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〔『一献』:『空蔵・雄町』(くぞう・おまち):『地酒とワインの濱田屋』(兵庫県神戸市東灘区魚崎南町4-15-13)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 『蔵元&居酒屋めぐり』:晩秋の午後は、『灘五郷』の二郷『魚崎郷』・『御影郷』の蔵元さんぽして、8年ぶりにブロ友さんと居酒屋はしご(笑)・・・^〜^!:(兵庫県神戸市東灘区)〔2018.11.05〕 もう10日も経ってしまいましたが、 先週の月曜日(11/5)は、 もう8年も前に神戸でオフ会を主催していただいた ブロ友『たそがれ松』さんと夕刻に 『阪神・御影駅』で待ち合わせして、 8年ぶりの二人だけで再会オフ会^^v そして、『灘の生一本』の『灘五郷』の二郷 『魚崎郷』・『御影郷』が隣接している お気に入りのこのエリア、 僕は、酒蔵巡りして集合場所へ^^v コースは、『阪神電車』の『魚崎駅』から、 『魚崎郷』:『櫻正宗』⇒『浜福鶴』、 『御影郷』」:『菊正宗』⇒『白鶴』を周って 集合場所の『阪神電車』の『御影駅』へ・・・! 残念ながら、『浜福鶴』は月曜日は休日で、 『白鶴』は、入場時刻に1分ほど遅刻で駄目だったので、 結果的には『櫻正宗』と『菊正宗』の二つを簡単にご紹介☆彡 その後、『たそがれ松』さんのご案内で、 『御影駅』近くの『立呑み家:ライオン堂』で 8年ぶりの再会オフ会は 『ワンコのサービスセット』でスタートした後 たっぷり飲み食いして、 二次会を再び『魚崎駅』近くの思い出の居酒屋へ☆彡 8年前に各地からの多くのブロ友さんと乾杯した 『地酒とワインの濱田屋』で、 この日はお休みで訪問できなかった蔵元『浜福鶴』の 『空蔵・雄町』で一献する頃には、 8年の年月を忘れた、 ただの酒飲み友だちになっていました(笑)・・・^^v |
酒蔵めぐり・・・^〜^V
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『御酒』は、日本の文化、世界に誇る『香り』と『こく』、そして『和食』の最高の相方です^〜^v
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〔『ウイスキー原酒と山崎12年』:『サントリー山崎蒸溜所』(大阪府三島郡島本町山崎五丁目2番1号)にて〕 『サントリー京都ブルワリー』&『サントリー山崎蒸溜所』:男二人、台風大接近中にビールとウイスキー試飲さんぽ(笑)・・・^〜^v:(京都府長岡京市調子3-1-1)&(大阪府三島郡島本町山崎5-2-1)〔2017.10.29〕 先日の日曜日(10/29)は、台風22号が大接近の僕のエリア そんな日にもかかわらず、2か月以上前に手配した 男二人のお楽しみ酒蔵めぐり(笑) 天然水のビール工場『サントリー京都ブルワリー』と 『マッサン』(竹鶴政孝)が造った「本邦ウイスキー発祥之地」『サントリー山崎蒸溜所』とを 雨にも風にも負けず、傘して試飲さんぽ☆彡 どちらも工場も、記事でご紹介したことがありますので 簡単にまとめてみました☆彡 まずは、巨大な『プレミアムモルツ』からスタート・・・^〜^v ありがたき 姿おがまむ 杜若 芭蕉 芭蕉が山崎を訪れたのは宗鑑の生きた地を知っておきたかったからだろう。宗鑑ゆかりの地を訪ねた高揚をこう詠んでいる。 「ありがたき 姿おがまむ 杜若(かきつばた)」
宗鑑の家はJR山崎駅から旧西国街道を山崎蒸溜所へと向かう途中、ちょうど京都と大阪の境にあたる場所、関大明神の向かい側にあったとされている。現在その近くの旧家の表門脇にこの句碑がある。
山崎蒸溜所を訪ねた際は探していただきたい。旧西国街道を歩いていれば簡単に見つかる。 |
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〔『ただいま熟成中』:『熟成庫』・『サントリー山崎蒸溜所』(大阪府三島郡島本町山崎五丁目2番1号)にて〕 『サントリー山崎蒸溜所』:『マッサン』(竹鶴政孝)が造った「本邦ウイスキー発祥之地」で、乾杯(笑)・・・^〜^v:(大阪府三島郡島本町山崎五丁目2番1号)〔2014.12.10〕 とある今月の初旬(12/10)はあっちこっちと無料参観・見学の一日、 朝一番で、今年最後の『桂離宮』(京都府京都市西京区桂)参観。 そのあと、『サントリー京都ビール工場』(京都府長岡京市)見学で、 出来立てビールで乾杯。 最後は、京都府下で最も面積の小さい町『京都府乙訓郡大山崎町』に隣接する 『大阪府三島郡島本町』にある『マッサン』が造った『サントリー山崎蒸溜所』。 この地は、かつて『千利休』が茶室を設けた場所であり、 古くから「水生野」(みなせの)と呼ばれ名水の地であり、 また、『宇治川』・『木津川』・『桂川』の三つの河川が合流するため、 霧が立ち込めるウイスキーづくりの立地条件に適した地理。 そして、皆さんご存知のように、 スコッチ・ウイスキーの本場スコットランドでウイスキー製造を学んだ 『竹鶴政孝』(マッサン)を山崎蒸溜所長として、 当時の『寿屋』(現、サントリー)創業者である『鳥井信治郎』が招聘し、 1923年、日本初のモルトウイスキー蒸留所として開設した工場。 それでは、ご一緒にマッサンが日本で初めて造った蒸留所の 今をお楽しみください(笑)・・・^〜^v 【訪問時期:2014.12.10】 【山崎蒸溜所】(やまざきじょうりゅうしょ、SUNTORY YAMAZAKI DISTILLERY)は、 大阪府三島郡島本町山崎五丁目2番1号にあるサントリー酒類のウイスキー蒸留所である。 同蒸溜所では、同社のシングルモルトウイスキーの主力銘柄である「山崎」を生産している。 サントリーでは、山崎を「水生野」(みなせの)と呼ばれた名水の地だとしている (近くの水無瀬神宮には名水百選にも選ばれた離宮の水が湧き出ているように 古くから名水の地として有名である)。 また、山崎はかつて千利休が茶室を設けた場所であり、 水質の良さと3つの川(宇治川、木津川、桂川)が合流するために霧が立ち込めている立地が ウイスキーづくりに適しているとされる。 この山崎の地に、1923年、寿屋(現・サントリーホールディングス)によって 日本初のモルトウイスキー蒸留所として開設された。 寿屋創業者・当時の社長である鳥井信治郎は、本格的なウイスキー製造を目指し、蒸溜所開設を企画し、 1923年、スコッチ・ウイスキーの本場スコットランドでウイスキー製造を学んだ竹鶴政孝を招聘、 山崎蒸溜所長に任じたのである。 この際、竹鶴は日本におけるウィスキーづくりの好適地は北海道であることを訴えるが、 鳥井は輸送コストがかかることに加え、工場見学を消費者にしてもらうことを考えていたため、 工場の位置だけは京阪神付近の交通の便が良い所で良い水のある場所にするように命じ、 それ以外のことは竹鶴に任せたとされる。 竹鶴時代の1929年に、山崎蒸溜所は日本初のウイスキー(ジャパニーズウイスキー)「白札」を 製造・出荷した。 竹鶴は10年の契約期間が終了した際、鳥井との基本的な方向性の違い (竹鶴は経営的には不利でも北海道に蒸溜所を作りたかったことなど)もあり 契約を更新せず寿屋を退社し、 北海道余市郡余市町に大日本果汁(のちのニッカウヰスキー)を興している。 山崎蒸溜所建設の準備資料や設計図「壽屋スコッチウヰスキー醸造工場設計図」は、 初代所長・竹鶴政孝の遺品中に発見され余市蒸留所のウイスキー博物館で展示されている。 またサントリーがオーナーを務めているボウモアディスティラリーを通じて イギリス国内でも販売されている。 【おまけ】 「ありがたき すがたおがまむ 杜若(かきつばた)」 『芭蕉』(貞永四年・1687年) 俳諧の祖『山崎宗鑑』を没後訪ね、敬意を表して詠んだ一句 【山崎 宗鑑】(やまざき そうかん、寛正6年(1465年)? - 天文23年10月2日(1554年10月28日)?)は、 戦国時代の連歌師・俳諧作者。近江国の出身とされるが、 本名・出自については諸説ある。 近江国栗太郡志那村(後の常盤村、現草津市志那町)に生まれ、 佐々木義清の裔で志那弥三郎範重と言い、 幼少時より室町幕府9代将軍足利義尚に仕え(近習とも祐筆とも)、 一休禅師とも親しくよく連れ立って志那に来たと伝えられている。 義尚が鈎の陣で没した(延徳元年、1489年)後世の無常を感じ出家した。 摂津国尼崎または山城国薪村に隠棲し、その後淀川河畔の山城国(摂津国?) 山崎に庵「對月庵」を結び、山崎宗鑑と呼ばれた。 現在大阪府島本町山崎に「宗鑑井戸」「宗鑑旧居跡」が残されている。 大永3年(1523年)ごろ山崎の地を去り、 享禄元年(1528年)に讃岐国(香川県観音寺市)の興昌寺に庵「一夜庵」を結びそこで生涯を終えた。 「一夜庵」の名は宗鑑が長居の客を厭い一夜以上の宿泊を断ったからといい、 建物は修復を重ねながら現地に残されている。 