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〔『未完のカテドラル』:『マラガ(Málaga)/スペイン』にて〕 【画面右下の◎上でクリックして、拡大して御覧ください!】 10-6.『未完のカテドラル』:モダンなバス・ターミナルと鉄道駅から、歴史的な街中向けてゆっくり散策・・・^〜^v:『マラガ(Málaga)/スペイン』にて〔2010.09.25〕 ふたたび戻ってきた、『地中海島巡りクルーズ』の原点、スペインの港町『マラガ(Málaga)』、 まずは、次回の旅の下調べ?に、バスターミナルと鉄道駅へと どちらの旅の要所も、とってもモダンなデザインの建物、 駅中には、素敵なお店がいっぱいです。 再び、散策は歴史的なマラガの街の中心部へと 駅前から伸びる大通りの両側は欧州の町雰囲気です。 この町には、立派なカテドラル(大聖堂)が、 16世紀から始まった美しいルネサンス建築、 残念ながら、本来の設計では二つ並んで完成するはずの塔が 資金不足のため1782年に中止されて、未完のカテドラルに 市民からは、『ラ・マンキータ(小さな片腕の夫人)』と・・・^〜^v 【訪問時期:2010.09.16-28】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 . |
地中海島巡り:2010.09
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〔『あんこう』:『マラガ(Málaga)/スペイン』にて〕 【画面右下の◎上でクリックして、拡大して御覧ください!】 10-5.『デパ地下探検』:スペインのデパ地下は、食材の宝庫、「海の幸」・「山の幸」満載の竜宮城の厨房状態・・・^〜^v:『マラガ(Málaga)/スペイン』にて〔2010.09.25〕 ふたたび戻ってきた、『地中海島巡りクルーズ』の原点、スペインの港町『マラガ(Málaga)』、 スペインの歴史的な港町『マラガ(Málaga)』のデパ地下探検 おもわず、びっくり深海魚のアンコウから、 チーズやソーセージ、 どんぐりで育てたイベリコ豚の生ハム丸ごとまで勢ぞろい、 海の幸、山の幸が、全員集合きっちり整列!!! まるで、竜宮城の厨房のような食材の宝庫で 僕は興奮状態(笑)・・・^〜^v 【訪問時期:2010.09.16-28】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
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〔『花嫁』:『マラガ(Málaga)/スペイン』にて〕 【画面右下の◎上でクリックして、拡大して御覧ください!】 10-4.『スペインの花嫁』:週末のアンダルシア地方の歴史的な港町を、ゆっくり散策^〜^v:『マラガ(Málaga)/スペイン』にて〔2010.09.25〕 ふたたび戻ってきた、『地中海島巡りクルーズ』の原点、スペインの港町『マラガ(Málaga)』、 この街は、紀元前1000年頃、フェニキア人が初めて作った町、 ローマ時代の円形劇場の遺跡も、 イスラム時代の宮殿も残る歴史的なスペイン・アンダルシア地方の港街、 アルハンブラの小さな宮殿のような『アルカサバ(Alcazaba)』で イスラム藝術を堪能した後は、 ゆっくり週末の街中散策、 最初に出会ったのは、 なんと『スペインの花嫁』さまご一行・・・^〜^v 【訪問時期:2010.09.16-28】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 . 【マラガ(Málaga)】は、 スペイン南部の都市。 アンダルシア州マラガ県の県都。 人口は56万人で、スペイン第6位。 地中海に面し、リゾート地コスタ・デル・ソルの中心である。 画家のピカソの出身地としても有名。 マラガの港紀元前1000年頃、フェニキア人が現在のマラガの位置に 「マラカ」(Malaka)という都市を建てた。 「マラカ」の名はおそらくフェニキア語の「塩」から来ており、 港で魚が塩漬けにされたことによる。 その6世紀ほどのち、カルタゴの領土だったイベリア半島のほかの地域とともに、 ローマ人により征服された。 5世紀からは西ゴート王国の支配下に入った。 8世紀にイベリア半島はイスラム教徒に征服され、マラガは重要な貿易の中心地となった。 マラガは後ウマイヤ朝に領有されたのち、タイファ時代にはグラナダとは独立した王国の首都となった。 この時期、マラガは「マラカー」(アラビア語:مالقة)と呼ばれていた。 レコンキスタの最終期になってから1487年にスペイン王国に征服された。 1936年、スペイン内戦においてフランコの反乱軍とイタリア軍により激しい空爆にさらされた。 1960年代以降、コスタ・デル・ソルの観光業によってマラガの経済は大きく発展した。 |
