03ふろしき・ポン太 2013.10.03 更新

そんなに広げてちゃんとたためるんかいな?

伝言板

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伝言板. 12.13

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 次の日は、昼頃起きて夕方の汽車に乗り結局 自分の家に帰るのは、

日本に着いてから何日も経っているのである。
 
家族や肉親 知人は、皆 心配し連絡が取れないのでやきもきしてしまう。

 待つ身にしてみれば、戦争が終わったとはいえ何が起るか分からない

ご時世だからと呑気な父を、両手で口を抑えながら身体を叩きながら

叱るのである。
 
 でも私は思う、父のしたことは素晴らしい…。

 自分では「歩く伝言板」などと言っているが到底ここまで人の為に、

出来るものではない。
 
父はお坊さんでは無いけれど少し[徳]のある人と、私は尊敬している。




             - おわり -

伝言板. 10.11

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すると「十中、八、九」その本人が帰って来たと間違えられてしまう。

モンペ姿の老いた母親に遺品と遺言を「確かに届けましたよ」と言うと

「一晩泊まっていかんかね」と引き止められる。丁重に断るが、

旅の疲れも手伝って、断りきれない父はご好意に甘える事にする。

お風呂と夕飯を頂いた後、明け方頃までマニラから日本までの自分達の

一部始終を話して … 
 
 

そして … 疲れて ……  眠る。

伝言板. 8.9

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 それでもある意味で、遺品を渡せるのは幸運な事で中には

どうしても身内の、見つからない遺品もあるのである。
 
そんな時、父は僅かな手がかりでもあるのならその人の郷里

まで「これを届けてやらねば…」と、思う人なのである。







 
小高い道を、登り詰めると一固まりの集落が在り道行く人に

尋ねながらその遺品の持ち主の家に辿り着く…

伝言板7

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 船底にめいいっぱい詰め込まれた兵士には、虫の息の者もいた。

出航して数日、船は急ぎ母国日本へ向かっているのだろうけれど船足は、とても遅く感じられた。

船中で次々に亡くなって逝く人達を前にそのいらだちは押さえきれない。

マニラ港では笑顔で乗船した筈の兵士も数日後には、血の気が引いていた。

それほど彼等の身体は衰弱していたのであろう。

父の目の前で、亡くなって逝く人達は、思い思いの遺品と遺言を、託して逝く。

 父は数日間の内に、何人もの遺品を預かる事になってしまう。

日本の桜島の煙りが見えてきた時 多くの兵士達は甲板に出て抱き合い歓喜の声を挙げるのだが、

その片隅では父に身体を持ち上げられて目の前の日本の地を一目見ただけで、亡くなってしまった

人もいたと言う。

船が港に着岸した時「数日前まで、生きておられました。」と出迎えた肉親に伝える事が、

一番辛かったと父は言う。

伝言板 6

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しかし、艦はその数ヶ月後には敗残兵を集める復員船へと早変わり

目的の南方の島へと向かったのである。

数日後、着岸をしたフィリピンのマニラには、怪我をした日本兵で

溢れかえっていた。自分も出航が少し早ければ、同じ立場だった筈と

怪我をした老兵、病兵士達の看病に専念した。

この時まだ本当は自分に何が、起っているのか良く分からなかったが

父にとっての戦い無き戦争は、既に始まっていたのである。

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