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〔『浦島丸』:『勝浦港〜ホテル浦島桟橋』:(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町勝浦)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 4[完].【熊野詣】:浦島太郎の気分、海亀さんのお迎えで、巨大な洞窟の温泉がある竜宮城へ・・・^〜^!:『ホテル浦島』(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町勝浦1165-2)〔2018.08.07〕 猛暑の『伊勢参り』の翌日向かった先は 『日本書紀』にも登場する『熊野』の修行場『那智山』☆彡 平安時代後期以来、浄土と見なされるようになり、 『吉野』とともに皇室の祖先神話ゆかりの信仰の地は、 土砂降りの『那智山』☆彡 日本一の落差を誇る『那智大滝』、 西国三十三所第一番札所『青岸渡寺』(せいがんとじ)と、 『熊野三山』のひとつ、『熊野那智大社』(くまのなちたいしゃ)の 『熊野詣』のお宿は、浦島太郎の気分で『南紀勝浦温泉』☆彡 大きな海亀のボートがお迎えに、 向かった先は、半島全部がお宿の竜宮城! 間口25m奥行50m高さ15mの巨大な洞窟の中にある 太平洋を眺める温泉をはじめ、 数々の温泉巡り楽しめる竜宮城♨♨♨♨ 残念ながら、乙姫様は夏休みで外出中・・・トホホ . 【完】 平氏一門の嫡流であり、美貌の貴公子として宮廷にある時には光源氏の再来と称された。治承・寿永の乱において大将軍として出陣するが、富士川の戦い・倶利伽羅峠の戦いの二大決戦で壊滅的な敗北を喫する。父の早世もあって一門の中では孤立気味であり、平氏一門が都を落ちたのちに戦線を離脱、那智の沖で入水自殺したとされている。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%B6%AD%E7%9B%9B 南紀勝浦温泉は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町(旧国紀伊国)にある温泉である。もともと勝浦温泉と呼ばれていたが、近年になって旅行業界や観光協会などが「南紀」を冠するようになった。近畿圏では一般に「勝浦」だけで当温泉地を指す。 南紀白浜温泉と並ぶ、和歌山県を代表する温泉地である。世界遺産に登録された那智山や那智滝、熊野三山、吉野熊野国立公園への拠点でもある。近畿圏、中京圏双方の奥座敷として、最寄り駅の紀伊勝浦駅へは当地への観光客を乗せて京都・大阪、名古屋の双方から特急列車がやってくる。 太平洋に面したリアス式海岸、南紀の景勝地である紀の松島から勝浦港にかけてに大小のホテル、旅館が集まっている。中には島や岬に立地するホテル、旅館がある。それらの宿泊施設は、観光桟橋からの船便が本土との唯一の交通手段になるため、深夜まで船は航行している。また狼煙半島全体を敷地とするホテル浦島には、忘帰洞と玄武洞という太平洋に面した自然の洞窟の浴場があり、ホテル中の島の紀州潮聞之湯とともに当温泉地のシンボルになっている。 南紀白浜と並ぶ観光拠点であり、行楽向けの温泉として知られるが、日帰りの行楽地ではないため白浜のような大型レジャー施設は存在しない。風光明媚な自然や近隣の世界遺産熊野古道、那智滝などを目的とする行楽客が多数である。また、紀伊勝浦漁港は全国有数のマグロ漁基地として知られ、マグロが名物となっている。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E7%B4%80%E5%8B%9D%E6%B5%A6%E6%B8%A9%E6%B3%89 |
【和歌山の四季さんぽ】
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〔『拝殿』:『熊野那智大社』:(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 3.【熊野詣】:『熊野那智大社』は、『那智大滝』所縁の滝の神を祀ったものとも考えられる『熊野三山』のひとつは改修工事中・・・^〜^!:『熊野那智大社』(くまのなちたいしゃ)(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1)〔2018.08.07〕 猛暑の『伊勢参り』の翌日向かった先は 『日本書紀』にも登場する『熊野』の修行場『那智山』☆彡 平安時代後期以来、浄土と見なされるようになり、 『吉野』とともに皇室の祖先神話ゆかりの信仰の地は、 土砂降りの『那智山』☆彡 日本一の落差を誇る『那智大滝』から、 西国三十三所第一番札所『青岸渡寺』(せいがんとじ)を経て、 現在は『熊野那智大社』(くまのなちたいしゃ)と呼ばれる 『熊野三山』のひとつへ☆彡 現在、改修工事中で社殿は養生シートで囲まれ その全貌をご紹介できませんが、 雨で曇ってしまったレンズを通した境内を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある神社。