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〔『法隆寺』:『奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1』にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『奈良盆地・チャリンコで一周』【前編】:職場の仲間と奈良の史跡めぐり、まずは法隆寺〜法輪寺〜法起寺〜慈光院〜柳澤神社(大和郡山城址)〜天平庵大和郡山店〜薬師寺・・・^〜^v 〔2011.08.06〕 先週の土曜日(8/6)は、雨で延期なったチャリンコのたび『奈良盆地一周』、 自宅から大阪市内を自転車で南下して、JR天王寺駅。 愛車は、折りたたんで輪行袋に入れて、 JR関西線(大和路線)王寺駅まで電車で、 ここで、職場の仲間二人と合流、ふたたび自転車を組み立て、 最初の目的地の法隆寺へスタート、 その後、法輪寺・法起寺・慈光院・柳澤神社(大和郡山城址)と史跡を回り、 天平庵大和郡山店で僕の大好物のどら焼きで一休み。 その後は、薬師寺・唐招提寺と周り、 近鉄奈良駅近くのマックでお昼ごはん、 午後は、東大寺・二月堂とまわり、 天理教本部にちょっぴり寄り道して、 出発地点のJR王寺駅に、 この日の実総走行距離は、約80km。 いっぱい汗かきました・・・^〜^v 【つづく】 【前編】は薬師寺まで、その後は【後編】の二編に分けて記事にさせていただきます。 〔訪問時期: 2011.08.06〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【法隆寺:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1】 【法輪寺:奈良県生駒郡斑鳩町三井1570】 【法起寺:奈良県生駒郡斑鳩町岡本1873】 【慈光院:奈良県大和郡山市小泉町865】 【柳澤神社(大和郡山城址):奈良県大和郡山市城内町】 . 【天平庵大和郡山店:大和郡山市九条町156番1】 【薬師寺:奈良県奈良市西ノ京町457】 |
神 社・仏 閣
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〔『愛車』: 『大本山 永平寺』(福井県吉田郡永平寺町志比5-15)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『大本山 永平寺(えいへいじ)』:山越えで静かな『永平寺』にたどり着き、蓮華が大歓迎・・・^〜^v :『福井県吉田郡永平寺町志比5-15』にて〔2011.07.30-31〕 先週の週末は、チャリンコ担いで福井へ、 福井の町の見所を楽しんだのちは、『薪割り教室』に入門のたび。 福井の町の中心部『福井城址』から、 『足羽川(あすわがわ)』の川上の『一乗谷』へ、 そして、かれこれ40年ぶりの『永平寺』へと.... 事前に調べたルートは、なんと「山越え」の道、 なんとか、たどり着いて頃は、 門前のみやげ物店は店じまいをはじめ、 帰路を急ぐ観光客ばかり、 そこに、僕を出迎えてくれたのは、 薄暗い奥深い境内の蓮華の花たち・・・^〜^v 【つづく】 〔訪問時期: 2011.07.30-31〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【永平寺(えいへいじ)】は、 福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗大本山の寺院である。 山号を吉祥山と称する。 開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏である。 總持寺と並んで日本曹洞宗の中心寺院(大本山)である。 旧仏教側の迫害を避け新たな道場を築くため、 道元は信徒の1人であった越前国(福井県)の土豪・波多野義重の請いにより、 興聖寺を去って、義重の領地のある越前国志比庄に向かうことになる。 寛元元年(1243年)のことであった。 当初、義重は道元を吉峰寺へ招いた。 この寺は白山信仰に関連する天台寺院で、現在の永平寺より奥まった雪深い山中にあり、 道元はここでひと冬を過ごすが、 翌寛元2年(1244年)には吉峰寺よりも里に近い土地に 傘松峰大佛寺(さんしょうほうだいぶつじ)を建立する。 これが永平寺の開創であり、 寛元4年(1246年)に山号寺号を吉祥山永平寺と改めている。 寺号の由来は中国に初めて仏法が伝来した後漢明帝のときの元号「永平」からであり、 意味は「永久の和平」である。 |
