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〔『常夜燈(とうろどう)』:『鞆の浦(とものうら)』『広島県福山市鞆町』にて〕 『鞆の浦(とものうら)』【前編】 : 万葉の時代からの瀬戸内の港町を、わがまま散策楽しむ・・・^〜^♪:『広島県福山市鞆町』にて〔2011.10.23〕 さてほて、記事は再び 一ヶ月ほど遡って中国地方に戻りました(笑) この日は、岡山在住の『三原色さま御夫妻』におねだりして、 お車で、広島県福山市へと.... 目的地は、日本の古代・万葉時代からの瀬戸内の重要な港町『鞆の浦(とものうら)』、 「吾妹子(わぎもこ)が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき」(大伴旅人)」 なんと、万葉集にはこの『鞆の浦』を詠んだ歌が八首も! その後も、多くのわが国・日本の重要な港として、 多くの歴史との出会いがあった港町を、 わがまま散策楽しみました・・・^〜^♪ 【つづく】 【訪問時期:2011.10.23】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【鞆の浦(とものうら)】は、 広島県福山市鞆町の沼隈半島南端にある港湾およびその周辺海域。 現在は鞆港の港周辺の市街を含めた範囲も「鞆の浦」と呼ぶことも多いが、 本来「鞆の浦」とは「鞆にある入り江」という意味であり鞆港を中心とした海域のことである。 沿岸部と沖の島々一帯は「鞆公園」として国の名勝及び国立公園に指定されている。 |
【中国の四季さんぽ】
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〔『アッケシソウ(厚岸草)』:『寄島アッケシランド』・『岡山県浅口市・寄島干拓地』にて〕 『アッケシソウ(厚岸草)』 :環境省のレッドデータブックで近い将来に絶滅の危険が高い種に指定され貴重な植物と出逢う・・・^〜^!:『寄島アッケシランド』・『岡山県浅口市』にて〔2011.10.23〕 さて、『岡山プチ旅行』の三日目は、 岡山在住のブロ友『三原色』ご夫妻がドライブにご招待してくださいました。 行き先は、かねがね再訪したかった『鞆の浦(とものうら)』(広島県福山市鞆町)、 その帰り道、案内していただいたのが、 とってもカラフルな素敵な『コスモスのお花畑』と、 大変めずらしい『アッケシソウの自生地』。 この植物は、北海道厚岸町厚岸湖で発見された貴重な草花、 環境省のレッドデータブックで近い将来に絶滅の危険が高い種にも指定されている 『アッケシソウ』とのすばらしい出逢いを御紹介・・・^〜^ 【訪問時期:2011.10.23】 . 【アッケシソウ(厚岸草、学名Salicornia europaea)】は、 アカザ科に属する一年性草本で、 世界的にはヨーロッパ、アジア、北アメリカなどの寒帯地域に広範囲に分布する。 潮汐の干満に規定される、 平均冠水位から満潮水位の間の海に接する陸地や内陸に発達する塩湿地に生育する塩生植物である。 アッケシソウの茎は濃緑色で高さ10〜35cm、円柱形で節を形成し、節から枝が対生する。 また、退化した燐片状の葉が節部に対生する。 8〜9月には、茎および枝の先端部が円柱状の穂状花序をなし、 葉腋のくぼみに3個の花が対となり、 1つの節に6個の花器を形成する。 3個の花のうち、中央に位置するものを中央花、その両側に位置するものを両側花と呼ばれ、 中央花からは大粒種子、両側花からは小粒種子と呼ばれる大小2種の種子を形成する。 このことからアッケシソウは花器と種子に二形性が認められている。 大粒種子は環境ストレスに強く、 小粒種子は休眠期間が長いことから群落の維持に関与する事が推測される。 この植物の花器の特徴として、花被が退化し、 雌ずいや雄ずいを包み込むようにがく片が非常に発達している。 秋になるとアッケシソウの茎および枝の濃緑色は紅紫色へ変化する姿からサンゴソウとも呼ばれる。 その色素は同じアカザ科に属するサトウダイコンの根で合成される色素と同種のベタシアニンである。 環境省のレッドデータブックでは近い将来に絶滅の危険が高い種 (EN) に指定され、 さらに近年では地盤沈下や湖岸の侵食により、年々減少しているとの報告がある。 |
