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〔『軽四キャンピングカー』(INDY727):『平成新山ネイチャーセンター』:(長崎県島原市南千本木町2683)にて〕
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8.『島原市』:我が国最新の火山『平成新山』の麓から、『島原半島』の中心都市の蔵元を訪ねて・・・^〜^!:『山崎本店酒造場』(長崎県島原市白土町1065)〔2017.10.12〕
もう二か月近くも前の旅日記になりましたが、
先月の10/5から10/12までの一週間、
長崎県の各地をカメラもって楽しんできました!
その後半(10/08-12)は、
僕のお気にいり長崎県の『島原半島』を
『軽四キャンピングカー』で、
反時計まわりに一周する四泊五日☆彡
第八日目(10/12)は、
『島原半島一周ラクラク移住先探し』の最終日、
『軽四キャンピングカー』ともお別れです^^v
前半(10/05-08)『ながさきサンセットロード』と
後半(10/08-12)『島原半島一周ラクラク移住先探し』との
七泊八日間の旅のすべての時間を共に過ごした
愛車をあさイチで大掃除・・・(笑)
向かった先は、『島原半島』の中心都市『島原市』訪問、
現在新庁舎建設事業のため、
仮庁舎『外港庁舎』(雲仙復興事務所2階:島原市南下川尻町7番地4)で
市担当者との移住相談のあと、
空き家見学や市内の見所スポットなどを
ご案内いただき『長崎空港』へ・・・!
それでは、島原城や武家屋敷など旧城下町の家並みが残る風情ある
豊富な湧水の町『島原市』の見所・蔵元などを
ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v
. 【つづく】
【第八日目(10/12)】
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【ラクラク移住先探し】(軽四キャンピングカー:INDY727)
【島原市役所・外港庁舎】(雲仙復興事務所2階:島原市南下川尻町7番地4)
【浜の川湧水】(長崎県島原市白土桃山2-1097)
島原の湧水の中で現在も人々の生活に密着しているのが浜の川湧水である。島原大変後、浜辺に水が湧き出した。そこは「浜ン川」と呼ばれ、漁業集落ができ、貴重な水を皆で大切に使うために約束事ができた。「飲料」「食物洗い」「食器洗い」「洗濯」などと洗い場を四つの区画に分け、水を順々に使う仕組みを作った。また水場は「コ」の字型に囲まれ、水が時計回りに流れる仕組みになっている。水を効率よく大切に使う知恵がここに生きている。
水道整備が発達した現在では生活用水として使用されている洗い場は数少ないが、浜の川湧水はその地域の町内会の人々によって管理され、十分に使用可能な状態に美しく保たれている。
ここ浜の川周辺は、家々が隙間なく軒を連ね、人々の生活の息遣いが肌で感じられる。近所の人々が水を汲んだり野菜や食器を洗う姿、水遊びをする子どもたちの姿が度々見られる。
その光景は今も昔も変わらず、浜の川湧水がいかに地域の生活に密着しているかを物語っている。
銀水:島原名物かんざらしの名店
大正4年に入江ギンさんが始めた元祖かんざらしのお店が「銀水」。
「浜の川湧水」のすぐそばにあります。
昭和30年に田中ハツヨシさんがお店を引き継ぎ、平成9年頃まで、たくさんの人々が「銀水」のかんざらしを食べに店に通いました。
田中ハツヨシさんのおふくろさんのような親しみやすい人柄と人情味あふれる接客は、地元の人に愛され、著名人を惹きつけ、全国から心の母と慕うファンが訪れました。
平成28年8月6日、20年近い時を経て、かんざらしの名店「銀水」が復活。
観光客と地域住民の交流の場として、「湧水」による「島原らしさ」を演出できる新たな観光スポットとして、島原市地域おこし協力隊による地域活性化の発信拠点として、「銀水」は新たな歴史をスタートさせました。
【場所】長崎県島原市白土桃山二丁目1093
【問い合わせ先】銀水(☎ 0957-63-4610)
【営業時間】10時00分〜17時00分
【定休日】毎週火曜日
【駐車場】有
【島原湊】(島原街道1864年島原湊 海舟・龍馬入港の碑:長崎県島原市湊新地町)
【白土湖】(しらちこ:長崎県島原市白土町)
白土湖と音無川:日本で最も小さな陥没湖
寛政4年(1792年)の眉山崩壊による災害「島原大変」によって生じた窪地に多量の地下水が湧き出したことによってできた湖です。
現在は南北およそ200m、東西およそ70mの白土湖ですが、形成当時は、上の原一帯から水が噴出し、今の
約4倍に当たる南北およそ1km、東西およそ300m〜400mの広さがあったそうです。
島原大変によってできた白土湖の出現により、当時の主要街道である島原街道は寸断されました。
その後も水の湧出は止まらなかった為、災害復旧作業に支障をきたすようになり、南目(島原半島南方)への交通にはイカダを組み立てて渡らなければならないほどでした。
街道の寸断が続いたため藩では、掘切作業を進めましたが簡単には行かず、各村から人夫を1万人以上集めて、やっと翌年春に排水路ができました。
工事を早く終わらすために低地を選んで掘り進めたので勾配が緩やかで、川の水音がほとんどしないことから「音無川」と名付けられました。
枯れることなく、白土湖の湖底からは現在も大量の水が湧出ており、その量は1日あたり4万トンと推定されています。
長崎県内で唯一の非人造湖であり、日本で最も小さな陥没湖とされています。
明治末には、この豊富な湧水を利用した酒造所やラムネ工場が湖畔にありました。
酒造所は今でも湖畔に軒を構えているほか、米や野菜を洗うための洗い場も設置されており、住民の生活用水の一部として利用されています。
【山崎本店酒造場】(長崎県島原市白土町1065)
江戸時代、将軍家綱より島原移封を命ぜられた松平忠房とともに、分家して京都より島原に居を移す。
当初、酢・醤油・ロウを作っていたが、明治17年より酒造りを始める。
大正6年、全国新酒鑑評会に全国で第1位の評価を得る。酒造りに専念して120余年。
現在、日本酒・焼酎・リキュール等、100種類を超える商品を販売しております。
【しまばら芝桜公園】(長崎県島原市上折橋町1465−2)
【長崎空港】(長崎県大村市箕島町593)
【七泊八日の長崎県・軽四キャンピングカーの旅】(2017.10.05-12)
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