荒神谷遺跡」であるが、地名を冠して「神庭荒神谷遺跡」とも呼ばれる。 1983年(昭和58年)広域農道(愛称・出雲ロマン街道)の建設に伴い遺跡調査が行われた。この際に調査員が古墳時代の須恵器の破片を発見したことから発掘調査が開始された。1984年 - 1985年(昭和59-昭和60年)の2か年の発掘調査で、銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が出土した。銅剣は1985年に国の重要文化財に指定され、銅鐸・銅矛は1987年(昭和62年)に追加指定されていたが、1998年(平成10年)に一括して「島根県荒神谷遺跡出土品」として国宝に指定されている[1]。遺跡自体は1987年に国の史跡に指定された。斐川町(現:出雲市)が中心となり1995年(平成7年)に遺跡一帯に「荒神谷史跡公園」が整備され、2005年(平成17年)には公園内に「荒神谷博物館」が開館した。出土品は国(文化庁)が所有し、2007年(平成19年)3月に出雲市大社町杵築東に開館した「島根県立古代出雲歴史博物館」に常設展示されている。なお、上述の荒神谷博物館においても、特別展などで出土品の展示が行われることがある[2]。 銅剣の一箇所からの出土数としては最多であり、この遺跡の発見は日本古代史学・考古学界に大きな衝撃を与えた。これにより、実体の分からない神話の国という古代出雲のイメージは払拭された。その後の加茂岩倉遺跡の発見により、古代出雲の勢力を解明する重要な手がかりとしての重要性はさらに高まった。出土した青銅器の製作年代等については下記の通りであるが、これらが埋納された年代は現在のところ特定できていない。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%92%E7%A5%9E%E8%B0%B7%E9%81%BA%E8%B7%A1 |
全1ページ
[1]





