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〔『六甲山最高峰』(931.25m):(兵庫県神戸市東灘区本山町森)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『六甲山』:霜柱の一番楽チンルートで『最高峰』へ、『有馬温泉』でゆっくり・もったり『金の湯』つかって、『三ノ宮』で味噌だれ餃子で乾杯の我儘さんぽ・・・^〜^v:(兵庫県神戸市東灘区・北区)〔2014.12.19〕 とある先日(12/19)の金曜日は、 ほぼ40年ぶりに、表六甲から裏六甲への我儘さんぽ。 スルット関西3Dチケット使って、 普段は使えない(笑)高価なバス代・電車賃の一番楽チンルート。 阪急『芦屋川駅』から阪急バスで『東おたふく山登山口』、 しかし『東おたふく山』には登らずに、 『蛇谷林道』で『本庄橋跡』へ、 その後は、霜柱いっぱいの『七曲り』を 一気に『一軒茶屋』まで登り、 霧氷も大歓迎の『最高峰』でお昼...^^v 下りは、またまた楽な『魚屋道』(ととやみち)を、 霜柱の音を立てながら『有馬温泉』へ。 たっぷり一時間半の至福の時間、 お楽しみの『金の湯』で温泉三昧。 帰り道は、普段は高くて使えない(笑) 神鉄・北神急行・神戸市地下鉄の最速ルートで 『三ノ宮』へ、 向かった先は、餃子しかない『ひょうたん三宮店』、 焼き上がるまで、僕の大好きな味噌だれをお供に乾杯(笑) 待つこと約15分、好みが分かれる しっとり・ふっくらした、水っぽい焼き上がりの餃子が、 無造作に盛られ目の前に☆彡 それでは、寒さ厳しいこの時期の『六甲山』、 我儘さんぽの思い出をご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . . 〔訪問時期:2014.12.19〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【六甲山】(ろっこうさん)は、 兵庫県南東部、神戸市の市街地の西から北にかけて位置する山塊。 瀬戸内海国立公園の区域に指定されており、 また日本三百名山、ふるさと兵庫50山の一つでもある。 一般に「六甲山」は大小の山を含む六甲山系全域(狭義には中央部から東部)を指し、 最高峰は特に六甲(山)最高峰と称される。 山域は神戸市のほか、芦屋市、西宮市、宝塚市に属す。 山系は南北に狭く、東西方向に長さ数十kmにわたって市街地の北側直近に迫っており、 その山並みは神戸や阪神間また大阪市内を含む大阪府内からも天然のランドマークとして機能している。 古くから交通路や観光施設の開発が進められ、多くの観光客や登山客を集める。 【有馬温泉】(ありまおんせん)は、 兵庫県神戸市北区(旧摂津国)にある温泉。 日本三古湯の一つであり、林羅山の日本三名泉や、枕草子の三名泉にも数えられ、 江戸時代の温泉番付では当時の最高位である西大関に格付けされた。 名実ともに日本を代表する名泉の一つである。 瀬戸内海国立公園の区域に隣接する。 ■店 名 : ひょうたん・三宮店 電 話 : 078-331-1354 住 所 : 兵庫県神戸市中央区北長狭通1-31-37 交通手段: 阪急神戸線三宮駅西口より徒歩1分 三宮駅(阪急)から97m 営業時間: 11:30〜23:00 ランチ営業、夜10時以降入店可 定休日 : 第4月曜・第2日曜(月曜日が祝日の場合は翌日) |
☆山と沢の我儘さんぽ☆
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〔『山王鳥居』(さんのうとりい):『日吉大社』(ひよしたいしゃ):(滋賀県大津市坂本5丁目1-1)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『日吉大社』(ひよしたいしゃ):『比叡山』山頂から、『もたて山』・『紀貫之墓』を経て、延暦寺の守護神の神社で晩秋の紅葉を楽しむ・^〜^v :『大比叡』〜『もたて山』・『紀貫之墓』〜『日吉大社』〜『坂本駅』:(滋賀県大津市坂本5丁目1-1)〔2014.11.22〕 十日ほど前の週末(11/22)は、 『高野山』と並び古くより信仰対象の山とされ、 『延暦寺』や『日吉大社』がある『比叡山』へ。 