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〔『夜間景観照明』:『中橋』・『美観地区』(岡山県倉敷市中央1丁目)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2-6.『夜の美観地区』:倉敷格子に白壁なまこ壁の建物が倉敷川の川面に映る、幻想的な夜散歩・・・^〜^v :『倉敷美観地区』(岡山県倉敷市中央1丁目周辺)〔2013.06.29〕 四か月も前の初夏の岡山県の旅日記。 思い出深い瀬戸内海と歴史を訪ねた旅。 日本三名園のひとつ『後楽園』を楽しんた今宵の宿は、 岡山市の西隣『倉敷市』。 倉敷川沿の白壁の家並みが、 「美観地区」として有名な僕の大好きな町。 地元のお料理で腹こしらえの後は、 夕闇に建物のシルエットが浮かびあがる、 景観照明のやさしい光に包まれた『美観地区』散策。 倉敷格子に白壁なまこ壁の建物が倉敷川の川面に映る静かな家並みを、 ご一緒にゆっくり楽しみましょう・・・^〜^V . .【つづく】 〔訪問時期:2013.06.29〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 店名: 白壁 ジャンル: 魚介料理・海鮮料理、懐石・会席料理、郷土料理 TEL・予約: 050-5868-3069 (予約専用番号) 住所: 岡山県倉敷市阿知2-8-1 倉敷ステーションホテルB1 【倉敷美観地区】(Kurashiki Bikan historical quarter)は、 岡山県倉敷市にある町並保存地区・観光地区である 当エリアは倉敷市の美観地区景観条例に基づき定められたもので、 同市本町全域、中央1丁目北部(前神町など)、東町・阿知2丁目・鶴形2丁目の各一部が含まれる。 広義の美観地区の面積は21.0ヘクタールで、 うち伝統的建造物群保存地区(第一種美観地区)が15.0ヘクタール、 伝統美観保存地区(第二種美観地区)が6.0ヘクタールとなっている。 伝統的建造物群保存地区(倉敷川周辺)は 倉敷川畔伝統的建造物群保存地区の名称で 国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。 江戸時代初期の寛永19年(1642年)、 江戸幕府の天領に定められた際に倉敷代官所が当地区に設けられ、 以来備中国南部の物資の集散地として発展した歴史を持つ。 倉敷川の畔から鶴形山南側の街道一帯に白壁なまこ壁の屋敷や蔵が並び、 天領時代の町並みをよく残している。 1969年に倉敷市の条例に基づき美観地区に定められ、 1979年(昭和54年)に県内2件目の重要伝統的建造物群保存地区として選定された。 また、1930年(昭和5年)に建てられた日本最初の西洋美術館大原美術館や 1888年(明治21年)に代官所跡地に建てられた旧倉敷紡績工場の建物を 改修・再利用した観光施設倉敷アイビースクエア等も当地区を代表する建築物である。 |
【中国の四季さんぽ】
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〔『赤とんぼ』・【猩々蜻蛉】(ショウジョウトンボ):『後楽園』(こうらくえん)(岡山県岡山市北区後楽園1-5)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2-5.『烏城』(うじょう):初夏の候、大名庭園『後楽園』から、その居城へと城内散策・・・^〜^v :『岡山城』(岡山県岡山市北区)〔2013.06.29〕 四か月も前の初夏の岡山県の旅日記。 思い出深い瀬戸内海と歴史を訪ねた旅。 日本三名園のひとつ『後楽園』。 岡山市内を流れる旭川をはさみ、 『烏城』(うじょう)と呼ばれ親しまれている 『岡山城』の対岸の中州に位置する大名庭園。 その昔、藩主のように池泉回遊式の庭園散策のあとは、 居城へと徹底散策いたしましょう・・・^〜^V . .【つづく】 〔訪問時期:2013.06.29〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【岡山城】 【岡山城】(おかやまじょう)は、 日本の城。 岡山県岡山市北区にある。 別名に烏城(うじょう)、金烏城(きんうじょう)。 国指定の史跡。 戦国時代に、備前西部から美作、備中に勢力を伸ばした宇喜多氏が 本拠としたことで近世城郭の基礎が生まれ、 その後小早川氏、両池田氏により整備、拡張が行われた。 岡山城は標高が十数メートルの丘が連なる小高い土地に建設された。 |
