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〔『第56回 新槐樹社展』: 『国立新美術館』(東京都港区六本木七丁目22番2号)にて〕 【画面上でクリックして、拡大して御覧ください!】 『第56回 新槐樹社展』: お友達御夫婦の作品との出逢い・・・^〜^!:『国立新美術館』(東京都港区六本木七丁目22番2号)〔2012.02.10〕 先日は、所用で東京へ、 たまたま、お友達の御夫婦が作品を出品された展覧が、 『国立新美術館』で開催中。 『第56回 新槐樹社展』・・・! 一仕事の後、会場へと足を延ばしてみました。 2007年(平成19年)1月に開館した美術館は、 美術館としては、黒川紀章設計の最後の作品。 たくさんの大作がお待ちかねの館内、 入館の前から、わくわく気分・・・^〜^v 会期 : 2月8日(水)〜20日(月) 午前10時〜午後6時 最終日は午後3時閉会 休館日14日(火) 会場 :国立新美術館〈六本木〉 〔訪問時期:2012.02.10〕 【新槐樹社について(沿革)】 1958年創立‥前身は1924年(大正13年)。 大正13年(1924)槐樹社として結成され、その後10年で解散しましたが、 堀田清治が新たに同志を募り昭和33年(1958)に新槐樹社を創立した。 新槐樹社は平成20年より国立新美術館で2月に全国の各支部会員の作品及び 公募による一般作品を展示し、その後大阪、京都の巡回展を開催している。 秋には選抜秋季展を東京都美術館にて選抜会員と公募による一般作品を展示している。 【国立新美術館(こくりつしんびじゅつかん)】は、 東京・六本木にある美術館である。 日本で5館目の国立美術館として、2007年(平成19年)1月に開館した。 国立の美術館としては1977年(昭和52年)に開館した国立国際美術館以来、30年ぶりに新設された。 延床面積は日本最大で、これまで最大とされていた大塚国際美術館の約1.5倍に及ぶ。 コンセプトを「森の中の美術館」としており、 設立目的を展覧会の開催・情報収集およびその公開・教育普及としている。 また、館内にはミュージアムショップ・レストラン・カフェなどが併設されている。 黒川紀章設計の美術館としては最後のものとなった。 |
美術館・博物館
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〔『耳飾りの少女(蘭: Het meisje met de parel)』:『マウリッツハウス(蘭:Mauritshuis)』・『デン・ハーグ(蘭:Den Haag)』にて〕 『マウリッツハウス王立美術館(蘭:Koninklijk Kabinet van Schilderijen Mauritshuis)』:『フェルメール(Johannes Vermeer)』の『耳飾りの少女(蘭: Het meisje met de parel)』との10年前の出逢い・・・^〜^!:『デン・ハーグ(蘭:Den Haag)』にて(2002.09.28) 『耳飾りの少女(蘭: Het meisje met de parel)』と初めて出逢ったのは、 2002年09月28日、 ガーナの友達を訪問しての帰り道、 経由地だったアムステルダムで数日滞在したとき。 このとき『マウリッツハウス王立美術館(蘭: Koninklijk Kabinet van Schilderijen Mauritshuis)』 館内では、自由に好きなだけ写真を撮れました。 しかし、当時の僕のデジカメ(FinePix2700)は、画素数も230万画素と少なく、 また、僕の腕も.....(涙) それで、今回の再訪を楽しみしていたこの美術館、 素敵な館内の様子を皆様に是非とも御紹介したかったのですが... あいにく、撮影禁止になってしまっていました。 そこで、10年前の今ひとつの写真ですが、 恥ずかしながら、御紹介いたしますので、 ゆっくり、お楽しみください^〜^v 【訪問時期:2002.09.28】 ◎『フェルメールの作品』:『米国・国立美術館-西館』(ワシントンDC)の記事は、 下記にあります^〜^v 『マウリッツハウス王立美術館』の【主な収蔵品】は、 ・レンブラント『テュルプ博士の解剖学講義』(1632年)「自画像」(1669年)他 ・フェルメール『デルフトの眺望』(1660 - 1661年頃) - プルーストの『失われた時を求めて』に重要なモチーフとして登場する絵画である。 ・フェルメール『真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)』(1665年頃) - この絵をモチーフにしたトレイシー・シュヴァリエの小説(のちに映画化)で 一躍有名になった作品。 ・ヤン・ステーン 「この親にしてこの子あり」(1665年頃)他 ・ヘンドリック・アーフェルカンプ 「氷上の遊び」(1610年頃) ・アドリアーン・コールテ 「苺のある静物」(1705年) ・パウルス・ポッテル 「雄牛」(1647年) ・フランス・ファン・ミーリス (父) 「売春宿の一幕」(1658年頃) 出典: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8 |
