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〔『南観音山』(みなみかんのんやま):『山鉾巡行』・『祇園祭・後祭』(京都府京都市中京区下丸屋町:河原町御池交差点南東角)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『山鉾巡行』:京都の夏祭『祇園祭・後祭・山鉾巡行』のすべて、見どころは巨大な山鉾の大旋回・辻回し・・・^〜^v:(京都府京都市中京区下丸屋町:河原町御池交差点南東角)〔2016.07.24〕 今年も楽しみしていた『祇園祭』、 毎年、同じ日に『前祭』(さきまつり)の『山鉾巡行』(7/17)と、 一週間後の『後祭』(あとまつり)(7/24)の『山鉾巡行』☆彡 『後祭』のクライマックスは、 『山鉾巡行』☆彡 コースは、 『烏丸御池 』(午前9時30分) →『河原町御池』(10:00) → 『四条河原町』(10:40) →『四条烏丸』 (11:20) 今年は、昨年の経験を活かして、 『河原町御池交差点』の南東角に早目に到着^〜^v この場所からは、山鉾の正面と側面、 そして、巨大な山鉾が大旋回する『辻回し』を 目の前で見ることが出来るのです☆彡 それでは、前編の【5番:黒主山】に続く、 【6番:南観音山】から、【9番:鯉山】までを、 ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 伊勢国鈴鹿山で道ゆく人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現(瀬織津姫尊)の故事に因んでいるのが「鈴鹿山(すずかやま)」です。 金の烏帽子をかぶり手に大長刀を持つ凛々しい女性の姿の御神体後方には赤熊で象徴した悪鬼の首が置かれています。 能面をつけているので御神体のお顔はみえませんが、昔から美人と大変な評判だったそうで毎年男衆が大勢見物に訪れていたという話も残されています。 山に建つ松には鳥居や宝珠などを描いた小絵馬がつけられおり、巡行後に盗難除けの護符として授与されます。 町内に祀られている八幡宮を山の上に勧請したのが「八幡山(はちまんやま)」です。 江戸後期製作といわれる社殿は総金箔の精巧壮麗です。 御神体は応神天皇。 鳥居には復元新調された鮮やかな二羽の鳩が飾られています。 シンボルであるこの鳩は向かいあって飾られているところから夫婦和合の鳩とされ、その点から夫婦円満が山のご利益の一つとなっています。 八坂神社のお祭に八幡宮を山に祭っているのは少し不思議な気もしますが、当時からそれだけ八幡宮信仰が厚かったことが分かります。 龍門の滝を登った鯉は龍になるという中国の伝説を基にしているのが「鯉山(こいやま)」です。 山の上には大きな鯉が滝を登ろうと跳躍している姿があり目を引きます。 鯉のすぐ後ろ奥には素戔嗚尊を祀る小さな社殿もあります。 難関を突破して立身する「登竜門」という言葉はこの伝説からうまれ、江戸時代以降の日本でも子供の出世と成長を願おうとする「鯉のぼり」などの習慣となるなど私達の生活に根付いています。 鯉山のご利益が「立身出世」とあり、こちらの授与品は非常に人気が高いです。 |
【京都の四季さんぽ】
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〔『北観音山』(きたかんのんやま):『山鉾巡行』・『祇園祭・後祭』(京都府京都市中京区下丸屋町:河原町御池交差点南東角)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1.『山鉾巡行』:京都の夏祭『祇園祭・後祭・山鉾巡行』のすべて、見どころは巨大な山鉾の大旋回・辻回し・・・^〜^v:(京都府京都市中京区下丸屋町:河原町御池交差点南東角)〔2016.07.24〕 今年も楽しみしていた『祇園祭』、 毎年、同じ日に『前祭』(さきまつり)の『山鉾巡行』(7/17)と、 一週間後の『後祭』(あとまつり)(7/24)の『山鉾巡行』☆彡 『後祭』のクライマックスは、 『山鉾巡行』☆彡 コースは、 『烏丸御池 』(午前9時30分) →『河原町御池』(10:00) → 『四条河原町』(10:40) →『四条烏丸』 (11:20) 今年は、昨年の経験を活かして、 『河原町御池交差点』の南東角に早目に到着^〜^v この場所からは、山鉾の正面と側面、 そして、巨大な山鉾が大旋回する『辻回し』を 目の前で見ることが出来るのです☆彡 それでは、『祇園會』(ぎおんえ)の先導で始まる、 『祇園祭・後祭・山鉾巡行』のすべてを ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 謡曲「橋弁慶」を題材とし、弁慶と牛若丸が五条の橋の上で戦う姿をあらわしているのが「橋弁慶山(はしべんけいやま)」です。 曳山で唯一のくじとらずであり、巡行では後祭巡行列の先頭をいきます。 弁慶は鎧姿に大長刀をかまえ、牛若丸は橋の欄干の擬宝珠の上に足駄で乗って立ち、片足を曲げ右手に太刀を持っています。 牛若丸の軽やかな姿は非常に目を引きます。 「上り観音山」ともいわれ、くじとらずで毎年後祭の巡行の先頭をいくのが「北観音山」です。 応仁の乱の時代から隣町の「南観音山」と1年おきの交代で山を出していたといわれています。 隔年にでるというのは例がなく、この両山だけだったそうです。 以前は神輿のように曳手が担ぐ舁山(かきやま)でしたが、後に現在の曳山になったといいます。 「山」といわれていますが、鉾と同じような外観・規模を誇っています。 平家物語の宇治川の合戦をテーマにしているのが「浄妙山(じょうみょうやま)」です。 一寸法師が三井寺の僧兵・筒井浄妙の頭上を飛び越える一瞬をあらわしています。 浄名坊の頭には木片のくさびを用いていて、一寸法師は見事に左手だけで固定されています。 法師が空中を飛んでいる様はダイナミックで非常に格好良いです。 欄間には川の流れをあらわす波涛文の彫刻、山上には何本もの矢が刺さってあるなど合戦の様子が忠実に再現されています。 修行僧の祖といわれる役行者が一言主神を使って、葛城と大峰の間に橋をかけたという伝承に因んでいるのが「役行者山(えんのぎょうしゃやま)」です。 御神体は役行者を中心に、一言主神と葛城神の三体を安置しており、他の山と比べてひとまわりほど大きいつくりが特徴です。 山に立てる朱傘も普通は1本ですが、こちらでは2本になっています。 ご利益は「疫病除け」「交通安全」 「安産」。 鈴鹿山と共に山鉾町最北に位置しています。 謡曲「志賀」にちなんだ山で、御神体の六歌仙の一人・大友黒主が桜の花を仰ぎ眺めている姿をあらわしているのが「黒主山(くろぬしやま)」です。 山の上にはたくさんの桜が飾られており華やかな山の一つでもあります。 御神体は江戸時代の人形、また保存されている御神体着用の小袖や大口袴はどちらも江戸時代在銘の貴重な衣装です。 黒主山の特徴である桜の造花は、家の戸口に挿しておくと魔よけになるとされており、毎年巡行後に保管され翌年の粽に添えられています。 |
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〔『北観音山』(きたかんのんやま):『宵山』・『祇園祭・後祭』にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『宵山さんぽ』:『山鉾巡行前夜』は、京都の夏の夜さんぽ・・・^〜^v:『祇園祭』・『後祭』(あとまつり)〔2016.07.23〕 今年も楽しみしていた『祇園祭』、 毎年、同じ日に『前祭』(さきまつり)の『山鉾巡行』(7/17)と、 一週間後の『後祭』(あとまつり)(7/24)の『山鉾巡行』☆彡 『後祭』の『宵山』(よいやま)は、7月21日から前夜の23日の間、 日が暮れた京の町を照らすのは、歴史と伝統の灯り! 今年も、翌日の好天を願っての 『宵山さんぽ』を、 ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . . 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 大船鉾:前祭の船鉾が出陣船鉾と称されるのに対し凱旋船鉾といわれ、 幕末以来の復興を図る。平成26年より完全復興して巡行に参加する。 南観音山:本尊の楊柳観音像は悠然と瞑想をする鎌倉時代の座像。 諸病を防ぐといわれ巡行には柳の大枝を差し四隅に木彫薬玉をつける。 北観音山:楊柳観音像と韋駄天立像を安置する曳山。 巡行時に柳の枝を差出している。天水引は観音唐草と雲龍図を各年に使用。 八幡山:町内に祀られている八幡宮を山の上に勧請したもので、 常には町会所の庭にお宮を祀っている。山の上の祠は総金箔の美麗なもの。 役行者山:御神体として役行者と一言主神、葛城神の三体を安置。 役行者が一言主神を使って葛城と大峰の間に橋をかけたという伝承による。 黒主山:謡曲「志賀」にちなみ大伴黒主が桜の花をあおぎながめている姿をあらわす。 桜の造花は戸口に挿すと悪事除けになるといわれている。 橋弁慶山:鎧姿に大長刀を持つ弁慶と、橋の欄干の擬宝珠の上に足駄で立ち、 右手に太刀を持つ牛若丸が五条の大橋で戦う姿をあらわしている。 |
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〔『阿弥陀堂』:『本願寺』(西本願寺:国宝)(京都府京都市下京区堀川通花屋町下ル門前町60)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『西本願寺』:京都市民から「お西さん」の愛称でも親しまれている『浄土真宗本願寺派』の本山を駆け足さんぽ(笑)・・・^〜^v:『龍谷山 本願寺』(京都府京都市下京区堀川通花屋町下ル門前町60)〔2016.05.13〕 □ 地震により被害を受けられました皆さま、また関係者の方々には心よりお見舞い申しあげます。□ 今月五月の連休の頃、13日の金曜日に出かけたのは 京都市民から「お西さん」の愛称でも親しまれている! 浄土真宗本願寺派』の本山『龍谷山 本願寺』、 その近くで終日の所用があり、 観光なしの京の一日☆彡 少し早く到着したので、 朝の「おにしさん」散歩 五月晴れの境内を駆け足で一周(笑) お楽しみの放課後は、 阪急・烏丸駅近くで 京都のお友達と軽く一献☆彡 しかし、お店の名前は、 なぜか(笑)、記憶にありません・・・トホホ では、駆け足の『西本願寺』境内散歩を お楽しみください・・・^〜^v . 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【西本願寺】は、京都市下京区にある仏教寺院。 浄土真宗本願寺派の本山である。 山号は龍谷山(りゅうこくざん)。 西本願寺は通称であり、正式名称は「龍谷山 本願寺」、宗教法人としての名称は「本願寺」である。 京都市民からは「お西さん」の愛称でも親しまれている。 真宗大谷派の本山である「東本願寺」(正式名称「真宗本廟」)と区別するため、両派の本山は通称で呼ばれることが多い。 文永7年(1272)、親鸞の廟堂として京都東山の吉水の地に創建されたがその後比叡山延暦寺から迫害を受けるなど場所は転々とし、現在地には天正19年(1591)、豊臣秀吉の寄進により大坂天満から移転した。 境内は国の史跡に指定され、「古都京都の文化財」として世界遺産にも登録されている。 本願寺住職が浄土真宗本願寺派の門主となる。 境内には桃山文化を代表する建造物や庭園が数多く残されており、平成6年(1994年)に国の史跡に指定され、同年12月にユネスコの文化遺産に「古都京都の文化財」として登録されている。 建物の配置と構造は東向きを原則とする真宗建築の典型で、親鸞聖人像が安置されている御影堂(ごえいどう)が、北隣の本堂(阿弥陀堂)よりも大きく造られている。 これは本願寺がそもそも宗祖親鸞の廟堂として始まったためである。 