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〔『石山寺』:(滋賀県大津市石山寺1-1-1)にて〕 『石山寺』:今年の初チャリンコは、滋賀・石山駅から大阪・天満駅まで計100km完走・・・^〜^v:(滋賀県大津市石山寺1-1-1)〔2012.05.05〕 先日の「こどもの日」は、 僕も子供になって今年の初チャリンコ。 職場の仲間と一緒に走ったコースは、 滋賀・石山駅から大阪・天満駅まで、約85km。 その前に、僕は自宅からJR高槻駅まで、約15km、 初チャリンコは、計100km完走^〜^v 高槻駅で自転車は折りたたんで、東海道線でJR石山駅へ 駅前から、只今お色直し(塗装)中の『瀬田の唐橋』を左手に、 一路、『瀬田川』に沿って... 最初の寄り道先は、 『枕草子』・『蜻蛉日記』・『更級日記』・『和泉式部日記』 そして、紫式部の『源氏物語』と かずかずの作品ゆかりの『石山寺』。 山門からの満開のツツジの見事な風景に大喜び・・・^〜^v 【つづく】...♪ 【訪問時期:2012.05.05】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【石山寺(いしやまでら)】は、 滋賀県大津市石山寺1丁目にある東寺真言宗の寺。 本尊は如意輪観音、開基(創立者)は良弁(ろうべん)である。 当寺は京都の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場であり、 西国三十三箇所観音霊場第13番札所となっている。 また当寺は『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』などの文学作品にも登場し、 『源氏物語』の作者紫式部は石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。 「近江八景」の1つ「石山秋月」でも知られる。 |
神 社・仏 閣
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〔『日吉大社参道』(滋賀県大津市坂本)にて 〕 『日吉大社(ひよしたいしゃ)参道』【後編】:比叡山の山麓の参道は、紅葉・黄葉の秋色深く錦繍(きんしゅう)の世界・・・^〜^V:(滋賀県大津市坂本)にて 〔2011.11.28〕 先日(11/28)の徘徊先は、 『延暦寺(えんりゃくじ)』のある『比叡山(ひえいざん)』。 その僧侶が住む里坊は、 山麓の『日吉大社(ひよしたいしゃ)』の参道に並ぶ。 また、この町『坂本』は、 安土桃山時代には、『明智光秀』が『坂本城』を築城した歴史ある町。 秋深まりいく琵琶湖湖岸の参道は、 木々は、錦色に色変わり、 錦繍(きんしゅう)の世界にお色直し・・・^〜^v . 【完】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【坂本(さかもと)】は、 滋賀県大津市の地区名。 延暦寺および日吉大社の門前町として古くから栄えた。 現在の地名は坂本1〜8丁目に分かれる。 広義の坂本には下阪本、坂本本町なども含まれる。 日吉大社参道の両側には比叡山の隠居した僧侶が住む里坊が並ぶ。 また、穴太衆積み(あのうしゅうづみ、穴太積みとも)と呼ばれる石垣が街路を形成している。 坂本の町並みは地域的特色を顕著に示しているものとして、 種別「里坊群」「門前町」で重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。 安土桃山時代には、明智光秀により坂本城が築城された。 しかし、本能寺の変や続く山崎の戦い後に明智秀満が城に火を放った 【日吉大社(ひよしたいしゃ、元は「ひえたいしゃ」)】は、 滋賀県大津市坂本にある神社。 俗に山王権現とも呼ばれている。 日本全国に約2000社ある日吉・日枝・山王神社の総本宮である。 旧社格は官幣大社。 中世には二十二社の下八社のひとつとされた。 西本宮と東本宮を中心に、400,000m²の境内を持つ。 猿を神の使いとして崇拝することで知られている。 【延暦寺(えんりゃくじ)】は、 滋賀県大津市坂本本町にあり、標高848mの比叡山全域を境内とする寺院。 延暦寺の名より比叡山、また叡山(えいざん)と呼ばれることが多い。 平安京(京都)の北にあったので北嶺(ほくれい)とも称された。 平安時代初期の僧侶最澄(767年 - 822年)により開かれた日本天台宗の本山寺院である。 住職(貫主)は天台座主(てんだいざす)と呼ばれ、末寺を統括する。 |
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〔『穴太衆積み(あのうしゅうづみ)』:『日吉大社参道』(滋賀県大津市坂本)にて 〕 『日吉大社(ひよしたいしゃ)参道』【前編】:比叡山の隠居した僧侶が住む里坊が並ぶ『穴太衆積み(あのうしゅうづみ)』の参道を、秋色探し・・・^〜^V:(滋賀県大津市坂本)にて 〔2011.11.28〕 先日(11/28)の徘徊先は、 『延暦寺(えんりゃくじ)』のある『比叡山(ひえいざん)』。 その僧侶が住む里坊は、 山麓の『日吉大社(ひよしたいしゃ)』の参道に並ぶ。 また、この町『坂本』は、 安土桃山時代には、『明智光秀』が『坂本城』を築城した歴史ある町。 