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〔『倉庫のある風景』:『職場の先輩の新作』:『第60回記念 新槐樹社展』:『国立新美術館』(東京都港区六本木七丁目22番2号)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『第60回記念 新槐樹社展』:元職場の先輩の受賞作との出逢い・・・^〜^!:『国立新美術館』(東京都港区六本木七丁目22番2号)〔2016.02.08〕 今は退職された元職場の先輩の新作が受賞されたので、 東京・青山の『国立新美術館』に☆彡 会場の『国立新美術館』は、 2007年(平成19年)1月に開館した 黒川紀章設計の美術館としては、最後の作品。 この時期は、毎年 大雪で交通手段が混乱するのですが、 天候もまずまずで一安心^^v 今年は、第60回記念の『新槐樹社展』、 特に力作ぞろいの大作が全員集合の『新美術館』☆彡 それでは、先輩の作品とさらっと会場の様子などを ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v 会 期 :平成28年2月3日(水)〜15日(月)・休館日9日(火) 午前10時〜午後6時・金曜日:午後8時まで
入場:午後5時30まで 最終日 午後3時閉会
会 場 :国立新美術館〈六本木〉【新槐樹社について(沿革)】 1958年創立‥前身は1924年(大正13年)。 大正13年(1924)槐樹社として結成され、その後10年で解散しましたが、 堀田清治が新たに同志を募り昭和33年(1958)に新槐樹社を創立した。 新槐樹社は平成20年より国立新美術館で2月に全国の各支部会員の作品及び 公募による一般作品を展示し、その後大阪、京都の巡回展を開催している。 秋には選抜秋季展を東京都美術館にて選抜会員と公募による一般作品を展示している。 【新槐樹社の「槐樹」って何?】 中国では庭にこの木を植えることにより一族の繁栄を願うといわれています。 新槐樹社もこれにあやかり、美術の普及を願って末永く活動を続けていきます。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【国立新美術館】(こくりつしんびじゅつかん)は、 東京・六本木にある美術館である。 日本で5館目の国立美術館として、2007年(平成19年)1月に開館した。 国立の美術館としては1977年(昭和52年)に開館した国立国際美術館以来、 30年ぶりに新設された。 延床面積は日本最大で、これまで最大とされていた大塚国際美術館の約1.5倍に及ぶ。 独立行政法人国立美術館に所属している中で唯一コレクションを持たない為、 英語名は収蔵品を持つのが通常であるミュージーアムではなくアートセンターを用い、 「ナショナルアートセンター・トウキョウ THE NATIONAL ART CENTER-TOKYO」を 名乗っている。 コンセプトを「森の中の美術館」としており、 設立目的を展覧会の開催・情報収集およびその公開・教育普及としている。 また、館内にはミュージアムショップ・レストラン・カフェなどが併設されている。 黒川紀章設計の美術館としては最後のものとなった。 |
美術館・博物館
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〔『大阪市立美術館』 : (大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1-82)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『第59回 新槐樹社展』「関西巡回展・大阪展」:元職場の先輩ご夫婦の新作と入賞作品などなど・・・^〜^v:『大阪市立美術館展覧会室』(大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1-82)〔2015.04.05〕 もう二か月も前のこと(2/5)、 東京・青山の『国立新美術館』で出逢った 元職場の先輩ご夫婦の新作が、 先日、「関西巡回展・大阪展」のため、 大阪・天王寺公園内にある『大阪市立美術館に、。 最終日(4/5)の午後、職場のお友達ふたりと計三名で...^^v 会場の『大阪市立美術館』は、 その昔、住友家本邸のあった場所。 住友家から美術館の建設を目的に 隣接する日本庭園『慶沢園』とともに敷地を寄贈され、 1936年(昭和11年)に開館。 今回は、先輩は所用で再会できませんでしたが、 作者の情熱感じる多くの大作をゆっくり、 楽しませていただきました。 それでは、ご夫婦の作品と 入賞された作品を中心に 僕のお気に入りを ご一緒にお楽しみください。 