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〔『青空・白雲』:『有明海』(ありあけかい):『九千部岳』(1062.4m)山頂(長崎県雲仙市千々石町庚)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 4-11.『九千部岳』(1062.4m):360度見渡せる素晴らしい山頂から眺めを楽しみ、夕陽をお供に・・・^^v:(長崎県雲仙市千々石町庚)〔2018.10.07〕 『長崎県』の『島原半島』の南西端部にある 『雲仙市お試し住宅』で移住体験一週間、 第四日目(10/7)の午後の旅日記^^v あさイチで『長崎くんち』を堪能して、 午後には『島原半島』に...! 『雲仙岳』を構成する一峰『九千部岳』(1062.4m)を 初登頂さんぽ☆彡 『九千部岳』山頂からの眺めは、 東側は『有明海』から『島原湾』、 『西側は『橘湾』から遠く『天草灘』も望み、 近くには、『雲仙岳』の『妙見岳』・『国見岳』はじめ、 雲に包まれた『平成新山』や『普賢岳』も 360度見渡せる素晴らしい眺望^^! 貸し切り状態の山頂での時間は、 『島原半島独り占め』気分? 静かに『国崎半島』の方向に沈む『夕陽』ともに 多くの思い出を頂いた一日になりました・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 出典:『平成30年度版 雲仙市定住促進パンフレット』 http://www.city.unzen.nagasaki.jp/info/prev.asp?fol_id=24653 |
【九州の四季さんぽ】
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〔『橘湾』(たちばなわん):『九千部岳』(1062.4m)山頂(長崎県雲仙市千々石町庚)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 4-10.『九千部岳』(1062.4m):『おくんち』堪能して、午後は『雲仙岳』の一峰に初登頂・・・^^v:(長崎県雲仙市千々石町庚)〔2018.10.07〕 『長崎県』の『島原半島』の南西端部にある 『雲仙市お試し住宅』で移住体験一週間、 第四日目(10/7)の午後の旅日記^^v あさイチで『長崎くんち』を堪能して、 午後には『島原半島』に...! 『雲仙岳』を構成する一峰『九千部岳』(1062.4m)を 初登頂さんぽ☆彡 足元に秋の山草花を楽しみながらの約一時間の山歩き、 毒のある草も、見落としてしまいそうな小花も、 みんな命がけで可憐に咲き、実っています! それでは、山頂までの道のりを ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 出典:『平成30年度版 雲仙市定住促進パンフレット』 http://www.city.unzen.nagasaki.jp/info/prev.asp?fol_id=24653 雲仙岳(うんぜんだけ)は、長崎県の島原半島中央部にそびえる火山である。半島西方の橘湾を中心とする千々石カルデラの外輪に位置する。広義では、火山学上の「雲仙火山」と同義で、最高峰の平成新山をはじめ、三岳(三峰)とも呼ばれる普賢岳・国見岳・妙見岳、五峰(五岳)とも呼ばれる野岳・九千部岳・矢岳・高岩山・絹笠山を含め、東の眉山から西の猿葉山まで、総計20以上の山々から構成される。 雲仙岳の形の複雑さは、三岳五峰(三峰五岳)、八葉、二十四峰、三十六峰など様々な数字で表現されたが、観光上のキャッチフレーズとして「三峰五岳の雲仙岳」が多用されるようになった結果、狭義として八つの山(ときには三つの山)のみを指す用法も生まれたが、歴史的には海上にそびえる山並み全体を指す名称である。行政区分では島原市、南島原市、雲仙市にまたがる。しばしば、旧最高峰の普賢岳(雲仙普賢岳)の名称と混同して用いられる。 最高峰の平成新山(1,483m)を中心に、周囲に、普賢岳(1,359m)、国見岳(1,347m)、妙見岳(1,333m)、野岳(1,142m)、九千部岳(1,062m)、矢岳(943m)が存在する。普賢岳や平成新山の溶岩は千々石カルデラ由来である。つまり、小浜温泉沖合いの橘湾地下のマグマだまりから供給されている。主峰は普賢岳(ふげんだけ)だが、1990年(平成2年)から1995年(平成7年)にかけての火山活動で平成新山(へいせいしんざん)が出来、こちらの方が標高が高くなった。また平成新山は長崎県の最高峰でもある。 出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2%E4%BB%99%E5%B2%B3 |