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〔『蓮華』:『後楽園』(こうらくえん)(岡山県岡山市北区後楽園1-5)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2-4.『後楽園』(こうらくえん):初夏の候、優雅に蓮華咲く、日本三名園のひとつを徹底散策・・・^〜^v :(岡山県岡山市北区後楽園1-5)〔2013.06.29〕 四か月も前の初夏の岡山県の旅日記。 思い出深い瀬戸内海と歴史を訪ねた旅。 きび団子と桃太郎の国で忘れれたならないのが、 金沢市の兼六園、水戸市の偕楽園とともに 日本三名園のひとつ岡山市の『後楽園』。 岡山市内を流れる旭川をはさみ、 岡山城の対岸の中州に位置するこの名園は、 その昔、藩主が賓客をもてなした『延養亭』(えんようてい)を中心とした 池泉回遊式の大名庭園。 それでは、さわやかに蓮華咲く初夏の園内を ご一緒に徹底散策いたしましょう・・・^〜^V . .【つづく】 〔訪問時期:2013.06.29〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【後楽園】(こうらくえん)は、 岡山県岡山市北区後楽園1-5にある日本庭園(大名庭園)で、日本三名園のひとつである。 江戸時代初期に岡山藩主・池田綱政によって造営された、元禄文化を代表する庭園で、 国の特別名勝に指定されている。 後楽園は岡山藩主・池田綱政が岡山郡代官・津田永忠に命じて造らせたもので、 1687年(貞享4年)に着工し14年の歳月をかけ1700年(元禄13年)に完成した。 岡山市内を流れる旭川をはさみ、岡山城の対岸の中州に位置する。 藩主が賓客をもてなした建物・延養亭(えんようてい)を中心とした池泉回遊式の庭園で 岡山城や周辺の山を借景としている。 江戸時代には延養亭を茶屋屋敷、庭園を後園または御後園と呼んでいた。 1871年(明治4年)、園内を一般開放するにあたって、これを後楽園と改めた。 |
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〔『像:青春感謝』:『岡山駅』前(岡山市北区駅元町1番1号)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2-3.『吉備津彦神社』(きびつひこじんじゃ):備前国と備中国の国境に立つ吉備の中山には、各々の二国の一宮が鎮座・・・^〜^v :(岡山県岡山市北区一宮1043)〔2013.06.29〕 四か月も前の初夏の岡山県の旅日記。 思い出深い瀬戸内海と歴史を訪ねたその旅先、 岡山市西部、備前国と備中国の国境に立つ吉備の中山(標高175m)には、 北西麓と北東麓とに、備前国と備中国の国一宮が....! 北東麓に東面して鎮座するは、 備前国一宮『吉備津彦神社』(きびつひこじんじゃ)。 大化改新を経て吉備国が備前・備中・備後に分割されたのち、 備前国一宮として崇敬された。 巨大な『安政の石造大燈籠』が目立つ境内を散策して、 一路、岡山駅へと・・・^〜^V . .【つづく】 〔訪問時期:2013.06.29〕 【吉備津彦神社】(きびつひこじんじゃ)は、 岡山県岡山市北区一宮にある神社。 備前国一宮。 旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。 近年、「朝日の宮」(あさひのみや)の別称がある。 岡山市西部、備前国と備中国の境に立つ吉備の中山(標高175m)の北東麓に東面して鎮座する。 吉備の中山は古来より神体山として信仰されており、 北西麓には備中国一宮・吉備津神社が鎮座する。 当社と吉備津神社とも、 当地を治めたとされる大吉備津彦命を主祭神に祀り、 命の関係一族を配祀する。 |
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〔『あじさい』:『あじさい園』・『吉備津神社』(きびつじんじゃ)(岡山県岡山市北区吉備津931)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2-2.『あじさい園』:なぜか、なつかしい初夏の花、その彩り・その姿・・・^〜^v :『吉備津神社』(きびつじんじゃ)(岡山県岡山市北区吉備津931)〔2013.06.29〕 四か月も前の初夏の岡山県の旅日記。 思い出深い瀬戸内海と歴史を訪ねたその旅先、 『吉備津神社』(きびつじんじゃ)で、 出逢った『あじさい園』。 山の斜面に広がる色とりどりの紫陽花、 御昼どきの陽射しに照らされた新緑の葉っぱとその花たち。 わずか四か月前に撮った紫陽花の花は、 酷暑を耐え、台風の季節の候 今、再会すると、 なぜか、その彩り・その姿が なつかしい初夏の花・・・^〜^V . .【つづく】 〔訪問時期:2013.06.29〕 【あじさい(紫陽花)は夏の季語】 万葉集には二首のみ。 ・言問はぬ木すら味狭藍 諸弟(もろと)らが 練の村戸(むらと)にあざむかえけり(大伴家持 巻4 773) ・紫陽花の八重咲く如くやつ代にを いませわが背子見つつ思はむ(しのはむ)(橘諸兄 巻20 4448) 平安後期になるとしばしば詠まれるようになった。 ・あぢさゐの 花のよひらに もる月を 影もさながら 折る身ともがな(源俊頼『散木奇歌集』) ・夏もなほ 心はつきぬ あぢさゐの よひらの露に 月もすみけり(藤原俊成『千五百番歌合』) ・あぢさゐの 下葉にすだく蛍をば 四ひらの数の添ふかとぞ見る(藤原定家) |




