|
〔『紀州街道』:(大阪府岸和田市本町)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 2.『紀州街道』:参勤交代路として江戸時代の雰囲気残る家並みを通り、『だんじり会館』・『蛸地蔵』・『三の丸神社』へと『岸和田れきし散歩』・・・^〜^v:(大阪府岸和田市本町)〔2018.09.15〕 9月も半ば過ぎ、今日は『秋分の日』、 先週末の9/15には、歴史散歩好きな元同僚と 大阪府南部『岸和田市』と『泉大津市』を 町中さんぽ☆彡 スタートは、南海本線の『蛸地蔵駅』、 江戸時代の風情残す『岸和田』の町、 特に『岸和田城』の西側、府道を越えて一本入った 『紀州街道』は、かつて大阪と和歌山を結び、 江戸時代になって参勤交代路として整備され、 中二階の家々続く歴史街道☆彡 今も江戸時代そのままの家並み抜けて 『だんじり会館』から、 通称『蛸地蔵』とよばれる『天性寺』(てんしょうじ)を経て 『岸和田だんじり祭』発祥の宮と伝わる『三の丸神社』へと、 『大坂城』と『和歌山城』との真ん中近くの城下町 『岸和田れきし散歩』をご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 岸和田だんじり会館 紀州街道に沿ったかつての岸和田城下の街並を館内全体で再現しつつ、だんじりと祭に関する資料が豊富に展示してある。また、岸和田市内の他のだんじり祭(春木・東岸和田・南掃守・八木・山直・山直南・山滝)も取り扱っている。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%B8%E5%92%8C%E7%94%B0%E3%81%A0%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%8A%E7%A5%AD 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 天性寺(てんしょうじ)は、大阪府岸和田市南町にある浄土宗の寺院。山号は護持山。院号は朝光院。本尊は阿弥陀如来と地蔵菩薩。この地蔵菩薩が蛸地蔵(たこじぞう)と通称され、当寺院の別称になっている。また、最寄駅となる南海本線蛸地蔵駅の駅名にも採用されている。 天正12年(1584年)、羽柴秀吉(豊臣秀吉)が尾張へ向けて大坂城を出発(小牧・長久手の戦い)。その隙を突いて、紀州征伐で敵対する根来衆・雑賀衆といった紀州の一向一揆の軍勢が、秀吉配下の中村一氏が寡兵で守る岸和田城へ攻め込み、大乱戦となった。数で圧倒する紀州勢の勢いが物凄く城が危うくなった時、蛸に乗った一人の法師が現れて、次々と紀州勢を薙ぎ倒した。しかし、紀州勢が盛り返して、蛸法師を取り囲もうとした時、海辺より轟音をたてて幾千幾万の蛸の大群が現れ、紀州勢を殺害することなく退却させた。一氏は喜び、その法師を探したが、結局分からなかった。ある夜、法師が一氏の夢枕に立ち、自分は地蔵菩薩の化身であると告げたので、その昔戦乱から守るため、堀に埋め隠し入れた地蔵菩薩像を出して祀ったという。 その後、一般の人もその利益(りやく)が受けられるように、日本一大きいとされる地蔵堂に移され、現在に至っている。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%80%A7%E5%AF%BA_(%E5%B2%B8%E5%92%8C%E7%94%B0%E5%B8%82) 社伝によれば南北朝時代の延元元年(1336年)に楠木正成の一族である和田正儀が岸和田城(岸和田古城)の守護のため城中に創建したとされる[1]。なお、この和田正儀を正成の子である楠木正儀と同一人物と見る説もあるが、1336年には楠木正儀はまだ約6歳であり、別人説もある。 岸和田城は15世紀中頃に古城から新城(現在地)に移されたとされているが、当社が現在地に遷座されたのは寛永17年(1640年)の岡部氏岸和田入封以降のことで、元禄14年(1701年)には岸和田藩主岡部氏3代の岡部長泰が伏見稲荷大社を勧請した[1]。3年後の宝永元年(1704年)に行なわれた稲荷祭は、岸和田藩も参加した大和川付け替え工事の竣工祝いと重なったことから盛大に催され、これが現在の岸和田だんじり祭の原型とも伝えられている[2]。また、現在では岸城神社で行なわれているだんじり祭での「宮入り」はかつては「城入り」と言われ、明治維新ごろまでは三の丸神社で行われていた[1]。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E3%81%AE%E4%B8%B8%E7%A5%9E%E7%A4%BE |