なお、帰り道は毎年好例の大阪の下町風情残る 『新世界』でちょっと寄り道(笑)・・・^〜^v 〔訪問時期:2015.04.05〕 【新槐樹社について(沿革)】 1958年創立‥前身は1924年(大正13年)。 大正13年(1924)槐樹社として結成され、その後10年で解散しましたが、 堀田清治が新たに同志を募り昭和33年(1958)に新槐樹社を創立した。 新槐樹社は平成20年より国立新美術館で2月に全国の各支部会員の作品及び 公募による一般作品を展示し、その後大阪、京都の巡回展を開催している。 秋には選抜秋季展を東京都美術館にて選抜会員と公募による一般作品を展示している。 【新世界】(しんせかい)は、 大阪府大阪市浪速区恵美須東に位置する繁華街。 中央やや北寄りに通天閣が建ち、南東部にジャンジャン横丁がある。 [明治期、内国勧業博覧会開催] 当地は、1897年(明治30年)に大阪市へ編入される以前は西成郡今宮村の一部で、 畑地や荒地が広がっていた。 市街化のきっかけとなったのが、1903年(明治36年)に開催された第5回内国勧業博覧会で、 東に隣接する旧東成郡天王寺村の一部とともに会場敷地となった。 「内国」とあるが、国内外からの最新技術が披露された点では「万博」に近いものがあり、 博覧会は5ヶ月間で入場者530万人という大盛況の内に幕を閉じた。 [博覧会跡地の開発] 博覧会跡地は日露戦争中に陸軍が使用したのち、 1909年(明治42年)に東側の約5万坪が大阪市によって天王寺公園となった。 西側の約2万8千坪は大阪財界出資の大阪土地建物会社に払い下げられ、 1912年(明治45年)7月3日、「大阪の新名所」というふれこみで「新世界」が誕生。 通天閣とルナパークが開業した。 開発当初は「新巴里」「第二千日」と仮称されていたが、開業の際、「新世界」と改められた。 [現在] 戦前から庶民的な繁華街として親しまれてきた新世界だが、 大手私鉄のターミナル駅に恵まれなかったことや観光の多様化などに伴い、 1970年代以降は長期にわたって低迷が続いていた。 しかし、1990年代あたりから「昭和の名残」を感じさせるレトロな街の雰囲気が 「戦後」を知らない世代などに再評価され、新たな観光地として変貌を遂げつつある。 |
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〔『線刻壁画』(複製) :『第3支群5号横穴』・『史跡 高井田横穴群』(大阪府柏原市高井田)〕 『高井田横穴墓群』(たかいだよこあなぼぐん):総数200基以上の横穴墓がある、奈良と大阪を結ぶ『大和川』を臨む小山探検・・・^〜^V:『史跡 高井田横穴公園』(大阪府柏原市高井田)〔2014.07.12〕 先週末の土曜日(7/12)は所用で、大阪府柏原市(かしわらし)へ。 JR大和路線(関西線)の『高井田駅』近くにある 『史跡 高井田横穴公園』として整備されている 『高井田横穴墓群』(たかいだよこあなぼぐん)。 6世紀中頃から7世紀前半にかけて、 二上山の火山灰が積もってできた凝灰岩に横穴の 6世紀中頃から7世紀前半にかけて造られた古墳群です。 また、園内の『柏原市立歴史資料館』には、 市内の古墳から出土された土器をはじめ 多くの史料を目にすることが出来ます。 それでは、大阪と奈良との歴史的な接点、 柏原の古代の生活を少し ご一緒に楽しみましょう・・・^〜^v . . 【柏原市】(かしわらし) 近隣にある奈良県『橿原市』(かしはらし)や 奈良県御所市『柏原』(かしはら)と混同、 また地名を兵庫県丹波市『柏原町』(かいばらちょう)、 滋賀県米原市『柏原』(かしわばら)などと誤読されることが多い。 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【高井田横穴墓群】(たかいだよこあなぼぐん)は、 大阪府柏原市所在の横穴墓群。高井田横穴群(たかいだよこあなぐん)ともいう。 総数200基以上の横穴墓があり、その多くに、古墳時代の線刻画を伴うこと有名である。 国指定の史跡である。 史跡公園「史跡高井田横穴公園」として整備されている。 生駒山地最南端に位置する柏原市高井田付近の丘陵の崖(軟弱な凝灰岩層)を掘削して、 横穴式石室に似た構造に造られた墓室が200基以上も構築されており 横穴墓群の規模としても最大級のものである。 大正6年(1917年)に発見されており、その当時から線刻画の存在が報告されている。 その線刻画の内容は人物、船、鳥、馬、魚、樹木、花、渦巻文、太陽、家屋などであり、 人物の服装、船体のゴンドラ風の形から、 古墳時代に彫り描かれたものであるのは明らかである。 6世紀前半から構築が始まり、7世紀まで構築が続いたようである。 当時の風俗、宗教思想を知る上で貴重な資料となっている。 【柏原市立歴史資料館】 【柏原市立歴史資料館】 〒582-0015 大阪府柏原市高井田1598-1 (電話)072-976-3430 (FAX)072-976-3431 |
