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〔『箕面大滝』(大阪府箕面市)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『箕面大滝』:豪雨のサプライズ、水量増倍のすごい迫力、見応えのある瀑布に大感激・・・^〜^v:『箕面大滝』(大阪府箕面市)〔2014.08.17〕 お盆の週の最後の日曜日(8/17)は、 大阪府の北部にある『箕面大滝』の滝見物。 『箕面』(みのお)は、 古く江戸時代からの紅葉の名所であり、 野生のニホンザルの生息地としても、 大阪では有名な名勝地。 台風並びに大雨の結果、上流の箕面川ダムの放水量が多く、 見応えがある景観との情報...! 渓谷の奥から轟く滝音、 今は、緑色一色の紅葉の森の中、 渓谷沿いの滝道の終点は、 普段の数倍にも成長した瀑布 こんなに見事な迫力ある姿は、 僕の記憶には無い! 体を覆う滝壺から迸る(ほとばしる)ミストの空間。 たっぷり、楽しんだ『箕面大滝』の瀑布、 ふたたび、箕面川沿いの渓谷れの滝道、 我が国の宝くじの元祖?、 鎌倉時代の『富籤』(とみくじ)記録残る 箕面富の『瀧安寺』の境内で一休み。 今は緑一色の紅葉の森の奥、 迫力ある『箕面大滝』に大感激のサプライズを ご一緒にお楽しみください・・・^〜^! . .【完】 〔訪問時期:2014.08.17〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【瀧安寺】(りゅうあんじ)は、 大阪府箕面市箕面公園にある本山修験宗(修験道の一派)の寺院。 山号は箕面山(みのおさん)。 宝くじの発祥である富くじの発祥の地とされる。 寺伝によれば658年(一説には650年)に役小角が箕面滝の下に堂を建設し、 本尊の弁財天像を安置し、「箕面寺」と命名したのが始まりである。 平安時代に後白河天皇が編纂したとされる「梁塵秘抄」には 「聖のすみかは何処何処ぞ、箕面よ勝尾よ」と歌われている。 後醍醐天皇が隠岐に島流しになった際には、 護良親王が当寺に帰還祈祷を依頼したという。 その後「瀧安寺」という寺号を賜ったとされる。 そのほかにも、山岳霊場として栄え、空海や日蓮や蓮如が修行したほか、 現在も護摩法要が行われている。 山門は光格天皇が1809年(文化6年)に京都御所から移築したものである。 また、弁財天本堂は後水尾天皇の勅命により1656年(明暦2年)に建てられた。 この弁財天は日本四弁財天に数えられる。 通路側にある鳳凰閣は昭和時代初期の建築物である。 室町時代末期に織田信長によって焼失し、 江戸時代になって後水尾天皇の援助によって現在地に再建された。 また、天正年間に日本で初めて宝くじの発祥である富くじを始めた寺院としても伝えられる。 2009年には富くじが復活した。 弁財天を祀っている所から、芸能の寺としても知られ、 近松門左衛門、坂田藤十郎ら上方歌舞伎関係者が大般若経を奉納している。 |
☆山と沢の我儘さんぽ☆
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〔『滝道』:『箕面大滝』(大阪府箕面市)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1.『滝道』(たきみち):古くから紅葉の有数の名所、「日本の滝百選」の一つ『箕面大滝』へは、雨上りの渓谷沿いのさんぽ道・・・^〜^v:『箕面大滝』(大阪府箕面市)〔2014.08.17〕 お盆の週の最後の日曜日(8/17)は、 大阪府の北部にある『箕面大滝』の滝見物。 『箕面』(みのお)は、 古く江戸時代からの紅葉の名所であり、 野生のニホンザルの生息地としても、 大阪では有名な名勝地。 台風並びに大雨の結果、上流の箕面川ダムの放水量が多く、 見応えがある景観との情報...! 大滝へは、箕面川の造る渓谷沿いの滝道、 その流れは、日ごろ目に出来ないほどの激しい流れ、 秋には見事な真っ赤に燃える紅葉は、 今は豊かな緑色。 その岩壁や路傍には可愛い草花や苔なども 雨上がりの輝く緑の大歓迎。 では、渓流沿いに大滝までの約3km、 雨上がりの渓谷さんぽを ご一緒にお楽しみください。。。^〜^v . .【つづく】 〔訪問時期:2014.08.17〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
