|
〔『港こうべの街並み』:『港みはらし台』(兵庫県神戸市中央区北野町1丁目7−2)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 3.『港みはらし散歩』:神戸の街並みを眺めながら、『北野異人館街』を経て『相楽園』へ・・・^〜^v:『背山散策路』(兵庫県神戸市中央区町)〔2016.04.30〕 □地震により被害を受けられました皆さま、また関係者の方々には心よりお見舞い申しあげます。□ もう一週間ほど前、連休の始まりの頃(4/30)、 神戸市在住の級友の案内で、 神戸市民の憩いの『布引渓流』から、 向かった先は『北野異人館街』を経て 『相楽園』(そうらくえん)☆彡 『背山散策路』は、 港こうべの街並みを楽しみながら、 『新神戸駅』の山手から、 『北野異人館街』へのさんぽ道☆彡 連休中で大賑わいの北野の町を通り抜け、 向かった先は、ツツジの名所としても知られる 『相楽園』(そうらくえん)☆彡 文化財保護法に基づく最初の登録記念物は、 広さ20,000m²の都市公園・日本庭園☆彡 それでは、五月晴れの昼下がり、 池泉回遊式の日本庭園をゆっくり お楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【相楽園】(そうらくえん)は、兵庫県神戸市中央区にある広さ20,000m²の都市公園・日本庭園。 日本の文化財保護法に基づく登録記念物の最初の登録物件である。ツツジの名所として知られる。 三田藩士・小寺泰次郎が幕末から明治維新の混乱で困窮する三田藩の財政を立て直すべく、九鬼隆義、白洲退蔵(白洲次郎の祖父)らとともに神戸で事業を起こし実業家として成功を収め、小寺の私邸として建設されたもので、1885年頃から築造を始め1911年に完成させた広大な庭園と邸宅である。 当初「蘇鉄園」と呼ばれていたが1941年に神戸市が譲り受け、名称を中国易経にある「和悦相楽」より取った「相楽園」と変えて一般公開されるようになった。 庭園の形式は池泉回遊式を基本としているが、西洋文化の影響をうけて広場が設けられている。 戦前までは園内に小寺家本邸をはじめとする多数の建造物があった。しかし西洋風の旧小寺家厩舎(重要文化財)以外は全て1945年6月の神戸大空襲により焼失した。 現存する大楠や蘇鉄林、大灯篭、塀、門などから失われた邸宅の雄大さをうかがうことができる。 第二次大戦後になって神戸市生田区(現・中央区)北野町から旧ハッサム住宅(重要文化財)が移築保存され、神戸市の迎賓館施設として相楽園会館、茶室「浣心亭」が建設され、さらに神戸市垂水区から船屋形(重要文化財)が移設されて現在の景観に至る。 |
【兵庫の四季さんぽ】
[ リスト | 詳細 ]
|
〔『布引貯水池』・『布引五本松ダム』(ぬのびきごほんまつ):『布引渓流』(兵庫県神戸市中央区葺合町)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『布引渓流』(ぬのびきけいりゅう):森の緑と空の青に囲まれた水の流れとともに、神戸市民の憩いの渓流さんぽ・・・^〜^v:(兵庫県神戸市中央区葺合町)〔2016.04.30〕 □地震により被害を受けられました皆さま、また関係者の方々には心よりお見舞い申しあげます。□ もう一週間ほど前、連休の始まりの頃(4/30)、 神戸市在住の級友の案内で、 神戸市民の憩いの『布引渓流』 渓流さんぽ☆彡 かつて『役小角』が開いた修験道行場は、 今は、神戸市民の憩いの山道散歩コースとしても 親しまれている『布引渓流』☆彡 『雄滝』・『夫婦滝』・『鼓滝』に『雌滝』のめんたき)からなる 四つの滝の総称『布引の滝』☆彡 その上流へと、渓流の水の流れに導かれて登ると 国の重要文化財に指定された 日本最初の重力式コンクリートダム 『布引五本松ダム』(ぬのびきごほんまつダム)☆彡 森の緑と空の青に囲まれたダム湖『布引貯水池』の畔を しばしの時間楽しみ、 来た道を戻り、 港・神戸の街を一望する『見晴らし展望台』で、 ベジタリアンの級友特製の『サンドイッチ』で 乾杯・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【布引五本松ダム】(ぬのびきごほんまつダム)、(布引五本松堰堤(えんてい)、布引ダムとも)は、日本最初の重力式コンクリートダム。