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〔『おろしそば大盛』:『黄色いのれん』・『新宅本店』(奈良県宇陀郡曽爾村伊賀見307)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『黄色いのれん』:新緑の渓谷『香落渓』(こおちだに)を爽快に、三重県名張市から奈良県曽爾村へ、田舎家でおろしそば大盛・・・^〜^v:『新宅本店』(奈良県宇陀郡曽爾村伊賀見307)〔2013.05.18〕 先週末の土曜日(5/18)はチャリンコの日、 職場のお友達二人と新緑の『香落渓』(こおちだに)。 安山岩の柱状節理が連なる青蓮寺川が北流する渓谷は、 両側にそびえ立つ屏風岩、鎧岳、兜岳等の岸壁。 奇特な地形を楽しみ三重県名張市から、 村民二千人足らずの奈良県曽爾村(そにむら)に、 お昼は、 道端に大きな『黄色いのれん』の田舎家のお蕎麦屋で、 縁側から田植えの終わった水田を眺めながら お友達は「いなかそば大盛」、 僕は、大好物の『おそしそば大盛』を・・・^〜^♪ . .【つづく】 〔訪問時期:2013.05.18〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
【チャリンコで四季さんぽ】
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〔『屏風岩』:『香落渓』(こおちだに)(三重県名張市)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1.『香落渓』(こおちだに):『江戸川乱歩』生誕の地から、一気に『青蓮寺ダム』(しょうれんじダム)を越え、新緑の渓谷へ・・・^〜^v:『名張駅』〜『屏風岩』(三重県名張市)〔2013.05.18〕 先週末の土曜日(5/18)はチャリンコの日、 職場のお友達二人との集合場所は、近鉄・名張駅。 自宅から大阪・上本町駅まで約20km走って、 愛車はバッグに折り畳み、 近鉄・大阪線の急行「宇治山田行」に乗車。 集合場所は、名張駅の駅前には、 この地で生誕した『江戸川乱歩』が大歓迎(笑)...! まずは、名張川の畔に約千二百年前から建つ『積田神社』から、 一気に『青蓮寺ダム』(しょうれんじダム)まで上り、 『青蓮寺川』にそって、見事な安山岩の柱状節理が連なる 『香落渓』(こおちだに)の新緑の渓谷を、 爽快にチャリンコ・・・^〜^♪ . .【つづく】 〔訪問時期:2013.05.18〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【香落渓(表記はかおちだに、発音はこおちだに)】は、 日本の三重県名張市にある渓谷。 自然景勝地であり、木津川水系の一河川である名張川の支流・青蓮寺川の上流域に位置している。 |
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〔『多田神社』(ただじんじゃ):(兵庫県川西市多田院多田所町1-1)にて〕 『一庫ダム』(ひとくらダム):今年はじめてのチャリンコは、清和源氏武士団発祥の地『多田神社』で一休みして、新緑はじまるダム湖『知明湖』(ちみょうこ)を完全一周・・・^〜^v:(兵庫県川西市)〔2013.04.14〕 先日の「日曜日(4/14)は、今年はじめてのチャリンコ。 コースは、我が家から大阪・伊丹空港の滑走路の下を抜け、 清和源氏武士団発祥の地『多田神社』を一休みして、 ただひたすら猪名川沿いに源流へ北上、 日生中央から治水・上水道を目的とする水源の『一庫ダム』到着。 今回の楽しみにしていた新緑はじまる湖畔を完全一周。 ダム湖『知明湖』(ちみょうこ)のいくつもの入り組んだ谷あいを 爽快チャリンコ...♪ 総行程約75kmの今年はじめての楽しい時間でした^〜^V 【訪問時期:2013.04.14】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【多田神社(ただじんじゃ)】は、 兵庫県川西市にある神社。 同地は清和源氏武士団発祥の地であり、 この地に居城を構えた源満仲によって天禄元年(970年)に天台宗寺院として建立される。 明治以前までは多田院と称した寺院であったが、神仏分離の際に神社となった。 多田神社は清和源氏の霊廟として、源満仲、源頼光、源頼信、源頼義、源義家を祀る。 |
