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〔『耳飾りの少女(蘭: Het meisje met de parel)』:『マウリッツハウス(蘭:Mauritshuis)』・『デン・ハーグ(蘭:Den Haag)』にて〕 【おまけ】『マウリッツハウス王立美術館(蘭:Koninklijk Kabinet van Schilderijen Mauritshuis)』:『フェルメール(Johannes Vermeer)』の『耳飾りの少女(蘭: Het meisje met de parel)』との10年前の出逢い・・・^〜^!:『デン・ハーグ(蘭:Den Haag)』にて(2002.09.28) 『耳飾りの少女(蘭: Het meisje met de parel)』と初めて出逢ったのは、 2002年09月28日、 ガーナの友達を訪問しての帰り道、 経由地だったアムステルダムで数日滞在したとき。 このとき『マウリッツハウス王立美術館(蘭: Koninklijk Kabinet van Schilderijen Mauritshuis)』 館内では、自由に好きなだけ写真を撮れました。 しかし、当時の僕のデジカメ(FinePix2700)は、画素数も230万画素と少なく、 また、僕の腕も.....(涙) それで、今回の再訪を楽しみしていたこの美術館、 素敵な館内の様子を皆様に是非とも御紹介したかったのですが... あいにく、撮影禁止になってしまっていました。 そこで、10年前の今ひとつの写真ですが、 恥ずかしながら、御紹介いたしますので、 ゆっくり、お楽しみください^〜^v 【訪問時期:2002.09.28】 ◎『フェルメールの作品』:『米国・国立美術館-西館』(ワシントンDC)の記事は、 下記にあります^〜^v 『マウリッツハウス王立美術館』の【主な収蔵品】は、 ・レンブラント『テュルプ博士の解剖学講義』(1632年)「自画像」(1669年)他 ・フェルメール『デルフトの眺望』(1660 - 1661年頃) - プルーストの『失われた時を求めて』に重要なモチーフとして登場する絵画である。 ・フェルメール『真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)』(1665年頃) - この絵をモチーフにしたトレイシー・シュヴァリエの小説(のちに映画化)で 一躍有名になった作品。 ・ヤン・ステーン 「この親にしてこの子あり」(1665年頃)他 ・ヘンドリック・アーフェルカンプ 「氷上の遊び」(1610年頃) ・アドリアーン・コールテ 「苺のある静物」(1705年) ・パウルス・ポッテル 「雄牛」(1647年) ・フランス・ファン・ミーリス (父) 「売春宿の一幕」(1658年頃) 出典: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8 |
春のオランダ:2011.05
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2011年春の母との旅、中世そのままの英国・コッツウォルズ地方から、やってきた先は、チューリップ満開の運河の国・オランダです^〜^v
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〔『マウリッツハウス(オランダ語:Mauritshuis)』:『デン・ハーグ(オランダ語:Den Haag)』にて〕 9-02.『真珠の耳飾りの少女(蘭: Het meisje met de parel)』:残念ながら、館内は撮影禁止に(涙)・・・^〜^!:『マウリッツハウス(オランダ語:Mauritshuis)』・『デン・ハーグ(オランダ語:Den Haag)』にて(2011.05.07〕 運河の国『オランダ王国(Koninkrijk der Nederlanden)』の三日目は、 楽しみにしていた、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女(蘭: Het meisje met de parel)』との再会、 前回は、2002年にガーナからの復路に立ち寄った『マウリッツハウス』、 ほぼ、10年ぶりに『デン・ハーグ(オランダ語:Den Haag)』へ列車の旅、 しかし、残念ながら館内は撮影禁止なっていました(涙)・・・^〜^! 【訪問時期:2011.04.29-05.09】 【画面右下の◎上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【マウリッツハウス(オランダ語:Mauritshuis)】は、 オランダのデン・ハーグにある美術館。 正式名称はマウリッツハウス王立美術館(オランダ語: Koninklijk Kabinet van Schilderijen Mauritshuis、英語: The Royal Picture Gallery Mauritshuis (Maurice House))であるが、 単にマウリッツハウスと呼称されることが多い。 