秋深まりいく琵琶湖湖岸の『穴太衆積み(あのうしゅうづみ)』と呼ばれる 野面積の石垣を眺めながらの 秋色探しの散策をご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【坂本(さかもと)】は、 滋賀県大津市の地区名。 延暦寺および日吉大社の門前町として古くから栄えた。 現在の地名は坂本1〜8丁目に分かれる。 広義の坂本には下阪本、坂本本町なども含まれる。 日吉大社参道の両側には比叡山の隠居した僧侶が住む里坊が並ぶ。 また、穴太衆積み(あのうしゅうづみ、穴太積みとも)と呼ばれる石垣が街路を形成している。 坂本の町並みは地域的特色を顕著に示しているものとして、 種別「里坊群」「門前町」で重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。 安土桃山時代には、明智光秀により坂本城が築城された。 しかし、本能寺の変や続く山崎の戦い後に明智秀満が城に火を放った 【日吉大社(ひよしたいしゃ、元は「ひえたいしゃ」)】は、 滋賀県大津市坂本にある神社。 俗に山王権現とも呼ばれている。 日本全国に約2000社ある日吉・日枝・山王神社の総本宮である。 旧社格は官幣大社。 中世には二十二社の下八社のひとつとされた。 西本宮と東本宮を中心に、400,000m²の境内を持つ。 猿を神の使いとして崇拝することで知られている。 【延暦寺(えんりゃくじ)】は、 滋賀県大津市坂本本町にあり、標高848mの比叡山全域を境内とする寺院。 延暦寺の名より比叡山、また叡山(えいざん)と呼ばれることが多い。 平安京(京都)の北にあったので北嶺(ほくれい)とも称された。 平安時代初期の僧侶最澄(767年 - 822年)により開かれた日本天台宗の本山寺院である。 住職(貫主)は天台座主(てんだいざす)と呼ばれ、末寺を統括する。 |
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〔『長瀬山琴引院長命寺』:『琴引峠(ことびきとうげ)』(奈良県宇陀市室生区三本松)にて 『長命寺(ちょうめいじ)』:『旧伊勢街道(青越道)』の大和から伊賀へ越える最初の峠の古寺を訪ねて・・・^〜^V:『長瀬山琴引院長命寺』:『琴引峠(ことびきとうげ)』(奈良県宇陀市室生区三本松)にて 〔2011.11.17〕 一ヶ月ほどまえ(11/17)の徘徊先は、 名刹『室生寺(むろうじ)』でも知られている奈良県宇陀市室生区。 その昔、奈良から伊賀をとおり伊勢への街道 『旧伊勢街道(青越道)』の最初の峠にある古寺は、 とっても素直な素敵なお名前のお寺、『長命寺(ちょうめいじ)』。 この峠『琴引峠(ことびきとうげ)』は、 義経と静の逃避行の中で琴を弾いたとか、 全国行脚をした北条時頼が琴を引いたとか、言い伝えられている伝説の峠。 秋深まり行く、奈良・室生路の里山風景の一日を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v 注意:琴『引』は、琴『弾』だと思いますが、現地の表示に従い『琴引峠』・『琴引院』としました。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【琴弾峠(ことびきとうげ】 室生東小学校の東方、近鉄線に沿った小道を登った所に長命寺があり、 その境内に、『琴彈峠跡』の碑が建てられています。 琴引峠は、旧伊勢街道(青越道)の大和から伊賀へ越える最初の峠で、 茶屋があり、また、伊賀国境への標石、制札場、藤堂藩の倉屋敷もありました。 当時は、芭蕉や宣長などの文人や、多くの行人が行き交ったそうです。 現在は鉄道掘削により、往時の姿は全く消えてしまいましたが、 行人に親しまれた琴引峠の名を留め、歴史を偲ぶためにと、 この碑が残されています。 |
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〔『善福寺』:『有馬温泉』(兵庫県神戸市北区有馬町)にて〕 『善福寺(ぜんぷくじ)』:行基を開基として創建の禅寺の紅葉は、心の中に染み入る美しさ・・^〜^v:『有馬温泉』(兵庫県神戸市北区有馬町)にて〔2011.11.23〕 母との紅葉と温泉のたび、 最終編は、行基を開基として創建の禅寺『善福寺』。 春には、見事な枝垂桜の優美な姿が目を楽しまさせてくれる名所。 ここにも、素敵な紅葉が、 静かな境内に佇む秋色は、心の中に染み入る美しさ、 帰りの高速バスの発車までの少し間も、 たくさんの『有馬温泉』の秋色を楽しみました・・・^〜^♪ . 【訪問時期:2011.11.22-23】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【善福寺(ぜんぷくじ)】は、 兵庫県神戸市北区にある曹洞宗に属する仏教寺院。 山号は光徳山(こうとくさん)。 本尊は阿弥陀如来。 有馬温泉郷の落葉山の麓に位置する。 『摂津名所図会』によれば奈良時代に行基を開基として創建し、 中興は仁西とされ、また曹洞宗としては1331年(元弘元年)の創立とするが詳細は不明。 古来外湯「一之湯」の灯明を掲げたと伝わる。 『臥雲日件録』の享徳元年4月24日(1452年5月22日)の記述には、 湯治に来た相国寺の瑞渓周鳳が善福寺を訪ね、 向かいの山に孝徳天皇行宮がかつて存在した事などを寺僧から聞いたとある。 織豊政権下で、善福寺は湯山の代官に任ぜられた。 また、安土桃山時代、豊臣秀吉により山内で大茶会が開かれたという縁から、 毎年の有馬大茶会の献茶会は当寺で行われる。 |