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〔『乾杯〜!』:『酒の奥田』(大阪府大阪市北区天神橋4-12-22)にて〕 7.『酒の奥田』:『なにわの渡し舟めぐり』打ち上げ・反省会は、大阪・JR天満駅前の『完全禁煙の立呑み屋』で乾杯・・・^〜^v:(大阪府大阪市北区天神橋4-12-22 )〔2012.10.06〕 とある秋本番の週末の土曜日(10/06)は、 三年ぶりに職場の仲間と大阪市内渡し舟めぐり。 大阪市内には、現在も庶民の渡し舟が八箇所、 みんな無料で健在です。 全八箇所の『なにわの渡し舟めぐり』のおまけは、 番外『安治川トンネル』、 なんと、ここは、河底トンネル、 今は、人・自転車専用ですが、 以前は自動車用のエレベーターもあったらしい 本格的な河底トンネル! そして、最後はお楽しみの打ち上げ・反省会 会場は、JR天満駅前の『酒の奥田』、 完全禁煙+携帯電話禁止の立ち呑み屋。 夕刻の大阪市の中心部、中之島界隈を 一気に走り、 所用のための早退の一名抜けて 三名で乾杯・・・^〜^v .【完】 【訪問時期:2012.10.06】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【安治川トンネル】 安治川の歩行者専用河底トンネルである「安治川トンネル」は、日本初の沈埋工法によるトンネルである。 安治川の両岸は特に往来が盛んで渡船航路も多数あったが、安治川での各渡船運航は困難を極めた。 と言うのも、安治川は河川舟運の重要航路で運搬船が頻繁に行き交い、 渡船はその航路を横に遮るからである。 一方で船舶の高さ限界との関係から、架橋も容易でない。 可動橋案も出たが、やはり舟運との兼ね合いで却下となった。 このため昭和初期、全国でも類を見ない河底トンネルが計画された。 特に渡航量の多かった源兵衛渡跡に1935年(昭和10年)から建設が始められ、 戦時中供出された鉄材を受けてまで工事は進み、1944年(昭和19年)に竣工した。 約14m下にある川面下の通路まで、両岸のエレベーターや階段で降りる方式。 かつては人用の他に車両用エレベーターもあった (排ガス問題などにより1977年に閉鎖され、ゴンドラの入口が封鎖された状態で残されている。)が、 安治川への架橋が進んだ現在では、歩行者・自転車用のみが両岸1台ずつ運行されている。 歩行者・自転車用の通路は幅約2m、長さ約80mになっている。 渡船と同じく利用料は無料で、朝夕のラッシュ時には1時間あたり約250人の利用者があると言われている。 店名 『酒の奥田(おくだ)』
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〔『天保山(てんぽうざん)』(標高4.53m)(大阪府大阪市港区築港3丁目2番)にて〕 6.『天保山(てんぽうざん)渡船場』:『なにわの渡し舟めぐり』最後は、日本一低い山『天保山』から、『USJ』の『桜島』へ・・・^〜^v:(大阪市港区築港三丁目〜此花区桜島三丁目)〔2012.10.06〕 とある秋本番の週末の土曜日(10/06)は、 三年ぶりに職場の仲間と大阪市内渡し舟めぐり。 大阪市内には、現在も庶民の渡し舟が八箇所、 みんな無料で健在です。 赤レンガ倉庫が並ぶ大阪港・築港を走りぬけ、 チャリンコで『なにわの渡し舟めぐり』最後は、 日本一低い山『天保山』(標高4.53m)の麓から、 対岸の『USJ』のある対岸『桜島』への 400mの渡し舟...♪ 乗客には、USJで働く、 世界各国からの元気者も・・・^〜^v .【つづく】 【訪問時期:2012.10.06】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【天保山(てんぽうざん)】は、 大阪市港区の天保山公園にある山。 標高4.53mの築山。 国土地理院発行の地形図に山名と共に掲載されており、山頂には二等三角点がある。 大阪市ホームページ内では日本一低い山と記載があり、 天保山山岳会では日本一低い山としている。 大坂の町と大阪湾を結ぶ安治川では、1831年(天保2年)から2年間、 洪水防止と大坂への大型船の入港をしやすくする目的で「天保の大川浚」とよばれる 浚渫工事が行われた。 大坂町人の熱の入れようは相当なもので、工事自体がお祭り騒ぎだったと伝えられている。 浚えられた土砂を安治川河口に積み上げられてできた築山は十間(約20m)ほどの高さがあり、 大坂の町へ遡るため安治川に入ろうとする船にとって目印とする意図があった。 そのため当初は「目印山」と名づけられたが、 のちに築かれた時の元号から天保山と称されるようになった。 海岸べりに高灯籠(灯台)が設けられ、山には松や桜の木が植えられて茶店なども置かれ、 大坂でも有数の行楽地となった。 当時の舟遊びをする人々の姿は歌川広重などによって浮世絵に描かれている。 【天保山渡船場】は、 天保山(港区築港三丁目)と此花区桜島三丁目を結ぶ(岸壁間400メートル)位置にある。 明治38 年に開設されたこの渡しは、 大阪港の繁栄を企図した大阪市が港湾振興策の一環として始めたもので、 昭和15年までは市の港湾部が所管していた。 当初は天保山、桜島、築港大桟橋の間を三角運航していたが、 大阪港の繁栄につれて利用者が増え、 築港桟橋を基点に木津川、尻無川方面にも運航区域を広げ、 大正11年に天保山桟橋が完成して内航客船が発着するようになってからは、 天保山〜桜島間を終夜運航した時代もあったが、 昭和元年には現在のルートになった。 昭和初期には桜島付近の重工業化が進んで通勤用としても利用された。 昭和12年12月1日午後9時ごろ、渡船が突風にあおられて転覆、 軍需工場帰りの乗客53人の犠牲者を出す事故があった。 昭和15年に経営は土木部(現建設局)に移され、現在にいたっている。 昭和42年には1日平均1700人の利用者があったが、 平成20年度現在1日平均約900人が利用している。 |