【大阪の四季さんぽ】
[ リスト | 詳細 ]
|
〔『岸和田城』:(大阪府岸和田市岸城町9番1号)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 1.『岸和田城』:60年近く前の亡父との記憶残る、かわいい天守がある城下町を訪ねる・・・^〜^v:(大阪府岸和田市岸城町9番1号)〔2018.09.15〕 9月も半ば過ぎ、秋の御彼岸の候となりました^^v さて、先週末の9/15には、歴史散歩好きな元同僚と 大阪府南部『岸和田市』と『泉大津市』を 町中さんぽ☆彡 スタートは、南海本線の『蛸地蔵駅』、 駅名所縁の「蛸地蔵物語」が描かれた素敵なステンドグラスを持つ 南欧の西洋館風のお洒落な駅舎から出発^^v 現在、レストランとして活用しながら 「がんこフードサービス株式会社」が 管理運営を行っている『五風荘』を 表門からのぞき見して、 お目当ての『岸和田城』へ☆彡 この日は風もなく静かなお堀に映る 美景の復興天守に☆拍手☆彡 あいにく先日の『台風21号』の被害で 『天守閣』は臨時休場でしたが、 『紀州街道』沿いに残る黒瓦に家並み 江戸時代の風情感じ城下町が眼下に拡がる 『岸和田城』の町さんぽをご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 蛸地蔵駅(たこじぞうえき)は、大正3年(1914)4月に開業しました。駅名にもなっている「蛸地蔵」は、駅から西へ約500メートルに位置する「天性寺」の通称。かつて岸和田城に一揆が襲来したときに1人の大法師(地蔵尊の化身)と数千の蛸が城の危機を救ったことから、この寺に地蔵尊を安置したと伝えられており、西駅舎の天窓にはこの「蛸地蔵物語」が描かれたステンドグラスがはめ込まれています。 出典: http://www.nankai.co.jp/traffic/station/takojizo 五風荘(ごふうそう)は、大阪府岸和田市にある近代和風建築と回遊式日本庭園。岸和田城二の曲輪の「新御茶屋」、「薬草園」の跡地に旧寺田財閥当主家別邸として建設された。岸和田市指定有形文化財。 岸和田城二の曲輪にあった「新御茶屋」および「薬草園」の跡地に旧寺田財閥当主で岸和田市長を務めた寺田利吉の別邸として昭和4年(1929年)から10年をかけて造成された。面積は約8000平方メートルで、回遊式庭園内に「山亭」・「八窓席」・「残月席」の3つの茶室が設けられている。表門「南木門」は奈良の東大寺塔頭中性院表門を移したものである。五風荘は当初、岸和田所縁の武士楠木正成の姓に因んで「南木荘」と呼ばれていたが、寺田利吉の諡号が「五風院」であったことから現在の名称に改められた。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E9%A2%A8%E8%8D%98 建武元年(1334年)前後に、和田高家が現在の岸和田城跡から約500m東(野田町1丁目周辺)に岸和田古城を築城。「岸の城」とも言われた。その後『日本城郭大系』によると信濃泰義によって現在地に移築されたとしている。 羽柴秀吉の紀州征伐の拠点として再築城され、その急ごしらえで造られていたものを、小出秀政が5重天守を上げる本格的な構えとした。松平康重の代に総構えと城下が整備され、岡部宣勝の頃、城の東側に2重、西側に1重の外堀と寺町が増築されている。文政10年(1827年)に天守を焼失。以降再建されないまま、明治4年(1871年)に廃城とされ、まもなく破却された。 岸和田城は猪伏山(いぶせやま)と呼ばれた小高い丘の上にあり、本丸と二の丸を合せた形が、機の縦糸を巻く器具「縢」(ちきり)に似ていることから蟄亀利城(後に千亀利城)と呼ばれるようになった。城内にある岸城神社は千亀利と「契り」とをかけて、縁結びの神社として知られている。桜の季節は花見の名所となり、大阪みどりの百選に選定されている。 日本100名城の選定対象となるものの、検討の結果、選定されなかった。 2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(161番)に選定された。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%B8%E5%92%8C%E7%94%B0%E5%9F%8E |