最初連歌師を志し宗祇・宗長等と交わったが、 滑稽機智を主眼とし天性の洒落気を持つ宗鑑には貴族的で伝統を重んじる連歌の世界は肌に合わず、 より自由な俳諧の世界へと足を踏み入れた。 当時俳諧は未だ連歌から完全に独立したものではなく、連歌の余興として扱われていた。 保守的な連歌師は宗鑑の作風と俳諧を卑属・滑稽と哂ったが、 宗鑑は「かしましや 此の里過ぎよ 時鳥 都のうつけ 如何に聞くらむ」と逆に哄笑し、 より民衆的な色彩の中に自己の行く道を見出し、 座興として捨てられていた俳諧を丹念に記録・整理して俳諧撰集の草分けである「犬筑波集」を編み、 俳諧を独立した芸術として世間に公表した。 俳諧撰集「犬筑波集」の自由奔放で滑稽味のあるその句風は、 江戸時代初期の談林俳諧に影響を与え、荒木田守武とともに、俳諧の祖と称される。 (旧暦)天文23年10月2日(1554年10月28日)一夜庵で「ヨウ(できもの)」を患いそのために命を失い、 辞世は 「宗鑑は いづくへと人の 問うならば ちとよう(ヨウ)がありて あの世へといへ」。 |
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〔『アサヒビール吹田工場』(大阪府吹田市西の庄町1-45)にて〕 『三都・ビール三昧』:『アサヒビール吹田工場』(大阪府吹田市)・『キリンビール名古屋工場』(愛知県清須市)・『サントリー京都ビール工場』(京都府長岡京市)・・・^〜^v:〔2014.10/12〕 最近、ご縁あった(笑)大手三社のビール工場をご紹介! お目当ては、当然 無料の出来立てビールの試飲☆彡 まずは、ご近所『アサヒビール吹田工場』(大阪府吹田市)。【訪問時期:2014.12.25】 明治24年(1891年)、有限責任大阪麥酒会社吹田村醸造所として竣工した アサヒビール創業の工場です。 二番目は、『キリンビール名古屋工場』(愛知県清須市)。【訪問時期:2014.10.28】 今年の後半、格安高速バスのおかげで大変ご縁があった『名古屋』の原点 『清須市』にある2012年に工場創業50周年を迎えた老舗工場です。 最後は、『サントリー京都ビール工場』(京都府長岡京市)。【訪問時期:2014.12.10】 近くには、マッサンゆかりの『山崎蒸溜所』もある 1969年(昭和44年)に「桂ビール工場」として開設された 第2のビール工場です。 それでは、大阪・名古屋・京都の三都の 三社三様のビール工場、 味も 趣向も異なる『三都・ビール三昧』の工場見学を ご一緒にお楽しみください(笑)・・・^〜^v 【訪問時期:2014.10/12】 |
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〔『初霞』:『久保本家酒造』(奈良県宇陀市大宇陀出新1834)にて〕 『久保本家酒造』:桜花散った『又兵衛桜』のご近所で、元禄15年『赤穂浪士討ち入り』の年に創業の酒蔵に出逢う・・・^〜^v:(奈良県宇陀市大宇陀出新1834)〔2013.04.11〕 奈良県は、日本酒の発祥地、 今でも県下には32の蔵元ががんばって操業中。 見事な桜花はもう散ってしまった 『又兵衛桜』(またべえざくら)で有名な大宇陀(おおうだ)を 訪れた先日の帰り道、 道の駅『宇陀路 大宇陀』(奈良県宇陀市大宇陀拾生714-1)で一休み、 交差点の向うには、地元の酒蔵の大きな看板が....!(笑) さっそく、ちょっぴり寄り道して、 『初霞』(はつかすみ)の『久保本家酒造』訪問、 ちょうど310年前の赤穂浪士討ち入りの年(1703)、 『元禄15年』創業の主屋で、 無濾過・生原酒を お土産に・・・^〜^V 【訪問時期:2013.04.11】 【又兵衛桜(またべえざくら)】は、 奈良県宇陀市大宇陀本郷(旧大宇陀町域)にある、 樹齢300年とも言われる桜の古木。 瀧桜(たきざくら)とも呼ばれる。 県の保護樹。 2000年のNHK大河ドラマ『葵徳川三代』のオープニング映像で使用された事で有名になった。 【道の駅:宇陀路 大宇陀】 所 在 名 : 奈良県宇陀市大宇陀拾生714-1 T E L : (TEL)0745-83-0051 (FAX)0745-83-0789 開設時間 : 4月〜9月;8:00〜20:00 10月〜3月;9:00〜19:00 ※ トイレ・駐車場・公衆電話は24時間利用できます。 【株式会社 久保本家酒造】 〒633-2162 宇陀市大宇陀出新1834 Tel. : 0745-83-0036 Fax. : 0745-83-3353 |




