|
〔『京極の噴き出し湧水』:『ふきだし公園』:(北海道虻田郡京極町字川西)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 6-1.『ふきだし公園』:桜花満開の『羊蹄山』の伏流水の水辺は、春の妖精たちが活き活き水遊び場・・・^〜^v:(北海道虻田郡京極町字川西)〔2017.05.11〕 もう一か月半も経った連休の終わりの頃に出掛けた 『道南の春を楽しむ級友との二人旅』☆彡 途中、切れ切れでやっと第六日目(5/11)の旅日記、 『ニセコ』の昆布温泉で目覚めた朝は、 あいにくの雨降りでしたが、朝食後にはなんとか止んで、 向かった先は『羊蹄山』(ようていざん)の麓 『京極町』にある『ふきだし公園』☆彡 『羊蹄のふきだし湧水』として名水百選の1つに選定された 日量8万トンもの湧水が噴出公園は、 連休明けのこの時期が満開の桜花、 桜前線とともに、『函館』・『松前』から旅してきた僕たち^^v 公園内にある伏流水の流れは、 春の妖精たちが活き活きと水遊びを楽しむ水辺☆彡 昨週『白山』で再会した『リュウキンカ』(立金花)を大きくした変種『エゾノリュウキンカ』(蝦夷立金花)や 前日『ニセコ』で群生を発見した『ミズバショウ』(水芭蕉)たちも 元気いっぱいの大歓迎・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 エゾノリュウキンカ(蝦夷立金花、学名Caltha palustris var. barthei)は、キンポウゲ科の多年草。 リュウキンカの変種である。 リュウキンカより大型。 本州北部、北海道、樺太、千島、朝鮮北部、ウスリーに分布する。 春、小川沿いなどの水辺や湿地に咲く。 黄色い花が良く目立つ。 食用で、おひたしなどで食べられる。 葉の形がフキに似るので「ヤチブキ」とも呼ばれる。 「ウフトウリ」とも呼ばれ(アイヌ民族の伝統的な料理)ラタシケプの材料にもされた。 ラタシケプrataskep(野草による煮物や和え物) 直訳すれば「混ぜたもの」。 山菜や野菜、豆類を柔らかく汁気が無くなるまで煮込み、軽く潰してから獣脂、魚油、少量の塩で味を整えた料理。 日常食としても作られるが、儀式の供物や振る舞いには欠かせない、ハレ食である。 使用する材料によって限りない種類がある。 ふきだし公園は、北海道虻田郡京極町字川西にある公園である。 羊蹄山の伏流水が湧出する区画を公園として整備し、湧水の採取スペースが設置されている。 1973年(昭和48年)3月30日、北海道より噴出し環境緑地保護地区 (5.72ha) として指定される。 公園の湧水は、1985年(昭和60年)3月に環境庁(現・環境省)より「羊蹄のふきだし湧水」として名水百選の1つに選定された。 1990年(平成2年)には、建設省(現・国土交通省)による手づくり郷土(ふるさと)賞にふきだし公園は「生活を支える自然の水」(30選)の1つとして選定された。 また、京極町は、1996年(平成8年)3月に国土庁(現・国土交通省)より「名水の里きょうごく」として 水の郷百選に選定されており、同町を代表する観光と水の資源として重要な役割を果たしている。 日量8万トンもの湧水は近隣自治体の水源から市販のミネラルウォーターまで幅広く用いられており、2001年(平成13年)10月に「京極のふきだし湧水」として北海道遺産にも選定されている。 |
【北海道の四季さんぽ】
[ リスト | 詳細 ]
|