|
〔『真田幸村・大坂夏の陣』:『横堤駅』(よこづつみえき):(大阪市鶴見区横堤5丁目)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 6『玉造駅』:大阪下町さんぽのゴールは、古代『勾玉』(まがたま)所縁の地に残る、『戦』(いくさ)の足跡を訪ねて、『一期 』(いちご) の『生死』(しょうじ)を味わう・・・^〜^v:『三光神社』(大阪府大阪市天王寺区玉造本町14−90)・『旧真田山陸軍墓地』(大阪府大阪市天王寺区玉造本町14−83)〔2018.06.16〕 七月のはじめての月曜日のおはようございます^^v 梅雨明けしてませんが、今日も夏空のような朝です(汗) さて、二週間ほど前の週末(6/16)の大阪さんぽ、 土日の週末はわずか600円で乗り放題地下鉄一日券 『大阪メトロ』の『エンジョイエコカード』つかって 『大阪の史蹟さんぽ三昧の一日』☆彡 第六編は、大阪の下町さんぽのゴール『玉造駅』近くのある 『三光神社』と『真田山陸軍墓地』の二か所! 『大坂夏の陣』で活躍した『真田信繁』(幸村)所縁の神社、 かつては大坂城の出城「真田丸」が置かれ、 大坂の陣のときに『大坂城』からと伝わる抜け穴もある『三光神社』☆彡 その近くには、明治4年に設置された全国で最古の歴史を持ち 旧日本陸軍の歴史・文化を後世に伝える『旧真田山陸軍墓地』☆彡 それでは、古代『勾玉』(まがたま)所縁の地に残る、 『戦』(いくさ)の足跡を訪ねて、 『一期 』(いちご) の『生死』(しょうじ)を味わう 大阪下町さんぽのゴールをお届けいたします・・・^〜^v . 【つづく】 |
|
〔『椿の妖精』:『横堤駅』(よこづつみえき):(大阪市鶴見区横堤5丁目)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 5『太子橋今市駅』・『横堤駅』:二つの駅名が合体した駅近くの直交する四つ商店街と、七つの良縁な駅名を集めた『良縁街道百福線』を訪ねる下町さんぽ・・・^〜^v:(大阪市旭区太子橋1丁目)・(大阪市鶴見区横堤5丁目)〔2018.06.16〕 七月はじめてのおはようございます^^v 梅雨明けしてませんが、雨も降らず夏のような朝です(汗) さて、二週間ほど前の週末(6/16)の大阪さんぽ、 土日の週末はわずか600円で乗り放題地下鉄一日券 『大阪メトロ』の『エンジョイエコカード』つかって 『大阪の史蹟さんぽ三昧の一日』☆彡 第五編は、大阪市旭区と守口市に二市に跨る『太子橋今市駅』と 縁起の良い区名『鶴見区』にある日本全国の良縁な七つの駅が揃った『良縁街道百福街道』を 訪ねる下町さんぽ☆彡 まずは、『太子橋今市駅』(たいしばしいまいちえき) 駅名はかつての大阪市電都島守口線の『太子橋駅』と『今市町駅』とを合わせた駅名でも、 また、『太子橋』(旧西成郡豊里村大字橋寺・天王寺庄の新淀川左岸)と 『今市』(旧東成郡古市村大字今市)とを合わせた複合駅名! この駅近くには、異なった名前の四つの商店街が直交し、 また、二つの地名が合体した社名の神社もある歴史的に個性的な下町☆彡 次に向かったのは、1990年に花博の開催に合わせて開業した『横堤駅』(よこづつみえき) 鶴見区の区花の一つで花博に因み『ツバキ』が本駅の花テーマとして 大きな『椿の妖精』を描いたタイル壁画のある素敵なコンコースの駅☆彡 この駅の近くの道路の両側のフェンスには、 『良縁街道百福線』と名付けられた 『鶴見区』に因み縁起の良い七つの駅名も並ぶ町☆彡 それでは、地名や駅名などにこだわりのある 二つの個性的な大阪の下町を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【美合駅】(みあいえき) 美合駅(みあいえき)は、愛知県岡崎市美合町一ノ久保にある名古屋鉄道名古屋本線の駅である。駅番号はNH11。manacaの利用が可能である。