|
〔鎖橋(Lánchíd)のシンボル・ライオン像・・・〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 8-01.ハンガリーの首都:ブダペスト『最後の日の散策:鎖橋を渡りブダペスト市内で最も古い歴史の「オーブダ地区」へと・・・』〔2008.07〕 ハンガリーの首都:ブダペスト滞在の最終日、明日は空路・ベルリンへ 簡単に朝食をすませ、鎖橋の北側の歩道でドナウ川を渡り ドナウ川沿いに、王宮の丘の北に広がる『オーブダ地区』へ、 この地域は、ブダペスト市内で最も古い歴史を持つ一帯。 古代ローマ時代からの面影も残っている 1220年頃から王宮の丘に城が築かれるまで、 ハンガリーの都として・・・ 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
ブダペスト:2008.07
[ リスト | 詳細 ]
|
〔鎖橋(Lánchíd)から、魅惑の王宮(Királyi Palota)の夜の姿・・・〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 7-08.ハンガリーの首都:ブダペスト『黄昏時の散策:王宮の丘の袂をとおり、鎖橋からホテルへと・・・』〔2008.07〕 黄昏時のドナウ川沿いの散策、 『ゲッレールトの丘(Gellért hegy)』の麓を過ぎ、 『王宮の丘(Vár)』の袂のあたりまで来た時にはすっかり夜景に 対岸の『国会議事堂(Országház)』の威厳ある夜の姿にも敬服し、 ドナウ川に掛かる『鎖橋(Lánchíd)』を、ドナウの快い夜風に吹かれて、 魅惑の夜景に酔いながら、ホテルへと・・・ 部屋には、明日の天気予報の便りが!? 【国会議事堂(Országház)】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1867年、オーストリア・ハンガリー二重帝国の誕生後、 1885年から10年以上の歳月をかけて建てられた、 ドナウ川沿いにそびえ立つ国内最大の建築物です。 全長268m、高さ96m、部屋数は691室、 階段や廊下に敷かれた絨毯は総延長20kmに及びます。 建築様式は19世紀末に流行した、 ゴシック、ネオ・ゴシックとルネサンス様式を混合した折衷主義で、 木材や大理石等の材料は国内外から幅広く取り寄せられました。 大戦後に国外に放出されていましたが、 2000年1月から、中世より引き継がれてきたハンガリーの戴冠式様宝物、 聖イシュトバーン王の王冠などがここに展示されています。 【くさり橋(Lánchíd)】
【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】
1849年、ブダ地区とペスト地区を結ぶ最初の恒久的な橋として、くさり橋がかけられました。 その後1873年には、ブダとペスト、ブダ北方のオーブダが合併し、 首都ブダペストが誕生し、 くさり橋の開通により万全な首都機能を備えた街は、 近代的文化都市へと発展していくことになります。 第二次世界大戦により多大な被害を受けましたが、 1949年に復元し現在の姿に至っています。 もっとも古くもっとも美しい橋として、 くさり橋は街のシンボルであり市民の誇りでもあるといえるでしょう。 【王 宮(Királyi Palota )】 ハンガリーの象徴的建造物の一つである王宮には、 ハンガリーの苦難の歴史が秘められていると言っても 過言ではないでしょう。 13世紀に、ハンガリー王ベーラ4世が モンゴルの来襲を逃れてエステルゴムからこの地に来て以来、 各王が建て直しや増改築を行ってきた王宮は、 ハンガリーがオスマン・トルコ、ハプスブルク家などの他国によって統治される中で、 幾度となく炎上・破壊を被ってきました。 1904年にネオ・バロック様式の王宮として新築されますが、 第二次世界大戦によって破壊され、 50年代に現在のゴシックとバロック様式の混在した形に修復されるも、 1956年のハンガリー動乱で大破してしまいます。 80年代に復旧された王宮には現在は住人はおらず、 ナショナル・ギャラリー、ブダペスト歴史博物館、 国立セーチェニー図書館として公開されています。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【王宮の丘(Vár)】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 王宮の丘はドナウ河岸に広がる丘陵地帯で、 その敷地内にはブダ王宮、マーチャーシュ教会、漁夫の砦、歴史博物館、美術館など 多くのみどころが集まっています。 1988年に世界遺産に登録された王宮の丘は、 この地にハンガリーの王が移り住んだ 13世紀以来の幾度にもわたる紛争や災害にかかわらず、 復旧と修復によって現在でもその美しさを保ち続けており、 情緒あふれる中世の面影を残しています。 石畳に響く小さな足音が、 あなたを悠久の歴史へと誘ってくれることでしょう。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【ホテルにて・・・】 【明日の天気は・・・】 解説の出典:在ハンガリー日本国大使館HP |
|
〔自由橋(Szabadság híd)から、ゲッレールトの丘(Gellért hegy)を望む!〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 7-08.ハンガリーの首都:ブダペスト『黄昏時の散策:自由橋(Szabadság híd)を渡り、ゲッレールトの丘(Gellért hegy)の麓へ・・・』〔2008.07〕 ホテルで午後のひとときをケーキとスパークリング・ワインで補給の後 黄昏時のドナウ川沿いに、散策・・・ 自由橋(Szabadság híd)の袂まで、トラム(路面電車)で そして、丘の向うに沈むすばらしい夕陽を楽しみながら、 ゲッレールトの丘(Gellért hegy)の麓を散策・・・ この付近は、温泉も湧出している場所としても知られ 宮殿のようなゲッレールト温泉が・・・ くさり橋の南隣、その白さが特徴的なエリザベート橋が 建てられたのは1903年。 当時は世界最長の吊り橋として、 約20年間その座を保っていました。 ハンガリー人の間で今でも高い人気を誇る、 ハプスブルク家のエリザベート皇后の名をもつこの橋は、 1945年ドイツ軍によって爆破されましたが、 1964年にそれまでのデザインとは違った 現在の純白でシンプルな姿に再建されました。 出典:在ハンガリー日本国大使館HP ゲッレールトの丘の頂上には、19世紀の独立運動後に、 ハンガリーを監視するためにハプスブルク家が建てた 要塞(ツィタデラ、Citadella)があります。 現在は、ブダとペスト地区、ドナウ川を一度に見渡すことのできる、 標高235mの高台からのパノマラを楽しむ名所になっています。 丘の頂上でやしの葉を掲げ建つ14mの女性像は、 1945年にナチスから街を開放したソ連軍の慰霊碑として建てられました。 体制転換後も、街の景色と一体化したこの像はそのまま残されました。 出典:在ハンガリー日本国大使館HP 元の名はフランツ・ヨーゼフ橋。 皇后エリザベートとは違い、 ハンガリー人からあまり慕われることがなかった フランツ・ヨーゼフ皇帝。 いつしか彼の名を冠した橋は 「自由橋」という名に改められてしまいます。 第二次世界大戦時に、他の橋と同様に破壊されましたが、 最も早く修復され、すべてオリジナルの装飾が復元されました。 緑に色塗られ、ハンガリー国王の紋章や伝説の鳥トゥルルを頂く この芸術性に富んだ美しい橋は、 威厳と優雅さを備えた印象的な建築物となっています。 出典:在ハンガリー日本国大使館HP |
|
〔ホテルで午後のひとときを・・・ 〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 7-07.ハンガリーの首都:ブダペスト『ホテルで、一服・午後のひとときを・・・』〔2008.07〕 『ドナウ川の中洲』のような『マルギット島』の散策から ホテルに帰って来ました。 朝から、近郊電車(HEV)と地下鉄2号線(M2)・1号線(M1)を使っての 市内観光で女房と二人ともお疲れです〜〜〜 ホテルの窓から、『ドナウ川』とその向うの『王宮の丘』を眺めながら 午後のひとときを特製ケーキとハンガリーのスパークリング・ワインで 一休みです・・・ |
|
〔地下鉄一号線:ヴェレシュマルティ・テール駅にて 〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 7-06.ハンガリーの首都:ブダペスト『復路は、近郊電車(HEV)・地下鉄2号線(M2)・地下鉄1号線(M1)で・・・』〔2008.07〕 『ドナウ川の中洲』のような『マルギット島』からの帰路は、 近郊電車(HEV)と地下鉄2号線(M2)・1号線(M1)を 乗り継いで朝出発した『ヴェレシュマルティ・テール駅』へ 歴史あるブダペスト市民の足を効率的に使って『ゆったり市内観光』・・・ ---
|