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〔『根本大塔』(こんぽんだいとう):『壇場伽藍』(だんじょうがらん) 『高野山』(和歌山県伊都郡高野町高野山)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 5.『壇場伽藍』(だんじょうがらん):『弘法大師空海』が、密教思想に基づく塔・堂の建立に心血を注がれた聖地は、『曼荼羅』(まんだら)の世界・・・^〜^v :『高野山』(和歌山県伊都郡高野町高野山)〔2014.08.12〕 シーズン限定で発売中の『スルッとKANSAI:3dayチケット』を使って、 関西圏の私鉄を乗り放題の第二日目の『高野山』散策記の最終編。 『弘法大師空海』が高野山をご開創された折、 真っ先に整備へ着手した場所は、 現在『壇場伽藍』(だんじょうがらん)と呼ばれるこのエリア。 ここは、まさしくお大師さまが実際に土を踏みしめ、 密教思想に基づく塔・堂の建立に心血を注がれ、 『胎蔵曼荼羅』(たいぞうまんだら)の世界を 表現していると伝わる多くの伽藍が並ぶ場所。 それでは、ご一緒にゆっくり丁寧に 案内の説明などを画面上でクリックして、拡大して 弘法大師の想いを味わいながら 散策いたしましょう・・・^〜^! . 【完】 ※すべての写真は、拡大表示できます☆彡 〔訪問時期:2014.08.12〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【おまけ】 |
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〔『金剛峯寺』(こんごうぶじ):『高野山』(和歌山県伊都郡高野町高野山132)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 4.『奥の院』・『金剛峰寺』:高野山の信仰の中心、いまも『弘法大師空海』が深い禅定に入られておられる聖地から、高野山真言宗の総本山へ・・・^〜^v :『高野山』(和歌山県伊都郡高野町)〔2014.08.12〕 シーズン限定で発売中の『スルッとKANSAI:3dayチケット』を使って、 関西圏の私鉄を乗り放題の第二日目。 台風一過の先日(8/12)は、 その昔、女性は入山できなかった高野山へ。 女人信者たちがひと目弘法大師の御廟を拝みたいと 辿った『高野山女人道』。 雨上がりの『大門』から、『奥の院前』まで歩いた後、 まず向かった先は、『奥の院』。 大師信仰の中心聖地であり、 20万基を超える諸大名の墓石や、祈念碑、慰霊碑の数々が 樹齢千年に及ぶ杉木立の中に立ち並んでり参道を通り、 『弘法大師空海』がいまも深い禅定に入られておられる御廟へ。 次に訪れた先は、高野山真言宗の総本山『金剛峰寺』。 今も屋根の上に防火用の大きな水桶が置かれた、 弘法大師が『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経』(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう) から名付けられたと伝たわる寺。 それでは、弘法大師空海が修行の場として開いた日本仏教における聖地のひとつ、 高野山の中心エリアをご一緒に散策いたしましょう・・・^〜^v . 【つづく】 〔訪問時期:2014.08.12〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【金剛峰寺】(こんごうぶじ) |
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〔『地蔵菩薩像』:『円通律寺前』・『高野山女人道』(和歌山県伊都郡高野町)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 3.『高野山女人道』:雨上がりの沢に下り、小川となった峠道を登り、『奥の院』に到着・・・^〜^v :『大滝口』〜『奥の院前』(和歌山県伊都郡高野町)〔2014.08.12〕 シーズン限定で発売中の『スルッとKANSAI:3dayチケット』を使って、 関西圏の私鉄を乗り放題の第二日目。 台風一過の先日(8/12)は、 高野山の『大門』を出発するまで雨降りの天候。 その昔、女性は入山できなかった高野山。 明治5年に女人禁制が解かれるまで、 女人信者たちがひと目弘法大師の御廟を拝みたいと 辿った山道が『高野山女人道』。 カメラ三昧のゆっくり散策の雨上がりの女人道、 三回目は、『大滝口』から、『奥の院前』までを御紹介いたします。 このあたりは、人里から離れた、きれいに植林された森の小路、 路傍には、『高野槙』(コウヤマキ)茂り、 足元の秋の便り、山栗や色んなきのこ、緑美しい苔を楽しみ、 雨上がりの沢に下り、小川となった峠道を登り、 『奥の院前』・『中の橋』に到着・・・^〜^v . 【つづく】 〔訪問時期:2014.08.12〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |



