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〔『葛城の秋』:『葛城一言主神社』(かつらぎひとことぬしじんじゃ)(奈良県御所市森脇432)周辺にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 6.『葛城一言主神社』(かつらぎひとことぬしじんじゃ):約1300年前に編纂された『古事記』や『日本書紀』にも登場する『一言主』を主神とする神社の秋を味わう・・・^〜^v:(奈良県御所市森脇432)〔2018.09.23〕 『台風24号』接近中の日本列島、 現在『屋久島』の南西約130kmの海上を 時速25km/hで北北東に進行中! 午後から雨風が強くなりそうです・・・トホホ さて、もう一週間も経ってしまいましたが 『秋分の日』に訪ねた『葛城古道』、 お気に入りの『九品寺』から『葛城一言主神社』へ 『彼岸花』と『稲穂』の秋の共演を堪能して 境内で一休み^^v 一間社流造で、屋根は銅板葺の 本殿は明治9年(1876年)の改築。 拝殿前にはイチョウの古木(乳銀杏)があり、 樹齢1,200年ともいわれ神木とされています☆彡 それでは、真っ赤な『彼岸花』と収穫前の黄金色の『稲穂』に包まれた 1300年の歴史ある秋の『葛城一言主神社』を味わい、 次の目的地『極楽寺』へと・・・^〜^v 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 第十一巻:2639 原文 葛木之 其津彦真弓 荒木尓毛 憑也君之 吾之名告兼 作者 不明 よみ 葛城(かづらき)の、襲津彦(そつびこ)真弓(まゆみ)、荒木(あらき)にも、頼めや君が、我が名(な)告(の)りけむ 意味 葛城(かづらき)の襲津彦(そつびこ)が持つ弓に使う荒木のように、頼もしいあなたが、私の名を告げたのでしょうか。 「葛城の襲津彦」は、新羅・百済に渡って戦った勇猛な人として伝えられています。「荒木」は、弓を作るための木を指します。 古代、男性が女性の名を口にすることは求婚を意味していました。 補足 寄物陳思(きぶつちんし: 物に寄せて思いを陳べる歌)のひとつです。 出典: https://art-tags.net/manyo/eleven/m2639.html 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 なほ見たし花に明け行く神の顔 (なほみたしはなにあけゆくかみのかほ) 元禄元年 四十五歳(笈の小文) ☆ 葛城山脈の主峰。標高960メートル。役行者(えんのぎょうじゃ)を開祖とする修験道最古の霊場。主神である一言主神(ひとことぬしのかみ)は、容貌が醜いという伝説で知られる。(謡曲『葛城』など) 「花盛りの中に明ける葛城山の曙の美しさを見ると、この山の神は顔が醜かったなど、とても思えぬ。自分の目でとくと見直してみたいものだ。」 出典: http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/4128/391.html#393 一言主(ひとことぬし)は、日本の神である。 『古事記』(712年)の下つ巻に登場するのが初出である。460年(雄略天皇4年)、雄略天皇が葛城山へ鹿狩りをしに行ったとき、紅紐の付いた青摺の衣を着た、天皇一行と全く同じ恰好の一行が向かいの尾根を歩いているのを見附けた。雄略天皇が名を問うと「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」と答えた。天皇は恐れ入り、弓や矢のほか、官吏たちの着ている衣服を脱がさせて一言主神に差し上げた。一言主神はそれを受け取り、天皇の一行を見送った、とある。 少し後の720年に書かれた『日本書紀』では、雄略天皇が一言主神に出会う所までは同じだが、その後共に狩りをして楽しんだと書かれていて、天皇と対等の立場になっている。時代が下がって797年に書かれた『続日本紀』の巻25では、高鴨神(一言主神)が天皇と獲物を争ったため、天皇の怒りに触れて土佐国に流された、と書かれている。これは、一言主を祀っていた賀茂氏の地位がこの間に低下したためではないかと言われている。(ただし、高鴨神は、現在高鴨神社に祀られている迦毛大御神こと味耜高彦根神であるとする説もある) さらに、822年の『日本霊異記』では、一言主は役行者(これも賀茂氏の一族である)に使役される神にまで地位が低下しており、役行者が伊豆国に流されたのは、不満を持った一言主が朝廷に讒言したためである、と書かれている。役行者は一言主を呪法で縛り、『日本霊異記』執筆の時点でもまだそれが解けないとある。 また、能の演目『葛城』では、女神とされている。 葛城山麓の奈良県御所市にある葛城一言主神社が全国の一言主神社の総本社となっている。地元では「いちごんさん」と呼ばれており、一言の願いであれば何でも聞き届ける神とされ、「無言まいり」の神として信仰されている。 このほか、『続日本紀』で流されたと書かれている土佐国には、一言主を祀る土佐神社があり土佐国一宮になっている。ただし、祀られているのは味鋤高彦根神であるとする説もあり、現在は両神ともが主祭神とされている。 |
【奈良の四季さんぽ】
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〔『火宅花』:『葛城一言主神社』(かつらぎひとことぬしじんじゃ)(奈良県御所市森脇432)周辺にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 5.『葛城一言主神社』周辺(かつらぎひとことぬしじんじゃ) :たわわに実る『稲穂』と真っ赤に燃え上がる『彼岸花』との共演、秋の葛城の大人気スポット・・・^〜^!:(奈良県御所市森脇432)周辺〔2018.09.23〕 おはようございます! 非情に強い『台風第24号』 (チャーミー)は、 午前5時現在『宮古島』の東約150kmを 北方向に時速15km/h(8kt)で進行中、 あす未明3時には、奄美大島の北北西約60kmで 中心気圧 935hPaのメガパワーに成長し 時速30km/h(15kt)で北北東へ向かう予報・・・? 今年三度目のメガパワー台風、 前回の台風で大きな被害を受けた家屋は 未だにブルーシート状態、 壊滅的な被害の発生が心配で胸が痛みます・・・トホホ さて、先週『秋分の日』(9/23)は、 金剛山と葛城山の東側の山裾に沿って 往復約20km・高低差360m、 南北に続く『葛城古道』さんぽ☆彡 真っ赤に燃える『彼岸花』が咲きほこり、 黄金色に実る『稲穂』の畦道は、 秋の日本の原風景^^v 特に『葛城一言主神社』(かつらぎひとことぬしじんじゃ)周辺は 多くのカメラが大集合の人気スポット 収穫直前の『稲穂』と火宅のように燃える『彼岸花』との共演を たっぷりお楽しみください・・・^〜^v 【つづく】 【参考】 法華七喩(ほっけしちゆ)とは、法華経に説かれる7つのたとえ話のこと。また法華七譬(しちひ)ともいう。 7つの物語をたとえ話として説いている。これは釈迦仏がたとえ話を用いてわかりやすく衆生を教化したスタイルに則しており、法華経の各品でもこの様式を用いてわかりやすく教えを説いたものである。 1.三車火宅(さんしゃかたく、譬喩品) ある時、長者の邸宅が火事になった。中にいた子供たちは遊びに夢中で火事に気づかず、長者が説得するも外に出ようとしなかった。そこで長者は子供たちが欲しがっていた「羊の車(ようしゃ)と鹿の車(ろくしゃ)と牛車(ごしゃ)の三車が門の外にあるぞ」といって、子供たちを導き出した。その後にさらに立派な大白牛車(だいびゃくごしゃ)を与えた。 この物語の長者は仏で、『火宅』は苦しみの多い三界、子供たちは三界にいる一切の衆生、羊車・鹿車・牛車の『三車』とは声聞・縁覚・菩薩(三乗)のために説いた方便の教えで、それら人々の機根(仏の教えを理解する素養や能力)を三乗の方便教で調整し、その後に大白牛車である『一乗の教え』を与えることを表している。 なお檀一雄の「火宅の人」のタイトルは、この三車火宅を由来としている。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E8%8F%AF%E4%B8%83%E5%96%A9 |
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〔『曼珠沙華』:『葛城一言主神社』(かつらぎひとことぬしじんじゃ)(奈良県御所市森脇432)周辺にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 4.『葛城古道』(かつらぎこどう) :遠く古代の生活などを想いながら、『九品寺』から『葛城一言主神社』までの葛城の秋を楽しむ・・・^〜^!:『九品寺』(奈良県御所市楢原1188)〜『一言主神社』(奈良県御所市森脇432)〔2018.09.23〕 おはようございます! 今年の『秋分の日』(9/23)は、 金剛山と葛城山の東側の山裾に沿って 往復約20km・高低差360m、 南北に続く『葛城古道』さんぽ☆彡 真っ赤に燃える『彼岸花』が咲きほこり、 黄金色に実る稲穂の畦道は、 日本の原風景^^v 特に『九品寺』(くほんじ)から 『葛城一言主神社』(かつらぎひとことぬしじんじゃ)までは、 僕のお気に入りのさんぽ区間☆彡 古(いにしえ)の人びとの生活などを想いながら 収穫直前の稲穂と真っ赤な彼岸花とが奏ずる 秋色満ちた『葛城の道』を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v 【つづく】 |