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〔『天井』:『アルカサバ(Alcazaba)』:『マラガ(Málaga)/スペイン』にて〕 【画面右下の◎上でクリックして、拡大して御覧ください!】 一ヶ月過ぎましたが、『東日本大震災』で、被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。 一日も早く復旧されますようお祈り申し上げます。 待った・放るん 10-3.『アルカサバ(Alcazaba)』【後編】:街を見渡す丘のうえの宮殿は、まるで小さなアルハンブラ^〜^v:『マラガ(Málaga)/スペイン』にて〔2010.09.25〕 ふたたび戻ってきた、『地中海島巡りクルーズ』の原点、スペインの港町『マラガ(Málaga)』、 出港の前の日に散策した街を見渡す赤茶けた岩山の上のアラブの古城『ヒブラルファロ(Gibralfaro)城』 アラビア語の要塞を意味する『カスバ』が語源の『アルカサバ(Alcazaba)』。 当時この港町『マラガ(Málaga)』を統治したイスラム教徒モーロ人が築いた要塞は、 二重の城壁で、中に入り込んだ敵を攻撃し易い構造など、 マラガを守るための工夫された強固な内部、 そして、まるで小さな『アルハンブラ宮殿』のようなイスラムの宮殿、 地中海の青空と太陽と一緒に、ゆっくり散策・・・^〜^v 【完】 【訪問時期:2010.09.16-28】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 . |
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〔『アルカサバ(Alcazaba)』:『マラガ(Málaga)/スペイン』にて〕 【画面右下の◎上でクリックして、拡大して御覧ください!】 昨日の『東日本大震災』で、被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。 一日も早く復旧されますようお祈り申し上げます。 待った・放るん 10-2.『アルカサバ(Alcazaba)』【前編】:11世紀のイスラム教徒の二重の城壁に囲まれた宮殿兼要塞をゆっくり散策^〜^v:『マラガ(Málaga)/スペイン』にて〔2010.09.25〕 ふたたび戻ってきた、『地中海島巡りクルーズ』の原点、スペインの港町『マラガ(Málaga)』、 出港の前の日に散策した街を見渡す赤茶けた岩山の上のアラブの古城『ヒブラルファロ(Gibralfaro)城』 アラビア語の要塞を意味する『カスバ』が語源の『アルカサバ(Alcazaba)』。 当時この港町『マラガ(Málaga)』を統治したイスラム教徒モーロ人が築いた要塞は、 二重の城壁で、中に入り込んだ敵を攻撃し易い構造など、 マラガを守るための工夫された強固な内部、 地中海の青空と太陽を楽しみ、ゆっくり散策・・・^〜^v 【つづく】 【訪問時期:2010.09.16-28】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【アルカサバ(Alcazaba)】 アラビア語では城塞をカスバ(qasbah, قصب)と呼んだ。 アルジェリアなどでは城壁に囲まれた迷路のような旧市街がカスバと呼ばれたほか、 スペインではイスラム教徒の残した城塞(カスバ)を アルカサバ(Al Cazaba:"Al"はアラビア語の定冠詞)と呼んだ。 アルカサバはバダホスに最大のものがあるほか、 グラナダのアルハンブラ宮殿の一部やマラガ、メリダにもアルカサバは残っている。 |





