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〔『旧豊田佐助邸』:(愛知県名古屋市東区主税町三丁目8番地)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 3-3.『旧豊田佐助邸』:トヨタグループの創始者『豊田佐吉』の実弟の館は、真っ白な洋館と広い間取りの和館とが調和した穏やかな御屋敷・・・^〜^!:(愛知県名古屋市東区主税町三丁目8番地)〔2014.09.13〕 名古屋の近代化の歴史を伝える建造物などが残る地域『文化のみち』。 とくに、『白壁・主税・橦木町並み保存地区』は、 江戸時代には中級・下級武士の武家屋敷が多く置かれ、 明治時代にはその敷地を利用した工場なども立地され、 その後、大正から昭和初期にかけては企業家らが邸宅を構えた 名古屋の近代化の歴史を伝える建造物などが残る家並みを楽しめる地域。 このエリアの御屋敷で、僕が一番お気に入りになったのが『旧豊田佐助邸』。 白いタイル貼りの洋館と広い間取りの和館とが調和した 和洋折衷の穏やかな御屋敷は、 館内で見かけけた「楽しそうにブランコ遊びする一枚の写真」からも感じる、 トヨタグループの創始者『豊田佐吉』の実弟として、 技術の兄の片腕として、経営の才を生かして その発展に尽くした人柄の建物...^^ 今回の見学は、ボランティアの極めて丁寧なご案内で、 和館を中心に館内のすみずみまで楽しませていただきました。 それでは、ご一緒に徹底探検いたしましょう・・・^〜^♪ . 【つづく】 〔訪問時期:2014.09.13〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
【東海の四季さんぽ】
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〔『文化のみち二葉館』(ぶんかのみち ふたばかん):(愛知県名古屋市東区橦木町3丁目23番地)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 3-2.『文化のみち二葉館』:電力王と呼ばれた「福沢桃介」と日本の女優第1号である「川上貞奴」が、共に暮らした旧邸宅を徹底探検(笑)・・・^〜^v:(愛知県名古屋市東区橦木町3丁目23番地)〔2014.09.13〕 名古屋の近代化の歴史を伝える建造物などが残る地域『文化のみち』。 とくに、『白壁・主税・橦木町並み保存地区』は、 江戸時代には中級・下級武士の武家屋敷が多く置かれ、 明治時代にはその敷地を利用した工場なども立地され、 その後、大正から昭和初期にかけては企業家らが邸宅を構えた 名古屋の近代化の歴史を伝える建造物などが残る家並みを楽しめる地域。 このエリアで、一番の人気が素敵な洋館『文化のみち二葉館』(ぶんかのみちふたばかん) 電力王と呼ばれた「福沢桃介」と日本の女優第1号である「川上貞奴」が、 1920年(大正9年)から1926年(大正15年)までの6年間を共に暮らした旧邸宅。 桃介が貞奴と居住するために住宅専門会社「あめりか屋」に依頼し建設されたもので、 当時あった場所が東二葉町(現・白壁三丁目)であったことや、 和洋折衷建築の斬新な外観やその豪華さから「二葉御殿」と呼ばれていた。 その後、大同特殊鋼の所有となり「大同特殊鋼二葉荘」として使用されていたが、 2000年(平成12年)2月に株式会社大同ライフサービスから寄付を受けた名古屋市が 現在地へ移築復元し、2005年(平成17年)2月8日に文化のみちの拠点施設 「文化のみち二葉館」として開館した。 館内には川上貞奴に関する資料や坪内逍遥や城山三郎、小谷剛など郷土ゆかりの 文学資料が展示されている。 また、開館翌日の2月9日には主屋と蔵が国の登録有形文化財に登録された。 それでは、二人の素敵な館をご一緒に徹底探検いたしましょう・・・^〜^♪ . 【つづく】 〔訪問時期:2014.09.13〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
