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〔『永保寺庭園』:『虎渓山・永保寺』(こけいざん・えいほうじ)(岐阜県多治見市虎渓山町1-40)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1-2.『永保寺』:中国廬山の虎渓の風致ゆかりの『夢窓疎石』(夢窓国師)建立の観音堂(国宝)と設計の名園の名刹を徹底散策・・・^〜^!:『虎渓山・永保寺』(こけいざん・えいほうじ)(岐阜県多治見市虎渓山町1-40)〔2014.09.11〕 おはようございます^^v とある今月の木曜日(9/11)は、 第4回目の大阪〜名古屋間・往復500円の高速バス利用で 岐阜県多治見市へ初訪問☆彡 「まぼろしのうどん」で、しっかり腹ごしらえして、 向かった先は、『虎渓山・永保寺』。 李白、白居易ら多くの詩人に歌われ、 また、「虎渓三笑」の故事で知られる 関連記事(修学院離宮・下離宮: http://blogs.yahoo.co.jp/mt_matterhorn4478/40815070.html 中国の浄土教の祖『慧遠』が住した東林寺のある中国『廬山』(ろざん)の『虎渓』、 その風致ゆかりの山号『虎渓山』の名刹『永保寺』。 境内には、『夢窓疎石』(夢窓国師)建立の『観音堂』(国宝)、 その前に拡がる彼の設計の名園と もう一つの国宝『開山堂』が素晴らしいの名刹。 詳しい説明抜きで、 境内をゆっくり一歩ずつ、 ご一緒に徹底散策を楽しみましょう・・・^〜^♪ . 【つづく】 〔訪問時期:2014.09.11〕 【永保寺】(えいほうじ)は、 岐阜県多治見市にある臨済宗南禅寺派の寺院。 山号は虎渓山(こけいざん)。 雲水の修行道場(僧堂)である虎渓山専門道場を併設している。 美濃七福神の一つ(寿老人)。 1295年頃、鎌倉の地で夢窓疎石と元翁本元が修行し、また土岐頼貞との接点が生まれた。 1311年悟後の修行のため甲斐の龍山庵(浄居寺)に一時隠棲していた夢窓疎石は、 1312年元翁本元とともに元翁の故郷である三河の大徳寺に逗留。 1313年土岐頼貞の招きにより、頼貞の父・土岐光定(1281年4月8日没)の33回忌を 定林寺で厳修した。 その後土岐頼貞の別邸または砦があったと推察される長瀬山の麓に庵を結ぶ。 文化3年(1806年)刊の『虎渓山略縁起一人案内』によれば、 正和2年(1313年)6月18日に長瀬山の麓を目指していた夢窓一行が道に迷い、 白馬に乗った女性に道を尋ねた所、返事が無かった。 そこで夢窓は 「空蝉(うつせみ)の もぬけのからか 事問えど 山路をだにも 教えざりけり」と歌を詠んだ。 すると女性は 「教ゆとも 誠の道はよもゆかじ 我をみてだに 迷うその身は」と返歌して 忽然と消え失せ、付近の補陀岩上に一寸八分の観世音菩薩像が出現した。 夢窓はこの観世音菩薩像を本尊とし、1314年に水月場(観音堂、国宝)を建立した。 |
【東海の四季さんぽ】
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〔『香露かけうどん』:『信濃屋』(岐阜県多治見市上野町3-46)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1-1.『信濃屋』:香露(ころ)かけうどんの元祖、創業80年以上の老舗の三品を味わう・・・^〜^v:(岐阜県多治見市上野町3-46)〔2014.09.11〕 おはようございます^^v とある今月の木曜日(9/11)は、 大阪〜名古屋間・往復500円の高速バス利用の第4回目。 最終目的地は、岐阜県多治見市、この翌日から開催される 『国際陶磁器フェスティバル美濃'14』がお目当て、 開催初日の朝に是非訪れたく、前日からのお出かけ...! まず格安の高速バスで名古屋駅に、 その後はJR中央線・約半時間で多治見駅に到着。 時刻はちょうどお昼前、楽しみの昼ご飯は、 「まぼろしのうどん」とまで、称されるほどの有名老舗、 そしてこのお店の開店は、 伝統のうどんの仕込みのため、日曜・月曜・火曜と休みで、 水曜・木曜・金曜・土曜の4日間の11時30分から売り切れまでの僅かな時間。 現在、メニューは『かけうどん』(温)・『香露かけ』(冷)・『支那そば』の三種類のみ、 今回は、しっかり開店30分前にお店に到着、 この日は誰も並んでいませんでした...^^v この奇跡のようなうどんとの出会い、 僕の注文は、『香露かけ』と『かけうどん』(小)・『支那そば』(小)の三種全品。 徐々にお客も増えて、狭い店内が満員になったころ、 まず、待望の『香露かけ』が、 その後、小盛の温かい『かけうどん』と『支那そば』と次々に登場。 この日の食事は、予定どおりにいただけましたので、 午後は、計画の行程を楽しめました。 それでは、ご一緒に生まれた初めての 岐阜県多治見市の旅の始まりはじまり・・・^〜^! . 【つづく】 〔訪問時期:2014.09.11〕 参考(信濃屋): http://allabout.co.jp/gm/gc/217056/ |
