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〔『岩戸神社』(長崎県雲仙市瑞穂町西郷丁)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 6-3.『岩戸神社』:縄文時代以前から住居としていた巨大な岩壁の洞穴に本殿がある、古代からのパワースポット発見・・・^^v:(長崎県雲仙市瑞穂町西郷丁)〔2018.10.09〕 今年も、あと二か月になってしまいましたが、 『長崎県』の『島原半島』の南西端部にある 『雲仙市お試し住宅』で移住体験一週間、 第六日目(10/9)の旅日記^^v 自然も歴史も大好きな僕、 『瑞穂町』(みずほちょう)の自然と歴史さんぽ! 『千々石断層』の『断層崖』のひとつ 『吾妻岳』(あづまだけ:870m)から下山して向かった先は、 『みずほの森公園』☆彡 広大な植林された森の中にある とんでもない高低差の階段を歩く 自然そのままの地形の森林浴が楽しまます! その近くには、縄文時代以前から人がすんでいたと推定される 巨大岩壁の洞穴のなかに本殿がある『岩戸神社』☆彡 自然そのままの原始時代からの信仰の場は、 頭上の岩石からの雫が落ちる大切な水源の地! この水源を源とする清らかな渓谷には、 『役 小角』(えん の おづの)所縁の修験道、 大きな水車が回る公園や、 首垂れる黄金色の稲穂が眼下に拡がる見事な棚田が 続く『瑞穂町』☆彡 黄昏の『雲仙岳』を眺めながら再び『千々石町』を経て、 『南串山町』の『国崎半島』から夕陽を眺めて、 『お試し住宅』へ、ビストロ『待った・放るん』のメニューは 『ニラ玉大盛り定食』(笑)・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 出典:『平成30年度版 雲仙市定住促進パンフレット』 http://www.city.unzen.nagasaki.jp/info/prev.asp?fol_id=24653 |
【九州の四季さんぽ】
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〔『アサギマダラ』(浅葱斑):『吾妻岳』(長崎県雲仙市瑞穂町西郷丁)山中にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 6-2.『吾妻岳』(あづまだけ):『島原半島』を横断する『千々石断層』に残る一峰を断層さんぽ・・・^^v:(長崎県雲仙市瑞穂町西郷丁)〔2018.10.09〕 今月・11月はじめてのおはようございます! 今年も、あと二か月になってしまいました@^@v 『長崎県』の『島原半島』の南西端部にある 『雲仙市お試し住宅』で移住体験一週間、 第六日目(10/9)の旅日記^^v 自然も歴史も大好きな僕、 『橘湾』に面する『千々石町』(ちぢわちょう)から、 『島原半島』を横断する『千々石断層』にそって 『瑞穂町』(みずほちょう)へ! 『千々石断層』の『断層崖』のひとつ『吾妻岳』(あづまだけ:870m) 高低差が最高400m以上もある断層に残る一峰です☆彡 スタートは、高原状の放牧所でもある『田代原』(たしろばら) その『田代原トレイルセンター』からスタート、 山中には『馬頭観音』もある歴史ある道のり、 自然も豊かな里山さんぽ^^v 路傍には、色鮮やかな『トリカブト』も咲き、 長距離を移動する翅の模様が鮮やかな大型のチョウ『アサギマダラ』も ゆっくり一休み! 山頂は雑木に囲まれ全く視界なし、 少し下がった展望所で大きくひらけた『橘湾』を望み、 来た道を下山して、往復約2時間の『千々石断層』さんぽを ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 出典:『平成30年度版 雲仙市定住促進パンフレット』 http://www.city.unzen.nagasaki.jp/info/prev.asp?fol_id=24653 アサギマダラ(浅葱斑、学名:Parantica sita)は、チョウ目タテハチョウ科マダラチョウ亜科に分類されるチョウの1種。翅の模様が鮮やかな大型のチョウで、長距離を移動する。 成虫の前翅長は5 - 6 cmほど。翅の内側が白っぽく、黒い翅脈が走る。この白っぽい部分は厳密には半透明の水色で、鱗粉が少ない。和名にある「浅葱」とは青緑色の古称で、この部分の色に由来する。翅の外側は前翅は黒、後翅は褐色で、ここにも半透明水色の斑点が並ぶ。 アゲハチョウ科の様に細かく羽ばたかずにふわふわと飛翔し、また、人をあまり恐れずよく目にするため人気が高い。夏から秋にかけてはフジバカマ、ヒヨドリバナ、アザミなどのキク科植物の花によく集まり、吸蜜する姿が見られる。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%82%AE%E3%83%9E%E3%83%80%E3%83%A9 |