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〔『文化のみち百花百草』(ぶんかのみち ひゃっかひゃくそう):(愛知県名古屋市東区白壁4丁目91番地)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 3-1.『文化のみち』:江戸・明治、大正から昭和初期にかけて、武家屋敷から多くの企業家らの邸宅訪ねて、名古屋の近代化の歴史さんぽ・・・^〜^!:『白壁・主税・橦木町並み保存地区』(愛知県名古屋市東区)〔2014.09.13〕 もう、先月のことになってしまった往復500円の高速バス利用の倹約旅行、 岐阜県多治見市を中心に開催中の『国際陶磁器フェスティバル美濃'14』(9/12〜10/19)を、 初日の午前中にゆっくりと堪能させていただき、 地元のブログのお友達のご案内で『市之倉』窯元めぐりも大満足したので、 旅行最終日(9/13)は、一足早く名古屋へ...^^ まずは、お友達にいただいた招待券を握りしめ「松坂屋名古屋店」へ お目当ては、『いけばなの根源・池坊展』。 会場は、多くのご婦人が満員御礼状態の大人気でした...☆彡 そして、次に向かった先は名古屋の近代化の歴史を伝える建造物などが残る地域 『文化のみち』。 前々回の名古屋訪問時、うな丼を食するのに2時間37分かかったため、 予定縮小で行けなかった念願のエリアです。(笑) 『白壁・主税・橦木町並み保存地区』は、 江戸時代には中級・下級武士の武家屋敷が多く置かれ、 明治時代にはその敷地を利用した工場なども立地され、 その後、大正から昭和初期にかけては企業家らが邸宅を構えた 名古屋の近代化の歴史を伝える建造物などが残る家並みを楽しめる地域。 今回は、下記の順序でご紹介いたします。 ・文化のみち橦木館(しゅもくかん): 旧井元為三郎邸。 名古屋市指定有形文化財、景観重要建造物、町並み保存地区の伝統的建造物 。 ・カトリック主税町教会(ちからまちきょうかい):名古屋でもっとも古いカトリック教会 一般に聖母教会とも呼ばれる。都市景観重要建築物。 ・故春田鉄次郎邸:武田五一設計と言われる・洋館と和館からなる町並み保存地区の伝統的建造物・景観重要構造物・洋館はフランス料理店として営業中。 ・か茂免:旧中井己次郎邸・現在も料亭として営業中。 ・旧豊田家門・塀(豊田利三郎邸跡):マンションになったが門と塀が残されている。都市景観重要建築物。 ・櫻井家住宅:帝国撚糸織物の専務で、武家出身の桜井善吉氏が自家設計をした2世帯住宅の洋館。今も現役の住宅。 ・文化のみち百花百草:旧岡谷惣助邸。1920年(大正9年)造の書院・茶室・土蔵が残る庭園岡谷鋼機の創業家である岡谷家の旧邸宅。 それでは、すてきな歴史の家並みさんぽ、 名古屋の近代化の歴史を伝える建造物めぐりをスタート・・・^〜^v . 【つづく】 〔訪問時期:2014.09.13〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |
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〔『三彩花器「爽容」』:人間国宝『加藤卓男』[平成5年(1993年)76歳]:『幸兵衛窯』(こうべえがま):(岐阜県多治見市市之倉町4-124にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2-4.『幸兵衛窯』(こうべえがま)【後編】:ペルシア陶器や正倉院三彩の技法を復元し、伝統と独創の融合した作品を制作した人間国宝「六代加藤卓男」氏の作品を中心に・・・^〜^!:(岐阜県多治見市市之倉町4-124)〔2014.09.12〕 もう、先月のこと(9/12)になってしまいましたが、 岐阜県多治見市の二日目の午後は、 地元のブロ友さんの御案内で窯元めぐり。 やって来たのは、日本旅行ガイド「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」(フランス語版)で 【二つ星】(「寄り道する価値がある」)を2009年と2011年の二度も獲得した名窯 『幸兵衛窯』(こうべえがま)。 HPのよると、 幸兵衛窯は、文化初年(一八〇四年)初代加藤幸兵衛により、美濃国市之倉郷にて開窯され、間もなく江戸城本丸、西御丸へ染付食器を納める御用窯となりました。流麗精緻な染付の優品を手掛けた二代、中国宣徳染付の研究に没頭した三代、名人気質の四代の後を受けた、五代幸兵衛(一八九三〜一九八二)は、青磁、金襴手、染付、赤絵、天目など中国陶磁をはじめ、乾山、李朝など幅広い技法を駆使した名品の数々を生み出し、幸兵衛窯の礎を築き上げました。 