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〔『マウリッツハウス(オランダ語:Mauritshuis)』:『デン・ハーグ(オランダ語:Den Haag)』にて〕 『真珠の耳飾りの少女(蘭: Het meisje met de parel)』:残念ながら、館内は撮影禁止に(涙)・・・^〜^!:『マウリッツハウス(オランダ語:Mauritshuis)』・『デン・ハーグ(オランダ語:Den Haag)』にて(2011.05.07〕 運河の国『オランダ王国(Koninkrijk der Nederlanden)』の三日目は、 楽しみにしていた、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女(蘭: Het meisje met de parel)』との再会、 前回は、2002年にガーナからの復路に立ち寄った『マウリッツハウス』、 ほぼ、10年ぶりに『デン・ハーグ(オランダ語:Den Haag)』へ列車の旅、 しかし、残念ながら館内は撮影禁止なっていました(涙)・・・^〜^! 【訪問時期:2011.04.29-05.09】 【画面右下の◎上でクリックして、拡大して御覧ください!】 【マウリッツハウス(オランダ語:Mauritshuis)】は、 オランダのデン・ハーグにある美術館。 正式名称はマウリッツハウス王立美術館(オランダ語: Koninklijk Kabinet van Schilderijen Mauritshuis、英語: The Royal Picture Gallery Mauritshuis (Maurice House))であるが、 単にマウリッツハウスと呼称されることが多い。 日本ではマウリッツハウス美術館と呼ばれ、またマウリッツハイスの表記も用いられる。 マウリッツハウスの建物は、17世紀半ば、ヤーコプ・ファン・カンペンの設計で建てられたもので、 オランダ古典様式建築の代表作とされる。 館名はここに住んだナッサウ=ジーゲン侯ヨハン・マウリッツ(1604年 - 1679年)にちなむ。 コレクションはオランダ総督ウィレム5世と、その子のオランダ初代国王ウィレム1世の収集が 中核となっている。 王立美術館として開館したのはウィレム1世の時代、1822年である。 美術館の規模はさほど大きくないが、オランダ絵画をはじめ珠玉の名品を収蔵することで知られる。 中でも世界に三十数点しかないフェルメールの作品のうち3点がここにあることが注目される。 |
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〔『旧福田家』:『佐賀市歴史民俗館』・『佐賀県佐賀市柳町』にて 〕 『旧福田家』:大正7年建築の事業家の居宅は、『灯り』と『佐賀錦』の館・・・^〜^!:『佐賀市歴史民俗館』・『佐賀県佐賀市柳町』にて〔2011.11.05〕 『佐賀インターナショナル・バルーン・フェスタ』第四日目は、終日雨降りに! 佐賀は、歴史ある街、 特に明治維新から現在の日本社会の創世期には、 ピカピカ光り輝いていた先進都市。 そのような歴史的景観を保持するため展示施設が、 『佐賀市歴史民俗館』。 単一の建物ではなく、長崎街道沿いに建てられた5つの旧家、洋館などの総称。 五つ目の館は、僕の一番大好きな『旧福田家』、 現在は、佐賀の手作り伝統工芸『佐賀錦』を伝える場としても活用されている とっても上品な居宅です・・・^〜^v ・旧福田家 − 大正7年建築。明治末期から大正・昭和期の佐賀を代表する事業家、福田慶四郎の居宅。 【訪問時期:2011.11.05】 【佐賀錦(さがにしき)】は、 肥前国鹿島藩(現在の佐賀県鹿島市周辺)の御殿女中に受け継がれた織物。 箔糸(金銀箔を漆で和紙に貼り、細く切ったもの)を経糸とし、 絹糸を緯糸にするのが特徴である。 |
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〔『旧古賀銀行』:『佐賀市歴史民俗館』・『佐賀県佐賀市柳町』にて 〕 『旧古賀銀行』・『旧牛島家』・『旧三省銀行』:江戸時代、外国へのただ一つの街道・長崎街道に面した家々は、当時の最先端の建物ばかり・・・^〜^!:『佐賀市歴史民俗館』・『佐賀県佐賀市柳町』にて〔2011.11.05〕 『佐賀インターナショナル・バルーン・フェスタ』第四日目は、終日雨降りに! 佐賀は、歴史ある街、 特に明治維新から現在の日本社会の創世期には、 ピカピカ光り輝いていた先進都市。 そのような歴史的景観を保持するため展示施設が、 『佐賀市歴史民俗館』。 単一の建物ではなく、長崎街道沿いに建てられた5つの旧家、洋館などの総称。 明治17年築の『旧 古賀家』の隣近所をちょっぴり御紹介・・・^〜^v ・旧古賀銀行 − 明治39年建築。 ・旧牛島家 − 佐賀城下に残る最古の建築? ・旧三省銀行 − 明治15年建築。 【訪問時期:2011.11.05】 【旧古賀銀行】 【旧牛島家】 【旧三省銀行】 |