延暦寺の『千日回峰行』が行われる行者道でもある 古道『雲母坂』(きららざか)で 『大比叡』(848.3m)山頂まで登った下山コースは、 『もたて山』・『紀貫之墓』を経て、 延暦寺の守護神として崇敬されている『日吉大社』。 境内で一休みは、晩秋の紅葉を、 そして、最終ゴールのお目当ては、 門前のお気に入り『鶴喜蕎麦』(笑) 今回は、京都市内『修学院』から、 歴史古道『雲母坂』を『大比叡』府県境を越えての、 京都・滋賀両側の素晴らしい眺望と、 琵琶湖近くの大津市『坂本』までの 晩秋の比叡山秋探し、 それでは、後編をご一緒に ゆっくりお楽しみください・・・^〜^v . 【完】 〔訪問時期:2014.11.22〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【紀 貫之】(き の つらゆき)は、 平安時代前期の歌人。 『古今和歌集』の選者のひとり。 また三十六歌仙のひとりでもある。紀友則は従兄弟にあたる。 紀望行の子。 幼名を「内教坊の阿古久曽(あこくそ)」と称したという。 貫之の母が内教坊出身の女子だったので、貫之もこのように称したのではないかといわれる。 墓は、滋賀県大津市、比叡山中腹の裳立山にある。 比叡山鉄道坂本ケーブルのもたて山駅から徒歩10分ほどあり、道標も完備されている。 【日吉大社(ひよしたいしゃ)】は、 滋賀県大津市坂本にある神社。 式内社(名神大社)、二十二社(下八社)の一社。 旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。 通称として山王権現とも呼ばれる。 西本宮と東本宮を中心に400,000m²の境内を持つほか、猿を神の使いとする。 社名の「日吉」はかつては「ひえ」と読んだが、 第二次世界大戦後は「ひよし」を正式の読みとしている。 【本家鶴喜そば・本店】 ・ 滋賀県大津市坂本4-11-4 ・お電話/077-578-0002 ・営業時間/10:00〜18:00(L.O.17:45) ・定休日/第3金曜日 (1月、6月は第3木・金曜日休み、8月、11月は無休) |
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〔『大比叡』(848.3m):(京都府京都市左京区と滋賀県大津市との県境)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1.『雲母坂』(きららざか):古くから京都と『延暦寺』を往復する僧侶・僧兵や朝廷の勅使が通った道、『親鸞聖人』も所縁の山道を『比叡山』山頂へ・・・^〜^v :『修学院』〜『大比叡』(848.3m):(京都府京都市左京区)〜(滋賀県大津市)〔2014.11.22〕 十日ほど前の週末(11/22)は、 『高野山』と並び古くより信仰対象の山とされ、 『延暦寺』や『日吉大社』がある『比叡山』へ。 登り道は、京都市左京区修学院の『修学院離宮』の脇から 比叡山の山頂に至る古道『雲母坂』(きららざか)。 延暦寺の『千日回峰行』が行われる行者道でもあり、 『親鸞聖人』が、9歳(治承5年〈1181年〉)の時に『青蓮院』で出家し、 延暦寺で修学のために登り、 29歳(建仁元年〈1201年〉)の春頃に、 『六角堂』で百日参籠を行うために 下山したと伝わる山道。 それでは、晩秋の比叡山麓『修学院』から 『音羽川』にそってスタートする『雲母坂』、 京都府京都市左京区と滋賀県大津市との県境の 『大比叡』(848.3m)山頂までの道中を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 〔訪問時期:2014.11.22〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【雲母坂】(きららざか)は、 京都市左京区修学院の修学院離宮の脇より比叡山の山頂に至る古道である。 音羽川に沿いの住宅街を抜けた先にかかる雲母橋が登山口で、 親鸞ゆかりの石碑が立つ。 修学院離宮の外縁を巡る登山道を登り、 水飲対陣跡を過ぎて京福電気鉄道鋼索線のケーブル比叡駅を経由して 比叡山の山頂に至る。 坂の名である「雲母」の由縁は、 この山道が花崗岩の砕けた地質であり、 土砂中に雲母(うんも)が含まれていることによるとされるが、異説もある。 延暦寺の千日回峰行が行われる行者道でもある。 浄土真宗の宗祖とされる親鸞が、 9歳(治承5年〈1181年〉)の時に青蓮院で出家し、 叡山(比叡山延暦寺)へ修学のために登り、 29歳(建仁元年〈1201年〉)の春頃に叡山と決別し、 六角堂へ百日参籠を行うために下山した道とされる。 1336年(北朝:建武3年/南朝:延元元年6月7日)の延元の乱で、 比叡山に篭った後醍醐天皇方の千種忠顕率いる軍が 細川氏を先陣とする足利直義の軍と対陣し、 西坂本合戦で忠顕が討ち死にした地でもある。 |