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〔『なかよし』:『九品寺』(奈良県御所市楢原1188)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 3.続『九品寺』(くほんじ) :遠く奈良時代『行基』の開基と伝わる古刹の境内と庭園『十徳園』を秋色さがし・・・^〜^!:(奈良県御所市楢原1188)〔2018.09.23〕 おはようございます! 今年の『秋分の日』(9/23)は、 金剛山と葛城山の東側の山裾に沿って 往復約20km・高低差360m、 南北に続く『葛城古道』さんぽ☆彡 真っ赤に燃える『彼岸花』が咲きほこり、 黄金色に実る稲穂の畦道は、 日本の原風景^^v 最初の目的地は、浄土宗のお寺『九品寺』(くほんじ)☆彡 『行基』が開基したと伝わる古刹、 境内や裏山には「千体石仏」と称される 多数の石仏が並び、 簡素な池畔回遊式の日本庭園『十徳園』を 『彼岸花』とともにお楽しみください・・・^〜^v 【つづく】 九品(くほん)は、仏教で、経典を翻訳した際に、サンスクリットのVargaを「品」と訳した。なお仏教の「九品」の場合は「くほん」と濁らずに読むが、「上品・下品」などは「じょうぼん・げぼん」と連濁する。 仏教(特に浄土教)では、衆生の機根の違いによって、同じ極楽浄土へ往生するにも、9つのパターンがあると『観無量寿経』に説かれている。またこれを九品往生ともいう。 九品のそれぞれはこれは「○品○生」(○は上・中・下)と言い、「○生」の読みはそれぞれ上生(じょうしょう)、中生(ちゅうしょう)、下生(げしょう)である。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%93%81 |
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〔『彼岸海』:『九品寺』(奈良県御所市楢原1188)周辺にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『九品寺』(くほんじ) :遠く彼岸に『大和三山』浮かぶ、真っ赤に燃える『彼岸花』の海・・・^〜^!:(奈良県御所市楢原1188)〔2018.09.23〕 おはようございます! 今年の『秋分の日』(9/23)は、 奈良県と大阪府の県境にそびえる 金剛山と葛城山の東側の奈良県側山裾に沿って 南北に続く『葛城古道』さんぽ☆彡 真っ赤に燃える『彼岸花』が咲きほこる、 黄金色に実る稲穂の畦道を 『近鉄御所駅』を始点に、『高天彦神社』で折り返し 往復約20km・高低差360mの日本の原風景を堪能^^v 最初の目的地は、 水が万遍なく田んぼに行き渡るように 配水を調整する番人が今も使う『番水の時計』、 その近くの浄土宗のお寺『九品寺』(くほんじ) 『行基』が開基したと伝わる古刹です☆彡 『葛城山』の麓の高台に建つ『九品寺』は、 『万葉集』はじめ古代から親しまれる『大和三山』、 『天香久山』(あまのかぐやま:152m)・『畝傍山』(うねびやま:199m)・『耳成山(みみなしやま:140m)が、 真っ赤に燃える『彼岸花』の海の向こう 『奈良盆地』に望む絶景ポイント! それでは、『秋分の日』に真っ赤に咲き誇る『彼岸花』の海と、 『浄土教』の極楽往生の際の九つの階位『九品』(くほん)所縁の 『千体石仏』と称される多数の石仏が境内や裏山にはある『九品寺』を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v 【つづく】 【番水の時計】 番水の時計(ばんみずのとけい)は、当番の方が、一定の時刻になると、用水路の水門が開けられる方向を調整し、水の流れを変え、それぞれの田んぼに万遍なく、水が行き渡るように配水を調整をするための慣行を守っているものです。 この慣行は珍しいそうで、その背景には葛城山麓が堆積層の浅い扇状地で、水の浸透が早いなど水を上手く配分しなければならない地形状の問題があったためといわれています。 出典: http://www.gosesk.org/m/6/ 九品寺(くほんじ)を開いたのは奈良時代の僧、行基です。行基は聖武天皇のとき奈良東大寺の大仏造営にかかわった僧で、その生涯は民衆救済のため布教活動を続けています。布教とともに灌漑や港湾施設建設や僧尼院建設に心血を注ぎ、大仏建立の功績によって、日本で最初に大僧正となっています。 さて、九品寺はサンスクリット語で、その意味は布教でいう上品・中品・下品で、人間の品格をあらわしています。上品の中にも上中下があって中品や下品にもそれぞれ上中下があります。全部で九つの品があるので九品と名づけられています。その九品寺のご本尊は木造阿弥陀如来像で、国の重要文化財に指定されています。 楢原氏は南北朝の戦いのとき、南朝に味方していた楠木正成公のため一族を引き連れて参戦しています。その戦いに行くとき、一族は身代わりのため石仏を彫って菩提寺だった九品寺に奉納したのが、いまに伝える千体石仏です。 出典: http://www.city.gose.nara.jp/kankou/0000001416.html |