〔『ミズバショウ』(水芭蕉):(北海道虻田郡ニセコ町)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 5-3.『ニセコ:春の歓び』:厳しい冬を越した春妖精たちが集い・歓ぶ、雪解けのせせらぎ散歩・・・^〜^v:(北海道虻田郡ニセコ町)〔2017.05.10〕 もう一か月以上も前の思い出になりましたが、 連休の終わりの頃(5/10)に出掛けた 『道南の春を楽しむ級友との二人旅』☆彡 第五日目は、道南・桧山の海岸沿いに北上し お宿のある『ニセコ』までの移動日☆彡 僕は、冬期にスキーでしか訪れたことのない『ニセコ』、 今回は、初めての残雪期の春の訪問! スキーシーズンも終わり、 また、新緑にもならない静かな残雪期の『ニセコ』☆彡 道端の雪解けのせせらぎは、 春の妖精たちの集う場所! 春の再会を歓び、あっちこっちで井戸端会議? そして、長い冬の眠りから覚め、 大きく両手を広げストレッチ・・・^^v それでは、色とりどり・姿いろいろな春の妖精たちが集う ニセコの春の気配をご一緒に楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 ミズバショウ(水芭蕉、学名: Lysichiton camtschatcense Schott)は、サトイモ科ミズバショウ属の多年草。 地に自生し発芽直後の葉間中央から純白の仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれる苞を開く。 これが花に見えるが仏炎苞は葉の変形したものである。 仏炎苞の中央にある円柱状の部分が小さな花が多数集まった花序(かじょ)である。 開花時期は低地では4月から5月、高地では融雪後の5月から7月にかけて、葉は花の後に出る。 根出状に出て立ち上がり、長さ80 cm、幅30 cmに達する。 和名の「バショウ」は、芭蕉布の材料に利用されているイトバショウ(Musa liukiuensis (Matsumura) Makino)の葉に似ていることに由来する。 エゾノリュウキンカ(蝦夷立金花、学名Caltha palustris var. barthei)は、キンポウゲ科の多年草。 リュウキンカの変種である。 リュウキンカより大型。 本州北部、北海道、樺太、千島、朝鮮北部、ウスリーに分布する。 春、小川沿いなどの水辺や湿地に咲く。 黄色い花が良く目立つ。 食用で、おひたしなどで食べられる。 葉の形がフキに似るので「ヤチブキ」とも呼ばれる。 「ウフトウリ」とも呼ばれラタシケプの材料にもされた。 カタクリ(片栗、学名:Erythronium japonicum Decne.)は、ユリ科カタクリ属に属する多年草。 古語では「堅香子(かたかご)」と呼ばれていた。 早春に地上部に展開し、その後葉や茎は枯れてしまう。 地上に姿を現す期間は4−5週間程度で、群落での開花期間は2週間程と短い。 このため、ニリンソウなど同様の植物とともに「スプリング・エフェメラル」(春の妖精)と呼ばれている。 種子にはアリが好む薄黄色のエライオソームという物質が付いており、アリに拾われることによって生育地を広げている(同様の例はスミレなどにも見られる)。 キクザキイチゲ(菊咲一華、学名:Anemone pseudoaltaica H.Hara)は、キンポウゲ科イチリンソウ属の多年草。キクザキイチリンソウ(菊咲一輪草)とも呼ばれる。 北海道、本州の近畿地方以北に分布し、落葉広葉樹林の林床などに生育する。 高さ10-30 cm。花期は3-5月で、白色〜紫色の花を一輪つける。 キクに似た花を一輪つけることからこの名がついた。 春先に花を咲かせ、落葉広葉樹林の若葉が広がる頃には地上部は枯れてなくなり、その後は翌春まで地中の地下茎で過ごすスプリング・エフェメラルの一種。 山梨県など複数の都道府県で、レッドリストの絶滅危惧I類や絶滅危惧II類などの指定を受けている。 春に地下茎からツクシという胞子茎(または胞子穂、胞子体)を出し、胞子を放出する。 薄茶色で、「袴(はかま)」と呼ばれる茶色で輪状の葉が茎を取り巻いている。 丈は10 - 15cm程度である。 ツクシ成長後に、それとは全く外見の異なる栄養茎を伸ばす。 栄養茎は茎と葉からなり、光合成を行う。 鮮やかな緑色で丈は10 - 40cm程度。