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〔『噴水』:『主庭』・『迎賓館赤坂離宮』(東京都港区元赤坂2丁目1−1)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 続『迎賓館赤坂離宮』(State Guest House, Akasaka Palace):国宝・宮殿の主庭の大噴水は、摩訶不思議な仲間たちが勢ぞろい・・・^〜^v:(東京都港区元赤坂2丁目1−1)〔2015.08.19〕 もう三週間も過ぎてしまいましたが 先月(8/19)は、『迎賓館赤坂離宮参観』に東京へ☆彡 その昔、東京在勤時代の職場が近くにあったので、 そんな思い出と共に、 『迎賓館赤坂離宮』の初めて参観の続きです^^v 日本が独自の文化を守りながら西洋化と富国強兵に突き進んでいた時代をする『本館』、 その『主庭』には、立派な噴水が元気よく水を噴き上げていますが、 よく観ると同様に和洋折衷の不思議な仲間たちが勢ぞろい☆彡 参観の順路は、そのご50年以上の見事な盆栽を見て、 再び『本館』の『前庭』へ...! それでは、東京・赤坂のネオ・バロック様式の国宝・宮殿 『迎賓館赤坂離宮参観』の後編を ご一緒に、お楽しみください・・・^〜^v . 【完】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
皇居・御所・離宮・迎賓館の四季
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〔『迎賓館赤坂離宮』(State Guest House, Akasaka Palace):(東京都港区元赤坂2丁目1−1)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『迎賓館赤坂離宮』(State Guest House, Akasaka Palace):東京・赤坂のネオ・バロック様式の国宝・宮殿を訪ねて・・・^〜^v:(東京都港区元赤坂2丁目1−1)〔2015.08.19〕 もう三週間も過ぎてしまいましたが 先月(8/19)は、『迎賓館赤坂離宮参観』に東京へ☆彡 最寄りは『四ツ谷駅』、もう30年ほど昔、 東京在勤時代、この近く番町に職場があったころは、 僕は、毎日 お昼を正門の前のベンチで(笑) そんな思い出の『迎賓館赤坂離宮』を初めて参観できました^^v あいにく、建物の中では写真撮れませんでしたが、 精一杯たくさん撮ってきましたので、 ご一緒に、お楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【赤坂迎賓館】 所在地:東京都港区元赤坂二丁目1番1号(地図) 敷地面積:11万7000平方メートル 東京の元赤坂にある現在の迎賓館の建物は、東宮御所として1909年(明治42年)に建設された。 鹿鳴館などを設計したお雇い外国人建築家ジョサイア・コンドルの弟子にあたる 宮廷建築家片山東熊の設計により、元紀州藩の屋敷跡に建てられた。 しかしそのネオ・バロック様式の外観があまりにも華美に過ぎたことや、 住居としての使い勝手が必ずしも良くなかったことから、 皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)がこの御所を使用することはほとんどなかった。 嘉仁親王が天皇に即位した後は離宮として扱われることとなり、その名称も赤坂離宮と改められた。 第二次世界大戦後、赤坂離宮の敷地や建物は皇室から国に移管され、国立国会図書館(1948–61年)、法務庁法制意見長官(1948–60年)、裁判官弾劾裁判所(1948–70年)、内閣憲法調査会(1956-60年)、東京オリンピック組織委員会(1961–65年)などに使用された。 その後国際関係が緊密化して外国の賓客を迎えることが多くなり、またそれまで迎賓館として使用していた東京都港区芝白金台の旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)は手狭で随行員が同宿できないといった支障があったため、1962年(昭和37年)に当時の池田勇人首相の発意によって新たに迎賓施設を整備する方針が閣議決定された。 これを受けて、池田とその後任の佐藤栄作首相の在任時に政府部内で検討を重ねた結果、旧赤坂離宮を改修してこれを迎賓施設とすることが、1967年(昭和42年)に決定された。 こうして5年の歳月と108億円(工費101億円、内装費7億円)をかけて、 本館は村野藤吾、和風別館は谷口吉郎の設計協力により、 1974年(昭和49年)3月に、迎賓館が完成した。 新装なった迎賓館に迎えた最初の国賓は、 現職のアメリカ合衆国大統領として初来日したジェラルド・フォードだった。 2006年(平成18年)から2008年(平成20年)にかけて、大規模な改修工事が行われている。 2009年(平成21年)12月8日、旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)として国宝に指定、明治以降の文化財としては初の国宝となった。 建物内部は、『内閣府』の『迎賓館赤坂離宮写真集』をご覧ください↓ |