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〔『職場の先輩の新作二点』:『第58回 新槐樹社展』「関西巡回展・大阪展」:『大阪市立美術館展覧会室』(大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1-82)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『第58回 新槐樹社展』「関西巡回展・大阪展」:職場の先輩の新作二点との再会・・・^〜^v:『大阪市立美術館展覧会室』(大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1-82)〔2014.04.06〕 もう二か月も前のこと(2/7)、 東京・青山の『国立新美術館』で出逢った 職場の先輩の新作二点が、 「関西巡回展・大阪展」で、 天王寺の『大阪市立美術館展覧会室』に とのご招待があったので、 お友達と最終日(4/6)に先輩の案内で再会...! 会場の『大阪市立美術館』は、 その昔、住友家本邸のあった場所。 住友家から美術館の建設を目的に 日本庭園『慶沢園』とともに敷地を寄贈され、 1936年(昭和11年)に開館。 お友達とは、退職以後ほぼ一週間ぶり(笑)、 先輩とは、約一年ぶり。 作者の情熱感じる多くの大作をゆっくり、 先輩のご案内で楽しむ至福の時間...♪ 先輩の作品とさらっと会場の様子などを ご一緒に楽しみましょう・・・^〜^v 〔訪問時期:2014.04.06〕 【新槐樹社について(沿革)】 1958年創立‥前身は1924年(大正13年)。 大正13年(1924)槐樹社として結成され、その後10年で解散しましたが、 堀田清治が新たに同志を募り昭和33年(1958)に新槐樹社を創立した。 新槐樹社は平成20年より国立新美術館で2月に全国の各支部会員の作品及び 公募による一般作品を展示し、その後大阪、京都の巡回展を開催している。 秋には選抜秋季展を東京都美術館にて選抜会員と公募による一般作品を展示している。 【大阪市立美術館】(おおさかしりつびじゅつかん) 本館は伊藤正文・海上静一によって設計された。 1927年(昭和2年)12月より建設に着手され、 途中工事が中断されるなどしながら10年近くの歳月を費やして 1936年(昭和11年)4月完成した。 鉄骨鉄筋コンクリート構造の地下1階、地上3階、塔屋1階付にして 建築面積は4,033平方メートル、延床面積は12,716平方メートルである。 美術団体展を複数並行して行える地下展覧会室(4室)が1992年(平成4年)増築された。 併設されている美術研究所では素描、絵画、彫塑の実技研究を行っており、 ここから日本画、洋画、現代美術、建築など多くの作家を輩出してきた歴史がある。 |
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〔『キハ81形ディーゼルカー』・『C62形蒸気機関車』・『D51形蒸気機関車』:『屋外展示場』・『交通科学博物館』(大阪市港区波除3丁目)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『交通科学博物館』:一週間後の4月6日(日)に、52年間の感謝と共に営業を終了予定(涙)・・・^〜^!:(大阪市港区波除3丁目)〔2014.03.26〕 一週間後の4月6日(日)に閉館予定の『交通科学館』! 僕が、まだ小学生の1962(昭和37)年1月に 大阪環状線『弁天町駅』に隣接した場所に誕生。 亡父に連れられて、たくさんのワクワクの思い出の、 鉄道をはじめとした、 いろんな乗り物との出会いの場所。 次の日曜日(4/6)に閉館のとのこと、 時間を作って、 大急ぎでお別れに行ってきましたので、 ご一緒にお楽しみください・・・^〜^v 〔訪問時期:2014.03.26〕 【交通科学博物館】(Modern Transportation Museum)は、 大阪環状線全通記念事業として弁天町駅隣に、 1961年(昭和36年)10月14日(鉄道記念日)の開館に向けて準備が進められが、 同年9月の第2室戸台風により工事が遅れて開館は延期され、 翌1962年(昭和37年)1月21日に開館となった交通・科学に関する博物館である。 出典: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E9%80%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8 |