2006年に近代化遺産「布引水源地水道施設」の一部として国の重要文化財に指定された。厚生労働省の「近代水道百選」に選ばれている。 神戸市中央区は六甲山地の麓、布引渓流(名水100選)を布引の滝(日本の滝100選)の上流で堰き止め、布引貯水池(ダム湖100選)を形成する。現在も水道専用ダムとして使用されている。 日本最初の本格的なダムで、世界に名を馳せた"KOBE WATER"をも象徴する建築遺産である。コンクリートダムであるが型枠用の石積をそのままに残した外壁と古典様式のテンテル(歯飾り)はヨーロッパの巨大な城壁を思わせ、山麓の優れた景観の構成要素となっている。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
|
〔『雄滝』(おんたき:高さ43m):『布引渓流』(兵庫県神戸市中央区葺合町)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1.『布引の滝』(ぬのびきのたき):春うらら 神戸市民の憩いの渓流を『見晴らし展望台』へ・・・^〜^v:(兵庫県神戸市中央区葺合町)〔2016.04.30〕 □地震により被害を受けられました皆さま、また関係者の方々には心よりお見舞い申しあげます。□ もう一週間ほど前、連休の始まりの頃(4/30)、 神戸市在住の級友の案内で、 神戸市民の憩いの『布引渓流』 渓流さんぽ☆彡 日本三大神滝のひとつ『布引の滝』(ぬのびきのたき)は、 『六甲山』の麓を流れる『生田川』の中流の『布引渓流』には、 上流から『雄滝』(おんたき)、『夫婦滝』(めおとだき)、 『鼓滝』(つつみだき)に『雌滝』(めんたき)からなる 四つの滝の総称☆彡 そこは、平安時代の歌集『伊勢物語』や『栄花物語』をはじめ、 古くから宮廷貴族たちが和歌に詠むなど多くの紀行文や詩歌の舞台。 ・布引の滝のしらいとなつくれは絶えすそ人の山ちたつぬる(藤原定家) ・抜き乱る人こそあるらし白玉の間なくも散るか袖のせばきに (在原業平) ・浄瑠璃・歌舞伎『源平布引滝』 それでは、阪急『神戸三宮駅』をスタートして、 集合場所『新神戸駅』から、『布引渓流』を ・『雌滝』(めんたき:高さ19m) ・『鼓滝』(つつみだき:高さ8m) ・『夫婦滝』(めおとだき:高さ9m) ・『雄滝』(おんたき:高さ43m)滝壺は面積430m²、深さ6.6m 他を新緑のとともにたのしみ、 『雄滝』から少し上がった 『見晴らし展望台』でひとやすみ・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【布引の滝】(ぬのびきのたき)は、神戸市中央区を流れる布引渓流(名水百選)にある4つの滝の総称。 日本三大神滝のひとつ。布引滝とも表記する。名瀑として知られる古来からの景勝地である。 またかつて役小角が開いた滝勝寺の修験道行場として下界とは一線を画する地であったが、現在は渓流沿いおよび布引山(森林浴の森100選)一帯から滝を経て布引ハーブ園へと至る遊歩道が整備され、鉄道駅からも気軽に立ち寄ることができるようになっている。 六甲山の麓を流れる生田川の中流(布引渓流)に位置し、上流から順に、雄滝(おんたき)、夫婦滝(めおとだき)、鼓滝(つつみだき)、雌滝(めんたき)からなる。 栃木県日光市の華厳滝、和歌山県那智勝浦町の那智滝とともに三大神滝とされ、日本の滝百選に選ばれている。 平安時代の歌集『伊勢物語』や『栄花物語』をはじめ、古くから宮廷貴族たちが和歌に詠むなど多くの紀行文や詩歌で紹介される文学作品の舞台となっている。 生田川下流流域には、布引の滝を詠んだ和歌にちなんで名付けられた地名がある。 |
|