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〔『天守閣』:『岡山城』『岡山県岡山市北区』にて〕 『岡山城』:朝散歩は、秋の『烏城(うじょう)』に登城・・・^〜^♪:『岡山県岡山市北区』にて〔2011.10.23〕 今月初めてのおはようございます^〜^! 今年も残す所二ヶ月となりました。 素敵なあたらしい月をお迎えください♪ さて、『岡山プチ旅行』の二回目の朝は、『岡山城』に登城。 秋も深まった路面電車の走る町には、 色づいた落ち葉には、前夜の小雨の水滴がお土産に 『旭川』には、秋空の青空と白雲が映り、 目指す『烏城(うじょう)』を右手に、 『廊下門』から天守へと入城、 秋色豊かな岡山の朝を楽しみました・・・^〜^v 【訪問時期:2011.10.23】 . 【岡山城(おかやまじょう)】は、 日本の城。 所在地・岡山県岡山市北区。 別名・烏城(うじょう)、金烏城(きんうじょう)。 国指定の史跡。 戦国時代に、備前西部から美作、備中に勢力を伸ばした宇喜多氏が本拠としたことで 近世城郭の基礎が生まれ、その後小早川氏、両池田氏により整備、拡張が行われた。 岡山城は標高が十数メートルの丘が連なる小高い土地に建設された。 当時、旭川河口部は複数の派川に分岐しており、 その中の大洲原と呼ばれる広大なデルタ地帯中央に「岡山」(柴岡山とも)、 その西隣に「石山」、さらにその北西には「天神山」(天満山とも)の3つの丘が連なり、 各時代ごとに要害として使用されたとされる。 その中の石山にあった石山城(いしやまじょう)に宇喜多直家が入城・改築し、 後に子の宇喜多秀家が隣接する岡山に新たに本丸を設け、 石山城を取り込む形で城郭が建造された。 これが岡山城である。 |
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〔『吉備津のこまいぬ』・『吉備津神社(きびつじんじゃ)』『岡山県岡山市北区吉備津931』にて〕 『吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)』・『吉備津神社(きびつじんじゃ)』:『備前国一宮』と『備中国一宮』は、ご近所・・・^〜^♪:『岡山県岡山市北区一宮1043』・『岡山県岡山市北区吉備津931』にて〔2011.10.22〕 今月最後のおはようございます^〜^! 今年も残す所二ヶ月と一日となりました。 今日の記事は、先日の『岡山プチ旅行』二日目のお昼下がりに訪問した 『吉備津彦神社』と『吉備津神社』の御紹介。 この二社は、どちらも備前国と備中国の境にある(きびのなかやま)の麓に鎮座しています。 そして、それぞれが、『備前国一宮』と『備中国一宮』として、 同じ祭神の吉備津彦命(きびつひこのみこと)を祀っています。 大化改新の後、吉備国が備前・備中・備後に分割された後に 各々の国の一宮として崇敬されてきた歴史あるお宮さんです・・・^〜^! 【訪問時期:2011.10.22】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)】は、 岡山県岡山市北区一宮にある神社である。 備前国一宮で、旧社格は国幣小社。 「朝日の宮」(あさひのみや)の別名がある。 岡山県岡山市北区にある神社である。 式内社(名神大)、備中国一宮および吉備総鎮守で、旧社格は官幣中社。 延喜式神名帳には吉備津彦神社(きびつひこのじんじゃ、きびつひこじんじゃ)とあり、 かつては吉備津彦神社とも称していたが、現在は吉備津神社を正式名としている。 . |
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〔『後楽園』・『岡山市北区後楽園1−5』にて〕 『後楽園』:雨上がりの日本三名園のひとつ、鏡のような秋の水面を味わう・・・^〜^!:『後楽園』・『岡山市北区後楽園1−5』にて〔2011.10.22〕 おはようございます^〜^v 今日は、『英国で最も美しい村』・『バイブリー』の記事は、一休み。 一週間前に出かけた『岡山プチ旅行』から 日本三名園のひとつ『後楽園』を、 前夜の小雨もあがり、水たまりの残る広大な大名庭園。 風もない、しずかな週末の朝、 鏡のような水面に映る秋の風景を ご一緒に味わってください・・・^〜^v 【訪問時期:2011.10.22】 . 【後楽園(こうらくえん)】は、 岡山県岡山市北区後楽園1-5にある日本庭園(大名庭園)で日本三名園のひとつである。 江戸戸時代初期に岡山藩主・池田綱政によって造営された、 元禄文化を代表する庭園で、国の特別名勝に指定されている。 後楽園は岡山藩主・池田綱政が岡山郡代官・津田永忠に命じて造らせたもので、 1687年(貞享4年)に着工し14年の歳月をかけ1700年(元禄13年)に完成した。 岡山市内を流れる旭川をはさみ、岡山城の対岸の中州に位置する。 藩主が賓客をもてなした建物・延養亭(えんようてい)を中心とした池泉回遊式の庭園で 岡山城や周辺の山を借景としている。 |