主軸の節ごとに関節のある緑色の棒状の葉を輪生させる。 上の節ほどその葉が短いのが、全体を見るとスギの樹形に似て見える。 ミヤマエンレイソウ(深山延齢草、学名:Trillium tschonoskii )は、ユリ科の多年草。 別名、シロバナエンレイソウ(白花延齢草)。 太く短い根茎から、高さ20-40cmの茎が1本伸び、その先端に3枚の葉を輪生する。 葉は葉柄を持たず、茎から直接生ずる。葉の形状は丸みを帯びたひし形で、直径は10-20cm程度。 3枚の葉の中心から短い花柄が伸び、3枚の外花被片と3枚の白い花弁状の内花被片、6本の雄蕊をもつ花を生じる。 内花被片は外花被片より長く、外花被片の先端がとがる。 ニセコ町(ニセコちょう)は、北海道虻田郡にある町。 ニセコはアイヌ語の「ニセイ・コ・アン・ペツ」(峡谷にある川)に由来する。 この川とは地区の正面に聳えるニセコ連峰に源を発して南に流れ、尻別川に合流するニセコアンベツ川のことで、ニセコアンペツの水源である山はアイヌ語で山を意味するヌプリの語を付け「ニセコアンヌプリ」とされた。 ニセコ町は1964年(昭和39年)までは「狩太町」(かりぶと)という名称だった。 1901年(明治34年)に真狩村(まっかりむら)から分村して誕生した折、それまでの真狩村で最も栄えていた地区は「真狩太(まっかりぶと)」と呼ばれていた。 これは真狩村の地名語源である川「マク・カリ・ペツ」(奥の方で曲がる川、現在の真狩別川)と尻別川の合流点が付近にあり、アイヌ語で「マク・カリ・プトゥ」と呼ばれていたことにちなむ(プトゥは合流点の意)。 「狩太」は、「真狩太」の省略形である。 1963年(昭和38年)、ニセコアンヌプリ一帯が「ニセコ積丹小樽海岸国定公園」 に指定された。 そのため、ニセコの玄関口である狩太駅を「ニセコ駅」へ変更しようと国鉄(現・JR北海道)へ働きかけた。 しかし、当時の国鉄は駅名には地名をつけるという方針であり、駅名変更ができなかった。 すると、活動は町名変更までに発展して1964年(昭和39年)に「ニセコ町」が誕生することになり、1968年(昭和43年)には駅名も変更された。 |
|
〔『羊蹄山』(ようていざん):(北海道虻田郡ニセコ町)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 5-2.『ニセコ:春の気配』:長い冬の置き土産から、春の気配を探す残雪ドライブ・・・^〜^v:(北海道虻田郡ニセコ町)〔2017.05.10〕 もう一か月以上も前の思い出になりましたが、 連休の終わりの頃(5/10)に出掛けた 『道南の春を楽しむ級友との二人旅』☆彡 第五日目は、道南・桧山の海岸沿いに北上し お宿のある『ニセコ』までの移動日☆彡 僕は、冬期にスキーでしか訪れたことのない『ニセコ』、 今回は、初めての残雪期の訪問! まず、楽しみにしていた木道散策は、 雪が深すぎて中止した『神仙沼』(しんせんぬま)☆彡 それでは、級友の運転する車窓から ニセコの春の気配を探す残雪ドライブも 合わせて楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 神仙沼(しんせんぬま)は、北海道後志総合振興局岩内郡共和町にある高層湿原である。 チセヌプリ溶岩台地に展開する神仙沼湿原(4.18ha)の中で最大の沼。 数あるニセコ山系の沼の中で最も美しい沼と称される。 湖の名前の由来はボーイスカウトの生みの親である下田豊松氏が「皆が神、仙人の住みたまう所」の感銘を受けて神仙沼と命名されたことによる。 自然保護を目的とした総延長1388mのバリアフリー化された木道が敷設され、身障者も気軽にトレッキングできるよう遊歩道が整備されている。 ニセコアンヌプリとは、北海道後志総合振興局かつニセコ積丹小樽海岸国定公園内にある標高1,308.2mの活火山。 ニセコ火山群に属しニセコ連峰の主峰である。 