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〔『ちく満(ちくま)』:(大阪府堺市堺区宿院町西1-1-16)にて〕 『住吉大社』:チンチン電車で、熱熱『せいろそば』を食す、帰りは『住吉大社』で一休み・・・^〜^v』:『ちく満(ちくま)』(大阪府堺市堺区宿院町西1-1-16)にて 〔2011.06.09〕 今回の徘徊先は、チンチン電車(阪堺電車)で、 大阪府堺市の中心部、『宿院』へ、 この辺りは、古代から大阪湾と大和や那智への交通の要所、 そして、お昼は、創業元禄8年(1695年)の老舗の蕎麦屋、 ところが、ここのお蕎麦は、なんと せいろ蒸しの熱熱なんです@^@v それを、これまた、徳利に入った熱熱の出汁と生卵を絡まして、 実に不思議な熱熱の蒸し蕎麦、 きっと、その昔は、これが普通の『蕎麦』だったのかも? チンチン電車での、帰り道に『住吉大社』に少し寄り道しました^〜^v 【訪問時期:2011.06.09】 【ちく満(ちくま)】 店名 『ちく満 (ちくま)』 住所 大阪府堺市堺区宿院町西1-1-16 営業時間 10:30〜21:00 ランチ営業、日曜営業 【住吉大社】 【住吉大社(すみよしたいしゃ)】は、 大阪府大阪市住吉区住吉にある神社である。 式内社(名神大社)、二十二社、摂津国一宮で、旧社格は官幣大社(現神社本庁の別表神社)。 地元では「すみよしさん」あるいは「すみよっさん」と呼ばれ、 また毎年初詣の参拝者の多さでも全国的に有名である。 海の神である住吉三神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)と息長足姫命(神功皇后)を祀り、 「住吉大神」と総称される。 住吉大神宮(すみよしのおおがみのみや)ともいい、 当社で授与される神札には「住吉大神宮」と書かれている。 大阪の住吉大社、下関の住吉神社、博多の住吉神社、の三社が日本三大住吉とされる。 【阪堺電気軌道株式会社(はんかいでんききどう、英語: Hankai Tramway Co., Ltd.)】は、 大阪市内と堺市内で2路線の路面電車を運行している会社で、 南海電気鉄道の完全子会社である。 本社は大阪府大阪市住吉区清水丘3丁目14番72号にある。 通称「阪堺電車」・「阪堺電軌」。 なお「阪堺電鉄」は戦前に存在した別の私鉄(通称:新阪堺で大阪市電阪堺線の前身。 1944年公営化、1968年廃線)の正式名称であり、加えて阪堺電気軌道は「鉄道」の字を含まない。 ゆえに「阪堺電鉄」の称を阪堺電気軌道について用いるのは誤りである。 |
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〔『浄瑠璃寺(じょうるりじ)』『京都府木津川市加茂町西札場40』にて〕 『浄瑠璃寺(じょうるりじ)』【後編】:新緑の境内、池の畔を一周伽藍めぐり・・・^〜^V:『京都府木津川市加茂町西札場40』にて〔2011.06.05〕 先週の日曜日(6/5)、かれこれ43年ぶりに『浄瑠璃寺(じょうるりじ)』に、 新緑の候、境内は眩しいほどの若い緑が元気良く迎えてくれました。 そして、愛らしい妖精たちも少し控えめに、 梅雨の晴れ間の一日を心から楽しみました。 それでは、ご一緒に 新緑の境内、 池の畔を一周、 伽藍を眺めながらゆっくり散策しましょう・・・^〜^v 【完】 【訪問時期:2011.06.05】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 . 境内は浄土式庭園を形成している。 池の東岸には薬師如来を安置する和様の三重塔、 西岸には阿弥陀如来を安置する本堂(九体阿弥陀堂)が位置する。 薬師如来は東方浄瑠璃世界に住み、現世の苦しみを除く仏であり、 阿弥陀如来は西方極楽浄土の教主である。 薬師如来を東、阿弥陀如来を西に安置することにはこうした意味があり、 三重塔のある東岸は「此岸」(しがん、現世)、 池をはさんだ西岸は阿弥陀如来のいる「彼岸」であるという見かたもできる。 |
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〔『留蓋』:『浄瑠璃寺(じょうるりじ)』『京都府木津川市加茂町西札場40』にて〕 『浄瑠璃寺(じょうるりじ)』【前編】:新緑の境内を愛でる・・・^〜^V:『京都府木津川市加茂町西札場40』にて〔2011.06.05〕 先週の日曜日(6/5)、かれこれ43年ぶりに『浄瑠璃寺(じょうるりじ)』に、 前回は、汗をいっぱいかきながら自転車で、 思い出は、『疲れた・・・』しか残っていません(笑) 新緑の候、境内は眩しいほどの若い緑が元気良く迎えてくれました。 そして、愛らしい妖精たちも少し控えめに、 梅雨の晴れ間の一日を心から楽しみました。 それでは、ご一緒に 新緑の境内を散策しましょう・・・^〜^v 【つづく】 【訪問時期:2011.06.05】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 . 【浄瑠璃寺(じょうるりじ)】は、 京都府木津川市加茂町にある真言律宗の寺院。 山号を小田原山と称し、本尊は阿弥陀如来と薬師如来、開基(創立者)は義明上人である。 寺名は薬師如来の居所たる東方浄土『東方浄瑠璃世界』に由来する。 |