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〔『釜蓋城(かまぶたじょう)趾展望台』:(長崎県雲仙市千々石町己)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 6-1.『千々石町』(ちぢわちょう):天正遣欧少年使節の一員、至純の人『千々石ミゲル』生誕の町を歴史さんぽ・・・^^v:(長崎県雲仙市千々石町)〔2018.10.09〕 『長崎県』の『島原半島』の南西端部にある 『雲仙市お試し住宅』で移住体験一週間、 第六日目(10/9)の旅日記^^v 自然も歴史も大好きな僕、 『雲仙岳』を構成する『国見岳』(1,347m)や『九千部岳』さんぽで たっぷり『雲仙市』の自然を堪能したので、 この日は、歴史さんぽの一日☆彡 まずは、島原半島の北西部に位置し、 『吾妻岳』などをはじめとした雲仙山系の山々に三方を囲まれ、 西方は『橘湾』に面する『千々石町』(ちぢわちょう)へ、 「千々石」の地名の由来は、 『角川日本地名大辞典 42 長崎県「千々石」』によると 高来郡西北に「比遅波」(ひじは)とよばれる断崖があり、 付近にあった池を「土歯」(ひじは)池といった。 この「ひじは」が転訛して千々石(ちぢわ)になったとされる。 いつも気になる大きな軍人の銅像『橘中佐』所縁の『橘公園』・『橘神社』、 そして、天正遣欧少年使節の一員『千々石ミゲル』の生誕の地と伝わる 『釜蓋城(かまぶたじょう)趾展望台』から眼下に『橘湾』を眺めて、 『仙落しの滝』へと・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 出典:『平成30年度版 雲仙市定住促進パンフレット』 http://www.city.unzen.nagasaki.jp/info/prev.asp?fol_id=24653 橘 周太(たちばな しゅうた、慶応元年9月15日(1865年11月3日) - 明治37年(1904年)8月31日)は、日本の陸軍軍人。日露戦争における遼陽の戦いで戦死し、以後軍神として尊崇される。官位は陸軍歩兵中佐正六位勲四等功四級。 慶応元年(1865年)9月15日、庄屋城代季憐(格橘季憐とも)の二男として長崎に生まれる。勝山小学校、長崎中学校、二松学舎を経て1881年(明治14年)、陸軍士官学校幼年生徒に合格する。 以後軍人の道を歩み、東宮武官、歩兵第36連隊中隊長、名古屋陸軍地方幼年学校長を歴任し、1904年(明治37年)の日露戦争開戦にあたっては新設の第2軍管理部長に任命される。同年8月には歩兵第34連隊第1大隊長に転出し首山堡の攻撃にあたる。橘はその戦闘で死亡し、同日付で陸軍歩兵中佐に進級し勲四等旭日小綬章及功四級金鵄勲章を賜った。生前は長崎中学から漢学塾二松学舎出身ということもあり、漢詩をよくしたため、名古屋陸軍幼年学校校長時代は自ら教壇に立ち漢文を弁ずることもある教育熱心な軍人であった。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%98%E5%91%A8%E5%A4%AA 釜蓋城(かまぶたじょう)は、有馬氏の家臣千々石淡路守直員(千々石ミゲルの実父)が城主として付近一帯を支配拠点とした日本の城。標高154メートルの山城である。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%9C%E8%93%8B%E5%9F%8E 千々石 ミゲル(ちぢわ ミゲル、Miguel 永禄12年(1569年)ごろ - 寛永9年12月14日(1633年1月23日)?)は、安土桃山時代から江戸時代初期の武士、キリシタン。「ミゲル」は洗礼名で本名は千々石紀員(のりかず)。肥前国釜蓋城主千々石直員の子。大村純忠の甥、大村喜前及び有馬晴信の従兄弟。イエズス会による天正遣欧使節に派遣された正使の1人として、そして4人の正使の中で唯一、棄教してキリスト教から離れたことで知られている。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E3%80%85%E7%9F%B3%E3%83%9F%E3%82%B2%E3%83%AB |