六代加藤卓男(一九一七〜二〇〇五)は、長年の研究の末、ペルシア陶器や正倉院三彩の技法を復元し、ラスター彩、青釉、三彩、ペルシア色絵など伝統と独創の融合した作品を制作しました。これらの功績により人間国宝に認定されました。 現当主である七代加藤幸兵衛は、独自の現代的な作風をはじめ、桃山陶やペルシア陶器といった幅広い作風を展開し活躍しています。そして七代幸兵衛の指導のもと、三十余名の熟練職人を擁し、品格ある和食器の制作を志しております。 それでは、数多くの素晴らしい作品を、 【前編】・【後編】の二編でご紹介いたしましょう。 本編は、ペルシア陶器や正倉院三彩の技法を復元し、 伝統と独創の融合した作品を制作した 人間国宝「六代加藤卓男」氏の作品を中心に、 福井県大野市から移築した約200年前の三階建ての古民家の「古陶磁資料館」から、 中国・朝鮮・日本の古典技法を駆使した「五代加藤幸兵衛」の作品と、 当代の七代加藤幸兵衛の作品を展示している「工芸館」へと、、 ゆっくりお楽しみください・・・^〜^v . 【完】 〔訪問時期:2014.09.12〕 古陶磁資料館は、加藤卓男の40年にわたるペルシア陶器研究の資料、および中国、朝鮮、美濃古陶の参考品を展示公開しています。 収蔵品はペルシア古陶、古代ガラス、青銅器など千数百点におよび、常設展示場としては国内屈指のものです。 建物は約200年前の古民家を福井県大野市より移築したもので、三階建ての構造となっております。 建物南側には庭園をはさんで桃山様式の半地上式穴窯が築かれており、現在でも年に一回焼成しています。 工芸館では、五代加藤幸兵衛と当代の七代加藤幸兵衛の作品を展示しています。 五代は中国・朝鮮・日本の古典技法を駆使した作品。 七代は独自の現代感覚溢れる立体志向の作品と、近年の卓男のペルシア陶技を継承した作品を展示しています。 |
2-3.『幸兵衛窯』【前編】:ミシュランの二つ星を二度も獲得した1804年開窯の名窯、現当主の七代加藤幸兵衛氏の作品を中心に・・・^〜^!:(岐阜県多治見市市之倉町4-124)〔2014.09.12〕
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〔『幸兵衛窯』(こうべえがま):(岐阜県多治見市市之倉町4-124にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2-3.『幸兵衛窯』(こうべえがま)【前編】:ミシュランの二つ星を二度も獲得した1804年開窯の名窯、現当主の「七代加藤幸兵衛」氏の作品を中心に・・・^〜^!:(岐阜県多治見市市之倉町4-124)〔2014.09.12〕 もう、先月のこと(9/12)になってしまいましたが、 岐阜県多治見市の二日目の午後は、 地元のブロ友さんの御案内で窯元めぐり。 やって来たのは、日本旅行ガイド「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」(フランス語版)で 【二つ星】(「寄り道する価値がある」)を2009年と2011年の二度も獲得した名窯 『幸兵衛窯』(こうべえがま)。 HPのよると、 幸兵衛窯は、文化初年(一八〇四年)初代加藤幸兵衛により、美濃国市之倉郷にて開窯され、間もなく江戸城本丸、西御丸へ染付食器を納める御用窯となりました。流麗精緻な染付の優品を手掛けた二代、中国宣徳染付の研究に没頭した三代、名人気質の四代の後を受けた、五代幸兵衛(一八九三〜一九八二)は、青磁、金襴手、染付、赤絵、天目など中国陶磁をはじめ、乾山、李朝など幅広い技法を駆使した名品の数々を生み出し、幸兵衛窯の礎を築き上げました。 六代加藤卓男(一九一七〜二〇〇五)は、長年の研究の末、ペルシア陶器や正倉院三彩の技法を復元し、ラスター彩、青釉、三彩、ペルシア色絵など伝統と独創の融合した作品を制作しました。これらの功績により人間国宝に認定されました。 現当主である七代加藤幸兵衛は、独自の現代的な作風をはじめ、桃山陶やペルシア陶器といった幅広い作風を展開し活躍しています。そして七代幸兵衛の指導のもと、三十余名の熟練職人を擁し、品格ある和食器の制作を志しております。 それでは、数多くの素晴らしい作品を、 【前編】・【後編】の二編でご紹介いたしましょう。 まずは、現当主の「七代加藤幸兵衛」氏の作品を中心に、 ゆっくりお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 〔訪問時期:2014.09.12〕 |




