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〔『玉椿(たまつばき)』:兵庫県姫路市の銘菓:『伊勢屋本店(いせやほんてん)』(兵庫県姫路市西二階町84)〕 『平福宿(ひらふくじゅく)』:時代劇のロケ地にもなっている赤茶色の土蔵と川屋敷が建ち並ぶ旧宿場町を探検散策・・・^〜^v:(兵庫県佐用郡佐用町平福)〔2013.02.26〕 一週間ほど前の2月最終週のとある日の徘徊先は、 宮本武蔵13歳の時、最初の決闘の地でもある、 かつては、陣屋や鳥取藩本陣が置かれた因幡街道最大の宿場町で、 昭和初期までは、佐用の中心として繁栄していた『平福宿』。 旧街道沿いにある連子窓と千本格子を持つ古い家並みと 水運で賑わった佐用川沿いの石垣上の川座敷と土蔵群が今も残る 往時の面影を伝える宿場町をご一緒に散策いたしましょう...♪ そして、お土産には、 姫路藩主酒井忠学と11代将軍徳川家斉の25女・喜代姫との婚礼に当たって 考案・命名された姫路市の銘菓『玉椿(たまつばき)』が似合います・・・^〜^v 【訪問時期:2013.02.26】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
♠ 徘徊日誌 ♠
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〔『山成島』(やまなりじま):『ホテル浦島』・『狼煙半島』(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)にて〕 『日の出』:太平洋の水平線から昇る太陽は、平維盛入水の伝説がある山成島を照らす光の道・・・^〜^?:『ホテル浦島』・『狼煙半島』(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)〔2013.02.20〕 先月に続いて今月も和歌山県南部への徘徊。 お宿は、6箇所の温泉めぐりを楽しめるお気に入り『ホテル浦島』。
もうひとつの楽しみは、ホテルの敷地の『狼煙半島』の頂から眺める 太平洋の水平線から昇る『日の出』。 今回は、沖合い浮かぶ『平維盛』(たいら の これもり)入水伝説がある 『山成島』(やまなりじま)を照らす光の道に、 『建礼門院右京大夫』(けんれいもんいんうきょうのだいぶ)の 「春の花の 色によそへし おもかげの むなしき波の したにくちぬる」 「かなしくも かゝるうきめを み熊野の 浦わの波に 身しづめける」 その死を悼む歌を...。 彼の辞世の句は、 「生まれては 遂に死すてふ事のみぞ 定めなき世に さだめ有りけり」 と 松の木に清盛・重盛と自らの名籍を書き付けたのち、沖に漕ぎだして入水自殺した。『平家物語』 【寿永3年3月28日(1184年5月10日) 享年27】 さて、今日は、今月最後の日曜日、 そして、来週の日曜日は、三月三日の『ひな祭り』・・・^〜^♪ 【訪問時期:2013.02.20】 |
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〔『海金剛』(うみこんごう):『紀伊大島』(和歌山県東牟婁郡串本町樫野)にて〕 『春の海』:暖流『黒潮』最接近の本州最南端の海は、春の海・・・^〜^?:『紀伊大島』(和歌山県東牟婁郡串本町樫野)〔2013.02.20〕 先月に続いて今月の徘徊先も、 和歌山県串本町の紀伊大島。 暖かい海の流れ『黒潮』最接近の本州最南端の海は、 もう、眩しいほどの陽の光輝く『春の海』・・・^〜^! 【訪問時期:2013.02.20】 |
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〔『本州最南端』:『潮岬』(しおのみさき):(和歌山県東牟婁郡串本町)にて〕 『潮岬』(しおのみさき):紀伊半島最南部、最後の徘徊先は本州最南端、最後のお昼はしっかり焼き上げたうなぎ一匹まるごとで満足・満腹・・・^〜^?:(和歌山県東牟婁郡串本町)〔2013.01.25〕 日本列島・本州最南端の『潮岬』(しおのみさき)は、 台風シーズンには、毎回のように登場する 台風銀座で有名な所。 子供の頃、初めて訪れた思い出は、 もっと広大な草原の先に大海原に飛び出した岬だったような...♪ そして、最後のお昼には、念願のうなぎ一匹まるごとのうな重。 本当は、古座のお店で頂こうと楽しみにしていたうなぎ屋 残念ながら、そのお店は店じまいで、今はこの『串本駅』近くの支店のみ、 紀州備長炭でしっかり焼き上げたうなぎが、 ご飯の中にも隠れていました(笑) その後は、レンタカーを弁慶がお出迎えの『紀伊田辺駅』で返して、 無事に今回の徘徊も完了・・・^〜^v 【訪問時期:2013.01.25】 店名: 東うなぎ 串本支店 住所:和歌山県東牟婁郡串本町串本10-12 串本駅から124m |
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〔『海金剛』(うみこんごう):(和歌山県東牟婁郡串本町樫野)にて〕 『海金剛』(うみこんごう):大海原にそびえ立つ巨岩の連なる太平洋臨む場所は、ペリー来航62年前の日米の認識の違いのある『日米交流の起点』・・・^〜^?:(和歌山県東牟婁郡串本町樫野)〔2013.01.25〕 日本列島・本州最南端の町・串本町の紀伊大島 この島の太平洋を望む場所は、1853年のペリー提督が浦賀に黒船4隻で来航を 遡ること62年前の日米の認識の違いのある『日米交流の起点』。 この時のアメリカ商船レディ・ワシントン号とグレイス号が寄港した雷公の浜の北側に 1975年に建てられたのが、『日米修交記念館』。 そして、その横から伸びる椿の林の中を通り抜けると、 目の前の太平洋に広がるのは、『海金剛(うみこんごう)』。 『紀伊大島』鷹ノ巣岬の断崖下の海面から 荒々しく切り立つ巨岩が連なる海岸線は、 「21世紀に残したい日本の自然百選」にも選ばれている。 日本とトルコ・イギリス・アメリカ等の海外の国とをつなぐ歴史的な島『紀伊大島』は、 本州最南端『潮岬』との間に、 『くしもと大橋』が1999年(平成11年)9月8日に完成したことにより、 今では、マイカーで容易に訪れることが出来ます・・・^〜^v 【訪問時期:2013.01.25】 |





