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〔『千々石ミゲル像』(ちぢわ ミゲル):『千々石三大先人』:『雲仙市千々石総合支所』(旧千々石町役場)(長崎県雲仙市千々石町戊582)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 2-1.『島原半島西部を歴史さんぽ』:『天正遣欧使節』の一人『千々石ミゲル』に導かれ『千々石三大先人の像に出逢う・・・^〜^v: 『雲仙市千々石総合支所』(旧千々石町役場)(長崎県雲仙市千々石町戊582)〔2019.02.08〕 先日の『Yahoo!ブログ サービス終了のお知らせ』から もっぱらの話題は、ブログ移行ですが、、 僕の記事は、それ以前の『冬の長崎の旅』(笑) さて、『ランタンフェスティバル』の翌日は、 滞在先の『雲仙市お試し住宅』(長崎県雲仙市南串山町甲1143番地)を中心に 『島原半島西部』をすこし歴史さんぽ☆彡 その昔、『天正遣欧少年使節』(てんしょうけんおうしょうねんしせつ)として 1582年(天正10年)にローマへ派遣された4名の少年のひとり 『千々石ミゲル』(ちぢわ ミゲル)生誕の地として伝わる 『千々石町』の旧町役場(現在:雲仙市千々石総合支所)の前に 『千々石三大先人』の先頭に立つ『千々石ミゲル像』にご挨拶^^v その後、2008年(平成20年)3月末日まで 『島原鉄道島原鉄道線』の終着駅だった『加津佐駅』(かづさえき)跡へ、 かつては、地元の人たちと目の前の『前浜海水浴場』への足と 活躍した駅は、レールもなく駅舎もなく、 コンクリート製のプラットホームに直接書かれた 鮮やかな青色の『ワンマン上りのりば』だけ・・・! それでは、ささやかな『島原半島西部の歴史さんぽ』を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 千々石町(ちぢわちょう)は、長崎県の島原半島にあった町。南高来郡に属していた。 2005年10月11日に周辺6町と新設合併し、雲仙市として市制を施行したため、自治体としては消滅した。 現在の雲仙市内における千々石町の地域にあたる。旧町役場は千々石総合支所として業務が行われている。 島原半島の北西部に位置する。吾妻岳などをはじめとした雲仙山系の山々に三方を囲まれ、西方は橘湾に面する。 「千々石」の地名の由来は、高来郡西北に比遅波(ひじは)とよばれる断崖があり、付近にあった池を土歯(ひじは)池といった。この「ひじは」が転訛して千々石といわれるようになったとされる。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、南高来郡千々石村が単独村制にて発足。 1928年(昭和3年)11月1日 - 千々石村が町制施行。千々石町となる[2]。 2005年(平成17年)10月11日 - 国見町、瑞穂町、吾妻町、愛野町、小浜町、南串山町と合併し市制施行。雲仙市が発足し、千々石町は自治体として消滅。 名を行政区域とする。千々石町は1889年の町村制施行時に単独で自治体として発足したため、大字は無し。(発足当初は千々石村) なお、千々石町では名の名称を十干に置き換えて表記する。 甲 / 北舟津名 乙 / 南舟津名 丙 / 下峰名 丁 / 上峰名 戊 / 野田名 己 / 小倉名 庚 / 木場名(こば) 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E3%80%85%E7%9F%B3%E7%94%BA 【駅舎】(2008年撮影) 【駅構内と隣接するバンガロー村】(2007年撮影) 加津佐駅(かづさえき)は、長崎県南島原市加津佐町水下津にあった島原鉄道島原鉄道線の駅(廃駅)である。同線の終着駅であった。 営業最終年度である2007年度の年間乗車人員は24,549人、降車人員は21,933人であった。 1928年(昭和3年)2月25日 - 口之津鉄道の駅として開業。 1943年(昭和18年)7月1日 - 会社合併により、島原鉄道の駅となる。 1984年(昭和59年)10月1日 - 貨物取扱廃止。 1985年(昭和60年)4月23日 - 新駅舎竣工。 2005年(平成17年)4月 - 無人化。 2008年(平成20年) 3月1日 - 3月31日 - 廃止に伴って一時的に有人化。 4月1日 - 島原外港 - 当駅間の廃線により廃駅となる。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E6%B4%A5%E4%BD%90%E9%A7%85 |
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