寛永13年(1636年)に再建された御影堂は、「寛政の大修復」寛政12年(1800年)及び「平成大修復」(1999年 - 2008年12月)と2回の大修復を経ている。 天正19年(1591年)、豊臣秀吉により寺地の寄進を受け、大阪天満から現在の堀川六条に寺基を移転する。廟堂は江戸時代初頭、東山五条坂西大谷に移り現在の「大谷本廟」となっている。 慶長7年(1602年)、後陽成天皇の勅許を背景に徳川家康から、豊臣秀吉の命により本願寺内北方に隠居させられていた教如(11代顕如の長男)へ烏丸七条に寺領が寄進され本願寺が東西に分立する。 このとき幕府内では当時の門主准如(顕如の三男)が関ヶ原合戦において西軍に味方したことから准如に代わり教如を門主にするとの考えもあったが、真宗の力を削ぐのに有効との考えから結局分立させることになった。 分立当初は准如の「本願寺」は「本願寺」・「六条門跡」・「本門」・「にしもんぜき」などと呼ばれ、 教如の「本願寺」は「信淨院本願寺」・「本願寺隠居」・「七条本願寺」・「信門」・「ひがしもんぜき」などと呼ばれた。 昭和62年(1987年)までは、東西ともに「本願寺」が正式名称である。 便宜上、堀川六条の本願寺の東側にある烏丸七条の本願寺を「東本願寺」と通称されたため、相対的に堀川六条の本願寺は「西本願寺」と通称されるようになる。 幕末期には京都を守る剣客集団新選組の本拠地ともなっている。 現在まで境内地に大きな変化は無いが、明治9年(1876年)に真宗興正派が独立した際に南境内地を割譲。 近年、境内地北側の旧本圀寺跡地(日蓮宗大本山、山科区に移転)を購入している。 本願寺の寺基自体は400年以上に渡り移転していない。 【放課後】 |
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〔『春の哲学の道』:(京都府京都市左京区鹿ケ谷宮ノ前町)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『哲学の道』:『法然院』から、『大豊神社』や『熊野若王子神社』・『龍宮神社』に寄り道して春さんぽ・・・^〜^v:(京都府京都市左京区)〔2016.03.31〕 □ 地震により被害を受けられました皆さま、また関係者の方々には心よりお見舞い申しあげます。□ もう一か月ほど前の桜花も見ごろの候(3/31)、 久しぶりに出かけた『修学院離宮』の帰り道、 市バスを『銀閣寺道』で下車し、 『五山送り火』の大の字の火床の頂点まで 『大文字山』に一気に登り、 下山した先の『法然院』は僕のお気に入り、 境内をひと回りして、 再び、観光客があふれる『哲学の道』を あまり人気のない静かな『大豊神社』や 『熊野若王子神社』・『龍宮神社』に寄り道しながら、 東山の山裾に沿って流れる『琵琶湖疏水分線』の畔を 桜花楽しみながらの春さんぽ☆彡 ちょうど見ごろの『桜花』はじめ 春の花咲く爛漫の京都の春を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【完】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【法然院】(ほうねんいん)は、京都市左京区鹿ヶ谷にある浄土宗系の寺院である。 元は浄土宗内の独立した一本山であったが、昭和28年(1953年)に浄土宗より独立し、単立宗教法人となる。 正式名は、「善気山法然院萬無教寺」と号するが、院号の「法然院」で名が通っている。 別称には「本山獅子谷法然院」がある。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 ■餃子の王将 河原町店■ TEL:075-223-2485 住所:京都府京都市中京区蛸薬師河原町東入る備前島町317 営業時間:[月〜木]11:00〜翌1:00(L.O.翌0:30)
[金・土・祝前日]11:00〜翌3:30(L.O.翌3:00)
ランチ営業、夜10時以降入店可、夜12時以降入店可、日曜営業[日・連休最終日]11:00〜23:30(L.O.23:00) |