西側にはイワオヌプリ、ニトヌプリ、チセヌプリなどの山々、北側にはワイスホルンがある。 尻別川を挟んで羊蹄山の向かいにあり、世界的なスキー場のある山としても有名である。 日本三百名山である。 山頂には一等三角点(点名「似古安岳」)が設置されている。 羊蹄山(ようていざん)は、北海道後志地方南部(胆振国北西部)にある、標高1,898mの成層火山である。 後方羊蹄山(しりべしやま)として、日本百名山に選定されている。 ほぼ完全な円錐形であり、富士山によく似たその整った姿から、蝦夷富士(えぞふじ)とも称され、各地にある郷土富士の一つとなっている。 明治、大正から昭和にかけて後方羊蹄山(しりべしやま・こうほうようていざん)、マッカリヌプリ、蝦夷富士の呼び名が併存していた。 また一部の地図にはマッカリ山(真狩山)の表記も見られた。 陸地測量部の1920年(大正9年)発行の5万分の1地形図「留寿都」では後方羊蹄山(蝦夷富士)と記載されていた。 しかし難読であったことから地元の倶知安町が羊蹄山への変更を求め、国土地理院の1969年(昭和44年)11月発行の地形図から羊蹄山と書き換えられた。 このため現在の羊蹄山の名が定着することとなった。 |
|
〔『親子熊岩』:(北海道久遠郡せたな町大成区長磯)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 5-1.『檜山(ひやま)海岸』:日本海岸の『江差町』をゆっくり北上海岸ドライブの思い出二つ・・・^〜^v:(北海道檜山郡)〔2017.05.10〕 もう一か月以上も前の思い出になりましたが、 連休の終わりの頃(5/10)に出掛けた 『道南の春を楽しむ級友との二人旅』☆彡 第五日目は、道南・桧山の海岸沿いに北上し お宿のある『ニセコ』までの移動日☆彡 沖合いに昨日訪れた『奥尻島』浮かぶ 『日本海』の海岸の思い出を ご一緒に緒に楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 元和台海浜公園(げんなだいかいひんこうえん)は、北海道爾志郡乙部町にある北海道屈指の海水浴場。 環境省による快水浴場百選のほか、日本の水浴場55選、日本の水浴場88選に選ばれている。 毎年7月中旬から8月下旬に開設される。 1990年(平成2年)7月28日開設。
海岸を突堤により囲まれ、通称「海のプール」と呼ばれており、外海が多少荒れていても遊泳することができ、近隣の海水浴場が遊泳禁止となっても、遊泳可能な場合が多い。
正面の開口部と南西側の潮通しにより、常時海水が循環している。 環境省の海水浴場水質調査でも、常時最高水質の「AA」を保っており、水中の透明度が高い。更に、シャワーや更衣室を備えるなど、アメニティ面も整備されていることから、利用者からも高い評価を得ている。7月下旬と8月14日にはイベントを実施している。開設期間中の週末は、「ウニ・ツブ・ホタテ」を放流し、子供を対象とした手づかみ体験を実施し、当公園の名物イベントとなっている。 後背地にはレストラン(北緯42度岬)・駐車場(500台収容)・道の駅ルート229元和台がある。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 太田山神社(おおたさんじんじゃ)とは、北海道久遠郡せたな町にある神社である。北海道本土で最も西に位置する神社であり、また道南五大霊場の一つであるとされている。地元では太田神社または太田の神社とも呼ばれ、猿田彦大神を祀る。旧社格は村社(太田神社)。 当神社は太田山の中腹にあり、社殿までの道程は急勾配の階段を始め、両側に設置されたロープを使わなければ登れない、降りられないほどの山道である。 北海道道740号北檜山大成線沿いに最初の鳥居が建っているが、そこからは平均45度の斜度を持つ急峻で長い石段が現れる。それを過ぎると草木の生い茂る獣道にも似た山道や足場が続く。付近一帯はヒグマ、ブヨ・蚊・ハチやマムシに遭うことがあり注意・対策が必要である。途中には仏像が置かれた大石や女人堂があり、山道の最後に高さ7mはある北尋坊の崖がある。そこに設置された鉄輪とロープを使って登ったところに太田山神社の本殿が建っている。 |