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〔『園林堂』(おんりんどう):『笑意軒』(しょういけん):『桂離宮』(京都市西京区桂)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『桂離宮』【弥生】:春雨やみ、青空に白雲映る水鏡、椿に梅の花に、蕾膨らむ桜花が伝える春の気配の離宮さんぽ・・・^〜^!:(京都市西京区桂)〔2015.03.23〕 今回の記事は、桜がちらほら咲き始めた三月の末、 春雨も時折ふる、『桂離宮』。 まだまだ色花咲く前のスッピンのお庭を お楽しみください^^v 参観コースはいつものとおり、 「峠の茶屋」を模した『賞花亭』(しょうかてい)から、 遠くに御茶室や書院群をながめながら、 持仏堂の『園林堂』(おんりんどう)を経て、 三つめのお茶屋は、蕾膨らむ枝垂れ桜の傍を 『李白』の『山中問答歌』の句、 「問余何意栖碧山 笑而不答心自閑」 (余に問ふ何の意ありて碧山に栖むと。笑ひて答えず心自ら閑かなり)に、 由来する『笑意軒』(しょういけん)へ。 池の向こうに、土橋と持仏堂の『園林堂』(おんりんどう)を眺める 彩り豊かな宮廷美の春を楽しみながらの一休み。 その後は、入母屋造、柿葺(こけらぶき)の書院造群 『古書院』・『中書院』・『新御殿』を左手に眺めながら、 最後に四つ目の茶屋は、 中国の詩人白居易の『西湖詩』の「月点波心一顆珠」 (「月は波心に点じ、一顆の珠」)に由来する 月見のための茶亭『月波楼』(げっぱろう)。 遠く池の向こうに、 最初の御茶屋『松琴亭』(しょうきんてい)を 眺める離宮の至福の眺め。 参観コースの最後は、 梅花の傍らの『古書院』の玄関口、 杉苔で覆われた壺庭。 4段の幅の広い石段があり、 その上には、横長の6人分の沓の幅がある 『六つ沓脱』と称される御影石製の沓脱石。 かつては池の対岸の『高砂の松』という古木と対をなした『住吉の松』が 約1時間の参観コースのゴール。 . 【完】 |
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〔『春雨の松琴亭』(しょうきんてい):『桂離宮』(京都市西京区桂)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1.『桂離宮』【弥生】:春雨とともに春の気配たのしむ、スッピンの離宮さんぽ・・・^〜^!:(京都市西京区桂)〔2015.03.23〕 梅雨明けて、一気に夏本番、 またまた台風接近中の困った今年の夏のはじまり。 さて、今回の記事は、桜がちらほら咲き始めた三月の末、 春雨も時折ふる、『桂離宮』。 まだまだ色花咲く前のスッピンのお庭を お楽しみください^^v 参観コースはいつものとおり、 まず、最初の土橋の上から、全景をチェックし 『御幸道』(みゆきみち)を『御幸門』(みゆきもん)。 『外腰掛』と『蘇鉄山』の間、 池の方向へ向かって伸びている延段(のべだん:敷石道)は、 自然石と切石を混ぜたもので 『行の延段』(ぎょうののべだん)。 一気に視界がひらける『桂離宮』の庭園は、 まだ少し早いスッピンのお庭が一望に。 『天の橋立』浮かぶ『洲浜』から、 最初の御茶屋『松琴亭』(しょうきんてい)、 そして「峠の茶屋」を模した『賞花亭』(しょうかてい)へと 同じ眺めの回遊式の庭園さんぽ、 足元にもきをつけて、 ご一緒に楽しみましょう・・・^〜^v . 【つづく】 |
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〔『雄滝』(おだき):『南池』:『仙洞御所』(京都府京都市上京区・京都御苑内)にて〕 (幅:80cm、高さ:180cm) 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『仙洞御所』【皐月】:新緑の候、五月晴れの仙洞御所参観:目にも鮮やかな新緑に包まれた『南池』池畔さんぽ・・・^〜^!:(京都府京都市上京区・京都御苑内)〔2015.05.08〕 もう、三か月近く前、五月の初めの頃の一泊・京都の離宮・仙洞御所めぐり、 二日目(5/8)の午前に訪れたのは、 京都御苑内にある『仙洞御所』。 前回の訪問はわずか10日前(4/28) 藤の花が咲き誇る苑内を参観した時の様子は、 関連記事-『仙洞御所』【卯月】-: http://blogs.yahoo.co.jp/mt_matterhorn4478/42138790.html たわわに咲き誇っていた藤の花は、僅か10日間で姿を隠し、 秋には見事な紅葉を楽しませてくれる紅葉の新緑に包まれた、 『南池』の中島には、 花菖蒲と紅白の躑躅が咲き、 池畔の足元は活き活きとした苔生す しずかな初夏の回遊式庭園。 それでは、紅葉橋を渡り、 青空に白雲浮かぶ水鏡の『南池』を、 ゆっくり回遊し、再び『北池』に、 京の新緑の候を、 ご一緒に楽しみましょう・・・^〜^v . 【完】 営業時間:11:30〜15:00 定休日:火曜日、水曜日 |