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〔『秋のやまみち』:『摩尼山』(まにさん)付近:『高野山』(和歌山県伊都郡高野町)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『高野山女人道ひとまわり』:かつて女人禁制の聖地、その峰々を外周する往時の女人道を一日で辿る・・・^〜^v :『奥の院』〜『摩尼山』(まにさん)・『楊柳山』(ようりゅうさん)〜『十字路』・『金剛峰寺』(和歌山県伊都郡高野町)〔2014.10.25〕 もう、一か月ほど前(10/25)、初紅葉の候。 元職場のお友達と向かった先は、 かつて女人禁制の聖地『高野山』。 ふつうは二回に分けての『女人道』(にょにんみち)を、 この日は、一日で一周。 後半スタートは、『奥の院』の『弘法大師御廟』、 『高野山女人道』の道しるべにしたがって、 高野三山のふたつ『摩尼山』(まにさん)・『楊柳山』(ようりゅうさん)を回って 今回は『十字路』がゴール、その後は再び『奥の院』に戻り、 『奥の院前』から『千首院橋』までバスで移動し『金剛峰寺』の 女人道と高野三山を満喫満足の一日。 それでは、高野山に前半の行程を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^! . 【完】 〔訪問時期:2014.10.25〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【金剛峯寺】(こんごうぶじ) 高野山真言宗の総本山で座主の住寺(世界遺産)。 金剛峯寺は元は高野山全体の称だが、現在金剛峯寺と呼ばれるのは 明治2年(1869年)に2つの寺院が合併したもの。 もと青巖寺(剃髪寺)と呼ばれた寺院は文禄2年(1593年)、豊臣秀吉の建立、 文久3年(1863年)、再建。 歴代天皇の位牌や高野山真言宗管長の位牌をまつっている。 大主殿、別殿、新別殿と分かれており、別殿では観光客に湯茶の施しがある。 襖に柳鷺図のある柳の間は豊臣秀次の自刃の間。 屋根の上に置かれた防火用の水桶は、 かつては高野山全域で見られたが今も置かれているのはここのみ。 |
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〔『不動坂口女人堂』:『高野山』(和歌山県伊都郡高野町)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1.『高野山女人道ひとまわり』:かつて女人禁制の聖地、その峰々を外周する往時の女人道を一日で辿る・・・^〜^v :『女人堂』〜『奥の院』(和歌山県伊都郡高野町)〔2014.10.25〕 今年最後の今月はじめてのおはようございます☆彡 もう、一か月ほど前、初紅葉の候の一日。 元職場のお友達と向かった先は、 かつて女人禁制の聖地『高野山』。 ふつうは二回に分けての『女人道』(にょにんみち)を、 この日は、一日で一周。 スタートは、今も現役のお堂『不動坂口女人堂』。 前半は、以前 台風一過の日(8/12)に はじめて歩いた『奥の院』までの行程。 それでは『高野山女人道』の道しるべにしたがって、 『不動坂口女人堂』、『弁天岳』、『大門口女人堂跡』、『龍神口女人堂跡』、 『相の浦口女人堂跡』、『大滝口女人堂跡』、『大峰口女人堂跡』から 『奥の院』の『弘法大師御廟』までの前半の行程を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^! . 【つづく】 〔訪問時期:2014.10.25〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |




