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〔『ホテイアオイ』(布袋葵):『本薬師寺跡』(奈良県橿原市城殿町279)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『本薬師寺跡』(もとやくしじあと):『畝傍山』(うねびやま)・『二上山』(にじょうざん)を望む『天香久山』(あまのかぐやま)の麓に集う水の妖精たちの大舞踏会に出逢う・・・^〜^!:(奈良県橿原市城殿町279)〔2017.09.01〕 念願の『橿原神宮』・『畝傍山』に続いて、 元職場の先輩の作品展会場への道中 もう一つ寄り道した場所があります^^v 『天香久山』(あまのかぐやま)と 『畝傍山』(うねびやま)との中間にある 『藤原京』の『薬師寺』と呼ばれた『本薬師寺』(もとやくしじ)の跡☆彡 豊かな実りの稲穂に包まれた面積約1.4haの休耕水田は、 南米からやってきた水の妖精『ホテイアオイ』(布袋葵)たちが集う 大カーニバル会場☆彡 白雲浮かぶ青空の下に繰り広げられる 涼しげなすみれ色のコスチュームに包まれた 大舞踏会場をご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 ホテイアオイ(布袋葵、学名:Eichhornia crassipes)は、単子葉植物ミズアオイ科に属する水草である。南アメリカ原産で、水面に浮かんで生育する。花が青く美しいので観賞用に栽培される。別名ホテイソウ、ウォーターヒヤシンス。 【本薬師寺跡】(もとやくしじあと) 近鉄橿原線「畝傍御陵前」駅東出口から、香具山(かぐやま)に向かう道路を約500m東に進んだところに、作家の黒岩重吾氏による万葉歌碑があります。その南側の民家の庭先に15個の礎石があり、その南には水田の中に、東西に並んだ2つの土壇があります。これらが本薬師寺の金堂(こんどう)と東塔(とうとう)・西塔(さいとう)の跡です。特別史跡に指定されているのは、この、金堂および東西塔を含む伽藍(がらん)の中心部分です。 本薬師寺は西暦680年(天武9)、天武天皇(てんむてんのう)が皇后(後の持統天皇)の病気が治ることを祈願(きがん)して発願(ほつがん)した寺で、西暦698年にほぼ完成、藤原京の四大寺の1つに数えられています。伽藍配置(がらんはいち)は、金堂の前面に東西2つの塔を配置した薬師寺式(やくしじしき)と呼ばれる伽藍配置で、現在、西ノ京にある薬師寺と同じ伽藍配置となっています。また寺域(じいき)は、藤原京の右京八条三坊の全域が寺域であり、造営に当たっては、寺域を東西に分けていた西三坊坊間路を埋め立てたことがわかっています。 本薬師寺は、平城京遷都に伴い奈良に移りますが、建物や三尊(さんぞん)の仏像も全て平城京に移ったのかという点が長い間、問題となっていました(薬師寺論争)。発掘調査の結果、1.金堂や塔の規模や配置は平城京の薬師寺と変わらない、2.裳階(もこし)の礎石は残っていないが、小さな軒瓦などが出土していることから、金堂・塔ともに裳階付きの建物であったこと、3.奈良・平安時代の瓦が出土したことから、伽藍は修理されつつ、平安時代まで存続したこと、4.創建(そうけん)時に葺かれた瓦が大量に出土したこと、が明らかとなりました。つまり、平城京の薬師寺は、藤原京の薬師寺(本薬師寺)を移築したものではなく、本薬師寺に倣(なら)って造られたことが確定したのです。しかし、本薬師寺の三尊がどのようなものであったのかは依然、不明のままです。 本薬師寺の礎石や土壇(どだん)を見ながら、平城京の薬師寺の華麗な姿を想い浮かべると、かつての本薬師寺の姿がありありと目に浮かぶのではないでしょうか。 |
【奈良の四季さんぽ】
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〔『畝傍山』(198.8m):(奈良県橿原市慈明寺町)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『畝傍山』(うねびやま):『天香久山』・『耳成山』とともに『大和三山』と呼ばれる山々の最も高い山頂に立つ・・・^〜^!:(奈良県橿原市山本町)〔2017.09.01〕 念願の『橿原神宮』に続いて、 寄り道したのは、 『天香久山』(あまのかぐやま)・『耳成山』(みみなしやま)とともに 『大和三山』と呼ばれ『畝傍山』(うねびやま)☆彡 標高(198.8m)で、三山の中では最も高い山頂へは、 『橿原神宮』の『北神門』を出て左手へと・・・^^v 木洩れ日もれる雑木林のなかを 時折開けた眼下に『奈良盆地』を囲む山々を楽しむ 約30分弱の大和路さんぽ☆彡 山頂からは、『金剛山』(1,125m)・『葛城山』(959.2m)に 『二上山』(雄岳517m・雌岳474m)に 『生駒山』(641.98m)や遠くに『若草山』(341.8m)も発見! それでは、青空に映える大和路の眺望をお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 畝傍山東麓に鎮座。もと熊野権現と称していた。 祭神は姫蹈鞴五十鈴姫命。東大谷日女命神社は 「延喜式」神名帳高市郡の神社で、「大和志」 以来、現桜井市山田の同名社にあてる。しかし 大谷という地名が畝傍山西方にあることから、 畝傍地方に求める説が起り、明治三五年(一九 〇二)頃熊野権現の社名・祭神を変更したもので ある。なお当社をもって高市郡の式内社畝傍山 口神社とする説もある。 出典:大和・紀伊『寺院神社大事典』 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 畝傍山(うねびやま)は、奈良盆地南部に位置する山である。 かつては「畝火山」、「雲根火山」、「宇禰縻夜摩」とも記され、「慈明寺山」、「御峯山」などと呼ばれることもあった。万葉集の中では「瑞山」(みずやま)とも詠まれた。 天香久山、耳成山とともに大和三山と呼ばれ、2005年(平成17年)7月14日には他の2山とともに国の名勝に指定された。標高は198.8メートルと三山の中では最も高い。ただし、山頂にある三等三角点の標高は198.49メートルである。歴史的風土特別保存地区にも指定されている。 畝傍とは「火がうねる」の意味である。田の畝のようにくねくねした尾根を多く持つことから名付けられたともいわれる。瀬戸内火山帯に属しており、古代人がこの山を火山と認識していた可能性も考えられる。事実、頂上近くの緩い傾斜面になっている部分は、黒雲母安山岩から形成され、ざくろ石黒雲母流紋岩の流離構造を示す貫入岩も存在する。ただし、きれいな釣鐘型の火山のような山容を持つが、第三紀に噴出した火山岩が侵食されて、その一部のみが残存した侵食地形である。噴火時の大きさは現在の2倍以上であったとされる。中腹以下の部分は片麻岩によって形成されている。 江戸時代より以前は、山上に70以上もの寺院があったと指摘されている。現代でも西麓には曹洞宗慈明寺が残る。本寺の傍に畝火山口神社がある。明治に入ってから、国は神武天皇の宮(畝傍橿原宮)があったとされる畝傍山の麓に橿原神宮を興し、それまで多武峰で奉斎してきた神武天皇の「御霊」を移したとされる。付近には藤原京跡、飛鳥京跡などの都城跡や数々の古墳がある。 山頂への登山口は、東麓の橿原神宮側と、西麓の畝火山口神社側がある。現在、山頂からは天香久山や耳成山のほか、遠く若草山なども眺望することができ、その山頂には、もとあった畝火山口神社社殿跡が残る。 万葉集 「思ひあまり 甚(いた)もすべ無み 玉だすき 畝火の山に われは標(しめ)結ふ」 (巻7-1335) 作者不詳 |
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〔『第一次大極殿』(復元):『国営平城宮跡歴史公園』(奈良県奈良市佐紀町)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『平城宮趾』:通りすがりに『朱雀門』・『大極殿』と『大立山まつり』の『四天王』に出逢う・・・^〜^v:『国営平城宮跡歴史公園』(奈良県奈良市佐紀町)〔2017.01.26〕 今月はじめてのおはようございます^^v さて先日(1/26)奈良へ出かけた帰り道、 久しぶりに『平城宮趾』さんぽ☆彡 しばしの間、1300年前の天平文化の豪華絢爛な空間を タイムトラベルをご一緒にお楽しみください・・・^〜^v 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 棚田 嘉十郎(たなだ かじゅうろう、1860年5月21日(万延元年4月5日) - 1921年(大正10年)8月16日)は日本の植木職人。 文化財保護運動家。 明治時代から大正時代にかけて奈良県・平城宮の保存活動を行った。 1860年5月21日(万延元年4月5日)誕生。 植木職人として奈良公園などの植栽を手がけていた。 江戸時代に幕府の役人北浦定政の調査で研究が始まった平城宮は、1897年に奈良県技官で東京大学名誉教授の関野貞・同じく奈良県技官の塚本慶爾らによって発見された。 しばしば観光客に平城宮跡の場所を尋ねられたが、棚田は場所を知らず答えることができなかった。これを奈良の人間として恥ずかしいと思った棚田は、平城宮跡の保存と顕彰に一生をかけることを決意した。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 平城宮(へいぜいきゅう、へいじょうきゅう)は奈良の古都平城京の大内裏。 1998年(平成10年)12月、「古都奈良の文化財」として東大寺などと共に世界遺産に登録された(考古遺跡としては日本初)。 平城京の北端に置かれ、天皇の住まいである内裏即ち内廷と、儀式を行う朝堂院、役人が執務を行う官衙の所謂外朝から成り、約120ヘクタールを占めていた。 周囲は5メートル程度の大垣が張り巡らされ、朱雀門を始め豪族の姓氏に因んだ12の門が設置され、役人等はそれらの門より出入りした。 東端には東院庭園がおかれ、宴等が催された。 この東院庭園は今日の日本庭園の原型とされている。 ただし、平城京に都が置かれていた70年余りに間に何度か大規模な改築が実施されており、その間に平城宮内部の構造も変化している部分もあったが、そのことが後世の研究家に認識されることは少なく、実際に本格的な発掘が実施されるまで誤った推定が行われる遠因となった。 784年(延暦3年)に長岡京に遷都され、その後平城上皇が大極殿(第一次)跡地に新しい宮(平城西宮)を造営して居住したこともあったが、その後平安京が都としての地位が確定すると放置され、しだいに農地となっていった。 しかし南都と呼ばれ、あくまでも本来の都は奈良という認識が大宮人の間にはあった。 |
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〔『吸蜜』:『尾長揚羽』(オナガアゲハ):『橘寺』(奈良県高市郡明日香村橘)付近にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 5.[完]『飛鳥路さんぽ』:【野生種】蝶も舞い、おなじみの小花も咲き誇る春爛漫の路傍さんぽ ・・・^〜^v:(奈良県高市郡明日香村・橿原市)〔2016.04.25〕 □地震により被害を受けられました皆さま、また関係者の方々には心よりお見舞い申しあげます。□ おはようございます^^v 大型連休のGWも最後の週末になりましたが、 さて、一週間ほどまえの(4/25)の奈良・飛鳥路さんぽ☆彡 『岡寺』の『石楠花』・『牡丹』・『躑躅』の豪華絢爛な春花を 堪能した飛鳥路さんぽの道中。 1400年前の古都・飛鳥は今は静かな普通の農村、 田畑の畦道には、子供の頃のお友達、 一緒に遊んだ可愛い野草花たちも勢ぞろい☆彡 誰でも知っているのに、 大人になると 誰も見向きもしない路傍の足元! そんな可愛い春の使者を 少しアップで撮ってみました^^v それでは、春の『飛鳥路』さんぽ、 最終編もご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【完】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【オナガアゲハ】(尾長揚羽、学名:Papilio macilentus)は、チョウ目(鱗翅目)アゲハチョウ科に属するチョウの一種。 アゲハチョウよりやや大きめの黒い蝶。翅が引き延ばされたように細くスマートで、この翅形が毒を持つジャコウアゲハに非常に似ているため、擬態していると考えられている。夏には吸水集団を形成し、秋になると花から花へ駈けるように飛ぶ。 後翅前縁にある白斑は性標で、雄のみが持つ。羽化時は白いが、徐々に黄味を帯びてくる。 年2化性。春、サクラの花が散り終えるころから発生し、暖地では秋の中ごろまで見られる。ツツジ、ヒガンバナ、クサギなどで吸蜜しているのを見ることが出来る。 幼虫の食草はミカン科植物。ほとんど何でも食べるが、特にコクサギ、カラスザンショウ、ミヤマシキミなどの野生種を好む傾向がある。越冬態は蛹。 |
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〔『紫牡丹』:『岡寺』(奈良県高市郡明日香村岡806)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 4.『岡寺』(おかでら):【牡丹】(ぼたん)とそのお友達も入り乱れた、豪華絢爛な春の大円舞会に出逢う ・・・^〜^v:(奈良県高市郡明日香村岡806)〔2016.04.25〕 □地震により被害を受けられました皆さま、また関係者の方々には心よりお見舞い申しあげます。□ おはようございます^^v 昨日は『子供の日』、そろそろ最終楽章! さて、先日(4/25)の奈良・飛鳥路さんぽ、 本命は、『岡寺』の『石楠花』(しゃくなげ)だったのですが、 境内には、『牡丹』(ぼたん)も『躑躅』(つつじ)も 入乱れて春の大円舞会☆彡 『石楠花』に続いて、 『牡丹』・『躑躅』とそのお友達とも出逢えた『岡寺』 来年の再訪も楽しみです^^v 『飛鳥路』さんぽ、 その後は『石舞台古墳』あたりで折り返し、 『聖徳太子』の生誕地と伝わる『橘寺』を遠目に 出発地の『橿原市』(かしはらし)に戻ってきました^^v それでは、春の『飛鳥路』さんぽ、 ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |