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『平成30年長崎くんち』:『鎮西大社諏訪神社』(長崎県長崎市上西山町18-15)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 4-9.『平成30年長崎くんち』:【総集編】七年毎の出逢い、今年の熱演をもう一度・・・^〜^v:『鎮西大社諏訪神社』(長崎県長崎市上西山町18-15) 〔2018.10.07〕 第四目(10/7)の旅日記^^v この日は、『平成30年長崎くんち』の『前日』(まえび:1日目)、 あさイチで向かった先は、 七年毎に各踊り町が演し物を奉納する『諏訪神社』☆彡 今年の踊り町は、奉納の順番に 『紺屋町』(こうやまち):笠鉾・本踊(ほんおどり) 『大黒町』(だいこくまち):笠鉾・唐人船(とうじんぶね) 『出島町』(でじままち):笠鉾・阿蘭陀船(おらんだぶね) 『小川町』(こがわまち):笠鉾・唐子獅子踊(からこししおどり) 『東古川町』(ひがしふるかわまち):笠鉾・川船(かわふね) 『本古川町』(もとふるかわまち):笠鉾・御座船(ござぶね) 『椛島町』(かばしままち):笠鉾・太鼓山(たいこやま)【コッコデショ】 『諏訪神社』の石畳、真正面席から、 豪華絢爛な長崎の伝統美を もう一度、ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v . 【つづく】 |
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『法被を投げ上げて・・・!』:『太鼓山』(たいこやま)【コッコデショ】:『椛島町』(かばしままち)):『平成30年長崎くんち』:『鎮西大社諏訪神社』(長崎県長崎市上西山町18-15)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 4-8.『平成30年長崎くんち』:『椛島町(かばしままち):笠鉾・太鼓山(たいこやま)【コッコデショ】』:『鎮西大社諏訪神社』(長崎県長崎市上西山町18-15) 〔2018.10.07〕 第四目(10/7)の旅日記^^v この日は、『平成30年長崎くんち』の『前日』(まえび:1日目)、 あさイチで向かった先は、 七年毎に各踊り町が演し物を奉納する『諏訪神社』☆彡 神社の石階段の正面席から、 豪華絢爛な長崎の伝統美を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v おつぎは、お待ちかねの 『椛島町(かばしままち):笠鉾・太鼓山(たいこやま)【コッコデショ】』、 法被を投げ上げての熱演をたっぷりお楽しみください(^^♪ . 【つづく】 |
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〔『太鼓山』(たいこやま)【コッコデショ】:『椛島町』(かばしままち):『平成30年長崎くんち』:『鎮西大社諏訪神社』(長崎県長崎市上西山町18-15)にて〕 【画面右下+をクリックして、拡大して御覧ください!】 4-7.『平成30年長崎くんち』:『椛島町(かばしままち):笠鉾・太鼓山(たいこやま)【コッコデショ】』:『鎮西大社諏訪神社』(長崎県長崎市上西山町18-15) 〔2018.10.07〕 第四目(10/7)の旅日記^^v この日は、『平成30年長崎くんち』の『前日』(まえび:1日目)、 あさイチで向かった先は、 七年毎に各踊り町が演し物を奉納する『諏訪神社』☆彡 神社の石階段の正面席から、 豪華絢爛な長崎の伝統美を ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v おつぎは、お待ちかねの 『椛島町(かばしままち):笠鉾・太鼓山(たいこやま)【コッコデショ】』を 二編にわたって、たっぷりお楽しみください(^^♪ . 【つづく】 コッコデショ 樺島町が寛政11年(1799年)より、上町が平成28年(2016年)に奉納している演し物である。正式には太鼓山という名称で、コッコデショは担ぐときの掛け声から来ている。江戸時代、長崎で陸揚げされた貿易品は堺商人の廻船で全国に運ばれており、商船の船頭や水夫は樺島町の宿を定宿としていた。この船頭衆から堺壇尻や各地の踊りが伝わり、各地の要素が合わさって樺島町独自の演し物になったと考えられている。太鼓山は船、采振りは船頭、踊りは船や波の動きを表している。 山車は担ぎ屋台となっており、4本の担ぎ棒に大太鼓を囲む櫓を組み、その上に5色の大座布団を載せて屋根としている。太鼓の四方には、赤い投げ頭巾を被った4人の男の子が座り、演技に合わせて太鼓を叩く。担ぎ棒に采振り4人を載せ、担ぎ手が足元を抑え、采振りが体を逸らし、大きく采を振って「ホーライエ」を歌いながら入場する。 踊りは太鼓山が長坂に向けて突っ込む「トバセ」、掛け声に合わせて山車を天空に投げて片手で受け止める「コッコデショ」、踊り馬場の中央で山車を回転させる「マワセ」、再び山車を投げる「コッコデショ」で1回が構成され、これが4回繰り返される。2回目の演技が終えたところで一旦退場しかけ、観客の「モッテコイ」に応えて3回目を行う。3回目の途中の「コッコデショ」で担ぎ手は一斉にに法被を投げ上げ、更に4回目の演技を終えたところで退場する。 退場する際は再び采振り4人を担ぎ棒に乗せ、「ホーライエ」を歌いながら踊り馬場を後にする[9]。 構成 総指揮1名 指揮1名 長采3名 棒先(指揮が指示する方向に1〜8番棒の先端の縄を引っ張る)8名 采振り(コッコデショの周りで采を振る)4名 太鼓山(櫓の上で太鼓をたたく)2班4名ずつ 担ぎ手(山車を肩に担ぐ)36名 |




