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〔今年の花『紅手毬』(べにてまり):『桜の通り抜け』:『造幣局』(大阪府大阪市北区天満1-1-79)にて〕 小手毬と同様であるが、花が赤い手毬の状態となるところから、この名が付けられた。 本数:6本 出典: https://www.mint.go.jp/enjoy/toorinuke/osaka_list_of_cherry_blossom_index.html 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1『桜の通り抜け’2019』:天候にも恵まれ、青空に映える桜花てんこ盛りの開幕で始まりはじまり☆彡:『造幣局』(大阪府大阪市北区天満1-1-79)〔2019.04.09〕 今朝から始まった、大阪の春の祭典『桜の通り抜け』、 さっそくあさイチで出かけてきました! 平成最後の『造幣局:桜の通り抜け』は、、 🌸平成31年4月9日(火曜日)から4月15日(月曜日)までの7日間🌸 そして、今年の花は『紅手毬』(べにてまり)☆彡 天候にも恵まれ、青空に映える桜花たち、 こんなに素晴らしいスタートは、初めての好条件! 今年は、花冷えで開花の遅れが心配でしたが、 造幣局のHPによれば、『3分咲き』とのこと。 さっそく、今年の『通り抜け』の初日の午前の様子を ご紹介いたします^^v まずは、今年の花『紅手毬』を、 そして、順路に沿って『南門』(天満橋側)から 『北門』(桜宮橋側)への一方通行(距離約560メートル) 『桜の通り抜けの』をご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 出典: https://www.mint.go.jp/enjoy/toorinuke/sakura_osaka_news_h31.html 🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸 |
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2019年04月09日
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〔『カタクリの花』:『樹木園』・『京都薬用植物園』:『武田薬品工業株式会社』(京都市左京区一乗寺竹ノ内町11番地)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 4.『樹木園』・『展示棟』:『椿山』山頂から下山道は、春の花咲く草木の園、山肌に恥ずかしそうに咲き誇る春の妖精たちとの再会です・・・^^v:『京都薬用植物園』:『武田薬品工業株式会社』(京都市左京区一乗寺竹ノ内町11番地) 〔2019.04.01〕 京都・洛北、比叡山の麓にある僕のお気に入りのスポット 『武田薬品工業株式会社』の『京都薬用植物園』☆彡 普段は、一般公開していない植物園ですが、 四季折々の見頃に、薬用植物を主とした研修会を 企画・募集してくれます^^v 『春の研修会』は、世界に誇る約560品種の茶花『ツバキ』の見ごろに 開催される僕の毎春の楽しみのひとつ! 今年も先日(4/1)に、咲き誇る椿の花園『ツバキ園』を中心に 社員の方々の丁寧な説明とともに 約一時間半の平成最後の『春の研修会』☆彡 遠くに『比叡山』のぞむ、素晴らしい自然環境を活かして、 『椿山』から下山道は、 その周りの山肌に春の花咲く草木の園『樹木園』☆彡 山肌に恥ずかしそうに咲き誇る春の妖精たちとの再会と、 花冷えでストップしてしまった楽しみの桜花に包まれた 明治41年(1908年)、神戸市東灘区に野口孫市氏が設計した建物を活用した 生薬の標本の『展示棟』をお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 |
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〔『済生館』(さいせいかん):『山形市郷土館』:『霞城公園』(かじょうこうえん)(山形県山形市霞城町1−1)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 5-1『済生館』(さいせいかん):明治初期に『山形の宮大工』たちが僅か7ヶ月間で完成させた、素敵な三層楼の擬洋風建築・・・^〜^v:『山形市郷土館』:『霞城公園』(かじょうこうえん)(山形県山形市霞城町1−1)〔2019.03.06〕 一か月ほども前(3/2-3/7)に出掛けた五泊六日の『冬の山形の旅日記』☆彡 テーマは、【晩冬の山形の山々を雪さんぽ】 第五日目(3/6)は、、『曇り』の天気予報! とりあえず、『山形駅』近くの旧山形城跡が整備された 城址公園『霞城公園』(かじょうこうえん)へ☆彡 ここには、とってもステキな明治初期の木造建築物が保存されています! 文明開化の象徴として計画された『山形県立病院』として、 明治11年竣工の三層楼の擬洋風建築『旧済生館本館』です☆彡 今は『山形市郷土館』として活躍していますが 当時『山形の宮大工』たちが、わずか7ヶ月間で完成させたという 素晴らしい力作! 山形の人たちの文明開化の意気込みを、 今も、建物全体から力強く感じることが出来ます^^v 残念ながら、内部の展示物の多くは撮影できませんでしたが、 美しい三階建ての楼閣風の建物を、 ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 霞城公園(かじょうこうえん)は、山形市の中心部にある城址公園。 第二次世界大戦の終戦によって、旧山形城跡に衛戍していた山形歩兵第三十二連隊の敷地は山形市に払い下げられた。市は跡地を各種文化施設の設置のほか、スポーツ公園として整備する方針を決定し、1949年に跡地は霞城公園として市民に開放された。 1978年に立案された30年間にわたる山形市の長期計画である「山形城復元」に沿って、事業の第一弾である東大手門が総事業費11億円を投じ1991年3月に完成した。2006年には本丸の正門に当たる一文字門に架かる大手橋が復元され、さらに2013年には本丸大手門枡形内の高麗門及び土塀が復元の上で、翌年8月から一般公開されている。市は2033年をめどに、本丸全体の発掘調査を完了させるとともに、本丸北枡形の復元を完了することを計画している。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%9E%E5%9F%8E%E5%85%AC%E5%9C%92 「旧済生館本館」は、明治11年9月に竣工した擬洋風の病院建築物です。最初は県立病院として使用され、その後、明治21年に民営移管となり、明治37年からは市立病院済生館の本館として使用されました。創建当時は医学校が併設され、オーストリア人医師・ローレツが近代医学教育の教鞭をとったことでよく知られています。 昭和41年12月5日に国の重要文化財に指定され、それに伴い霞城公園内に移築復元の運びとなりました。昭和44年に移築復元工事が完了し、管理棟を付設のうえ昭和46年に「山形市郷土館」として新たに出発しました。 現在、1・2階を一般に公開し、郷土史・医学関係資料を展示しています。 出典: https://www.city.yamagata-yamagata.lg.jp/shisetsu/sub2/shisetsu_kankobunka/97270yamagatasikyoudokan.html |
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