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〔『古川美術館』:(愛知県名古屋市千種区池下町2-50)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『古川美術館』:ヘラルドグループの創業者・故古川為三郎が収集した美術品コレクション、企画展「芸術寸法−床の間芸術から会場芸術への展開」を味わう・・・^〜^v:(愛知県名古屋市千種区池下町2-50)〔2014.09.03〕 半月ほど前のとある水曜日(9/3)は、 大阪〜名古屋間・往復500円の高速バス利用の第3回目。 最終目的地は、『古川美術館』(愛知県名古屋市千種区池下町2丁目50番地)。 映画館、映画の配給などを中心にメディアや興業関係のサービスを提供していた ヘラルドグループの創業者で初代館長である 故古川為三郎が収集した美術品コレクションを寄付し、 1991年(平成3年)11月にオープンした美術館。 そして、彼が103歳で天寿を全うするまで晩年を過ごした邸宅も、 2007年(平成15年)11月3日に古川美術館の分館としてオープンした 近代日本画を中心とし洋画、陶磁器、工芸品などの作品を約2800点を収蔵している 素敵な美術館。 彼の私邸だった『為三郎記念館』の凝縮した美しさを味わえる素敵なお庭さんぽ。 それは、あまりにもすてきな空間、 ゆっくり至福の時間を楽しんで、 近くの美術館・本館で10/05まで開催中の企画展 「芸術寸法−床の間芸術から会場芸術への展開」を...! 残念ながら、ここも内部はご紹介できませんので せめていただいたパンフや資料などをご参考までに。 大阪から名古屋・往復500円の高速バス利用の第3回名古屋散策、 今回も、たっぷりの名古屋の素敵なお宝を楽しませていただきました。 ありがとうございます★感謝★ . 【完】 〔訪問時期:2014.09.03〕 参考(古川美術館): http://www.furukawa-museum.or.jp/ |
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〔『玄関』:『爲春亭』(いしゅんてい)・『為三郎記念館』(ためさぶろうきねんかん)・『古川美術館』(愛知県名古屋市千種区池下町2-50)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1.『古川美術館』:ヘラルドグループの創業者で初代館長である故古川為三郎が晩年を過ごした私邸は、僕好みの邸宅、至福のお庭さんぽを味わう・・・^〜^v:(愛知県名古屋市千種区池下町2-50)〔2014.09.03〕 半月ほど前のとある水曜日(9/3)は、 大阪〜名古屋間・往復500円の高速バス利用の第3回目。 最終目的地は、『古川美術館』(愛知県名古屋市千種区池下町2丁目50番地)。 映画館、映画の配給などを中心にメディアや興業関係のサービスを提供していた ヘラルドグループの創業者で初代館長である 故古川為三郎が収集した美術品コレクションを寄付し、 1991年(平成3年)11月にオープンした美術館。 そして、彼が103歳で天寿を全うするまで晩年を過ごした邸宅も、 2007年(平成15年)11月3日に古川美術館の分館としてオープンした 近代日本画を中心とし洋画、陶磁器、工芸品などの作品を約2800点を収蔵している 素敵な美術館。 まずは、彼の私邸だった『為三郎記念館』からスタート。 急勾配の斜面に建てられた数寄屋造りの母屋「爲春亭(いしゅんてい)」と、 椎(しい)の大木が茂り、四季折々の美しさをみせる日本庭園、 そしてその中にひっそりとたたずむ茶室「知足庵(ちそくあん)」からなる 凝縮した美しさを味わえる素敵な邸宅です。 それでは、母屋の内部は撮影できませんでしたので、 素敵なお庭をご一緒に、 ゆっくり散歩いたしましょう・・・^〜^! . 【つづく】 〔訪問時期:2014.09.03〕 |
『日泰寺』:釈尊(お釈迦さま)のご真骨をタイ国(当時シャム国)から拝受して、どの宗派にも属していない日本で唯一の超宗派の寺院・・・^〜^!:(愛知県名古屋市千種区法王町1-1)〔2014.09.03〕
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〔『山門』:『覚王山日泰寺』(かくおうざん にったいじ)(愛知県名古屋市千種区法王町1-1)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『日泰寺』(にったいじ):釈尊(お釈迦さま)のご真骨をタイ国(当時シャム国)より拝受して、どの宗派にも属していない日本で唯一の超宗派の寺院・・・^〜^!:(愛知県名古屋市千種区法王町1-1)〔2014.09.03〕 名古屋を代表する百貨店『松坂屋』の初代社長 伊藤次郎左衞門祐民の別荘『揚輝荘』の おとなりは、『覚王山日泰寺』(かくおうざん にったいじ)。 この『日泰寺』は、1900年にシャム(現在のタイ)国王から贈られた仏舎利、 つまり釈迦の遺骨を奉安するために1904年に創建され、 「日本とタイの寺院」という意味で『日泰寺』と名付けられました。 御本尊はこの御真骨と、同じくシャム国王から贈られた釈尊金銅仏であり、 御真骨を安置する奉安塔は1918年に、 釈尊金銅仏を安置する新しい本堂は1984年に完成しました。 この日泰寺は、仏教徒にとって最も価値のある真の仏舎利を奉安していることから、 いずれの宗派にも属さない日本で唯一の超宗派寺院であり、 19宗派の管長が輪番制によって 3年交代で住職を務めている特異な寺院です。 それでは、本堂のある南西の部分から、 奉安塔・霊堂のある北東のエリアへと 広大な境内をご一緒にどうぞ・・・^〜^! . 〔訪問時期:2014.09.03〕 |