〔『千苅ダム』(せんがりダム):(兵庫県神戸市北区道場町生野字大岩嶽)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『千苅ダム』:50年近い級友と貸し切り状態の『千苅桜まつり』で、乾杯・・・^^v:『千苅貯水池公園』(兵庫県神戸市北区道場町生野)〔2016.04.09〕 先週末の土曜日(4/9)は、 かれこれ50年来のお友達と、 10年ぶりに花見で乾杯☆彡 会場は、大阪・神戸の奥座敷『千苅貯水池公園』、 兵庫県三田市に隣接する神戸市の水瓶。 最寄りの駅は今では無人駅になってしまいましたが、 観光協会もある桜の名所で 『千苅桜まつり』開催中☆彡 少し時期が遅かったのか、週末にもかかわらず ほとんど貸し切り状態の花見会場^^v まずは、高さ42.4mの神戸市への上水道のための 市内最大の『千苅ダム』さんぽ☆彡 その後は、歳はとっても、 50年前に戻った少年そのままの三人は、 乾杯を重ね、楽しい時間を過ごしました...(笑) それでは、『千苅桜まつり』で乾杯、 ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【千苅ダム】(せんがりダム)は、兵庫県神戸市北区にある、一級河川・武庫川水系羽束川に建設されたダム。 神戸市が管理する高さ42.4mの「重力式粗石モルタル積ダム」で、神戸市への上水道供給を目的とした市内最大のダムである。 堰堤は1919年(大正8年)竣工で、17門のスライドゲートは日本最古。 国の登録有形文化財に登録されているほか、土木学会の「日本の近代土木遺産〜現存する重要な土木構造物2000選 」や厚生労働省の「近代水道百選」にも選定されている。 このダムからは神戸水道を通じて神戸市までの送水管(水道)で結ばれており、神戸市民へ供給されている。 また1967年(昭和42年)からは武庫川沿いに建設された千苅浄水場にも送水されており、神戸市北区などの飲料水として供給されている。 ダムによって形成された人造湖・千苅水源池(せんがりすいげんち)周辺は、観光地として親しまれている。 ダム敷地内には多くの枝垂桜などが植樹されており、春の桜開花の時期にあわせて千苅さくら祭が催され、その時期に一般開放されている。 最寄駅はJR道場駅から徒歩約20分。 建設当時は道場停車場(現、JR道場駅)からトロッコ軌道がダムの真下まで敷設されており、建設現場への建設資材搬入や工員の輸送に使われていた。 |
|
〔『布袋』(ほてい)像:『清荒神清澄寺』(きよしこうじん せいちょうじ)(兵庫県宝塚市米谷字清シ1番地)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『清荒神』(きよしこうじん):母のお供で、ちょっぴり遅い親子初詣・・・^^v:『清荒神清澄寺』(きよしこうじん せいちょうじ)(兵庫県宝塚市米谷字清シ1番地)〔2016.01.06〕 昨日(1/6)は、母のお供でちょっぴり遅い初詣。 出かけた先は、阪急電車・宝塚線の清荒神駅から北へ約1km、 昔ながらの飲食店や土産物店が両側に軒を並べる ゆるやかな坂道を約1km登ったところにある 『清荒神清澄寺』(きよしこうじん せいちょうじ)。 単に『清荒神』とか、『荒神さん』と呼ばれ 火の神、台所の神、かまどの神として、 お札を台所の神棚に祀るなどの信仰が 古くから根付いている古刹。 先日、米寿を祝った母が心配でお供さていただきました(笑) それでは、昔懐かしい門前の参道から ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【清荒神清澄寺】(きよしこうじん せいちょうじ)は、兵庫県宝塚市にある真言三宝宗の寺院(大本山)。 摂津国八十八箇所第72番。 896年(寛平8年)に宇多天皇の勅願寺として静観僧正により建てられた。 鎮守社として三宝荒神社があり、竃の神の荒神などを祀る神仏習合から「清荒神清澄寺」の名称がある。 本尊は大日如来で、国の重要文化財に指定されている。 山内には画家富岡鉄斎の作品を集めた鉄斎美術館が1975年に設立された。 |