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〔『平成新山』(1,483m):『国見岳』(1,347m)山頂:(長崎県雲仙市小浜町雲仙)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 5-2.『国見岳』(1,347m):目の前に『平成新山』・『普賢岳』の山頂を望む『雲仙岳』を満喫し、『小浜温泉』で一風呂♨・・・^^v:(長崎県雲仙市小浜町雲仙)〔2018.10.08〕 『長崎県』の『島原半島』の南西端部にある 『雲仙市お試し住宅』で移住体験一週間、 第五日目(10/8)の旅日記^^v 『雲仙岳』の一峰『国見岳』(1,347m)山頂からは、 その名の通り足元に拡がる360度の眺望! 目の前には、『雲仙岳』最高峰の『平成新山』(1,483m)と 旧最高峰の『普賢岳』(1,359m)の山頂も 手に取るほどの眺め☆彡 そんな山頂の絶景に包まれてひと休みした後は、 青空に白雲浮かぶ秋空さんぽ! 往復約3時間の初登頂の『国見岳』、 帰り道は『雲仙温泉』でさっぱとりと 今回初めてのお湯は、 『湯雨竹』(ゆめたけ)で温度調整した 100%源泉の温泉☆彡 『橘湾』を眺めながらの秋ドライブも楽しみ 自然に包まれた充実した一日になりました★感謝★ . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 出典:『平成30年度版 雲仙市定住促進パンフレット』 http://www.city.unzen.nagasaki.jp/info/prev.asp?fol_id=24653 小浜温泉(おばまおんせん)は、長崎県雲仙市小浜町にある温泉。島原半島の西側、雲仙国立公園の西麓に位置し、橘湾に臨む風光明媚な温泉地でリウマチ・神経痛に効果のある高温で湯量の豊富な温泉として昔から多くの人に親しまれており、『湧出量×湯温』で求められる放熱量が日本一といわれている。また、2013年には小浜温泉の未利用温泉を活用した210kW級の小浜温泉バイナリー発電所が稼働を始めた。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B5%9C%E6%B8%A9%E6%B3%89 |
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〔『平成新山』(1,483m):『国見岳』(1,347m)山頂:(長崎県雲仙市小浜町雲仙)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 5-1.『国見岳』(1,347m):『平成新山』や『普賢岳』はじめ『雲仙五峰(五岳)』を眺めながら、秋晴れの秋色さがし・・・^^v:(長崎県雲仙市小浜町雲仙)〔2018.10.08〕 『長崎県』の『島原半島』の南西端部にある 『雲仙市お試し住宅』で移住体験一週間、 第五日目(10/8)の旅日記^^v 前日は、あさイチで『長崎くんち』堪能し、 その後、『雲仙岳』を構成する一峰 『九千部岳』(1062.4m)初登頂したので、 この日は『普賢岳』(1,359m)のお隣『国見岳』(1,347m)へ☆彡 天候に恵まれ、秋晴れの一日を ゆっくりと『平成新山』や『普賢岳』はじめ 『雲仙五峰(五岳)』を眺めながらの秋色さがし^^v まずは、最短のコース『第二吹越』の国見岳登山口から、 山頂までをご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 出典:『平成30年度版 雲仙市定住促進パンフレット』 http://www.city.unzen.nagasaki.jp/info/prev.asp?fol_id=24653 雲仙岳(うんぜんだけ)は、長崎県の島原半島中央部にそびえる火山である。半島西方の橘湾を中心とする千々石カルデラの外輪に位置する。広義では、火山学上の「雲仙火山」と同義で、最高峰の平成新山をはじめ、三岳(三峰)とも呼ばれる普賢岳・国見岳・妙見岳、五峰(五岳)とも呼ばれる野岳・九千部岳・矢岳・高岩山・絹笠山を含め、東の眉山から西の猿葉山まで、総計20以上の山々から構成される。雲仙岳の形の複雑さは、三岳五峰(三峰五岳)、八葉、二十四峰、三十六峰など様々な数字で表現されたが、観光上のキャッチフレーズとして「三峰五岳の雲仙岳」が多用されるようになった結果、狭義として八つの山(ときには三つの山)のみを指す用法も生まれたが、歴史的には海上にそびえる山並み全体を指す名称である。行政区分では島原市、南島原市、雲仙市にまたがる。しばしば、旧最高峰の普賢岳(雲仙普賢岳)の名称と混同して用いられる。 最高峰の平成新山(1,483m)を中心に、周囲に、普賢岳(1,359m)、国見岳(1,347m)、妙見岳(1,333m)、野岳(1,142m)、九千部岳(1,062m)、矢岳(943m)が存在する。普賢岳や平成新山の溶岩は千々石カルデラ由来である。つまり、小浜温泉沖合いの橘湾地下のマグマだまりから供給されている。主峰は普賢岳(ふげんだけ)だが、1990年(平成2年)から1995年(平成7年)にかけての火山活動で平成新山(へいせいしんざん)が出来、こちらの方が標高が高くなった。また平成新山は長崎県の最高峰でもある。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2%E4%BB%99%E5%B2%B3 |