|
〔『夕陽』:『かもめ島』(北海道檜山郡江差町鴎島)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 4-3.『かもめ島』:『奥尻島』に沈む夕陽を真ん丸のお月さまと見送る至福の夕景さんぽ・・・^〜^v:(北海道檜山郡江差町鴎島)〔2017.05.09〕 もう一か月も前の思い出になりましたが、 連休の終わりの頃(5/6)に出掛けた 今年三回目の北海道旅行 『道南の春を楽しむ級友との二人旅』☆彡 第4日目は、日帰りで日本海に浮かぶ道南の離島のひとつ 『奥尻島』(おくしりとう)の春の海さんぽ☆彡 離島への船便は、片道二時間で一日二往復、 朝の一便で『奥尻島』に向かい、 約4時間後の午後の二便で『江差港』に戻ったころは ちょうど東の空には真ん丸のお月さまがニッコリ、 真っ赤な夕陽が『奥尻島』の方角にゆっくりと沈む候☆彡 それでは、北海道・道南の旅、 『江差町』の『かもめ島』(鴎島)の茜空、 道南の夕景さんぽを ご一緒に楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 江差町(えさしちょう)は、北海道檜山振興局中部にある日本海に面した町。 檜山振興局の所在地。 町名の由来はアイヌ語で岬を意味する地名エサシ (esasi) であり、宗谷総合振興局の枝幸町と同じ語源である。 江差追分発祥地。 西部は日本海に面し、厚沢部川の河口を有する。 東部は山岳地帯。 奥尻島と結ぶフェリーが運航されている。 町には厚沢部川が流れ、沖には鴎島が浮かぶ。 函館市、松前町と並び、北海道で最も早く開けた地域の一つ。 江戸時代はニシンの漁場および北前船によるヒノキアスナロなどの交易港で、「江差の五月は江戸にもない」といわれるほど栄えた。 松前藩の所領であるが、1868年(明治元年)戊辰戦争の際に、旧幕府脱走軍の占領を受けた。その際、旧幕府海軍の主力艦である開陽丸が江差沖で座礁沈没した。 廃藩置県後、一時期青森県に属していたが、1872年(明治5年)に開拓使函館支庁に移管、町役人を廃し、戸長役場を置いた。 1882年(明治15年)、函館県に属し、1886年(明治19年)の県廃止後に北海道庁に属し、1897年(明治30年)檜山支庁が置かれた。 漁業不振や若年層の町外流出により人口は減少傾向にある。 1997年(平成9年)には道内の支庁所在地として初めて過疎地域の指定を受けた。 さらに支庁所在地ではただ一つ、道庁のある札幌市への直行交通機関がない。 鷗島(かもめじま)は、北海道檜山郡江差町に存在する島である。 江差港にある海抜20メートル、周囲約2.6キロメートルの陸繋島で、多くの釣り客で賑わうフィッシングスポットととして知られる。 また、島の隣には高さ約10メートルの瓶子岩があり、この岩には、毎年7月に行われる「江差かもめ島まつり」の時に、しめ縄が巻かれ、古来より漁民の守り神として地元漁師から崇拝されている。 島内には、1889年(明治22年)9月15日から点火されている、航路標識の鴎島灯台がある。 【追記】 江差の新しいシンボル「幸せになる鐘」の設置のお知らせ(2016年03月28日) 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 3月21日(月)に江差の新しいシンボル「幸せになる鐘」をかもめ島(檜山道立自然公園)に設置しました。 「幸せになる鐘」のコンセプトは、かもめ島からの夕日を眺めながら鐘を鳴らすと、幸せになれるというものです。 ぜひみなさんも、幸せの音色を鳴らしてみませんか? 江差観光コンベンション協会 |