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E5%90%88%E9%A7%85 元の名称は暮地(くれち)であったが1981年(昭和56年)に現在の寿に改称された。その理由は元の名称が「墓地」に似ていて不吉であったからであるとも言われている。無人駅であるが、縁起がいい名称であるため、富士急行線内の各有人駅で当駅の入場券が縁起物として販売されている 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BF%E9%A7%85 【福生駅】(ふっさえき) 福生駅(ふっさえき)は、東京都福生市本町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)青梅線の駅である。駅番号はJC 57。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E7%94%9F%E9%A7%85 【福住駅】(ふくずみえき) 福住駅(ふくずみえき)は、北海道札幌市豊平区月寒東1条13丁目にある札幌市営地下鉄東豊線の終点の駅。駅番号はH14。札幌ドームの最寄駅。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E4%BD%8F%E9%A7%85 【大福駅】(だいふくえき) 大福駅(だいふくえき)は、奈良県桜井市大福三丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)大阪線の駅である。駅番号はD41。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%A6%8F%E9%A7%85 【黄金駅】(こがねえき) 黄金駅(こがねえき)は、愛知県名古屋市中村区黄金通8丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)名古屋線の駅である。駅番号はE03。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E9%87%91%E9%A7%85_(%E6%84%9B%E7%9F%A5%E7%9C%8C) 参考(同名駅):黄金駅(こがねえき)は、北海道伊達市南黄金町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線の駅である。駅番号はH35。電報略号はコネ。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E9%87%91%E9%A7%85_(%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93) 【万富駅】(まんとみえき) 万富駅(まんとみえき)は、岡山県岡山市東区瀬戸町万富にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽本線の駅である。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%87%E5%AF%8C%E9%A7%85 |
|
〔『市役所高層館』:『堺市役所』:(大阪府堺市堺区南瓦町3番1号)にて〕 5[完]『紀州街道』:『反省会』、まずは地上80mから足跡確認して、向かった先は二軒はしごの『立飲み屋』(笑)・・・^〜^v:『大阪府堺市』〔2018.04.28〕 大型連休も終わり、昨日から通常通りの日本列島ですが、 連休の初日(4/28)出かけた友人の企画・案内で歴史さんぽ 『紀州街道』沿いに大阪堺市巡り 最終編のテーマは『反省会』☆彡 まずは、『堺市役所』の『高層館』最上階21階にある『展望ロビー』、 地上80mから、眼下に360度の展望が楽しめる回廊式ロビー! 『仁徳天皇陵古墳』(大仙古墳)をはじめ、 『紀州街道』沿いに歴史さんぽ楽しんだ 堺のまちの足跡を確認して、 向かった先は、開店同時に飛び込んだ 地元の老舗立飲み屋『溝畑酒店』☆彡 初めてのお店でしたが、大歓迎で乾杯・乾杯! 南海電車『堺東駅』からの帰り道、 なぜか『新今宮駅』で途中下車、 なぜか『通天閣』近くのなじみの店で 再度、乾杯してしまった男二人の歴史さんぽ(笑)^^v 最後までご愛読いただきありがとうございました★感謝★ . .【完】 |