熊野三山の一つ。熊野夫須美大神を主祭神とする。かつては那智神社、熊野夫須美神社、熊野那智神社などと名乗っていた。また、熊野十二所権現や十三所権現、那智山権現ともいう。 熊野那智大社の社殿および境内地は、ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』(2004年〈平成16年〉7月登録)の構成資産の一部。 参道の長い石段の上は、右に青岸渡寺があり、左は朱の大鳥居と大社の境内が続いている。拝殿の奥には鈴門・瑞垣を挟んで本殿があり、向かって右から滝宮(第一殿)、証誠殿(第二殿)、中御前(第三殿)、西御前(第四殿)、若宮(第五殿)が並んでいる。正殿の第四殿が最も大きく、若宮の左手前には第六殿(八社殿)がある。 なお、現在は山の上に社殿があるものの、後述のように元来は那智滝に社殿があり滝の神を祀ったものだと考えられる。那智の滝は「一の滝」で、その上流の滝と合わせて那智四十八滝があり、熊野修験の修行地となっている。熊野三山の他の2社(熊野本宮大社、熊野速玉大社)では、明治の神仏分離令により仏堂が廃されたが、那智では観音堂が残され、やがて青岸渡寺として復興した。青岸渡寺は西国一番札所である。那智山から下った那智浜には補陀落渡海の拠点となった補陀洛山寺や熊野三所権現(渚王子)がある。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E9%82%A3%E6%99%BA%E5%A4%A7%E7%A4%BE |
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〔『那智山』:『那智大滝』・『三重塔』:『青岸渡寺』(せいがんとじ)(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 2.【熊野詣】:『西国三十三所』巡礼のスタート『那智山』、日本一の『那智大滝』を背景に鮮やかな『三重塔』の第一番札所を境内さんぽ・・・^〜^!:『青岸渡寺』(せいがんとじ)(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8)〔2018.08.07〕 猛暑の『伊勢参り』の翌日向かった先は 『日本書紀』にも登場する『熊野』の修行場『那智山』☆彡 平安時代後期以来、浄土と見なされるようになり、 『吉野』とともに皇室の祖先神話ゆかりの信仰の地は、 前日の猛暑のなか、木蔭・日陰を選んだ『お伊勢さん』とはうって変わった、 土砂降りの『那智山』☆彡 年間を通して雨量の多い紀伊半島の南東部 今回の台風20号の豪雨による被害が心配です...! 日本一の落差を誇る『那智大滝』を背景に 鮮やかな『三重塔』が映える、 西国三十三所第一番札所 『青岸渡寺』(せいがんとじ)☆彡 本堂は、今年いっぱい保存修理工事中ですが、 絶景の境内をご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 青岸渡寺(せいがんとじ)は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある天台宗の寺院。 西国三十三所第一番札所。山号は那智山。本尊は如意輪観世音菩薩。 本堂および宝篋印塔は国の重要文化財。ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』(2004年〈平成16年〉7月登録)の一部。 熊野三山の信仰が都の皇族・貴族に広まったのは平安時代中期以降であり、青岸渡寺および隣接する熊野那智大社についても創建の時期等については判然としない。伝承では仁徳天皇の時代(4世紀)、天竺(インド)から渡来した裸形上人による開基とされ、同上人が那智滝の滝壺で得た金製の如意輪観音を本尊として安置したという。後に推古天皇の勅願寺となり、6世紀末 - 7世紀初に生仏聖(しょうぶつひじり)が伽藍を建立し、丈六の本尊を安置して、その胎内に裸形上人感得の如意輪観音を納めたという。以上はあくまでも伝承であるが、那智滝を中心とする自然信仰の場として早くから開けていたと思われる。中世から近世にかけて、隣接する熊野那智大社とともに神仏習合の修験道場であり、如意輪堂と称されたその堂舎は、那智執行に代表される社家や那智一山の造営・修造を担う本願などの拠点であった。 明治時代に神仏習合が廃されたとき、熊野三山の他の2つ、熊野本宮大社、熊野速玉大社では仏堂は全て廃されたが、熊野那智大社では如意輪堂が破却を免れ、のちに信者の手で青岸渡寺として復興した。寺号は秀吉が大政所の菩提を弔うために建てた高野山の青巌寺に由来すると言われる。 御詠歌 補陀洛や 岸打つ波は 三熊野の那智のお山 にひびく滝津瀬 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B2%B8%E6%B8%A1%E5%AF%BA |