日本ではマウリッツハウス美術館と呼ばれ、またマウリッツハイスの表記も用いられる。 マウリッツハウスの建物は、17世紀半ば、ヤーコプ・ファン・カンペンの設計で建てられたもので、 オランダ古典様式建築の代表作とされる。 館名はここに住んだナッサウ=ジーゲン侯ヨハン・マウリッツ(1604年 - 1679年)にちなむ。 コレクションはオランダ総督ウィレム5世と、その子のオランダ初代国王ウィレム1世の収集が 中核となっている。 王立美術館として開館したのはウィレム1世の時代、1822年である。 美術館の規模はさほど大きくないが、オランダ絵画をはじめ珠玉の名品を収蔵することで知られる。 中でも世界に三十数点しかないフェルメールの作品のうち3点がここにあることが注目される。 |
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〔『街並(a street of houses):『アムステルダム(Amsterdam)』にて〕 9-01.『跳ね橋(Drawbridge)』:朝陽に輝く跳ね橋のある運河の街並散策・・・^〜^!:『アムステルダム(Amsterdam)』にて〔2011.05.07〕 運河の国『オランダ王国(Koninkrijk der Nederlanden)』二度目の目覚め、 僕の旅先での日課は、まず 早朝散歩でスタート、 この朝は、運河にかかる『跳ね橋(Drawbridge)』を訪ねて、 朝日に輝く運河と自転車と路面電車の街『アムステルダム(Amsterdam)』を ご一緒に、カメラもっての散策スタート・・・^〜^v 【訪問時期:2011.04.29-05.09】 【画面右下の◎上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【跳ね橋(はねばし)】は、 城門によく見られるような可動橋。撥ね橋。跳開橋。桔橋。刎橋。 単純な構造の跳ね橋は川幅の狭い運河でよく見られた。 その構造は橋脚脇を回転軸として釣り合いおもりを利用して、橋桁をハの字に跳ね上げるものである。 中世には堀や水路を横切っての通行に統制を加える目的で利用された。 運河に設けられた跳ね橋の場合は、通行を許可する場合に下ろされるし、 許可しない場合、橋は跳ね上げられた。 城門の場合も同じで跳ね橋を上げて入城を拒むことが出来た。 |
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〔『飾り窓(red-light district)』:『De Wallen』・『アムステルダム(Amsterdam)』にて〕 8-06.『たそがれどきに(at twilight)』:大人の街をちょっぴり偵察・・・^〜^?:『De Wallen』・『アムステルダム(Amsterdam)』にて〔2011.05.06〕 運河の国『オランダ王国(Koninkrijk der Nederlanden)』の二日目、 7百万本の色とりどり・形いろいろのチューリップ園『キューケンホフ公園(Keukenhof)』で、 たっぷり、オランダの春を楽しみ、 直通連絡バスでスキポール駅へ、 そして、列車でいったんホテル戻り、 軽くビールで乾杯! その後は、 まだまだ明るいアムステルダムのたそがれどき、 ちょっぴり大人の街へ偵察、 母と保護者同伴の社会勉強・・・^〜^? 【訪問時期:2011.04.29-05.09】 【画面右下の◎上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
8-05.『アート(Art)』: ドイツ3大クラシック作曲家『バッハ』・『ベートーヴェン』・『ブラームス』もご挨拶・・・^〜^♪:『キューケンホフ公園(Keukenhof)』 〔2011.05.06〕
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〔『運河(a canal)』:『キューケンホフ公園(Keukenhof)』・『アムステルダム(Amsterdam)郊外』にて〕 8-05.『アート(Art)』: ドイツ3大クラシック作曲家『J.S.バッハ』・『ベートーヴェン』・『ブラームス』もご挨拶・・・^〜^♪:『キューケンホフ公園(Keukenhof)』:『アムステルダム(Amsterdam)』郊外にて〔2011.05.06〕 運河の国『オランダ王国(Koninkrijk der Nederlanden)』の二日目、 アムステルダムの郊外、ハーグとの中間にある『キューケンホフ公園(Keukenhof)』へ、 花の楽園は、オランダの春を満喫できる32ヘクタールの広大な公園 7百万本の色とりどり・形いろいろのチューリップ園。 オランダ春の公園散策の最終編は、 ちょっぴり、チューリップ以外の園内を御紹介・・・^〜^v 【Fin.】 【訪問時期:2011.04.29-05.09】 【画面右下の◎上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |




