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〔『羽黒山五重塔』(はぐろさんごじゅうのとう):『出羽神社』(いではじんじゃ)(山形県鶴岡市羽黒町手向7)にて〕
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5-4『羽黒山』:茅葺きの宿坊に泊まる、『出羽三山』卒業の思い出旅日記・・・^〜^v:『出羽神社』(いではじんじゃ)(山形県鶴岡市羽黒町手向字羽黒山33)〔2018.05.25〕
おはようございます☆彡
久しぶりの大揺れ昨日はあさイチの地震で
とんでもない一日になりました!
多くの皆様からのお見舞い・激励の書き込みいただきありがとうございます★感謝★
さて、先月下旬の一週間(5/21-5/27)、
【旅日記の大先輩『松尾芭蕉』の足跡を訪ねて】をテーマに、
雪解けの『出羽三山』(でわさんざん)巡りの
東北・山形の思い出旅日記^^v
第四日目(5/25)は、最後の三山『羽黒山』がお目当て、
午前の『ブナの森』ガイドウォークを堪能した後、
出羽三山の主峰である月山の北西山麓に位置する『羽黒山』(414 m)へ、
お宿は、茅葺きの宿坊『神林勝金』(かんばやしかつかね)☆彡
羽黒山石段登り口に一番近くのお宿に車と荷物を預けて、
『随神門』(ずいしんもん)から全長1.7km、2446段の長い石段
両側には樹齢350〜500年の約400本の杉並木が続く、
山頂まで徒歩約50分の表参道の始まりはじまり・・・^〜^v
. 【つづく】
【2018.05.25】

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【神林勝金】(かんばやしかつかね)
【羽黒山】

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【隋神門】
【継子坂】
【祓川と須賀の滝】(はらいがわ・すがのたき)

随神門より継子坂を下りると祓川に掛かる神橋に出る。昔三山詣での人々は必ず祓川の清き流れに身を沈め、水垢離をとり三山への登拝の途についた。朱塗りの美しい神橋は見事な浸蝕谷にかかり、向かいの懸崖から落ちる須賀の滝と相対し、その景観はまことに清々しく美しい。
滝は承応3年(1654)時の別当天宥により月山々麓水呑沢より約8kmの間を引水し祓川の懸崖に落し、不動の滝と名付けた。又、一般的には神域とは随神門と伝えられているが、ここより山上と山麓を呼び分け、山上には維新まで本坊を始め30余ヶ院の寺院があり、肉食妻帯をしない「清僧修験」が住み、山麓には336坊の「妻帯修験」が住んでいた。
出典: http://www.dewasanzan.jp/publics/index/9/#page9
【爺杉】
【五重塔】(国宝)

羽黒山は、会津や平泉と共に東北仏教文化の中心であっただけに、数々の文化財に富んでいる。山麓の黄金堂は重文に、山内の五重塔は国宝である。古くは瀧水寺の五重塔と言われ、附近には多くの寺院があったが、今はなく五重塔だけが一の坂の登り口左手に素木造り、柿葺、三間五層の優美な姿で聳り立つ杉小立の間に建っている。現在の塔は長慶天皇の文中年間(約600年前)庄内の領主で、羽黒山の別当であった武藤政氏の再建と伝えられている。
出典: http://www.dewasanzan.jp/publics/index/9/#page9
【西条八十歌碑】

「五十路の夏にわけのぼる 羽黒の峰の梅雨雲や また見んことのあるやなしやと ふり返りゆく山つゝじ」
-昭和二十四年六月八日 古賀政男と羽黒に詣で 奉拝帳に誌した一節-
羽黒山(はぐろさん)は、山形県鶴岡市にある標高414mの山。
出羽三山の主峰である月山の北西山麓に位置する丘陵で、独立峰ではない。
修験道を中心とした山岳信仰の山として知られる。
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