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〔『那智滝』(なちのたき):『飛瀧神社』(ひろうじんじゃ)(和歌山県那智勝浦町那智山)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 1.【熊野詣】:土砂降りの中、日本一の落差133mもある一段の滝『那智大滝』に参る・・・^〜^!:『飛瀧神社』(ひろうじんじゃ)(和歌山県那智勝浦町那智山)〔2018.08.07〕 猛暑の『伊勢参り』の翌日向かった先は 『日本書紀』にも登場する『熊野』、 その修行場『那智山』☆彡 平安時代後期以来、熊野の地は浄土と見なされるようになり、 『吉野』とともに皇室の祖先神話ゆかりの信仰の地への『熊野詣』☆彡 それでは、前日とうって変わった土砂降りの『那智大滝』を ご紹介いたします・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 那智滝(なちのたき)は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町の那智川中流にかかる滝。石英斑岩からなるほとんど垂直の断崖に沿って落下し、落ち口の幅13メートル、滝壺までの落差は133メートルに達し、その姿は熊野灘からも望見することができる。 総合落差では日本12位だが、一段の滝としては落差日本1位。華厳滝、袋田の滝と共に日本三名瀑に数えられている。 国の名勝に指定されている(1972年7月11日指定、指定名は「那智大滝〈なちのおおたき〉」)。 ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』(2004年〈平成16年〉7月登録)の一部。 那智山中の那智原始林には、いくつかの渓流があり、その渓流には60余に達する多くの滝が架かっている。「那智滝」とは、本来は、那智山の多くの滝のうち、瀧篭修行の行場として扱われた48の滝(那智四十八滝)の総称であった。一般に那智滝として知られている滝はこれらのうち、一の滝を指している。その姿は、那智滝図、一遍上人絵伝、熊野那智参詣曼荼羅など宗教美術においてたびたび描かれている。 那智山一帯は、滝に対する自然信仰の聖地であり、一の滝は飛瀧神社の神体であって、飛瀧神社の境内に設けられた滝見台からその姿を見ることが出来る。滝の落口の岩盤に切れ目があり三筋に分かれて流れ落ちるため三筋の滝ともいい、また那智の滝の代表するということから那智の大滝とも呼ばれる。 この滝を写した写真のキャプションとして「熊野那智大社と那智滝」などの様に題して、三重の塔(青岸渡寺)と那智の滝を1枚のフレームに納めたものがある。この名称は、明治期の神仏分離以前において、三重の塔が属する青岸渡寺と熊野那智大社が一体のものであった名残である。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%82%A3%E6%99%BA%E6%BB%9D |
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〔『春の海』:『ホテル中の島』(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大字勝浦1179-9)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 --- 完『南紀勝浦温泉』:風もなく、潮も干き、のどかな春の海を臨む露天温泉三昧、海に浮かぶ島の温泉やど・・・^〜^v:『ホテル中の島』(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大字勝浦1179-9)〔2016.04.20〕 □ 地震により被害を受けられました皆さま、また関係者の方々には心よりお見舞い申しあげます。□ 昨日(4/20)は、前日から一泊二日で、 母と『南紀勝浦温泉』へ温泉三昧☆彡 旅の二日間は、天候にも恵まれ、 五月晴れのような青空と 風のない穏やかな春の海に包まれた 露天風呂で至福の温泉三昧☆彡 二日目は、夜明けとともに目が覚め 朝一番で露天風呂、 ゆっくり乾杯の朝食を摂り、 食後は島さんぽ☆彡 朝湯・朝酒・朝さんぽ、 のどかな春の海からの、 幸せいっぱいの贈り物に 感謝の親子旅☆彡 昼前に、お宿の船で再び本土に、 コバルトブルーの大海原を楽しみながら、 くろしおクルーズ気分(笑)で、 復路の車窓にも乾杯☆彡 それでは、ゆっくりもったりの親子旅 温泉三昧の第二日目も ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【完】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 |


